Valentin ANGEL

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 その日は女の子が大好きな人達に心を届ける日

飛空都市・王立研究所より〜パスハとサラ〜
「今日和」
「あら、アンジェリーク」
「今日は土の曜日ではないが、エリューシオンに行くのか?それとも」
「いえ、今日はバレンタインディですので、日頃の感謝を込めてパスハ様にチョコを持って来たんです」
 『サラ様も、だからいらっしゃるんでしょう?』と続けて少女は微笑んだ。
「やぁね、からかうもんじゃないわよ」
 頬を赤く染める女占い師サラには、日頃の女盛りの艶やかな美しさの下にある初々しい少女の様な可愛らしさが出ている。
「・・・・・随分と、分かりやすいな」
「何が?」
 受け取ったチョコの包みを外して中を見たパスハは苦笑し、好奇心から横から覗いたサラは、爆笑した。
「そんなにウケました?」
「アハハハハハ!」
「そのようだな」
「こんだけ笑ったの久しぶりよ。笑いすぎて涙出ちゃった」
 笑いをにじませた声でサラは言う。白い指が深紅の瞳からにじんだ滴を弾く。
「すっごくウケた。今度タダで占ったげる」
「あの、今ではいけません。ちょっと、何時ものとは違うんですが」
「いいわよ」
「では、・・・・・様の対策を」
「あぁ、確かに、対策が必要ね」
 おもむろに商売道具である水晶球を出して−いったい何処から出したのだろうか?−サラはアンジェリークに占うと対策を授けた。
「御武運を」
「有り難うございます」
 元気に駆け去る少女の背中を見送り、サラはパスハの手にあるデカデカと『義理』と書かれたチョコを見てもう一度笑った。

飛空都市・聖殿中庭より〜マルセル・ランディ・ゼフェル〜
 守護聖達と女王補佐官の執務室と私室と生活に関係した幾つかの部屋で構成された聖殿には、前庭と中庭とがある。涼やかな木陰と馥郁たる花の香りも馨しい中庭と百花繚乱と花が咲き乱れる前庭の手入れをしているのは、豊かさを司る《 緑の守護聖》 である。
 今日も暇を見つけて手入れをしているらしい影が見えたのだが・・・・・
「ゼフェル様?」
「よぉ、仕事か?だったら執務室で改めて聞くけどよ」
「いえ、違います。あの、どうなさったんですか?」
 動きやすい簡素な上下を着ているゼフェルだが彼は《 鋼の守護聖》 、暇な時は色々な細工を作っていることが多いはず。
「あ?あぁ、マルセルに『暇だ』つったら、手伝わされてんだ」
「まぁ」
 くすくすと笑うアンジェリークに照れたゼフェルの目が二つの影を見つけたのだが、彼は黙っていた。
「アンジェリークゥ」
「きゃぁ!」
 背後から豪快に抱き着いた緑の守護聖たる少年マルセル。守護聖最年少故にか純粋素直な少年なのだが、まだ子供っぽい悪戯も好きなのである。
 一緒に来たのだろう手にスコップだとか持った《 風の守護聖》 も、苦笑い。
「心臓に悪いですぅ」
「あは、ごめぇん」
 屈託なく笑われては、怒るに怒れない。
「何の御用?」
「バレンタインディですので、日頃の感謝を込めて」
 バスケットの中から包みを出して、アンジェリークはマルセルに渡す。二人共相手の目を見て話すので、そこはかとなく甘い雰囲気が漂う。
「有り難う。僕アンジェリーク大好きだよ」
「私もマルセル様大好きですよ」
「「・・・・・」」
 『じぃっ』と二人を見ているゼフェルとランディ。
「はい、勿論ゼフェル様とランディ様にも」
「あ、有り難う」
「サンキュー」
 顔を赤く染めて受け取るランディと照れから更にぶっきらぼうに礼を言うゼフェル。
「では、他の皆様方にも差し上げるので」
「うん、またねぇ」
 日頃よりも更ににこにこ笑顔に磨きをかけて見送るマルセル。
 手を振り返して建物内部にアンジェリークが消えると、三人は、一騒ぎした。もっとも以下の会話は、建物内部に移動したアンジェリークの耳には届かなかった。
「あぁ!ゼフェルのが一個多い!あっ!ランディのなんか二個も多い!」
「いてて、引っ張るなって」
「首が絞まるぅ」

飛空都市・聖殿地の守護聖の執務室より〜ルヴァとオリヴィエ〜
 軽やかなノックのリズムに、穏やかな落ち着いた声が返事をする。
「どうぞ!テラスにいます!」
「お邪魔します。今日和、ルヴァ様、オリヴィエ様」
「はぁい、今日和。今日も元気だね」
「有り難うございます」
 にこにこ笑顔に更に磨きをかけて、翠の瞳の少女は二つの包みを出す。
「日頃の感謝を込めまして」
「あ、有り難う」
「あら、個包装、偉いね。うん、綺麗」
「えへへ」
 幸せそうに笑う少女をもっと見ていたくなった《 地の守護聖》 は、何かないかと考え、自分のチョコの包みを持っているのとは反対の手のティーポットに気がついた。
「あのぉ、良いお茶が手に入りましてねぇ。一緒にいかがですか?」
「お菓子は私、一緒に食べない?」
 そんじょそこいらへんの女も逃げ出す美貌の《 夢の守護聖》 もまた同じように誘いをかける。
 二人揃って、少女の笑顔がお気に入りなのだ。
「すみません、まだ、最大の難関を突破していないんです」
「最大というと?」
「!アハ、あれは確かに難関だわ」
「?」
 『きょとん』としてルヴァはオリヴィエを見る。
「守護聖一の堅物」
「あぁ、確かに」
「他にも渡していない方がいるんです。今度お邪魔しても宜しいですか?」
「喜んで」
「今度湖にでもピクニックに行こう。きっと楽しいはずだよ」
「えぇ!」
 手を振って消えた可愛らしい少女の手作りのチョコを、残された二人は幸せそうに大切に懐にしまうと言った。
「お茶美味しいわね」
「お菓子も美味しいですよぉ」

飛空都市・聖殿守護聖執務室前の廊下より〜オスカー〜
「!」
「おっと、お嬢ちゃんか」
 目を丸くしてチョコの山を見るアンジェリークに、山、否山になる程のチョコを器用に持った《炎の守護聖》が横から顔を出して言った。
「日頃の感謝を込めて作ったんですけど、無理ですね」
「『作った』?手作り?」
「えぇ、でも、いいです」
「うんとな、一つ包み開けてくれるか?」
「はい」
 素直に包みを解いてアンジェリークは個包装のチョコの、その包みも除ける。
「口に入れてくれるか?」
「にゃ!」
「持つのは無理でも食べれるからな」
「・・・・・はい」
 消え入るような声で少女は自分よりも随分と背の高いオスカーの口に一つ放り込む。
「うん、美味い」
「良かった」
「お嬢ちゃんお菓子作りが上手いな」
「えへ、作るの好きなんです」
「そっか、そのうちまた何か作ってくれな」
「はぁい!」
 喜色満面に走り去るアンジェリークには、聞こえなかった。なかなかに不埒なオスカーの言葉は。
「結構タイプだし、やっぱりキープしとくべきかな」

飛空都市・聖殿光の守護聖の執務室より〜ジュリアスとロザリア〜
「であるからして、女王候補たるもの何時も」
「今日和」
「アンジェリークゥ」
 半泣き状態のライバルである女王候補生と部屋の主たる《光の守護聖》 がいる執務室を訪れたアンジェリークは苦笑する。廊下にまで聞こえていた断片的な言葉から察していた通りなのだ。
「大丈夫、ロザリア?」
「今日は何のようだ?」
「はい、日頃の感謝を込めまして」
「女王候補たるものが」
「女王候補であるからこそ、何時も手助けしてくださる皆様に感謝を表したくて持って参りました」
 オリヴィエ曰く『守護聖一の堅物』であるジュリアスは、ハッキリと言い切る少女の迫力に少々気おされる。
「こんな形でしか私もロザリアも特に強く感謝を表すことが出来ないのです。お願いです、受け取って下さい」
 占い師サラの占い通りに『迫力で押す』少女の態度に、ジュリアスは面食らい、
「よかろう、明日からは更に試験に取り組むように」
「「はい」」
 なんとか受け取ってもらえた二人の少女が扉に遮られ、言葉を聞くのが自分一人になったのを確認して、ジュリアスは言った。
「感謝、か。なにやら照れくさい気もするな」

飛空都市・光の守護聖の執務室前〜ロザリアとアンジェリーク〜
「助かったわ」
「ロザリアは次は誰に差し上げるの?」
「年少組の御三方に」
「あ、じゃあ、外の前庭よ。花の手入れをしてらっしゃったわ」
「ありがと」
「ううん、じゃあね」

飛空都市・闇の守護聖の執務室〜クラヴィスとリュミエール〜
「今日和」
「いらっしゃい」
 にっこり、どんな女性も敵わぬ優雅さと典雅さを天賦の才として持って生まれたのだろう麗しい《 水の守護聖》 は嬉しそうな笑みを浮かべた。・・・・・ここは彼の執務室ではないのだが。
「今日はバレンタインディですので、チョコ持って来たんです」
「バレンタインディ?」
「知らないんですか?」
 この執務室の主《 闇の守護聖》 は頷く。
「えっと、年に一度この日は女性の方から愛を告白する日なんですよ」
「私の幼なじみは『その時にチョコを一緒に渡すのはお菓子業界の陰謀だ』って、言ってました」
「・・・・・」
 人差し指でその柔らかな頬を押さえ少し考え込むという、それは可愛らしい仕草で少女はまたこうも言った。
「後『渡されなかった男は日頃の女に対する態度を改めるべきだ』とも言ってました」
「・・・・・グレートな御友人ですね」
「人と少し違った考え方をする人でしたから。そういうとこが好きで友達やっていたんです」
 部屋の主であるクラヴィスを放っておいて、リュミエールとアンジェリークは微笑み合う。
「コホン」
 咳払いを一つ。ちょっと機嫌が悪くなったクラヴィスは、しかし表面上は全く変わらない無表情で少女を見る。
「えっと、それで、お口に合うか分からないのですが、作って来たんです。」
「手作りなんですか?凄いですね」
「・・・・・有り難う」
 素直に褒めるリュミエールと、滅多やたらに見られない笑顔で礼を呟くクラヴィスの二人。
「あは!受け取っていただいてとっても嬉しいです」
 極上の誰にも好かれる明るい笑顔を心に残し、アンジェリークは執務室を辞した。
 早速開けて口に入れた二人は言う。
「アンジェリークはお菓子作るのが上手みたいですね」
「あぁ・・・・・」

大陸・エリューシオンより〜大神官〜
「あ!天使様」
「今日和。あのね、何時も皆と私の間に立ってくれているでしょう。お礼なんだけど、チョコ、貰ってくれる?」
「いいんですか?とっても嬉しいです。感激ですぅ!本当に有り難うございますぅ!」
「これからもよろしくね」
「はい、天使様」
「じゃあ、またね」

飛空都市・特別寮アンジェリークの部屋より〜アンジェリーク〜
 すっかり日の沈んだ夜の闇を仄かな明かりで少しだけ退けた部屋で、少女はその金色に輝く髪を丁寧に何度も梳くとブラシを置いた。
「よし、と。今日はもう寝よぉっと」
 ふかふかのベッドに潜り込み、少女は微笑んで眠りについた。
「皆様方に喜んで受け取っていただけて良かった」
 そう呟いて。

END