たとえばのお話し

たとえばのお話し


 あるかもしれないでしょ?こんなお話しも。

 新しき宇宙を支える女神の御名を《女王ロザリア・デ・カタルヘナ》という。
「陛下、皆様方が来ましたわ」
「分かったわ。有り難う」
 旧宇宙の寿命により移った新宇宙の初代女王は、後にその功績と歴代でも五指に入る類い稀な女王として長く語られることになるが、現在、それはまだ片鱗でしかなかった。何故なら、生まれてよりすぐに教えられた知識と実際との差がどうしてもあるからだ。そしてもう一つ、その力を全て出すには彼女の資質は磨き抜かれてはいないからである。
「皆様方とても個性的で素敵な方みたいです。きっと陛下も好きになれますよ」
「つまり、あんたはもう気に入ったわけね」
 女王の資質は三つに分けられる。曰く、宇宙を支える強さを生む《精神》、宇宙の望みを感じ取る《感性》、宇宙を包み見通す考えの基盤となる《品位》である。
「えぇ。・・・・・頑張ってお勉強してね、ロザリア」
「勿論よ、アンジェリーク」
 宇宙広しといえど、今や女王の名を呼べるのは彼女の補佐官である少女《女王補佐官アンジェリーク》唯一人である。
「こちらにお通ししておいたの」
「謁見の間って、本当は好きじゃないのよ。こっちの方が何倍も良いわ」
「良かったぁ。そうそう、教官の皆様のお名前、ちゃんと覚えました?」
 女王謁見の間よりは柔らかな雰囲気の居間の扉のノブに、少女が手をかける。

 こうして、新しく三人の教官《精神の教官ヴィクトール》《感性の教官セイラン》《品位の教官ティムカ》を加えた生活が始まったのだ。

「へぇいか」
「あら、何?」
「お茶の準備出来ました」
「そう、こっちも終わったところよ。ちょうど良いわ、貴方も如何?」
 勝手知ったる女王の部屋とばかりに現れた女王補佐官に、女王は微笑んで応えると先程まで自分を教えていた教師に誘いをかける。
「いえ」
 あまりに恐れ多いと差し障りのないように気をつけながら返事をしたが、
「ご遠慮なさらず。守護聖様方も、他の教官方もいらっしゃってますの」
 『ね?』と無遠慮なまでに無邪気に誘われ、仕方なさそうに教官は頷く。どうにも断れない雰囲気だったからだ。

 先に来ていた者を含め教官全員が思っていたのとは全く雰囲気を違えるアットホームなお茶会に、やっとこさ慣れ、楽しむ余裕も出てきた時である。
「あの、どうしてルヴァ様だけ服が変わってませんの?」
 おずおずと出された問い。紡いだのは女王補佐官と呼ぶには幼すぎるイメージのある少女だ。これで実は二十歳を越えているというのだから、ほとんど詐欺である。否、新参の侍従達が彼女の実際年齢を知った次の日はたいがい熱を出して倒れるそうだから、立派な詐欺かもしれない。
「は?・・・・・いやねぇ、別段変えなくても良いかな、と思いまして・・・・・って、何ですかぁ!?」
 突如『ボロボロッ』と泣き出した少女に、《地の守護聖ルヴァ》が慌て出す。
「あぁあぁあ〜」
「泣ぁかせた泣ぁかせた」
「知ぃらないぞ知らないぞ」
 年少組、ソレ、小学校低学年のはやしたてだって・・・・・
「ガキか、てめぇら」
 そして、思わず入ったツッコみ
「僕五才!」
「「「嘘つけ!」」」
 『きゃぴりん』と笑顔で手を挙げる《緑の守護聖マルセル》に、間髪入れずにツッコむ《炎の守護聖オスカー》と《風の守護聖ランディ》、《鋼の守護聖ゼフェル》であった。
「あそこは置いといて」
「どうしたのですか?」
 甘やかしまくり、としか言いようがない《夢の守護聖オリヴィエ》と《水の守護聖リュミエール》である。実際、何時もこの二人が甘やかしまくっているのだが。
「あぅぅぅぅぅ」
「よしよし・・・・・」
「はいはぁい、泣かない、泣かない」
 水の守護聖の腕の中で本格的に泣き出す女王補佐官、その滝涙を夢の守護聖が拭いてやる。もっとも、すぐに絞れる状態にまでぐっしょりであるが。
「で、全然分かってないだろう?ルヴァ?」
「女心の分からない奴だな」
「貴方に言われたくないです」
 意地悪な笑みを浮かべる《闇の守護聖クラヴィス》とマジな顔で言う《光の守護聖ジュリアス》に、思いっきり脱力しながら地の守護聖が言う。
「お前にしろ、私にしろ、クラヴィス、リュミエールもだが、別段衣装に気を遣うたちではないだろう?」
「そこで、陛下と補佐官が考案した服を支給してくれたんだが、な」
「因みに、衣装の原案はアンジェリークがしました」
 至極真面目な光の守護聖の台詞を受けて、ますます意地悪な笑みを深める闇の守護聖が言い、トドメは女王御自らが刺した。
「皆の故郷の衣装だとかを元にして、考えたんですって」
 『みぃーっ』と女王補佐官は猫のように泣き続けている。
「・・・・・何だかなぁ」
「・・・・・これが、女王陛下と補佐官様、守護聖様方のお茶会」
「・・・・・頭痛してきた」
 引きつった顔の教官達である。あまりにも、そうあまりにも、いっそ泣けた方がなんぼか気が楽になりそうな程に、イメージとのギャップは、水平線が見える程果てしなくあり過ぎた。
「ごめんなさい、知らなかったんです。あの、何か改まった式典だとかの時におろそうかと思ったんです。ホントですよぉっ」
 『信じて下さい!』との叫びが、聖神殿の中庭に木霊した。

 彼女は生徒としてはこれ以上もなく申し分がなかった。真綿が水を吸い込むように取り入れる柔軟性とそれを自分のものとするのに十分な下地があるからだろう。
「一ついいでしょうか?」
「何かしら?」
 御位を継ぐこと十年を数えようかという女王は緩く首を傾げる。
「前々から不思議だったのですが、女王補佐官様は一体何をしていらっしゃるので?」
「アンジェリーク?」
 自分の補佐を務める少女の名前を大切そうに口の中で転がすと、艶やかに彼女は笑む。
「表向きにはその役職通りに私の補佐、なんだけど、実際には私専任のお茶係ね」
「・・・・・」
 目を白黒させる教師に、クスクス笑いながら女王は言う。
「元々女王補佐官というのはね、何代も前の寂しがりやの女王の我が侭から出来た役職なの。『たった一人は寂しすぎる』と言って、親友だった人を迎える為に設けたのだそうよ。女王自身することがあまりないのだもの、女王補佐官なんて閑職だわ。実際のところ、補佐官をもっていない女王は少なくはないしね。・・・・・あの子はね、ただね、そこにいて、笑っていてくれれば良いの」
 細い手に持っていた羽根ペンをお洒落に揺らせる。
「その為だけ我が侭を言ってここに来てもらったわ。『家に帰りたい』って泣いたこともあるのよ?あの子は隠してたけど、知ってるわ。下手なんですもの、嘘が、『止めとけば?』って、言いたくなるぐらい全然嘘がつけないのに、私が悲しむと思ってるのね?だから何がなんでも否定する」
 大切な者を語る瞳は優しい。
「大切なんですね」
「えぇ、親友で妹で、娘みたいに愛してるわ」
 晴れやかに彼女は笑う。
 その笑顔に、女王と補佐官の絆を知った教官であった。

「何してらっしゃるんですか?」
 用事を頼まれ、ついでに寄った公園で少女は壮年の男に声をかけた。
「アンジェリーク様だぁ!」
「皆とっても元気ね」
 きゃわきゃわと騒ぐ子供達に笑みを向ける。
「あのね、あのね、アンジェリーク様、ヴィクトール様が竹トンボ作ってくれたんだ」
「一つあげますね」
「有り難う」
 聖なる神殿からほとんど出ることのない女王、その尊顔を見ることすら稀な聖なる女神とは違い、身近な女王補佐官は子供達にも人気がある。一部では『精神年齢が変わらないからだ』とも言われているが。
「子供がお好きなんですか?」
 子供の求めに応じて空高く放り投げる、いわゆる『たかいたかい』をしてやっている厳つい容貌のわりに普段は砕けた雰囲気の精神の教官に少女が問いかけると、
「女王補佐官様に敬語で呼ばれるような」
「人が人を尊敬したりするのに基準なんてありませんよ。・・・・・多くを知っているわけでは決してありませんけど、この聖地で生活しているヴィクトール様を見て、私が尊敬するに値する人だと思ったから、使っているんです。ご迷惑なら、止めますけど」
 『駄目ですか?』と問う瞳は何だか捨てられる寸前の子犬のようないたいけなもので、何故だか守ってやりたくなる。
「いえ、女王補佐官様がそう思うのなら」
「有り難うございます」
 真昼の太陽のように笑って、少女は子供のような無邪気な顔でもう一つお願いをする。
「あのですね・・・・・」

「何だかなぁ」
 『ハァッ』とため息一つ、さらさらストレートの髪をかきあげながら感性の教官は目を覆いたい気分に襲われていた。何時も誰かと話していたり、遊んでいたり、どうにも仕事らしい仕事をしてるところを見たことのない人ではあったし、補佐官が閑職であることは知っているけれど・・・・・
「普通こんな処で寝るかい?」
 ため息をつかずにはいられない。
 《森の湖》、俗に《恋人達の湖》と呼ばれる静かな湖畔の木陰で、おのんきにお昼寝なんぞをしているのだ、この女王補佐官は。
「それでもまぁ」
 木漏れ日を浴びて甘い線が優しく浮かぶ。愛らしい顔立ちと柔らかな寝顔とがあいまって、まさしく天使の寝顔である。
 しばらく考え込むように首を軽く傾けていた青年は、少女の側に座り込んだ。

「ふぁ」
「起きましたか?」
「ふに?」
 目を擦っている姿が猫にも似ていて、吹き出すのを青年は耐えるのに苦労する。
「何時から寝ていたんですか?」
「えへっ」
「笑ってごまかさないように、女王補佐官様」
 からかう調子の声に、少女は眉をしかめる。
「セイラン様、前から言ってますけど」
 茜色に染まり出した空の下、元気な女王補佐官の声が青年の耳に届いた。

「ご機嫌よう、女王補佐官様」
「ティムカ様」
 怒ったように、拗ねたように、口を尖らせる少女は、いい加減少女と呼ぶには抵抗が出る年の筈だが、女王補佐官という時の流れから外れた存在である彼女は、元々持って生まれた幼い愛らしさも加わって少女としか思えない姿と雰囲気をしている。
「あ、すみません、アンジェリークさ、ん」
「今、『様』って言いかけたでしょ?」
「ごめんなさい」
「拗ねちゃいますよ、私」
 愛らしい悪戯顔で、少女は身長差がそれ程ない品位の教官の鼻先に人差し指を突き付けるふりをする。
「どうしても慣れなくて」
 困った顔で王子様は言う。敬愛を捧げる女王陛下に最も近い女性として敬意を払うべきだと考えていた女王補佐官から、『敬語は止めて下さいね。それと名前で呼んで下さい』と言われ、何とかしようとしているのだが、どうにもまだ慣れない。それは他の二人の教官もだが。
「陛下の処に行かれるなら、ご一緒してよろしいですか?」
「・・・・・あ、はい」
 にっこりと大輪の太陽の化身のような花を思わせる笑みに一瞬見とれ、一拍遅れて返事をする。
 敬語とはいえ気軽に話しかけてくる女王補佐官は、『王太子という身分ではなく、ティムカという一人の人間を評価しての敬意だ』と言っていた。十重二十重幾重にも重ねてきた『王太子』としてではなく、そのなかで膝を抱えていた『ティムカ』として『自分』として扱ってくれることが、素直に嬉しい。そんな彼女だから女王や守護聖達が溺愛しているのだと、この頃気がついた品位の教官であった。

 時と共に、人は変化を受け入れる。
 何時もと違う日々は容易く日常に溶け込み、違和感は薄れて消え失せる。
 最初からそうであったのだというように。

「今日和」
「今日和、セイラン様」
 相変わらずの口調に苦笑しながらも、いい加減慣れてきてしまっているのか、最初程の違和感はなくなってきている。その変化をここでやっと気がついて、その緩やかな変化を思い知る。
「今日はヴィクトール様とティムカ様の授業だったとお聞きしていましたが?」
 編み込んだ二つのおさげをリボンで更にまとめ、三つ編みが後ろで大きな半円を描くような髪型の女王補佐官が首を傾げてみせると、感性の教官は緩く首を横に振った。
「今日は違うんだ。これを君にと思って」
「?」
 子供っぽい表情で純粋な驚きと好奇心を示す少女に、青年は片腕に抱えていたそれを包みごと差し出す。
「これ、もしかして」
 雲間から差し込む薔薇色の光  その下で憂いなく眠る金色の天使の姿
「・・・・・私、ですか?」
「肖像画は描かない主義だけど、これは少し違うから、ね」
 何処となくはぐらかすような響きがあったが、少女はその絵に意識を持っていかれて気がつかない。
「それは君に謹んで進呈するよ」
 綺麗な整った容貌を見上げてみると、ちゃんと優しい笑顔で彼はいる。
「有り難うございます。大事にしますね」
 煌く笑顔で少女が笑う。幸せそうに絵を抱き締める仕草から、それが本心であることは明白だ。
「それ程までに喜んでもらえると、嬉しいもんだね」
 何時もの口調である。ちょっとだけ皮肉気な言い方だけれど、すっかり慣れてしまった少女が怯むことはない。
「有り難うございます」
 再度の礼をする笑顔は更に磨きがかかっている。そのことに少し照れたような不思議な気持ちを味わう青年であった。
 と、そこへ・・・・・
「「アンジェリーク」さん」

「ヴィクトール様、ティムカ様」
「陛下はどちらだろうか?」
「陛下は朝のうちに終わらせる書類に目を通す為に執務室の方ですわ。先触れに参りましょうか?」
 謹厳実直を体現するようなヴィクトールに、少女は柔らかな笑顔で問いかける。
「それならここをお通りになられる筈だから、そこで待たせてもらおう」
「かまわないですよね?」
 木陰のテーブルを指すヴィクトールに同意する形でティムカが問うと、
「勿論ですわ。よろしければお茶にお付き合い願えます?私も陛下にお話しがありますから」
「僕も良いかな?」
 ちょっとだけ不服そうなセイランの声に、少女は頷いた。

 優雅に裳裾を捌いて吹き抜けの廊下を歩いていた女王は、聞き間違うなどあり得ない華やかな少女の声と聞き慣れてきた複数の男性の声に気がついた。クスクスと口元を隠して女王は笑う。
「やっぱり、ライバルが増えてしまったようね」
 大切な親友は本人全然気がついていないのだけれど、実はそれはとってもモテるのだ。無邪気で憎めない彼女だけの、彼女しか持てない愛らしさに惚れているのは、一人や二人ではないのだけれど、少女自身はまるで知らない。
 因みに、少女に惚れ込んでいるのは何も守護聖達だけではない。先頃来たばかりである教官達以上に少女を見ていた時間の長いここで働くほとんどといっていいぐらいの数の男性陣だ。彼女は女王とは違ったその魅力で彼等を惹きつけている。それは男性だけにはとどまらず、危なっかしい目を離せない行動が母性を刺激する関係からか、女性達もけっこう可愛がっているようだが。
 ふと、女王の笑いに悪戯っ子のような色が混ざる。宇宙で一番大事な少女を盗られるのは癪だから、誰にもわざわざ言ってなんてやらないけれど、
「紳士条約なんて、抜け駆けした者勝ちよね」

 ようするに、世界を守る女王様だって敵わない無敵の女王補佐官の、崇拝者が増えたお話しであった。

END