Whiteday ANGEL
想い人からの打ち明けた告白の返事の日 その日、聖殿に赴く為にアンジェリークは何時ものように部屋を出た。 「おはよう、アンジェリーク」 「おはよう、ロザリア」 共に女王を目指すライバルではあるが、そこは元々人懐っこいアンジェリークの賢明なモーションでロザリアも心を開いた結果二人の女王候補生の中はすこぶる良いと言って過言ではない。 「よぉ!お嬢ちゃん達!」 「おはようございます」 「おはようございます、オスカー様」 《 炎の守護聖オスカー》 は二人の少女に笑いかける。守護聖一のプレイボーイである彼にとって、守備範囲内の女性に対しての条件反射であろう。 「しゃ、ロザリア行こうか」 「はい」 「あら、今日は日の曜日でもないのに約束していたの?」 「そうよ」 素朴な疑問を持ったアンジェリークの問いかけに、ロザリアは軽く頷いて続けた。 「私今まで自分で買い物ってしたことがないの。欲しい物は揃っていたから買いに行くことなんてなかったから。だから、オスカー様にお願いして買い物に行くのよ」 「そうなんだ。なら、存分に楽しんでらっしゃい」 「勿論よ」 ロザリアにしては珍しく子供っぽい笑顔で笑うと手を振り、随分と背の高いオスカーの隣を歩いて公園と森の湖と占いの館の丁度真ん中辺りに向かって歩いて行った。 「私は育成に行こうっと」 二人を見送ったアンジェリークはそう呟いて公園の向こう、白亜の聖殿に向かって歩を進めた。 「今日和」 「御機嫌よう、オリヴィエ様」 「待ってたのよん。さ、行こう」 「あの、何処へ?」 「いいからいいから」 半ば以上強引に華やかな《 夢の守護聖オリヴィエ》 は《 女王候補アンジェリーク》を連れ去った。 行き先は、何時も太陽の金や月の銀の光を反射する静かな《恋人達の湖》 ・・・・・ 「何の御用なんですか?」 「良いからおいでよ。皆待っているんだよ」 「は?」 木々に遮られていた視界が急に開けた。 「アンジェリークゥ」 「マルセル様!?」 豪快に抱き着いて来た《 緑の守護聖マルセル》 に少女は困惑の混ぜられた声で名を呼んだ。無邪気で無垢そのものの笑みで少年は少女に懐いている。 「これ、アンジェリークが驚いていますよ」 おっとりと声をかけたのは《 水の守護聖リュミエール》 である。 「あのぉ、これは一体?」 「今日はホワイトディだろ。バレンタインのおかえしだよ」 「育成なら心配すんな。今日は全員で両方の大陸に力を贈ることになってんだ」 《 風の守護聖ランディ》 と《 鋼の守護聖ゼフェル》 の台詞である。 「さぁ、お茶にしましょう」 にこにこと、何時も穏やかな《 地の守護聖ルヴァ》 はそう言って手元のティーセットを指し示した。 「ロザリアも誘うつもりだったんだけど、彼女今日はオスカーと買い物に行っちゃったからね。だから、このお茶会のお姫様はアンジェリークだけよん」 ふっかふかのクッションの一つがお姫様に渡された、極上の笑顔と共に。 空いていたリュミエールの隣に座するアンジェリークであったが、困った顔で、自分より幼い守護聖に言った。 「いいかげん、放していただけません?」 「もぉちょっとぉ」 「低血圧のガキか、お前は」 「いいじゃないアンジェリークの、髪ってクッキーとかケーキとかのいい香りがするんだもん」 ゼフェルの言葉に『ベェッ』と舌を出して、尚更マルセルは懐く。 「お菓子を作るうちに移ったのかしら」 しかし、本人にはよく分からない。 「はいはい、そこらへんにしないとお茶が配れませんよ」 優雅な手つきでお茶を容れたリュミエールが苦笑を浮かべて言う。 その言葉にやっと離れたマルセル。その彼の影に可愛いピンクのリボンが見え隠れしていることに、アンジェリークは気がついた。 「はい、どうぞ」 相も変わらず優美な動作は見惚れてしまう。 「有り難うございます」 このまま覚めることなどないと分かってはいるが現とはとても思えない現実に、なにやら夢心地で彼女は礼を言った。単なる女子高生であった以前ならば、露程も考えなかった光景である。 「はい、アンジェリーク。プレゼント」 「いいんですか?」 「うん」 ピンクのリボンのつけられた色とりどりのフリージアの花束。 「有り難うございます」 「えへへ」 嬉しそうに笑うアンジェリークに、更に嬉しそうにマルセルは照れ笑いを浮かべる。 「俺もあるぜ。鋼の守護聖お手製のブローチだぞ」 「流石はゼフェル様、凄いです」 精巧な作りのブローチには、アンジェリークの瞳と全く同じ明るい緑の石が嵌まっている。しかし、よくもまぁ短気なゼフェルが頑張ったものである。熱中すると幾らでもやり続けるのだが、それも専らメカ系統で、こういった装身具はまるで興味がないはずだったのに。 「俺も一応。スカーフなんだけど」 「わぁ、綺麗」 明るい色彩のそれには鮮やかに花々が舞っている。守護聖一の熱血少年ランディがいったいどんな顔で購入したのだろうか? 「すみません。こういったことに慣れてませんでねぇ、何にもプレゼントがないんですよぉ」 本気ですまなさそうに言うルヴァに、アンジェリークは『プルプル』と首を振る。 「いいえ、そんな」 「でもね、今日のお茶会を言い出したのはルヴァなんだよ。ジュリアスとクラヴィスを説得したりしたのもルヴァだし」 「ここをセッティングしたのは、オリヴィエ、貴方じゃないですかぁ」 「でも、一番苦労なさったでしょう?」 「なんせ、相手は守護聖一の石頭だもんね」 「言えてる」 吹き出すゼフェルとマルセルの二人に、ランディは苦笑するに止めた。 「まぁ、セッティングは私だけどね、お茶とお菓子、そういったのはリュミエールなのよ」 「秘蔵のお茶なんですが、如何です?」 「とっても美味しいです」 「そうですか」 無類の香茶好きとしても有名なリュミエールの秘蔵の品である、不味いわけがない。特にそういったことに興味のないゼフェルですらも認める美味しさだ。 穏やかに流れる時間に身を任せ、取り止めもない話をしていたアンジェリークは、ふと思い出した。 「確か、クラヴィス様はバレンタインを知らなかったですよね?」 「えぇ、珍しい方ですね」 「なら、ホワイトディも知らないのでは?」 一同沈黙。 「しまったぁ!だから変な顔をしてたんですねぇ!」 ルヴァが叫ぶ。 「本気で珍しい奴」 「全く」 「だよねぇ」 「一般常識じゃないかしらん」 「まぁ、世俗に疎い方ですし」 「ちゃんと説明した方がいいでしょうか?」 「多分」 そして、全員一致の意見。 「クラヴィス(様)、もう少し世間というものを知るべきだと思う。」 ・・・・・全くだ、全くだ・・・・・ 夕焼けの空の下、二人の女王候補生はそれぞれ今日会った守護聖からの預かり物を相手に渡した。 「これ、オスカー様から」 そう言ってロザリアは真珠のイヤリングを渡した。彼女の耳にも、色違いの(アンジェリークの真珠はピンクだが、ロザリアのは金色)同じイヤリングが夕焼けの赤い光を反射している。 「これがマルセル様。こっちがランディ様。それでこれがゼフェル様」 マルセルのチューリップの花束、ランディのスカーフ、ゼフェルの藍色の石の嵌まったブローチ、を渡してやる。 「後、今日の分の育成は皆様方でやって下さるって」 「うん、聞いた。・・・・・!ね、聞いて!」 「何?」 「あのね・・・・・」 この日、二人の女王候補生が使っている特別寮の一室では、とっぷりと夜が更けても楽しそうな少女達の笑い声が聞こえたそうである。 END |