PROGRAM START

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DREAM〜少女の見た夢〜
 そこは白い空間だった。
 眩しい程に磨きあげられた大理石の部屋、一点豪華主義がうかがえる七色プリズムの水晶のシャンデリアと翼広げた聖なる鳥の彫像、白との対比が鮮やかな金の縁飾りのされた深紅の絨毯が幾らか高くされた玉座にまで続いている。
「世界の寿命、抗えぬ運命・・・・・どうか初代女王よ、私に力を・・・・・」
 深くヴェールを被った女性が呟く、神に祈るような真摯な言葉を。

DAILY〜少女の日常〜
「おはよう」
「おはよう」
 そこかしこで声が響く。揃いの赤い制服の中で、黒に近い濃紺の衣装の少女は格段に目立つ。それ故の声に小粋な仕草や言葉を返す幼なじみの姿に、少女は誇らし気な笑みを浮かべる。綺麗でそれ以上にかっこいい幼なじみはその姿を鼻にかけるような馬鹿ではなくて、色々な意味で強くて優しい。そんな少女の幼なじみであることが彼女には純粋に嬉しくて仕方がないのだ。
「おっはよう」
 後ろから飛びつくように首に腕を回され、驚いた少女達は後ろをほぼ同時に振り返る。
「おはよう」
「おはよ」
 当たり前の、朝の登校風景だった。

FUTURE〜少女の見た未来〜
 崩壊した世界
  崩れたビルディング 壊れた道路
 断末魔の悲鳴に震える大地 脅えた海は荒れ狂う

 それは、終末の予兆

THOSE AROUND〜少女の周り〜
「という夢なの」
「あんまり良い夢とは思えないなぁ」
「でしょう?」
 ふわふわしたフェアブロンドの少女がため息をつく。夢見の悪さにあまり顔色が良くない。本来ならば薄く薔薇色を透かした頬が、今はただの白だ。
「世界の終末、てとこかしら?」
 パープルアイの大人びた少女が読んでいた本から顔を上げて言った。神秘的な濃い紫色の瞳に年相応の面白がるような光を宿している。
「んな、不吉なことを」
 苦笑しながらダークブロンドの少年のような少女がパープルアイの少女の手から本を取り上げる。『パラパラ』とページをしばらく繰ると、
「返す。趣味じゃないや」
「そうでしょうね。貴女に詩集なんて、全っ然似合わないわ」
「そこまで力説しなくても良いでしょ?」
 フェアブロンドの少女がツッコミを入れるが、パープルアイの少女は肩を竦めるだけに止めた。それはフェアブロンドの少女の後ろの座に座るダークブロンドの少女にも共通していた。はっきりきっぱり、いっそここまでくれば見事な程に、彼女は美少年顔であったのだ。
「そろそろ女王の交替かしらね」
「もうそんなになるっけ?」
「あんたねぇ、ホントにスモルニィに幼等部から通ってんの?」
「あぅぅぅ」
「そんなにイジメなくても良いだろう?こんなに可愛いのに」
「貴女は甘やかし過ぎよ」
 『スッパリ』と切り捨て、自覚のある少女は小さく舌を出す。
「女王の交替期にはサクリアの強い者がその手の夢を見るっていう例が多いから、それなんじゃない?現在の女王陛下が即位なさってから、歴代でも五指に入る程だもの。そろそろ交替しても、決しておかしくはないわ」
 自身女王も出たことのある名門貴族の出である少女は、ごくごく平凡な家庭に生まれた二人の友人に言ってのけた。

PROPHECY〜女王の予言〜
 世界を支えんと目を閉じ、彼女は祈りを捧げる。
 まるで子を慈しむ母のような横顔に、傍らに座する美貌の女性は何時もとは違う何かを感じ取った。
「如何なされました?陛下」
「・・・・・いいえ、何も」
 ゆるりと微笑み、女王はこの世で最も信頼する女王補佐官に嘘をつく。
「お隠しなさいますな。私では陛下のお持ちの秘密、分けていただけませんか?」
 優美な顔立ちは、まだ少女だった頃の面影を色濃く残している。彼女の前でだけ、女王は『自分』に戻れる。
「そうね、貴方に嘘が通用するわけなかったんだわ」
 そんなことも忘れていた自分に、女王は呆れる。何時も側で、少しでも疲れがとれるようにと気遣ってくれている今だって一番の親友であるのに、何故隠しごとをしようだなどと考えたのか。
「私の力も、もうすぐ尽きてしまうでしょう」
「では、女王交替を?」
「早急に、しなくてはならないでしょう。でもね、それだけではいけないの」
「陛下?」
 ともすればその内容故に重くなる唇を動かして、彼女は一人秘め続けていたことを言葉とした。
「世界の、寿命が尽きようとしているの・・・・・」

FAMILY〜突然の運命〜
「うきゃっ」
 帰って来た途端の攻撃に少女は閉めたばかりのドアに頭を打った。
「母様、痛い」
「やぁだぁ!ウチの子だもん!何処にもやらないもん!」
 元々万年少女のような母親だが、更に幼児化が激しい。ふわふわのフェアブロンドの少女は抱き着いて『ピーピー』と泣いている母親の姿に首を傾げる。
「奥さん、二の姫さんが困ってるよ」
「ウチの子だもん!何処にもやらないもん!」
 少女と同じフェアブロンドの夫の言葉にも、意味不明な返事を返す。
「父様、何があったのぉ?」
「妹さん、お帰り。今日はオムライスだ」
「わぁい!おなかぺっこぺこなのぉ」
 ・・・・・
「姉様、母様止めてよ」
「コンソメスープもついてるぞ」
 構わず続ける姉。コミュニケーション、取れてるんだろうか?
「奥さん、折角の料理が冷めてしまうよ」
「あぅぅぅ」
 まだ何か言い足りな気な母親は、だけれど作ったばかりの料理を損ねることを良しとせずに、いかにも『シブシブ』といった風に離れる。
「話はご飯の後にしよう」
 フェアブロンドを下の娘に、ブルーグリーンの瞳の片方を上の娘に遺伝させた『ほえほえ』とした父親と、
「今日ね、卵が安かったからオムライスなの」
 セピアの髪を上の娘に、グリーンアイを二人の娘両方に遺伝させた天然惚けな母親と、
「お袋様、それは私がもう言いましたが」
 セピアの髪と、右がグリーン左がブルーグリーンの瞳の無性的なイメージの強い姉の、何時もと変わらないようで全然違う態度を、フェアブロンドとグリーンアイの少女は感じ取った。

SACRED PLACE〜聖なる地に住まう聖なる者〜
 如何にも『内緒話してますぅ』といった感じで、まだ何処か幼さの残る少年達が廊下の片隅で『こそこそ』と話している。
「んでさ、可愛い子かな?」
「片方は美人だったぜ。恐ろしく気が強そうだけど」
「僕、優しい子が良いなぁ」
 好奇心、だろう、随分と瞳を輝かせて少年達は話している。
「主星に住んでんだろ?」
「らしい。普通の、庶民の子だって」
「会ってみたいなぁ」
 『ぽつり』となかでも幼い感を受ける華やかな少年が呟く。夢見るようなラヴェンダーヒスイが煌く。
「良いな、それ」
「駄目だぞ」
 ルビーに悪戯っ子そのものの光を浮かべた少年と、サファイアに『近所のお兄さん』的な輝きを宿した少年が同時に言った。
「別にお前は来なくったって良いんだぜ」
「うっ」
「ねぇねぇ、抜け道とか知ってるの?」
「任せろ、幾つも知ってる」
「コラ、二人共」
「・・・・・興味、ねぇのかよ?」
「うぅっ!」

HOLIDAY〜迷い道〜
 『ほてほてほてほてほて・・・・・』 半ば惰性的に少女は歩いていた。
 麗らかな日曜日の午後である。空は蒼天の名に恥じぬ程に澄み渡り、気持ちを浮き立たせる風が頬を撫でて行く。
 ・・・・・のだが・・・・・
「・・・・・」
 焦点が合ってない。何処か遠くを見ている瞳は曇った緑の硝子だ。
 少女の内にあるのは、現実から掛け離れた昨夜の出来事だ。

 家族団欒の夕食後は、少女か少女の姉の容れるお茶を持ってくつろぐのが少女の家の日課である。その日は少女の姉が容れた。
「で、話はどうなったの?」
「うみゃぁん」
 突然泣き伏す外見年齢二十五前−こうなるとほとんど化け物並だが−実は四十三才の妻に、同じくどう見積もっても外見三十だが実は四十五才の夫が言う。
「奥さん、奥さん、二の姫さんが驚くじゃないか」
「だってぇ」
「妹さん」
 泣いている母親を宥めるのは父親の役目だと思ったのか、至極冷静な声でオッドアイの今年二十一になる少女の姉が自分の容れた紅茶で唇を湿らせ、ごくごく何でもないことのように、たった一言だけ言った。
「妹さんが、次期女王候補に選ばれた」
「ふぅん」
「ほぉ、驚かないな」
「だぁって、たかだか次期女王候補に選ばれたからって」
 ・・・・・
「次期女王候補ぉ!?」
「そうだ。次期女王候補のうちの、片方だそうだ」
「嘘ぉ・・・・・」
「残念ながら、一の姫さんが言ってるのは本当だよ」
 唖然呆然する娘に、父親は面白くなさそうに言った。
「出来れば私としては断って欲しいんだがな」
「そうよ!女王様になっちゃったら、もうこんな風にいられなくなっちゃう」
 『ウチの子なんだもん!』と叫ぶ母と、それに同意する父。
「私は、妹さんの好きにすれば良いと思う。幾ら私達が血の繋がった家族とはいえ、妹さん自身ではないのだから、勝手に決めてはいけない。決めるのは、妹さん自身だ。これを一つのチャンスと思うのなら、行っておいで」
 何時だって至高の宝石よりも美しいオッドアイに真実を映す姉。
 父も母も姉も、願っているのは少女の幸せだった。

「ふぅ」
 だから、少女は決められない。

HOLY WOMAN〜怒れる女性陣〜
「ぁんの連中はぁ!」
「・・・・・」
「全く、幾らなんでも、書き置きの一つもして行きなさいというものよ!」
「・・・・・論点が違うわよ」
「・・・・・」
 怒りに顔を紅潮させた女王補佐官は、その言葉に目を『ぱちくり』させると、今度は羞恥に顔を赤くした。
「申し訳ございません」
「まぁ、貴女が怒るのも無理ないわ。前代未聞だものね。全守護聖失踪だなんてゴシップネタとしてもあまりに突拍子がなくて、笑い話にもならないわ」
 心底困ったように女王は麗しくため息をつく。その傍らの女王補佐官もまた頷く。
「何処に行ったのか・・・・・」
 呟きに、聡明な女王補佐官は眉をしかめて自信あり気に言った。
「きっと街でしょう。金の髪の女王候補を見に」
 『ぐりぐり』と疲れたように女王は眉根をもみほぐすと言った。
「帰って来たら、全員をここに呼ぶように手配してちょうだい」
「かしこまりました」

WHEEL OF FORTUNE〜開かれた道〜
 目当ての聖地の王立研究院に次ぐ蔵書量を誇る図書館の門をくぐろうとした時である。
「すみませんが、図書館は何処ですかぁ?」
 この辺りでは見かけない、何処かの星の民族衣装と思しき服の少女より幾らか年上の青年が立っていた。
「えっと、ここですけど」
「おやぁ?」
 どうも気がついていなかったらしい青年が、惚けた仕草で図書館を見上げる。
「いや、そうでしたか、すみませんでした」
「いいえ、ここは初めてですか?だったら受付で地図を借りた方が無難ですよ。ここは広くて、出口が分からなくなって迷子になる人って多いですから」
「そうなんですかぁ。いやぁ、重ね重ね」
「いいえ」
 『にこり』と笑って少女は手にした鞄から本を取り出し、受付に提示する。ついでに地図を借りると青年に渡し、
「じゃぁ、気をつけて」
「えぇ、有り難う」

「ぅんと、ここね」
 元々あった場所でも借りた時点で借りられていた本が返っていたり、その時あったが今現在は借りられている本があったりで、ある程度返す場所が変わってしまっている。おざなりに返すことを考えもしない少女は、自分の背よりも高い場所に返さなくてはいけなくなって辺りを見回す。成人男性よりも高い位置にまで棚があるので、当然備え付けの脚立だとかがあるのだ。
「ないなぁ」
「どうかしたのか?」
「これを返そうとしてるんですけど」
「貨しな」
 耳に心地良く響く低い声が言い、背後からの声に振り向きもせずに答えていた少女の手から本が取られる。
「ここだろ?」
 随分と背の高い青年が軽々とあるべき場所に本を返す。
「有り難うございます」
 最初は驚いていた少女だが、そのまま礼も言わずにいるような躾は受けてはいない。きちんと頭を下げて礼を言う。
「いや、かまわないさ」
 好みがあるとはいえ十人中九人は絶対に『カッコイイ』と太鼓判を押すような美形である。炎のような深紅の髪に煌く青紫の瞳、鍛えられているのだろう腕は程良く焼けた小麦色で、純情なお嬢さんなら一目惚れも致し方ないような青年である。少女もまたその美形ぶりに二度目の驚きを感じている。
「あの、何か?」
 ふと、青年が随分熱心に自分を見ているような感覚を受けた少女は首を傾げる。平凡な容姿と−実際には並よりは上なのだが−思っているので、視線の意味がまるで掴めず困ってしまう。
「あぁ、すまない。あんまり可愛かったものでな」
「はぁ?」
 『きょん』としたひどく子供な表情になってしまった少女に、青年は吹き出す。どうにも子供っぽい愛らしさが抜けないどころか、強まってしまって、それがまた彼女の魅力となっていることを本人だけが知らない。
「時間あるか?良かったらお茶でも」
 瞳の端に浮かんだ涙を拭きながら、青年は誘いをかける。
 『これはもしかして』と、少女はやっと気がついた。可成抜けている。
「ん?」
 『ヒョイ』とばかりに少女の頬に手を当て視線を合わせると、あんまりナンパだとかにあったことのない少女は、後ずさってしまう。
「別に取って食おうってわけじゃないんだから」
 少女の警戒を取ろうと青年は言いかけ、
「何をしている」
 一気に青ざめた。
「良い度胸をしているではないか?」
「すみません、ごめんなさい、すみません、ごめんなさい」
 淡く輝く金の髪の、これまた美形の青年が青筋立てて怒っている。
 受けている相手を端から見ていると気の毒に思う程の猛烈な怒りを前に、別段怒られているわけでもない少女までが身を縮めてしまう。
「あの、私、これで」
 迫力に押されて少女は後ずさりながら言うと、逃げ去った。
「ふむ、少々脅えさせてしまったか」
「貴方の迫力に勝てる相手は、そうそういませんから」

 逃げるように図書館から出て来た少女は、金の髪を風に流しながら『ほてほて』と通い慣れた道を何時ものように歩く。何時もと違う点があるとすれば、その手に新たに借りた本がないという点だけだ。借りても、返しに来れるか分からないから。
「フゥ」
 何故自分が次期女王になど選ばれたのかまるで分からない少女は、青空を見上げる。
 好奇心がないわけではない。ある一定の資格なくしてくぐることの適わない扉の向こう側、聖地と呼ばれる聖なる方々のいる都市、行ってみたいと思わずにはいられない。だがそれを選び、もしもまかり間違って女王になった日には、二度と愛する家族とは会えなくなるだろう。常に新しい変化を求める自由な心と愛する者の側に在ろうとする心は、今まで矛盾なく少女の中では同等であったが、
今は一つの椅子を巡って争うように少女を苦しめていた。
「考えるだに、分かんなくなっちゃう」
 ため息一つ歩道に落とすと、
「あらヤだ、折角の可愛い顔がだいなしよ?」
「ほえ?」
「これねぇ、今年の新色なんだけど、どう?」
 『春の新色フェア』と題してバーゲンをしている化粧品店の前のことである。
「あ、私リップもつけたことないんで」
 『アセアセ』と慌てて少女は断ろうとする。極楽鳥もかくやの極彩色に身を包んだ絶世の美貌の青年相手で、更に慌てまくってしまう。
「えぇ!?今時の女子高生がリップもつけない!?嘘でしょ?」
「いえ、ホントです」
「貴重な存在かも」
「あの、ホント、すみません」
 世の中にこんなにまで派手な色が似合う人がいるとは思わなかった少女は、妙な関心をしつつも走り去った。
「ざぁんねん。でも、ま、いっか、可愛かったし、全然知らないんだったら、それこそ仕込みがいがあるもんね」

 どうにもさっきから逃げまくっている気がする少女は、気分転換と近道を兼ねて公園へと足を踏み入れる。賑やかで雑多な公園の元気を分けてもらったのか、何処となく憂鬱そうだった少女の顔が頭上に広がる空のように晴れやかに輝く。
「良い風」
 頬を撫でる風に気づく余裕を取り戻した少女は、薫る風に目を細め、
『ドゲシャッ』
 額にバトミントンの羽根を受けて、ブッ倒れた。
「い、痛い。ホンキで痛い」
「ごめぇん」
「大丈夫かい?」
「こんのノーコン」
 少女が呻いているところに、『ギャーギャー』とやっかましく三人の少年達が登場する。
「確かお前だろ?足元に羽根落として自然に話しかけるって言い出したの」
「うるさいな、気づかなかったんだから仕方ないじゃないか」
「喧嘩してる場合じゃないでしょう!?」
 目茶苦茶やっかましく盛大に言い合いをする少年達の姿に、痛みも忘れて唖然と少女は見物人に回ってしまう。
「ゴメンね。大丈夫?」
「う、うん」
「ホントごめん」
「もう、大丈夫、だから」
「ホント、ワリかったな」
「もう人に、ぶつけないように、ね」
 個性的な同い年と思われる少年達に、思わず高鳴る胸を押さえて少女はしどろもどろで言う。通っているのが女子校なせいか男性に対する免疫が少ないのだが、今日はどういうわけか会う男性が標準以上の美形ばかりだったせいか、まだマシである。
 スカートについた埃を払い、少女は立ち上がる。
「気をつけてね」
 悪戯っぽく笑って少女は金色の王冠のように輝く髪を風に膨らませるように振り、軽く手を振る。
「うーん、元気な奴」
「可愛い子だな」
「聖地に来てくれるのが楽しみだよね」

 煌く翠の瞳の少女は金色の髪をかき上げざま、神秘を秘めた夕闇を見つけた。
「何やら悩みのある様子、せめて占いの一つもどうだ?」
 素晴らしく艶のある黒髪と夕闇の紫の瞳、黒一色の衣装、妖し気な雰囲気をまとい、氷のような顔に似合いの冷たい微笑みを浮かべた占い師
「いえ、良いです」
「どうせ暇だったのだ。こちらの暇つぶしに付き合うと思って、一枚引いてみぬか?」
 見過ぎると目眩のしそうな幾何学模様の刻まれたカードの裏側が、何の法則性もなく机の上に散っている。
「占いって、そうやってするのもあるんですか?」
「否、これはほとんど運試しのようなものだからな。だからこそ、『暇つぶし』なわけだがな」
「うーん」
 何時の間にやら引き込まれるように、少女はカードを見つめる。
「今現在の自分を呼んでいるカードを見つけるが良い」
 幾枚のカード  そのなかの一枚だけが、自分を呼んでいる?
「・・・・・」
 少女は唇を噛む。
「この、カード」
 白い指が、何の変哲もない、素人目にも玄人目にも同じようにしか見えないカードの一枚を押さえる。
 少女の健康的な薔薇色を透かした白ではなく、純粋な白であるが故に青味がかって見える指がそのカードを魔法のように表返す。触れるか触れないか、なのにカードは『くるり』と回る。
「WHEEL OF FORTUNE」
「WHEEL OF FORTUNE?」
「運命の輪」
「運命の輪?」
 何だか、不思議な感覚がした。
「正位置の意味には《幸運》というのがある。憂鬱気な様子であったが、現在ある問題を良き方向へと持っていこうとする意志があれば、幸運へと転じることだろう」
 濃い闇に近い紫の水晶が煌く。
「持って行け。気休めにはなるだろう」
 一枚でも欠ければそれは占いに使えなくなってしまうだろうに、青年は無造作に少女の手にそれを渡す。
「あの、でも」
 うろたえる少女の後ろから妙なる楽の音にも匹敵する麗しい声が響く。
「こちらにいらっしゃったのですか」
 振り返れば優美な佳人が、暮れ始めた夕方の風に柔らかな長い髪を揺らせている。
 暁色に染まり始めた空を背景に、薄紅に染められた白い服と煌く青がかった銀の髪の佳人は素晴らしく美しかった。
「どうか、しましたか?」
「あ、いえ、すみません。ジロジロ見ちゃって。・・・・・その、たいへん不躾だとは思いますが、男の方ですよね?」
「えぇ、良く分かりましたね」
 そんじょそこいらの美人も裸足で逃げ出す優雅な顔立ちの青年は薄く微笑む。
「・・・・・察するに、また、間違えられたな」
「下手なナンパかけてきた方は全員丁寧にお帰り願いました」
 口元に浮かんだ笑みが怖い。
「そろそろ帰りませんと、方々のお怒りが頂点に達すると思われますが」
 忠実に仕える従者のように、銀と青の青年は黒い青年に至極丁寧な口調で進言する。
「そうだな」
 物憂気な空気を払うように袖を翻し、青年は立ち上がる。つきまとう妖しき雰囲気は一瞬四散すれど、すぐさま青年を覆い尽くしたが。
「ご機嫌よう」
「あ、はい」
 妖しい雰囲気すらも魅力となす程の闇色の青年と優しい湖を連想する柔らかな物腰の青年二人に、慌てて少女は礼をする。
「縁があればまた会うこともあるだろう」
 呟くような別れの挨拶に、少女は手の中のカードを持つ力を強めた。

「あ、帰って来た」
「おっそぉい、待ってたんだから」
「ほぇ?」
 こじんまりとした全体的に生活感のある使い込まれてはいるがたいへん大切に使っているのが分かる家の庭に、数人の少女達がたまっている。鉢植えだとか花壇だとかで咲き誇る花々に負けぬ輝かんばかりの元気な美しさを発揮する少女達だ。
「何してんの?」
「何って、激励しに来たのよ」
「女王候補になったんでしょ?びっくりしたわよ」
 クラスメートとでもここいら辺に住んでいる関係で特に仲の良い者達ばかりが集まっている。
「でも、私まだ決めてないよ。行くだなんて」
「どうしてさ?好奇心旺盛な貴女らしくないわよ?」
 ダークブルーの髪の少女が言う。
「どっちかってぇと行きたいけど、おじさん達が心配ってところかな?」
 実はその通りである。新しいモノを見たい、その欲求は可成少女の内では強い。ずっと小さな頃から側にいた金茶色の友人は、少女のことを自分が自分のことを知ってるのと同じくらいに知っている。
「そういえば、ファザコンでマザコンでシスコンだっけ?」
「・・・・・せめて、家族思いって言ってあげたら」
「その言い方だと身も蓋もないよねぇ」
「ほっといてよ」
 ふてくされたように少女はそっぽを向く。
「行きたいんでしょ?行って来たら」
 清楚な外見のわりに一刀両断的な発言をする友人の方を見て、だけれど彼女程割り切ることが出来ない少女はため息をつく。
「どうしよう?」
「行っておいで。戻って来ても良いから、まずは行っておいで」
 『行かなかったら、悔いが残るよ』と、これまた金茶色の幼なじみの言葉である。何時だって側にいたのだ、それくらい分かるのは当然で、だから迷う背を押す。
「そうそう、第一そう簡単に女王様になれると思ってんの?」
「なにせ、ライバルはかの天下無敵のお嬢様だもの。負けて元々ぐらいで行っておいでよね」
「負けて戻って来たって、それが普通でしょ」
 一風変わった励ましだが、少女にはその方が嬉しかった。
「・・・・・うん」
 元気いっぱいの友人達には見慣れた笑みを浮かべて少女は言った。
「行って、来るよ」

SAINT〜聖地に住まう聖なる者〜
「貴方達は何を考えているのです!?」
 『どんがらぴっしゃん』 時期外れの雷が轟く。
「息抜きを止めるつもりはありませんが、程度というものを考えなさい!」
 桜色の何時でも優しい美貌の女性の無限大かと思われた寛容さも、流石に回復するより先に底をついたらしい。女王補佐官となってからこっち、一度とて怒ったことがなかった為、どうもたまっていたのが限界を超えたというのも原因だろう。
「貴方達は自分の立場というモノを真剣に考えたことがないのですか!?」
 ここで約一名が『ない』と内心呟いたが、絶対にそれを表に出すような馬鹿な真似はしなかった。そんな恐ろしい真似、出来る筈がない。
「そこら辺で止めてあげてはどう?」
「陛下」
 まだ不満が残っているようだが、忠実な女王補佐官は女王の意に従って後ろに控える。
「で、金の髪の次代女王候補はどうでした?」
 話を変えるように女王は問う。
「親切な子でしたね」
「純情な子だった」
「話す前に逃げられたので見た印象ですが、悪い印象は皆無でした」
「素材は悪くなかったですね」
「元気な奴だったと思う」
「可愛い子でした」
「優しそうでした」
「ごく普通の子であったが、ひどく素直な目をしていたな」
「愛らしい、物おじをあまりしないように見受けられました」
 一通り聴き終わると、女王はヴェールから出た口元に優しい笑みを浮かべて言った。
「そう、良い子のようですね」
「・・・・・かつての誰かのようですわね」
 『ぽつり』と女王補佐官が呟いたが、その声は女王の笑みを強くする程度の大きさでしかなかった。
「分かりました。試験の内容が内容であったので、上手くやっていけるかどうか心配でしたが、それなら大丈夫そうですね」
 聖地を模して作られた《飛空都市》と呼ばれる場所で行われる試験では、大陸育成の為に飛空都市に彼等守護聖と二人の女王候補が住まうことになっている。個性派揃いの守護聖達だが、どうやら金の髪の女王候補については気に入ったらしい。これならもう一人の女王候補とも上手くやっていけるだろう。
 柔らかな女王の声に、安堵する一同である。
「・・・・・ですが」
 一転して冷たい声が響く。安堵するのはまだ早かった。
「守護聖たる者が全員揃って聖地を一時なりとも出奔するなど言語道断!」
 女王補佐官同様に、滅多やたらに怒らぬ女王の怒声が響き渡った。

PROGRAM START SUCCEFULL〜そして始まる物語〜
 旅立つに相応しい、雲間から光が差し込む朝である。
「愛しているよ、私の二の姫さん」
「何時でも帰って来て良いのよ」
「頑張っておいで、妹さん」
 別れの言葉と祝福のキスを受けて、少女は元気に頷いた。
「いってきます」
 そして、金色の少女は金色の光をいっぱいにたたえた門をくぐった。

「さ、開けるわよ」
「えぇ」
 深呼吸を一つ、少女は瞳いっぱいに好奇心を浮かべて立つ。選び取った運命が開かれるのを待った。
 扉は実際よりも緩やかに開けられたような気がした。
 反比例して、鼓動が早くなる。

 白い区切られた小さな世界
 感じるデ・ジャヴュ

 居並ぶ聖なる力の保有者《守護聖》と呼ばれる九人の少年、または青年達
「っ!」
 『ぴきっ』 少女は凍りつく。こんな時でなければ思わず見とれる美形揃いである、のだが・・・・・
 悪戯っぽく笑っている幾人か、澄ました顔で知らんふりをしつつも視線が合った瞬間にウィンクを寄越す者達、心底の読めない顔に微かな笑いを口元に刻んだ者
 全員知った顔であった・・・・・
「何してるのよ」
 眉をしかめて大人びた美貌の少女が言う。『早く来なさい』と。
「う、うん」
 対照的に幼い愛らしさの漂う少女は親鳥に置いて行かれまいとする雛のように、『テテテテテッ』と小走りに少女の隣に並ぶと、一段高くなった上座の隣、優雅な美貌の女性が微笑む。
 深紅のビロードに金糸で宇宙の具現と言われる聖なる獣《神鳥》の刺しゅうのされた幕が上がる。
「よく来ましたね」
「女王陛下」
 これ程までに間近で神の御使い、否、神の代行者、神の化身とも呼ばれる女王を前にしたことのなかった少女の片割れが呟く。
「貴女達は私の跡を継ぐことの出来る素質を持つ者達・・・・・名は?」
 声もなく見つめていた少女の方がその言葉に正気づく。
「私は《ロザリア・デ・カタルヘナ》と申します」
 絶対的な自己に対する自信に裏打ちされた鮮やかな横顔に、もう一人の少女も不安を拭い去って答えた。
 金の髪を軽く揺らし、翠の瞳いっぱいに光を宿した少女は言う。
「私は《アンジェリーク》と申します」
 一瞬驚いたように二人の女性の穏やかなサクリアが揺れた。もっとも、あくまで一瞬であった為に誰も、女性達自身以外の誰も気がつかなかったが。
「良い名、ですね」
 ゆるりと首を傾げるような仕草に合わせて、懐かしいような香りが少女に届く。
「これより始まる女王試験では、貴女達にそれぞれ大陸を育ててもらいます。そして、その発展によって次期女王を決めましょう。詳しきことはね試験の協力者として遣わせるディアから聞くように。・・・・・より良き未来の為に、最善を尽くすよう・・・・・」
 軽く己が補佐官に頷くと、深紅のビロードが再びその姿を覆い隠した。
「さ、行きましょう。貴女達の育てる大陸へと案内します。・・・・・彼等とは、また後でね」
 悪戯っぽく笑って女王補佐官は先を歩く。その時、思わず苦笑してしまう者と悪戯を見咎められた子供のような顔をする者とに守護聖達が分けられる。前者はこの間のことを思い出しただけの者であり、後者はちょっかいをかけようと思っていた者である。

「あ、はい」
 慌てて少女達はついて行く。これから向かう試験会場に対する好奇心に沸き立つ心を抱いて。

 それ故に、隔てるビロード故に、小さき呟きであったか故に、女王の言葉は届かなかった。

「PROGRAM  START  SUCCEFULL」

 そして、物語りは始まった。

END