愛しているよ、僕の可愛いアンジェリーク
だから、きっと、この手で・・・・・
金糸の髪と緑柱石の瞳の少女《 女王候補アンジェリーク》 は、何故か人の心を引き寄せる不思議な魅力を持った少女であった。
「アンジェリークに?」
「結構噂になっていましてねぇ。これから皆で見に行くんですよぉ」
『貴方も如何ですかぁ?』とゆったりとターバンで髪を押さえた彼は言った。
「行きます」
アンジェリーク贔屓と仲間内で言われる彼《 水の守護聖リュミエール》 はその噂を持って来た《
地の守護聖ルヴァ》 に同行を申し出た。
「そう言うだろうと思っていました。いやねぇ、実はジュリアスまでいるんですよぉ。だからいざとなったら皆で捕まえていないといけないんですが。何せあの通り、堅物ですからねぇ」
「勿論、協力させていただきます」
「では、行きましょう」
「はい」
外では《 闇の守護聖クラヴィス》 を除く、《 光の守護聖ジュリアス》 《風の守護聖ランディ》《炎の守護聖オスカー》《
緑の守護聖マルセル》 《鋼の守護聖ゼフェル》 《夢の守護聖オリヴィエ》の総勢六名が待っていた。・・・・・そんなに暇なのか?
平日故に少々少ないとはいえ公園は相変わらず人々が思い思いにくつろいでいる。
「いた!あそこ!」
「あいつが例のアンジェリークの恋人?」
ボソボソ、麗しい守護聖達が覗き見しながら囁き合う。なにやら、悲しいものがあるのだが・・・・・
彼らの視線の先で二人の人物が楽しげに談笑している。
「結構良い男みたいじゃない」
「性格も良さそうですねぇ。性格が悪い人は顔もきついですから」
「・・・・・」
瞳は遠くて分からないが明るい金茶色の髪、なかなかに背が高く、黒を基調とした簡素な服を着ているがすらりとした身体付きは必要最低限の均整を確実にとっているので豪華な衣装も見栄えがするだろう。全体の雰囲気も柔らかで優しそうだ。・・・・・ようするに、《良い男》の見本、のような奴である。
「話し声がよく聞こえないな」
「もうちょっと寄ってみるか」
・・・・・何が悲しゅうて、全宇宙を支える女王陛下を守る守護聖ともあろう方々が覗きをしているのやら・・・・・
「あ!」
結構側に移動した時にアンジェリークが声を上げ、思わず『ビクッ』と身体を震わせた一同ではあったが、続けて紡がれた少女の言葉に安堵した。
「クラヴィス様!」
「ほぅ、今日は二人なのか」
「・・・・・アンジェリーク、もしかしてこの方は」
「闇の守護聖であらせられる、クラヴィス様よ」
「お前は?」
特に感情を込めて言ったわけではないが守護聖歴がジュリアスと並ぶクラヴィスの言葉には、そこはかとなく威厳というものが漂い、可成緊張をしながら少年は必死になって答えた。
「は、はい!《 シオン・サフライン》 と言います。お会い出来て光栄です」
好感の持てる素直さで頭を下げる少年シオンの隣、アンジェリークは補足する。
「家が近くで、幼なじみなんです」
「アンジェリーク!クラヴィス様!」
「ロザリア・デ・カタルヘナ!」
「シオン・サフライン!」
散策にやって来たのだろうもう一人の《 女王候補ロザリア・デ・カタルヘナ》は、彼女にしては珍しく驚きに表情を崩す。
「シオン・サフラインでしょう、毎年合同祭の男優賞をとってる。まさかこんなところで会えるなんて」
「ロザリアも知ってるんだ」
「当たり前よ。去年の合同祭で連続五回目の男優賞をとっていって連続記録を塗り替えたんだもの。あんたの知り合いなの?」
「うん、幼なじみなのよ」
誇らしげにアンジェリークは笑う。こんなアンジェリークの、他人のことなのに我がことのように笑ったり怒ったり悲しんだりするところは、実はロザリアも気に入っている。誇り高さ故に自分にはとても真似出来ない素直さだからだ。
「ロザリアのバイオリンは素晴らしかったよ」
アンジェリークを見習って、ロザリアは茶目っ気たっぷりにお辞儀する。
「そっちこそ、去年は《 ピーターパン》 だったわよね。よくあれだけ飛んだり跳ねたり出来るって感心しちゃったわ」
「有り難う」
「《 スモルニィ女学院》 は女子校だろう?」
しばらく会話を聞いているだけだったクラヴィスの台詞の意味を、シオンは察することが出来たようだ。
「隣に姉妹校で男子校があるんです。それで劇だとかはどうしてもまじっていないと不都合な時もありますから学院祭は合同でやっているんです」
「男装はともかく、女装はねぇ」
「見たくないわ」
「という意見がありまして」
くすくすと悪戯っ子のように快活で楽しげに笑うシオン。
「成程、それで男優賞があるのか」
「えぇ」
物おじというものがないのか、あっけらかんとしたシオンは好感が持てる。
アンジェリークと同じような優しいおおらかな雰囲気だ・・・・・
夜も更け、守護聖達が居間として使っている部屋に一同は揃っていた。
「シオン・サフライン、というのだな?」
「あぁ、幼なじみだそうだ」
けだるげにクラヴィスは答える。何時もならば自室で気ままにしているというのに、実際にアンジェリークとの噂の相手と話したということで引っ張り出されたのだ。全くもって完璧なポーカーフェイスで分からないが、はっきりきっぱり不機嫌である。
「なぁんだ、僕はてっきり恋人なのかと思った」
クラヴィスの内心を露とも知らぬマルセルが朗らかにそう言うと、
「分からねぇぞぉ、隠してんのかもしれねぇじゃん」
「だよなぁ」
と、兄貴分の二人が応えた。
「・・・・・彼は、どうやってここに来たんでしょうか?我々やディア様以外は女王陛下のお許しがなくては来れないでしょう?」
リュミエールのその言葉に、一同は顔を見合わせる。
「でも週に一度だけ次元回廊が開かれるでしょう?えぇ、その時ではないんですかぁ?一定以上のサクリアを持つ者は通れるでしょう?」
飛空都市や聖地にいることが出来る者は全員普通よりも(守護聖や女王になれる程ではないが)強いサクリアを秘めている。
「それにしたって妙よねぇ。だぁってさ、学校は?」
「今の時分なら普通に授業がある筈だな」
「わざわざ休んで何故滞在する必要があるんだ?日帰りするのが普通だろう?」
考え込む一同の中で、唯一人物音に気がついたランディが振り返る。
「あれ?オスカー様、何時の間に戻って来たんですか?」
今まで居間にいなかったオスカーが、何やら思い詰めた顔で入って来たのだ。彼は元々軍人の出であるということで、ジュリアスよりこの飛空都市の守備一切を任されている関係上警備兵の元に行っていたのだが、
「オスカー!どうしたのさ、その血は!」
オスカーの服についた血に気がついたオリヴィエの言葉に、彼らは目を見開く。よくよく見てみれば、彼の身体のあちこちに点々と血がついているではないか。もっとも、
「返り血です。打ち損じまして、面目ありません」
「・・・・・アンジェリークやロザリアには知って欲しくはない、ですね」
「何をです?」
幼さ故にまだ守護聖として浅いが故に、マルセルはまだ知らないのだ。
・・・・・女王ト守護聖ハ常ニ狙ワレテイル・・・・・
「どうして?女王陛下も守護聖も、この宇宙の為に必要なんでしょう?」
純粋さをまだ子供であるが故に、持ち続けているマルセルには理解出来ない。否、正確には『したくない』のだろう。
「・・・・・それでも、なんだよ。主星と辺境、貴族と平民、それぞれが対立しているんだ。俺のいた処もそういうのあったぜ」
「主星は辺境の政治にある程度関与しているのが辺境の者達には気にくわない。聖地は主星にあるし、そんなところか」
「そして、現在貴族出身なのはジュリアス様と、一応だけど俺、ちょっと違うけれどオスカー様。その他は皆庶出、現女王陛下も庶出だ。貴族からしてみれば『我々を差し置いて』、というわけだ」
「それに平民にしてみれば、貴族出身の者より同じ出の者が好ましいしな」
泣き出しそうな顔でマルセルは言う。
「そんなぁ・・・・・」
「それに対する対抗手段として、この飛空都市にも守備軍があるんですよ。まだ、知らなかったんですね?・・・・・知らないでいる方が良いに決まってますけど」
『キュッ』と眉根を寄せてルヴァがマルセルの髪を撫でながら言った。
「夢見るのはその人の自由さ。たとえ《 夢の守護聖》 である私にだって、それを止めることは出来ない」
何処か悔しそうに、オリヴィエは呟く。
「だけれど、主義主張は個人に任されているとはいえ、あんまりです!」
穏やかで優雅なリュミエールにしては珍しく怒気を露に言う。
「我々はまだ良い。我々は男であり、サクリアも使い方によっては身を守るくらいはわけない」
「問題はそれの出来ない、あの二人だ」
彼等にとって愛すべき少女達は、あまりにも弱い。だからこそだろうか、心が強い。
「それとなく、気をつけてやろう。あの子達に何事もないように」
重苦しい沈黙の後に、皆は一様に頷いた。
金と紺の二人の少女達を慈しむ心を、皆が持っている・・・・・
漆黒の闇に閉ざされたその場所に、闇を弾く金茶の髪の少年が一人佇んでいた。まぶたは軽く、だがしっかりと閉ざされている。風に乗って血の香りが少年のいる辺りにまで漂って来た。
「計画はどうなっている?」
「・・・・・明日、森の湖に連れて行く」
「分かった」
「さっさと消えろ。目障りだ」
何処までも感情を排除した声で少年は呟くように言った。その下で必死に何かの感情を抑えているのに気がついたのか、いないのか、
「あの娘も可哀想に、平民の分際で女王候補になったばかりに」
「消えろ!」
激昂して少年は叫ぶ。逆鱗を逆撫でされ、感情が爆発していた。淡い紺色の瞳に危険な光が宿る。
「幼い頃からの友を裏切るのは辛いか?」
「煩い!」
噛み締めた唇から、血がにじんでいた
夜風に金茶色の髪が、揺れていた
閉じられたまぶたの端に、涙の丸い滴がにじんでいた
アンジェリーク 僕の大切な可愛い貴方
信じて欲しい 本当に愛している
「何時も公園ばかりだし、他に行かないか?」
「そうね、何処に行く?」
「森の湖に行こう」
「うん、行こう」
翠の瞳には、何の疑いも存在しない。シオン・サフラインの心に純粋な翠が痛かった。
「シオーン!」
緑を反射する《 森の湖》 、別名《 恋人達の湖》 にアンジェリークの澄んだ声が響く。普通に歩く少年より早く湖の辺に来た少女は手を振る。
「アンジェリーク」
「何?」
疑うことを知らない翠の瞳と、暗い影を浮かべた淡い紺の瞳が正面から向き合う。
鋼の銀光が反射し、血の赤が舞った。
「シオン?」
愕然としたアンジェリークは、眼前の光景を否定したかった。黒装束に身を包んだ男が倒れ伏した。
切ったのは、
「逃げろ、早く!」
血の赤のついた家伝の剣を手に、オスカーが叫んだ。他の守護聖達も次々に現れる。
水辺ということもあってリュミエールはそのサクリアでもって水を操ることで敵の持つ武器を壊すという荒業を、また森であるということでマルセルも木々に絡まった蔦を使って敵の動きを封じるという器用なことをしている。その他の守護聖達も各々
のサクリアや持ち前の運動神経を駆使し、それぞれ確実に敵を追い詰める。
「シオン?」
目の前に立つ友の名を、震える声が紡ぐ。
「・・・・・まさか、違うよね?知ってて、来たわけじゃ、ないよね?」
肯定して欲しかった。ほんの少しで良いから首を縦に振ってくれたら、『違うに決まってるよ』と、言ってくれたら!
「・・・・・」
肯定否定、どちらもなかった。
だが沈黙は、答えともなり得る。特に、何かに耐えるかのような、苦汁に満ちた顔ならば尚更に・・・・・
守護聖達と刃を交える幾人もの男達の仲間だと、彼女の中の彼女が言った。
「何をしている!《 アスター》 !早く殺してしまえ!」
「アスター?シオンのお兄さんの?アスターお兄さんなの!?」
「アンジェリーク!」
懐から取り出され、振り上げられた銀色の短剣。
血が、アンジェリークの頬に胸に、広がった・・・・・
「あ・・・・・」
「愛しているよ、僕の可愛いアンジェリーク」
血刀を手に、艶やかに微笑んだ《 サフライン》
叫びが響き渡った。
「裏切るのか!アスター」
「僕は《 シオン・サフライン》 、《 アスター・サフライン》 じゃない!」
また一人、彼にとって仲間である筈の者を屠る。
「シオン?」
「ごめんね、怖かった?」
少女を守る形で刃をふるう少年。紺色の瞳に優しい労りの光が浮かんでいる。
「どうなってんだよ!」
疑問を叫ぶゼフェルに、少年は言う。もっともな一言を。
「落ち着いてからにしましょう」
「僕は《 シオン・サフライン》 。アンジェリークの友にして、幼なじみ、そして、クラスメート」
「?」
守備軍の兵士達に暗殺者達を引き渡した後、聖殿の一室に守護聖と女王補佐官、女王候補二人、そして《
シオン・サフライン》 が集まっている。
「《 アスター》 兄貴なら今ごろ家で寝込んでるよ。《 フリージア》 がおたふく風邪になってね、アスター兄貴もしてなかったから、移ってやんの」
けらけらとシオンは遠慮なく笑う。
「フリージア君というと、シオンの三番目の弟だっけ?」
「三番目の弟は《 ヒアシンス》 、フリージアは四番目だよ」
「そうだっけ?シオンて七人も兄弟いるんだもの、混乱しちゃう」
「だろうね、たまに親も間違う。で、現在学校には《 デンファレ》 兄貴が代わりに行ってんだ。デンファレ兄貴、すっげぇ嬉しそうに身代わり引き受けてくれたぜ」
「・・・・・デンファレさん、男でしょ」
「僕の身代わりだもん。私服もOKだし、ハイネックにすりゃバレないって。第一、折角の皆勤賞フイにする気なかったんだもぉん」
「女子校よ!」
「分かってるよ」
「もしもぉし、ちょっと良い?」
「「はい?」」
同時に二人は首を傾げる。
「お前、シオン、男だろ?」
『ぽりぽり』と頭をかいてシオンは暫し考え、いきなり黒いシャツのボタンを外して前をはだけた。
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
きっちりと巻かれた白いサラシが女性特有の体の線をある程度押さえているが、どう見ても女性体にしか見えない、しかし、それを除けば『良い男』という、あまりのギャップに守護聖達の思考は停止した。
「シオン!」
けろりとした本人の代わりに真っ赤になったアンジェリークが幼なじみの少女の名を叫んだ。
「だぁって、口で言うより確実じゃん」
「女の子の自覚ないの!」
「ねぇよ、んなもの。上下七人全員男だぜ、なくなるよ、自覚なんて」
・・・・・だからって・・・・・
「アスター兄貴は潜入捜査官なんだ。んで、兄貴の潜入していた組織のターゲットがアンジェリークだってんで、兄貴が丁度選ばれてね、張り切ってたんだけど、あえなくおたふく風邪でダウン。その代わりに僕が来たんだよ、組織にはアスターとして、ね」
「役者よね」
「当然、伊達に合同祭で男優賞はとってないさ」
からからと笑うシオン。おまいさん、本当に女か?
「だからって、女の子でしょう?」
「そう、見える?」
悪戯っぽくウィンクするシオン。流石に、外見だけならいっそマルセルよりも『男らしい』ので、反論できない。剣の腕も大したものであった。
「まぁ、兄貴が本当にそういう組織の人間でも、アンジェリークだけは殺せないんだけどね。・・・・・なにせ、《
アスター》 《デンファレ 》《 ストック》 の兄貴達も、《フリージア》《ヒアシンス》《ペニチュア》《
プロテア》 の弟達も、全員アンジェリークのFANなんだぜ。知らなかったろ?人気あるんだぜ、アンジェリーク」
「全然知らなかったわ」
大人しく聞いていたロザリアが、ここにきてやっと口を挟んだ。
「一部に出回ってたシオンの恋人って、クラスメートの女の子だって聞いたんだけど」
あっけらかんとシオンは一点の曇りもない声で言った。
「うん、アンジェリークだよ。僕は恋人にするならちゃんと男が良いけど」
「そんな噂あったのぉ?」
「女子校のサガ、よ」
「しくしく」
「まぁ、これで暫くは安全なんじゃない?あいつら締め上げて首謀者叩くし」
あくまで底抜けの明るさでシオンはそう言った。
その他一同は、脱力した・・・・・
次元回廊が開く土の日に『女王候補暗殺阻止の功労者アスター・サフライン』として、《シオン・サフライン》
は帰路についた。
「元気でね。応援してるよ、兄弟皆でね」
「有り難うって、伝えてね」
「うん」
一応の警戒の為に守護聖揃い踏みであるが、まったくそんなこと、目に入っていない二人である。
「じゃぁ、アンジェリークをお願いします」
「分かりました」
代表として受け答えたのは《 女王補佐官ディア》 である。
「僕にとって可愛い妹みたいな子なんです。本当によろしくお願いします」
ぺこり、頭を下げるシオン。
「元気で、手紙を書くわ」
「うん、楽しみにしてるよ」
名残惜しげに肩を抱き合っているアンジェリークとシオンであったが、何を思ったのかいきなりアンジェリークの頬にシオンが口づける。
「シオン!」
「アハハッ!湿っぽいの趣味じゃないんだ!バイバイ!」
怒るアンジェリーク(他に顔を引きつらせた者が数名いるが特に記述はしない)に手を振り、《シオン・サフライン》
は次元回廊を渡って帰る際に、自分の名前と同じ花束を投げ、すっぽりと、アンジェリークの腕の中にそれは収まる。
《 シオン》 紫苑の花は《追憶・貴方を忘れない》
という、友情と思い出の花
「じゃぁね!」
元気いっぱいに、金茶の髪が揺れた。
そしてそれは、次元回廊の金色の光の中に消えたのである・・・・・
END
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