Wizard HERO
それは 悠遠の過去か 遥かな未来か・・・・・ 「っ!」 だぁー、夢見がワリィ。何なんだ、一体・・・・・闇か?否、違うな。闇はもっと優しい。善人も悪人も、何の垣根もなく生きるモノ全てに等しく眠りという安らぎをくれる夜の闇なんかじゃ、決してなかった。それに、黒との対比が鮮やかな白の腕が助けを求めて伸ばされていた。白い白い真白の・・・・・ あぁ!鬱陶しい!長めの髪が頬に張り付いて更に鬱陶しい。 腹いせまぎれに勢いよく弾く。 外は意外な程明るい。どうやら寝過ごしたらしい。何時もなら頼んでもないのに世話焼きでとんでもなく過保護な約二名が起こしに来るのに、珍しいことだ。 「ふぁ」 情けないとは思うが突発的な欠伸は防げない。まだ何処かぼんやりしたままクローゼットを開けて白いシャツと黒いズボンを着て外へ出る。 「わぁい」 いきなり金色の髪の少女に少女より少し淡い金色の髪の少年が抱き着いた。 「・・・・・」 「どしたの?」 「・・・・・アンタ、誰?」 たぁっぷり三十秒沈黙 「はい?」 「アンタ誰?ここ何処?蒼紫は?チェスターは?真琴は?・の名前は・・・・・」 何時もいる筈の沢山の人達の気配も希薄な程に広い《 聖地聖神殿》 の、特に閑静な守護聖達の執務室等の並ぶ廊下に二つの足音が高く響いた。 「うわぁん」 「「喧しい!」」 金色の髪の随分と冷厳な美貌の青年と鈍い鋼色の髪の我の強そうな少年が同時に扉を開いて怒鳴った。 「廊下は走るな!」 「何泣いてんだよ」 「うわぁん」 「「喧しい!」」 ・・・・・お前達も喧しいぞ。 「どうした?イジメられたのか?」 滝涙とばかりに泣いている年下の同僚に明るいブラウンの髪の面倒みの良さそうな少年が何処となくお兄さんぶった声で言った。 「あのね、ひっく、あのね、アンジェリーク」 しゃっくりをあげながら何とか何事かを言おうとした淡い金色の髪の少年が『ク』の字を言い終わる前に銀色の声音が響く。 「アンジェリークがどうかしたんですか!?」 銀色がかった不思議な青い清流のごとき髪を振り乱さんばかりの勢いで一人の佳人が滑るように近づいた。 「別に変わったところは見られませんが?」 おっとりと、これまた滑るがごとき滑らかな動きでやって来た穏やかな人柄がにじみ出る青年が首を傾げてそう言った。 少年に右手をしっかりと握られて所在な気に立ち尽くしている金色の髪の少女 「ふむ、気がつかなかったがちょいと変わったな。上からハチジュウ」 「こんのダァホ!」 『スパーンッ』 己が存在を周囲に強烈なまでに主張する美貌の豪奢な金色の髪の青年が、その白い手に持った綺羅びやかな扇子でもって、男らしい野生味のある風貌のかなり体格のいい深紅の髪の青年の頭を容赦なくブッ叩いた。 「・・・・・」 彼らの間ではすでに日常的なそのやりとりを闇色の髪でその背を覆い尽くした青年が、『よくもまぁ、飽きもせずに』とでもいうように何処か底冷えする光を宿した瞳を無言のまま向けていたが、不意にその視線を転じて少女の方を見る。 すると、脅えたように、その迫力に押されたように、少女が後ずさる。 「?」 幽遠の知識を持つダークブルーの瞳の《 地の守護聖ルヴァ》 が首を傾げる。彼は、彼等は知っている。愛らしい翠の瞳の《 女王補佐官アンジェリーク》 がこの程度で後ずさる筈がないことを。 安らぎ司る深い紫の瞳の《 闇の守護聖クラヴィス》 の愛想のない冷たい視線は初めて会った時からであったが、人懐っこい少女はまるで頓着せずに彼に近づいていき、この世界において最も優しき碧い瞳の《 水の守護聖リュミエール》 が如何程の時間をかけても凍えたままであった彼の心を優しく包み込んで憩わせた事実を皆が知っている。だのに、これは一体どういうことか? 心の美しさを溶かした瑠璃色の瞳の《 夢の守護聖オリヴィエ》 が訝しげに眉をひそめ、叩かれた頭を押さえていた強い意志を如実に表す青の瞳の《 炎の守護聖オスカー》 もまた常ならぬ少女の様子に気がついて真っ直ぐに見つめている。 「どうしたんだよ?」 『今更だろうに』との意味を含んだ声で器用さを司りながらとんでもなく不器用な性格の赤い瞳の《鋼の守護聖ゼフェル》 が言った。 「何か憂いがあるのか?」 高き誇りという名の光で輝く蒼い瞳の《 光の守護聖ジュリアス》 が何処となく気遣わし気に問いかける。 「君らしくないよ、一体どうしたんだい?」 自身のあふれる元気さを分け与えようというように青い瞳の《 風の守護聖ランディ》が覗き込むように少女を見た。 「あ」 たじろいで少女は豊かな光を宿す濃い菫の瞳の《 緑の守護聖マルセル》 と手を繋いだまま更に後ずさる。 「アンタ達、誰?」 「「「「「「「「「・・・・・」」」」」」」」」 「な、ここは何処なんだよ?俺はどうしてここにいるんだ?俺の、俺の仲間は?蒼紫にチェスターに真琴、何処にいるのか知らないか?」 「何を言っているのですか?アンジェリーク?」 「だから!」 可憐な高い声を張り上げ、まるで少年のような言葉遣いの少女は苛立たし気に言った。 「俺の名前はルーファス!ルーファス・クローウンだ!」 次の瞬間の騒ぎは省くが、かの少女を溺愛しまくっている守護聖一同の反応は、彼等を崇拝する者達が見たら嘆くこと確実であったことだけは、記しておこう・・・・・ 「詳しく自己紹介してくれるかしら」 「うん、いいよ」 《 アンジェリーク》 そのものの笑顔で《 彼》 は応える。場所は移動して暖かな日差しをいっぱいに取り込む中庭に面した部屋である。 「俺は《 ルーファス・クローウン》 、当年取って十九。職業冒険家、パーティーは俺を含めて四人、仲間は剣術家の《 紅・蒼紫》 炎と風の魔法使い《 チェスター・ボーヴェン》女武術家《彩霞・真琴》、んで大地と水の魔法に強い俺。二年前俺と真琴は《 Skill&Wizdam》を卒業して、蒼紫とチェスターはホントは後輩だからまだそれぞれ残れるとこを止めて組んだんだ」 『にこにこ』と笑い続けて話すのは、多分かなり《ルーファス》が仲間を好きだからだろう。《アンジェリーク》 も大切な者好きな者のことを語る時はそんな風に笑っている。お陰でまだ半信半疑な目で見ざるをえない者が大半である。 「クローウンさん」 「名前で呼んでくんない?」 『にぱっ』と人懐っこい笑顔で《 彼》 は言う。相手の目を真っ直ぐに見つめて喋るのが癖なのか、鮮やかな若草色の瞳を向けてくる様は普通の者ならちょっとばかり思わず怯んでしまう程だ。もっともこれまた《 アンジェリーク》 も同じ癖をしているので、すっかり慣れっこの守護聖も母性あふれる美貌に艶やかな紺色の髪と瞳の《 女王ロザリア・デ・カタルヘナ》 もてんで平気である。 「では、ルーファス、と呼ばせていただいて構わないかしら?」 「うん」 見ている者が幸せになれるような笑顔で笑う《 ルーファス・クローウン》 「ルーファス、貴方の髪と瞳の色は?」 「黒い髪に青い目だけど?」 「これ、鏡なんだけど、写っているのは?」 問答のように平坦な声で麗しき女王は続ける。そして訝し気ながらも答える《彼》は、 「金髪に翠の瞳がやけに綺麗な可愛い女の子」 『きっぱり』と言い切り、ちょっと沈黙した。そして首を傾げる。 「あり?」 綺麗に磨きあげられた鏡、金色を反射する周りの精緻な飾りは清楚な百合を模しているようだ。だが勿論それ故に首を傾げたわけではない。それが真っ正面に向けられていながら何故か向けられている《 自分》 でなく、『金髪に翠の瞳がやけに綺麗な可愛い女の子』が写っていることに、遅まきながら疑問を抱いたからである。 「え?何で俺が写ってないの?」 驚いた声を上げると、鏡の中の少女も同じように唇を動かす。 「い?」 「写っているのが今現在の貴方、名は《 アンジェリーク》 。私の大切な親友。貴方の言う通りとびっきり綺麗なエメラルドの瞳が印象的な、女の子よ」 「・・・・・」 「どうしてこうなったのか知りたいの。私達としても、大切な《 アンジェリーク》を取り戻したいし、貴方も《自分》 に戻りたいでしょう?」 「でも、俺も訳なんて分かんないよぉ」 耳を伏せた犬のような感じを受ける声と態度で《 彼》 は言う。心底困ったその声から、嘘偽りではないことは容易に読み取れる。 「全然心当たりはないの?」 「うん」 「本当に?」 「本当にだよ!何でそんな嘘つかなきゃなんないのさ!俺男なんだぞ!ずっとこのまんまでなんかいたかないよ!」 ごもっともだ。 「そうね。・・・・・でも、どうしたら良いのかしら?」 それはそこにいる全ての者が考えていることにほかならなかった。 「ねぇ!ルーファスゥ!遊ばない?」 元気いっぱいにラヴェンダー色の瞳を輝かせ、手に持ったフリスビーを振り回してマルセルがよく皆で集まる居間で『ぽつん』と所在な気にしている《 ルーファス》 を誘う。 《 ルーファス》 にも《 アンジェリーク》 の部屋とは別に聖神殿の一室を与えられてはいたが、何となくぽかぽかとした陽気に誘われ、居間のおっきなクッションに懐いていた。 「いいの?」 おずおずと問いかけると、元気な声がすぐさま答えを返した。 「来いよ!やろうぜ!」 「おいでよ!」 マルセル同様に誘いをかけるゼフェルとランディに、《 彼》 は極上の笑顔で頷いた。 「うん!」 『バシャンッ』 「あっちゃ」 「バァカ、ノーコン」 「ほっとけ」 「俺取って来るよ」 軽く言ってランディの手から本当はゼフェルに行く筈が中庭の噴水に着地してしまった赤いフリスビーを、ためらいなく噴水の中に入って《 彼》 が取り上げた。 「いっくよぉ!」 軽やかに言ってそのまま、濡れたままの盤を白大理石の噴水の中から《 ルーファス》が投げる。今度はちゃんとゼフェルの手に渡ったのだが、 「何をしている!」 ジュリアスの声に反射的に肩を竦める守護聖年少組。悪戯をしていた訳でなく、ただ遊んでいただけなのだが、これはもうすでに条件反射である。 「俺が退屈していたから遊んでくれてたんですよ」 朗らかに水のヴェールをかき分け《 ルーファス》 が現れる。 細い絹のように艶やかな金色の髪は先程まできつく結わえていたのだが、どうやら上から落ちる噴水の水によって解けたらしく白い指に細いリボンを持って今では初めて出会った頃よりも伸びた髪が細い肩で戯れる。 「「「「っ!」」」」 一気に顔色を変えて『回れ右』をした四人に、《 彼》 は問いかけた。 「どったの?」 「馬鹿野郎!透けちまってんだろうが!」 「へ?」 「だから、シャツ!透けて、その」 「それがどしたの?」 「お願いだから早く何か羽織って!」 「どうしてさぁ?」 「お前!今は自分が女の身体なのを忘れてるだろう!」 悲鳴に近しいジュリアスの台詞に、やっとこさ自分が《 アンジェリーク 》と呼ばれる少女の姿をしていることを思い出す《 ルーファス》 ・・・・・アンジェリークは体型的に申し分がない。人よりグラマーな訳では決してないが、メリハリがはっきりとした身体をしているのだ。それを白いシャツと黒いズボンで覆っていたのだが、シャツは水を吸って透けるはズボンは足に張り付くはで、完全にそのしなやかな体型がバレている。 「そっか、そうだっけ」 「「「「分かったら早く!」」」」 おのんきな《 ルーファス》 に、絶叫する四人であった。 白亜の聖神殿の廊下に二人分の足音が響く。 「それは、災難でしたね」 苦笑を穏やかな顔に刻んでルヴァは隣を歩くリュミエールの言葉に頷いた。 「いやはや、まさかいきなり落ちてくるとは」 ことは、《 アンジェリーク》 の身に突然降って湧いたこの事態を打開する術がないかとそんじょそこらの図書館を相手取って数ならともかく質では完全に勝っている蔵書を片っ端から探索していたルヴァが丁度取った本が微妙なバランスをとっていたらしく、他の本が彼の方へと雪崩をうって落ちてきた、というものである。 「これから《 アンジェリーク》 、いえ、《 ルーファス》 をお茶に誘おうと思っていまして、よろしければルヴァ様もいらっしゃって下さいね?」 「えぇ、よろこんで」 『にこにこ』と嬉しそうに返事をしたルヴァは自分の目当ての場所に着いていたことに気がついて軽くリュミエールに会釈をして別れを告げる。 「では、後で」 「はい」 リュミエールもまた優雅に薫り立つような動作で会釈を返して、《 ルーファス》がいる筈の居間へと進み、気がついた。 「床が濡れて・・・・・?」 まるで切り絵のように光が四角く差し込んだところの床が、『きらきら』、不自然に煌いている。 「っわぁ!」 突如響いたとんでもなく大きな声は、何時も穏やかに微笑んでいる地の守護聖のモノであった。 「ルヴァ様!?」 驚いてリュミエールは踵を返す。見れば、盛大に肩を上下させてかのルヴァが落ち着こうと必死になっているのが遠目にも分かった。顔が真っ赤であるのは一体何故だろう? 「どうなさいました?」 「いえ、あのですねぇ、あぅぅぅぅぅ」 『どういえば良いんだろう?』とうろたえまくっているルブァの様子に首を傾げてリュミエールは考える。『何故これ程までにうろたえていらっしゃるのだろう?』と。 「どったのぉ?」 声に引かれて、『美の女神もかくや』との美貌の誉れ高いオリヴィエが両手一杯に何やら意味あり気な紙袋を持って現れると言った。 「あの、ですねぇ」 真っ赤になった顔のまま、呻くように、呟くように、聞き取りにくい小さな声でルヴァは答えた。 「《 アンジェリーク》 、いえ今は《 ルーファス》 ですが、が、入ってるんですよ」 指し示すのは背後の扉、大浴場の、である。もっとも、背後といっても大浴場は離れのように少し細目の廊下−人が優に三人ぐらいは横に並べるが他はもっと広い−の先だが、そこへ本と一緒に降りかかった埃を流そうと、ルヴァはやって来ていたのだ。 「それは、何と言うか」 「で、まさか見ちゃったの?」 「まさか!洋服があるのに気がついて、そのまま慌てて出ましたよ」 『ぼそぼそ』と顔を見合わせ彼等は囁くように会話を交わす。輝くばかりの美貌のオリヴィエ、薫り立たんばかりに優雅なリュミエール、穏やかな人柄にじみでるルヴァの三人が顔を触れんばかりに近づけて話している様は、ちょっと、近寄り難い雰囲気がある。 「でもさぁ」 「彼がいないだけマシですね」 「そうですね」 しみじみ頷く三人であったが、 「誰がいないだけマシだって?」 「「「オスカー!」」」 『何でここにいるんだ』とばかりの声に、ちょっと眉をしかめて炎の守護聖は言った。 「ちょっと聖地の周りを回って来て、汗かいたから」 「今は使えません!」 「他をどうぞ!」 「執務室の方があるでしょ!」 力いっぱい言う三人の姿は、オスカーの好奇心を逆にくすぐる結果となった。 「何隠してるんだ?」 「なぁんも隠してなぁい!」 半ば絶叫する口喧嘩仲間でもある少しだけ先輩の夢の守護聖の様子に、その手に愛用のハープとお茶の葉の入った華奢で瀟洒な瓶というこういう場所には似つかわしくない物を持つ同期の水の守護聖に視線を向けるが、こちらは日頃とは打って変わった頑固な態度で睨み返された。・・・・・はっきりきっぱり、怪しい。 「・・・・・お嬢ちゃんが入ってんのか?」 あてずっぽうだったのだが、真面に動揺する三人。修行が足りないぞ。 「ふふん・・・・・どうせ今のお嬢ちゃんの中身は男なんだろ?別に一緒でも構わないじゃないか?」 「「「構う!」」」 人の悪い笑みを浮かべて言うオスカーに、三人揃って声を張り上げる。 「なぁにぃ?どうしたの?」 『ぴょこん』と濡れた金色の髪の上に真っ白なタオルを巻き付けた少女が唐突現れた。どうやら身長の差が一番少ないマルセルから服を借りたようである。首元を締め付けることのないゆったりとした清潔感あふれるシャツと茶色の柔らかなズボンにベルトがわりの帯を締めている。 「出ちまったのか」 「あぁ、入るんですか?あったかくて丁度良いですよ」 《 ルーファス》 は一応十九であるので年上の守護聖年長組と年中組にはそれ相応の敬語を使っている。もっともそれもあくまで年上に対する配慮であって、どうやら守護聖と女王のこと自体知らないらしく、《 アンジェリーク》 と同じ年である年下の−外見だけで実際年齢は掛け離れ始めているが−ロザリア女王には気さくな話し方をしている。 「そうか、しかしもっと早く来ていれば背中ぐらい流してやったのにな」 「あはは、じゃ、今度一緒に入りますか?」 「そうだナッ!」 思いっきりオリヴィエに足を踏まれて声が一段高くなるオスカー。 「何を言っているんですか」 キツい物言いでルヴァがオスカーを睨みつける。 「《 ルーファス》 、貴方今は女性なのですから、不用意な言葉は慎んで下さいね」 オスカーに対する処置はオリヴィエがしたのでおっとりとした口調でリュミエールが少女の身体に宿った少年に注意を促す。 が、《ルーファス》は、安易に『ぽんっ』と手を打つと、 「あぁ、そうだったんだっけ」 そのあまりの朗らかさに、揃って苦労性の地と水の守護聖はため息をつき、夢の守護聖は無言で窓の外を仰いだ。そうして、残った炎の守護聖といえば、いまだ力いっぱい踏まれている己が足を見ていた。 空はビロード、広げられし黒絹に縫いとられて輝く星は、金剛石に赤玉青玉、黄玉石、翡翠、瑪瑙、夜光珠、たとえて数え上げればきりがない。 「どうした?」 「あ、クラヴィスさん」 「どうした?」 低い声が耳に心地良い仄かな暖かさを含んで響く。泣き出したくなる程、夜の安らぎが言葉になったかのような声が、『そっ』と、《 ルーファス》 の心に届く。 「その、皆のことを思い出しまして」 『てへへ』と笑う顔が、不意に歪む。『ぼろぼろ』と翠の瞳から涙を零しながら《ルーファス》は身を横たえる大きな大きなビーズクッションに顔を埋めた。泣き顔を見られることは《男》である《ルーファス》にとっては不名誉でしかないから。 「帰りたいよぉ」 その一言が全てを教えた。見知らぬ異郷の地にたった一人でいることの孤独は如何程であろうか?一人一人感じる度合いは違う、他の誰もその孤独を知る術はない。だから尚更哀れである。 「皆が、きっとお前が愛しくてならないだろうな」 《 アンジェリーク》 と重なるその真っ直ぐで何にも染まらぬ白き心、見る者全てを魅了してやまぬその心の在り方。 あくまで男性のモノでしかない細く白い指で今は《 ルーファス》 と名乗る大切な少女の髪を撫でてやる。ゆっくりゆっくり・・・・・ 「すっげぇ過保護ですよ。特に蒼紫とチェスターがまるで母親みたいに、男なのに。真琴は以外と突き放した感じですけど、何時も気にかけてくれているし。俺も、皆が凄い好きだから」 『だから、帰りたい』 思いは強すぎ、痛い程で。涙が零れる程に小さな子供のように弱くなるよう。 「きっと、帰れる。きっと・・・・・」 事実を事実としてのみ認識させるような夜の声に、白い指の触れる頭が『こっくり』と頷くのが感じ取れた。 空は、とっても快晴 「ねぇ、似合う?」 ふわふわ金色の髪の『美少年』風の《 ルーファス》 がお道化て『くるりん』と一回転 「似合うぅ」 『きゃろりん』とこちらは『美少女』風の可憐さを持つマルセルが答えた。 「へぇ、そうしてると、ホントに男みたいだね」 「結構苦労したのよ。何せ《 アンジェリーク》 は可愛い系の女の子でしょう?不自然さが出ない程度にするのって、意外と骨なんだから。楽しかったけど」 ふわふわ髪をまとめ上げ、大きな瞳に好奇心いっぱいの光を宿した『男装の少女』を上から下まできっちり見たランディと、コーディネーターオリヴィエの台詞であった。 敏捷性を重視したが為に薄めの金の飾り模様の施された白鋼の胸鎧と腰を覆うガード、その下から覗く細い肢体は動きを妨げない為とサラシの存在を隠す為にある程度ゆとりを持った揃いの上下をまとっている。かぶと何ぞという無粋な物は当然なく、代わりに額で凛々しく綾織りの鉢巻きが締められている。そうして、ポニーテールに結えられた金色の髪がご機嫌に揺れて・・・・・全くもって完全に『美少年』である。 「まるで別人ですねぇ」 「当然よ、一般の皆さん方は女王には及ばないものの補佐官にだって結構崇高なイメージ持ってんのよ?それが『男言葉で元気いっぱいに駆け回る女の子』じゃ、イメージ総崩れでしょうが。それにさ、何時もの衣装じゃ《 ルーファス》 、確実にコケちゃうし」 苦笑を浮かべてジュリアスが頷いている。ここ数日である程度−あくまである程度なのであって違和感はバリバリに健在だが−見慣れた《 ルーファス》 はかなり活動的で、長い裳裾何ぞを着せようものなら三歩でコケること請け合いである。 「それならいっそ別人に仕立て上げた方が無難でしょ?中身は男の子なんだし、こういう格好なら、ね?」 「あぁ、ウチの新米とでも思ってくれるだろうよ」 《 女王親衛騎士団》 を率いるオスカーが応じた。《 ルーファス》 が着ている鎧自体はオスカーが調達してきた物である。ついでに記すなら、柔らかな揃いの上下は何時ぞやオリヴィエが持っていた紙袋の中身である。両手いっぱいの紙袋の中に様々なイメージの違う服を揃えて執務室へ行くところだったのだ。 「目の届く範囲にいた方が安心だもんな」 「そんなに信用ないの、俺?」 ゼフェルのセリフに『ぶぅっ』と膨れる《 ルーファス》 の頭を、リュミエールが『ポンポンッ』と慰めるように軽ぅく叩いた。 「皆、そろそろ良いかしら?」 慈愛の笑みを零しながらロザリア女王が現れる。 「行こうか」 『フッ』と、かの夜のように安らぎを与える声でクラヴィスが言った。 それは、『黒』救いなき『真黒』であった。 「テッメェ!俺を帰せよ!」 半ば条件反射的に両刃のロングソードを鞘走らせたオスカーの背後から飛び出した『美少年』が少女の声で叫んだ。 「俺を皆のところに帰せよ!」 鮮やかな意志に煌く翠の瞳 場違いながらも魅せる力にあふれたその眼差しに、突如現れた『黒』に恐れ戦くバルコニーの下の民達が一瞬にして静まる。 「アイツか?」 押さえた声は一体誰の者だったのか? 「そうだ、アイツだ!」 『それ』を『アイツ』と呼ぶのには違和感があるが、《 ルーファス》 は怒りに輝く瞳、迷いのない瞳で睨みつけながら答えた。 あの、夢 《ルーファス》 の身に実際に降りかかった現実の交じりあったあの夢 『よっしゃ、後は呪を固めて始末完了』 『人を呪わば穴二つってのを知らんのか?始末をするこっちの身にもなれって言うんだ』 『分かってんのにするのがいんだから、仕事は減らんだろうよ』 『人を呪う、それを止めることの出来る者はきっといないでしょう』 『人間て、馬鹿だもんな』 『そんなにケロッとした声で言われると、シリアスが』 『とっとと何処かに逃げて行く』 『まぁまぁ、そこらへんがルーファス殿らしいところですから』 『どういう意味だよ』 『『『楽天家ののほほん人間』』』 『何だよそれぇ』 何時ものような軽口、無事に仕事を終わったことを喜ぶ心をその中に隠して、笑いながら話していたのに。慣れ過ぎたが故の一瞬の気の緩み 『真琴!』 封じかけの呪いの、最後の抵抗 狙われたのは、唯一人女である《 彩霞・真琴》 己の失態を、何故他者に被せられようか?迷う必要もない、それは当然なこと。 真琴を庇い、そして『黒い呪い』の中で意識を失って、 そして、ここにいる。 《 少女》の身体に《 男》 である《 自分》 が宿って、仲間のいないこの地に・・・・・ 思いは力となる。だから『心底願う』のだ。心から『カエリタイ』と・・・・・ 深呼吸 大気中に満ちあふれる不可視の力を集める。 「イジェクト・カース!」 土の魔法である『イジェクト・カース』は『呪いを解除、もしくは押え込む』というものである。 『パンッ』 一部が弾ける、が、それだけである。いっそ猛々しい程に荒れ狂う『黒』 「ちっくしょ」 「下がれ、《 ルーファス》 !」 声と共に、炎が走る! 炎のサクリアをまとってオスカーの剣が一閃した。 「え?」 炎の切り裂いた『黒』の中に白があった?目の錯覚でなく? 「あれは・・・・・」 火と風の魔法を唱える。 「ホーリー・ファイア!フライ!」 炎で焼き、風に乗って『黒』に近づく。背後の制止の声は故意に無視した。 『黒』の中で膝を抱えていた誰かと、刹那、視線が交わる。 『キミは』 『アナタは』 「危ない!」 澄んだ銀色の声が叫び、男性としては華奢ながらも、それでも現在の《 ルーファス》よりもずっとらしい体格のリュミエールに押し倒される。 「こっちへ!」 リュミエールに庇われながら見回せば、声を張り上げマルセル、ランディ、ゼフェルが民を誘導している。 「早く!」 「だぁ!押し合うんじゃねぇよ!」 まだまだ高めの声が空を裂かんばかりに張り上げられる。 上に視線を向ける。自分が飛び降り、またオスカーやリュミエール、多分年少組も飛び降りたのだろうバルコニーに、ロザリアとジュリアス、クラヴィス、ルヴァがいる。決意に満ちた態度でロザリアを囲むように立つ三人の姿に、《 ルーファス》 は有るか無しかの微笑みを浮かべた。・・・・・近視感が、心に冷静さを戻す。 「《 アンジェ》 、いえ、《 ルーファス》 ?」 「大丈夫です!」 立ち上がって気合を溜める。 その様子に戸惑いの感情を向けてくるリュミエールに『にっこり』と笑って駆け出す。 「ウォーター・カッター!」 水の魔法を溜めた気合ごと放つ。 『助けて上げて』 綺麗な金の鈴を転がしたような声 「馬鹿!他所見してんじゃないわよ!」 綺羅びやかな扇子で迫る『黒』を弾いたオリヴィエには、まるで聞こえた様子がない。だが、幻聴では決してあり得ないとの確信が、何故だろうか、あった。 「リュミエール!さっさと女王陛下のところに《 アンジェリーク》 を連れて行け!」 『こくん』と頷いて、リュミエールは立ち尽くす《 アンジェリーク》 との名を受ける金色の髪の少女に宿る《 ルーファス》 という名の少年を宥めるように、焦る心を押さえて極力優しい声で退くように説得する。 「違うのか?」 「《 ルーファス》 ?」 「違うんだ、そうじゃ、ないんだ」 緑柱石の瞳を小揺るぎもさせずに呟きを漏らす《 ルーファス》 腕を掴むリュミエールの一瞬の隙をついてまた、走る。 『「止めて!」』 声は、何故か二つだった。 「帰ろう」 差し伸べる手は自分のモノじゃないけど、それでも差し伸べる。 「帰ろう、一緒に」 『黒』が揺らめく。動揺している? 「《 俺》 は帰りたい。だから、一緒に帰ろう」 帰りたいんだろう?だから、駄々をこねる子供みたいに暴れてんだろう?優しい心に触れて、不安が和らぐのを感じてその子を離せないんだろう?過去か未来か、『自分』のいる筈のない時の中にいる。不自然だ。 「《 俺》 は《 俺》 に戻りたい」 『黒』が、全てを包み込む。 泣いている小さな子供をあやしている翠の瞳がとんでもなく綺麗な可愛い女の子がこっちに向かって微笑んだ。 『・・・・・ァス、ルーファス!」 「ほぇ?」 「「「ルーファス!」」」 前から真琴、右からチェスター、左から蒼紫が同時に飛びついて来た。 「・・・・・痛いぞ」 「良かった」 「馬鹿か、お前は!」 「よく御無事で」 聞けよ、テメェ等・・・・・ 「ルーファス殿?気分が悪いのですか?」 「ホント良かったぜ。もう目が覚めないかと思った」 「・・・・・心配かけたな」 「フンッ、カッコつけるからだ」 ・・・・・泣きながら言うなよ、真琴。 「なぁ、アレは?」 「アレ?あぁ、アレならあそこだ」 チェスターの指す先に固まった『呪い』が黒い岩のようにある。『呪い』の表面を固めて閉じ込めたソレ。 「蒼紫、神姫艶か黒夜叉貸してくれ」 「は、はぁ」 腰に差した二振りの刀のうち、黒夜叉と名付けられた方を貸してくれる。対である神姫艶同様、とてつもない切れ味を誇るこの刀は神器である。本来の持ち主である蒼紫が使えば、ほとんど無敵と言って過言でない。何せ一振りでゴーストを退散させる程の力を秘めた上、使う蒼紫の精神力も可成なモノなのだ。余談だが、神器であるこの二振りの刀は使い手を選ぶんだそうだ。だから、本来の持ち主である蒼紫には遠く及ばないけど、それでもまぁ、俺でもコレくらいなら。 「ッ!」 気合と共に断ち切る。俺の気は黒夜叉自身が持つ気と交じり合い、ソレを二つに割る。 「出ておいで、いるんだろ?」 『有り難う、出してくれて』 小さな子供を抱いた少女がそこにいる。天使の翼を広げて。 『この子、泣いていたの。それが悲しくて、側にいたの。そしたら』 そしたら、俺が身体に入っちまった訳か。 「そいつのこと、頼むよ」 『うん』 まさしく天使の微笑みを浮かべた少女は、空に昇り、溶け消えた・・・・・ 「ルーファス、アレは何だ!?こら、教えろ!」 「・・・・・まずはさ、街に戻ってメシ食って、それからだよ」 言い終わる前に駆け出す。後ろから慌てて三人が駆けて来る気配がする。随分慣れた、気配。側に、いる。泣けるぐらい嬉しいから、だから反対に笑い出した。 天使の溶けた空に笑い声が木霊する。 『・・・・・−ク、アンジェリーク!」 「ほえ?」 「「「「「「「「「「アンジェリーク!」」」」」」」」」」 前後左右から来ると、 「痛いですぅ」 って、聞こえてないんですか?・・・・・ぅっわぁ!何するんですかぁ! 「「「「「「「ド阿呆ぉ!」」」」」」」 「大丈夫か?」 「怖かったですぅ」 「もぉ大丈夫ですからねぇ、皆が報復処置してますから」 ・・・・・あれは、陛下にジュリアス様にオリヴィエ様、マルセル様、ゼフェル様、ランディ様、果てはリュミエール様まで、なにも、そんなにもの人数でフクロにしなくてもいいんじゃ・・・・・そりゃまぁ、勢い余ってとはいえ、押し倒された訳ですし、今回ばかりは庇ったりしませんけど。 「・・・・・って!アンジェリークの方か!?」 「はい、それがどうかしたんですか?」 「せぇの!」 「あぅ?」 何で万歳三唱するんですかぁ?おぉい、私を一人にしないで下さいよぉ・・・・・ 『コココココンッ』 「はぁい、どうぞ」 「今日和、ルヴァ様。外でお茶にするのですが如何ですか?陛下御希望シャルロット・ポワールだとかいぃっぱい作ったんです。ね、いらっしゃって下さい」 瞳を輝かせる少女は、『駄目ですか?』とでもいうようにほんの少し首を傾げる。上目遣いのその眼差しに、勝てる者は皆無である。 「これを片付けたらすぐに行きますから、先にどうぞ」 「はい」 『すぐに来て下さいね』と笑いかける。先日までの『らしからぬ少女』から皆よくしっている『らしい少女』に戻ったのを実感する為か、この頃特に女王守護聖皆から構われまくっている金色の女王補佐官の胸で赤い輝きが目を引いた。 「オリヴィエですか?」 「え・・・・・・あぁ、コレですか?コレは例の《 ルーファス》 さんからいただいたものだ、と思うんですが。握ってたんですよ」 自身無気に首を傾げながらソレを大切そうに撫でて少女は、『お早く来て下さいね』と朗らかに言うとひとまず地の守護聖の執務室を辞する。 「《 ルーファス》 、《 ルーファス・クローウン》 ・・・・・」 青年の筈なのに受ける印象は少年でしかなかったかの人の名を呟きながら、ルヴァは手元のページを繰る。手書きのそれは、ルヴァ自身が書いたモノである。少しづつ書き溜めたそれの表紙は、『神話とその登場人物』との題がつけられている。 「《 紅・蒼紫》 《チェスター・ボーヴェン》 《彩霞・真琴》 」 『成程成程』と彼は一人頷く。 彼が主な研究の片手間に調べたそれは、旧世界でもまだ女王や守護聖との存在がなかった頃、童話や神話の題材となった遥かな過去の日を調べたものである。神話の中の英雄は時と共に神となる程美化される、それにはどれ程の時がかかっているのか。自分が小さな頃母親から聞いた話の主人公を調べたのだ。 それが、《 ルーファス・クローウン》 ・・・・・ 寝物語りの《 彼》 は不思議な魔法を使う憧れの《 HERO》 であったが、調べ上げた結果浮き出て来た実際の彼は、《 子供みたいで思わず構ってしまいたくなるようなそれは無邪気な人》で、三人の仲間と楽しみながら気ままな旅をしていたのだそうだ。 いまでは希少価値なんて言い方では足りない程に貴重な一枚の絵を見る。 黒鋼の髪と蒼天の瞳の色が褪せながらもまだ少し残ったその絵《 ルーファス》は炎の民と黒髪の少女と青年と一緒に笑っている。 「《 ルーファス》 」 『幸せですか?』 今はもう答えの返ることのない問い ルヴァも、それに他の守護聖も女王も、皆《 ルーファス》 のことが嫌いだった訳では決してない。ただ、見知った少女とのあまりの行動言動の差異に振り回されていただけ。そう、ちょうど《アンジェリーク》に出会って間もない頃のように。 声が聞こえる。彼を呼んでいる声 「あぁ、もしかしたら」 現在は、過去を映す鏡 ならば未来は現在を映しているのかもしれない。 『生まれ変わり』 『転生』 そんな言葉が浮かぶ。 あの《 ルーファス》 と彼の調べた御伽話しのヒーロー《 ルーファス》 は同一でないかもしれない。『生まれ変わり』の名の元に・・・・・そして同じように、どちらが先かなんて分からないけれど、魂や心というものが繋がっているのなら、たとえば男性の《 ルーファス》 が女性の《アンジェリーク》に生まれ変わったり、その逆であったりする可能性がある。 あくまで可能性 だけど、肯定したくなる類似性 無邪気で無垢で、人を惹きつける不思議な魔力にも似た魅力 見つめる瞳の光の強さはまるで甲乙つけられない程同じで、ふとした拍子の素の顔は見間違う程同じで、宿る心は違うのに全く同じだった。 現在を挟んで過去と未来はメビウスの輪のように永遠に巡り続ける。 過去の次に現在があるなんて、一体誰が定めた?現在の次に未来があるだなんて、一体誰が定めた?・・・・・定めたのは、そう思い込んでいるのは人の心だ。 巡る巡る時の輪は途切れることなく現在は未来を紡いで過去となり、何時か過去は未来へと戻り、時は永遠となる。時代は巡り、また同じ時がくる。 自分を現在とした場合に、一体あの《 ルーファス》 は過去であるのか未来であるのか?どちらでもいいか。悠遠の過去と遥かな未来 その垣根はあるようで実はないのだから。 「ルヴァ様ぁ!」 「はぁい!」 優しい可憐な声に応える。考えに没頭してしまっていた。 わざわざ廊下に出ると余計に回ることになるので、近道にベランダから下りて行く。噴水辺りを見れば、せかされて黄金色のパイ生地に鏡のように綺麗に磨かれたナイフを刺して切り分ける少女の姿がある。 こちらに気がついて、極上の笑顔を振り撒いた少女の胸元で、宝石が煌く。かの絵の中で、四人が揃いでつけていたブローチだ。 《ルーファス》 は『《 Skill&Wisdom》 を卒業した』だとか、『元々同じ学校のアカデミー−クラブという意味だったらしい−の仲間だった』だと言っていた。とすると、アレは察するに、その学校の校章なのではないだろうか? まるで翼を広げたような金細工に、ルビーに似た赤い石が嵌められている。 自分は《 Skill&Wisdom》 というその場所を知らないし、彼等の心が完全に理解出来る訳ではないが、多分、彼等はその《 Skill&Wisdom》 の生徒であったことに並々ならぬ誇りを持っていたのだろう。 過去に似た未来と未来に似た過去 はてさて、一体どちらが先だというのか? あまり大きな声でなかったので聞き取れなかったが、切り分けたパイを渡していた少女はまた《ルーファス》 であった頃のことをからかわれたようだ。真っ赤になって照れ隠しに怒る少女は愛らしい。だから、皆が皆して、少女を愛しているのだ。 卵が先か鶏が先か? この世は謎に満ちている。 だけどそれでも、今は少女の差し出した美味しいお茶に集中しようと思う地の守護聖であった。 END |