SNOW MEMORY〜雪に消えた緑〜

SNOW MEMORY〜雪に消えた緑〜



 雪が降る中に、彼は現れた。

 雪が降り始めた。
 『ちらりほらり』と落ちてくる白い水の結晶体は、その清らかさ故に心を魅せる力を有している。
『・・・・・』
「誰?」
 耳元に優しく滑り込んだ声に、少女は辺りを見回した。
『・・・・・やっと見つけた』
「誰なの?」
 姿なき者の声なれど、少女は脅える素振りもなく誰何する。答える者の影なく、その声は雪の降る大地に吸い込まれていくだけだが。
『やっと見つけた、愛しい貴女』
 少女を包み込むように風が周りで渦を巻いたのが、雪の乱舞で分かった。

 高く澄み渡った空に、同じだけ高く澄み渡った声が響く。
「陛下!」
「ん?どうしたの?」
 持って生まれた天賦の優雅さと気品高き《 女王ロザリア・デ・カタルヘナ》 は、反面ある人物の影響から至極親しい者達にのみ気さくな態度をとる。
「お仕事もうないですか?」
「今日の分はもうないわ。貴女もお茶しない?」
 そう言いながらも、大切なたった一人の親友である《 女王補佐官アンジェリーク》をそれは目に入れても痛くない程溺愛している女王は、同席する大人しやかで風雅な《 水の守護聖リュミエール》に少女の分のお茶を容れてくれるように指示する。
「今日はアップルティーですよ」
「お誘いは嬉しいのですが」
 ほんの少し困ったように、少女は断りを口にする。
「どうしてぇ?」
 無垢故の無遠慮な程の率直さで《 緑の守護聖マルセル》 が不満を出すと、同調して、
「付き合い悪いぞ」
「身体の具合が悪いようには見えませんが?」
 緑の守護聖に負けない率直さで文句を言う《 鋼の守護聖ゼフェル》 とやんわりとした口調で言う《地の守護聖ルヴァ》 の二人の台詞に、それでも少女は困った顔を崩せない。
「用事でもあるのかい?」
 少し首を傾げ気味に問いかける《 風の守護聖ランディ》 に、少女は何度も首を縦に振ることで答えとした。
「キャンセル出来ないとなると、デートかな?」
 悪戯っぽく笑いながら《 炎の守護聖オスカー》 が言えば、これまた少女は頷いた。
「何処のどいつよ、私達の天使さんに手を出そうだなんて考えるお馬鹿は?」
 綺羅綺羅しい美貌には何故だか似合いのお姉様言葉で《 夢の守護聖オリヴィエ》が笑って言った。
「古い友人なんです。しばらく会ってなくて、やっと久しぶりに」
「そうなの、それじゃ仕方ないわね。分かったわ、お茶は今度にしましょう」
「すみません。今度は私、お茶菓子に陛下のお好きな物作りますから」
「楽しみにしてるわ」
「はい、陛下。では」
 明るい笑顔の天使様は、可愛らしく礼をすると足早に去って行く。
 そして、
「では、陛下」
 冷厳な容貌の《 光の守護聖ジュリアス》 が、椅子から立ち上がると一分の隙もない完璧な礼をする。
「報告をちょうだいね」
「御意」
 無愛想な程短く答えて《 闇の守護聖クラヴィス》 が退室する。その後に、『ぞろぞろ』との擬音をつけたくなる一団もまたついて退室した。
「・・・・・後は結果待ちだけね。ほぉんと、楽で良いわ」
 呟き、上品な笑い声を漏らし、女王の冠がすっかり馴染むうちに同じようにすっかりくえない性格になった女王は、一人静かな午後のお茶に興じたのである。

 昼間は決して人の絶えることのない公園に、人目を引く少年が立っていた。誰かを待ってでもいるのか微動だにせず、軽く目を伏せた状態で常緑樹に寄り掛かっている。
 そうして、たった一人の足音を聞き分けて、まぶたで覆われていた瞳が現れた。深紅の瞳に笑みをにじませ、鮮やかに笑って彼は声を発した。
「アンジェリーク」
「お久しぶり、元気だった?」
 元気な笑顔で少女は少年に話しかける。
「元気なかったけど、アンジェリークに会えたから元気になれたよ。・・・・・会いたかった」
 少女より背の高い少年が少女に抱き着き、拗ねた子供のように少年は言った。
「寂しかったよ、僕のアンジェリーク」

「誰だよアイツ」
 怒りのバッテンマークつきで、ゼフェルがブツクサ言う。
「振り払え!アンジェリーク」
「うんにゃ、絶対振り払ったりしないわよ」
「そうですね、素朴な愛情表現の場合はそのままにしますからね」
「あのオスカー様相手でも逃げないもんね」
「オイコラ、どういう意味だ」
「御自分の胸に手を当てて考えて下さい」
 ジュリアスの言葉に、オリヴィエとリュミエールが反論し、マルセルが同調すれば、その台詞に引っ掛かりを覚えたオスカーが凄み、ランディがあっさりとツッコミを入れた。
「アンジェリークはおおらかですからねぇ、あれっくらいじゃ動揺もしませんねぇ」
「おおらかにも限度があろうがな」
 意外と冷静にルヴァが言い、クラヴィスが疲れたような呟きを落とした。
 以上、全て声を押さえての会話である。・・・・・守護聖揃い踏みで、茂みから人のデートの覗きは、情けないと思う・・・・・

「あらあら、薄情者が来たわ」
「ひっどぉい」
 盛大に傷ついたふりをする少女の姿に吹き出して、女王は恐れ多くも手ずから少女の分のお茶を容れてやる。その際にも、ここ一週間以上放って置かれた文句は忘れない。
「この頃付き合い悪いわよ。昔の友達ばかり見ずに、私の方を見てくれてもいいんじゃない?」
「だぁって、《 ゲッカ》 君たら『毎日会いたい』だなんて我が侭言うんですもの。その上、あんなに無邪気に懐かれると」
 『無邪気さであんたに勝てる奴なんていないわよ』と、内心呟きながら、女王はティーカップを差し出した。
 『ぶちぶち』と唇を尖らせて不満そうな少女の姿は変わらない。世俗を知らない子供よりも無垢な心、真っ直ぐな真実を見抜く翠の宝石の瞳、どれも出会った頃と変わってはいない。変わったのは自分達の位置関係だけ。ライバルで友達という関係から何より信頼出来る親友という関係に変わっただけ、それだけ。
「アンジェリーク、ゲッカ、ていうのがあんたの友達?」
「うん、ゲッカ君だよ。とぉっても古い友達なの」
 『きらり』、輝く笑顔で少女は笑う。
「妬けるわね。その人は私の知らないあんたを知ってるんでしょう?何だか、嫌だわ」
「ゲッカ君も同じこと言ってたよ。『僕の知らない君を知ってる人がいるの、嫌だ』って言ってた」
 『おんなじだねぇ』と続ける少女に苦笑する。少女はかけらも分かっていない、自らが持つ魅力というものを。女王自身のように華やか『華麗』な美しさではないが、『可憐』なその微笑み一つで世界征服ぐらい出来てしまうのではないかと、思うのは何も彼女だけではないのだ。

 さて、更に数日後の夜の、雪を肴にした酒宴である。
「何でぇ、俺の方がいい男だぞ!」
「俺だっておんなじ赤い目だぞ!」
「ちっくしょぉぉぉぉぉ!」
「アンジェリークゥゥゥゥゥ」
 ・・・・・喧しい・・・・・
「どうせ私は黒髪ではありませんよ」
「そりゃぁ私は活動的じゃないですけどねぇ」
「・・・・・」
「こんなに好きなのに、全然分かってくんないし」
 好き放題怒鳴り合う者達がいれば、『ブツブツ』と陰に耽っている者達もいる。
「鬱陶しい」
 両断するように冷ややかに言葉を紡ぎながらも、自身やけ酒をあおるお堅い光の守護聖様は、冷たく輝く蒼い瞳を外に向けて、眉をひそめた。
「アンジェリーク?」
「何処にいんの?」
 『ドカドカドカッ』と、ジュリアスを押し倒す勢いで喚くか呟くかしていた連中が窓辺に寄る。

 雪の降る中に、少女はいた。
  夢遊の者のように意識なく、誰かに操られるように
 雪の降る中に、少年はいた。
  妖しくも美しい微笑み浮かべ、その腕の中に獲物を捕らえる為に

 緑なす黒髪の筈だった。だが、あの髪の色は紛うことなき緑、新緑の深く力強い緑だ。
「アンジェリークをどうする気です!」
 閉じていた扉も兼ねる硝子の窓を壊さんばかりの勢いで開けたリュミエールが叫ぶ。
「誰、君?」
 『きょとん』とした子供っぽい顔で首を傾げる少年。腕の中には眠る少女。
「アンジェリークをどうする気なの!?」
 吹きすさぶ風に髪を乱してマルセルも叫んだ。
「だぁかぁらぁ、誰なわけ?」
「先に言ったのはこっちなんだから、そっちが先に答えなさい!」
 『ビシッ』と教育的指導をしたのは、その姿が一般常識から大きくはみ出しているオリヴィエである。
「・・・・・帰るんだよ、家に」
 不承不承といった風情で、少年は答えた。
「ずっと待ってたのに帰って来ないから、迎えに来たんだ。ずっと一緒にいるって、約束だもん」
「甘い!約束と校則と先公は破って逆らう為にあるんだぜ」
 ・・・・・違うだろ、ゼフェル・・・・・
「・・・・・君達が、えぇと、守護聖、だっけ?それなの?」
 赤い瞳に警戒心をいっぱいに宿した少年が問う。腕の中に抱く少女を、『決して離しはしない』と言いた気に、『しっか』と抱き締めたまま。
「そうだ」
 傲然とシュリアスが答える。
「じゃぁ、君達のせいでアンジェリーク帰れなかったんだな。ずっと僕が一人で待ってる間、ずっと独占してたんだな」
「独占というのは、一人で所有すること、ですよぉ?ちょっと違いませんかぁ?」
「うるさいやい!」
 ルヴァに間違いを指摘されて赤くなる少年である。
「お前は何者だ」
 眼光鋭く、オスカーが低く問う。
「僕はゲッカ、柊の精だよ」
 『くすくす』と楽しそうに少年は笑う。柊の鋭い刺を持った緑の葉と同じ色の髪と柊の赤い実をそのまま嵌めたような瞳の、少年は更に言う。
「アンジェリークが生まれた年に、僕は庭に植えられたんだ。だから、アンジェリークのことは何だって知ってる。誰よりもずっと側にいたんだ。僕が一番アンジェリークを好きなんだ」
 高らかに少年は言い切った。
「だから誰にも渡さない。僕だけのアンジェリークだ!」
 ゲッカは叫ぶ。『彼女は自分のモノだ』と。
「冗談じゃ」
 誰かの唇から言葉が漏れた一瞬後に、似た言葉が空を駆けた。つい先程まではいなかった至高の座に座る人の、ここ数年聞いたことのないような大音声である。
「冗談じゃないわ!」
 優雅な服の裾を捌くのももどかし気に美貌の女王は怒りに瞳を輝かせながら叫んだ。
「『誰にも渡さない』?『僕だけのアンジェリーク』?冗談じゃないわよ!誰が貴方だけのモノなの!?そんなの認めないわ!えぇね決して認めない!」
 そのあまりに鮮やかな感情は空気すら染め変えそうな程 人が『怒り』と呼ぶ感情を爆発させた女王は、ひどく妖艶で美しい。
「独り占めだなんて、そんな、そんな、そんな・・・・・」
 『ブルブル』と握り締めた拳を震わせながら、ロザリアは叫んだ。
「そんな羨ましいこと認めないわよ!」
 ・・・・・オイ、コラ・・・・・
「アンジェリークはねぇ、たった一つの希望なのよ。私がこうやって女王をやっていけるのだって、あの子が側で笑ってくれるから。変わらない笑顔で笑ってくれるからなのよ!?アンジェリーク程私を分かって、私本人を愛してくれる人いないんだから!」
 独りぼっちの女王の、それが偽らざる本音だった。向けられる尊敬にも愛情にも何もかもに『女王』という『保護者』に対する見返りを期待する感情が含まれていることは否めなくて、泣くことすら許されない彼女の心を、打算なんて星の彼方の無垢な笑顔がどれ程救ったことか・・・・・
「『誰にも渡さない』?それはこっちの台詞だわ!」
 叩きつける激しさに、ゲッカは首を横に振る。否定したかったのか?自分と同じように少女だけを支えとしている存在そのものを。
「独占欲は愛ではない」
 一時訪れた沈黙を裂いたのは闇の守護者だった。
「お前のそれは、恋故ではない。それはただの独占欲だ。恋すれば全てを欲するかも知れぬ、だが、相手から全てを奪うような欲を、愛だとは呼ばない」
 夕闇の瞳が細められる。
「子供が気に入りの玩具を離さぬような、それは独占欲だ!」
「うるさぁい!」
 泣き喚く子供のように、頑是ない子供のように、ゲッカは否定する。
「だって、だって、僕を見てくれたのはアンジェリークだけだ。他の誰も僕を見てくれなかった。僕にはアンジェリークだけだ。アンジェリークだけが、僕がいることに気づいてくれたんだ」

 子供が泣いていた。

「我が侭言えるなら私だって言うわ。『何時か来る筈の別れなんていらない』って。『永遠程も側にいて』って。それでも別れるのよ、絶対に。どれ程愛していても、絶対に別れが来るのよ。分かっているから、だから連れてなんていかせない」
「別れが来るのが分かっていたのなら、どうして今じゃ駄目なのさ!」
「アンジェリーク本人の選んだ道以外で、別れるのは嫌よ」
 意識なく眠り続ける少女に視線を移し、麗しき女王は静かな意志に満ちた声を風に乗せた。
「アンジェリークが選んだ道なら、たとえ二度と会えなくなったって祝福するわ。世界を愛する以上の心で祝福するわ」
 愛しい愛しい友が側を離れようとも、それ故に彼女がもっと幸せになれるなら、きっと自分だって幸せになれる。
 その意志は、強く堅く、それ故に哀しく、儚かった。愛おしい程に愛しかった。『愛しい』は『いとしい』であり『かなしい』であったから。
 冴えた夜の空気に『愛しさ』が満ちていく。包み込むような『いとしさ』と切なく泣けてしまいそうな『かなしさ』が。

 そして 運命の選択はなされた

「ロザリアァ?」
 薄く開けられたまぶたの奥の翠の瞳が孤独に声なく泣く女王の姿を映す。現実には泣いてなどいないけれど、心が泣いている。
「なぁに?泣いてるの?」
 ゲッカの腕の中で、寝ぼけ眼の少女は首を傾げる。半ば無意識に、運命を選び取る。
「泣いちゃ駄目だよ。女の子は笑った方が綺麗になれるんだよ」
 ボケボケした目を擦りながら少女は友の元へと歩を進めようとした。
「駄目だ!行っちゃ駄目!」
 きつく抱き締めて捕らえようとするゲッカの腕を、まるで風のように、『するり』、抜け出して、掴んだ運命を、選び取った運命を言葉にした。
「側にいるから、泣かないで」
 極上の無邪気さで笑いかけ、少女は腕の中に大切な友を包み込む。
「アンジェリーク、好きよ」
「うん、私も好き」
 ロザリアの肩に顔を埋めるように、まだ覚めきらぬ意識が応えを返す。
「守護聖の皆も好き?」
「うん。大好きよ」
 その言葉を最後に再び眠りに落ちる少女の身体を支えきれずによろける女王を支えたのは光の具現者であり、最大級の丁寧さで意識のない少女を女王から預けられたのは闇の具現者であった。安らかな吐息を零す少女に、仲が決して良いとは言えない二人ではあったがこの時ばかりは、嬉しそうな満足そうな表情を見合わせる。
「運命は選び取られた。この子はここに残ることを決めた」
 艶やかな色彩をまとう美の化身が、少女の額に右の人差し指と中指を当てて美しい夢を送りながら、百花にも負けぬ笑みを浮かべた。
「お前さんの負けだよ」
 愛用の剣の柄に手を当てて、大胆不敵な笑みで炎の化身は挑発するように言った。
「『想いでは誰にも負けない』とは、ここにいる皆が思っていること。彼女を愛することが出来ない者はいないのです」
 打ちのめされた表情の樹木の精霊の姿に、相対する者の隣に立っていた水の化身は囁くように言葉を紡いだ。
「他人の幸せの基準を自分と同じだとは思ってはいけないのですよ。貴方は、それが分からなかった」
 光や闇と共に大地の具現者が膝を折って少女の健やかな寝顔を確認した。
「どうして、どうして?どうして僕より、あんた達をアンジェリークは選ぶの!?」
「理屈じゃねぇよ。アイツはそういうの通用しねぇしな」
「アンジェリークは心のままに生きているから。嘘が苦手で、絶対に出来ないような子だから、心のままに俺達を選んだ」
「ほんとに、唯それだけ。『ここにいたい』って、多分それだけしかないんだよ」
 鋼と風と緑の申し子は、駄々をこねる子供のように叫ぶゲッカを説き伏せるような口調で言う。
「どうして?唯側にいて欲しいだけなのに」
 力なく項垂れるゲッカの様子があまりに哀れで、だけれどかける言葉を見つけられず、女王は視線を逸らす。
「何だよ、馬鹿ぁ」
 真珠のような涙を幾つも落としながら、ゲッカは呟いた。
「アンジェリークの馬鹿ぁ!」
 一際声高く叫び、言葉叩きつけね悲しみに心を染めた少年の姿が風に紛れ込む。
 まるで幻のごとく、夢のごとく、緑の髪と赤い瞳の精霊の姿は、何処かへと現実を否定しながら消えたのであった。

 そして、一昼夜
 お約束的に何も覚えていない少女を囲んで、何時ものような午後のお茶

 まるで突然動くことを止めたマリオネットのように、少女から全ての動きが奪われる。翠の瞳がくすんだ緑の硝子のような印象を与える。先程まで、何の憂いもなくお喋りに興じていた筈の少女が。
「アンジェリーク?」
 問いかけに少女は答えない。
 唇が名を呟く。ぎこちなく振り向いた先に、少年はいた。
「ゲッカ君」
 硝子の扉の向こう側で、ゲッカと呼ばれる柊の精霊が言う。空気を震わせることのない心に響く声で。
『僕を嫌わないで』
『僕が君を嫌いだなんて嘘だよ』
『僕を忘れないで』
 一瞬に幾つもの声が響く。
『分かっていた。君がここにいる人達が好きなことぐらい』
『だけど、僕だって君が好きだったんだ』
『だから、無理やり君を連れて行こうとした』
『でも、君はここに残るんだね』
 硝子の扉が、二人を隔てる。
 少女は頷いた。選べない程大切な人達を選ばなくていけない苦しみに、泣きながら。
『帰って来てね。何時でもいいから』
『君がお婆さんになっても好きだよ』
 雪が降っていた。視界を白く染めていく。
『僕が初めて恋した人』
 その言葉が最後だった。白い雪の中に彼の姿が消える。
「ゲッカァ」
 泣くことしか出来ない少女を、唯言葉もなく見つめる者達の中から進み出て、支えたのは女王だった。後ろから抱き締めて、彼女は大切な『希望』に囁きかける。
「あんたの誕生日に、ゲッカに会いに行こう。きっと、大丈夫。待っててくれるわ」
「・・・・・うん」

 雪が降る  その度に思い出す
  人に恋した柊の精霊のその姿  緑なす黒髪と深紅の瞳
 唯少女に恋して  高じて愛して
  人に紛れる姿をとって少女の元へとやって来た柊の精霊
 その恋を  その想いを
  唯一人としてなじることは出来なかった
 いっそ共感してしまうその心  『唯側にいて』
  だから渡せなくて  その言葉を出せる彼に嫉妬した

『僕が初めて恋した人』

 誰もの心に姿焼き付け  柊の精霊は約束の日まで眠り続ける
 彼が初めて恋した人が  彼の元へと訪れる日まで

END