時の子供〜時の許し〜

時の子供〜時の許し〜


 小さな子供のように、その二人は日が昇ると共に訪れる運命の時を脅えたように肩を寄せ合って待った。
「大丈夫よ。皆様から選ばれ貴方なら」
「いいえ、違うの、違うのよ」
 泣き続ける自分を慰める言葉に、美しい鮮やかな色の瞳を涙で濡らした美貌の少女は傍らの少女に言う。『それが怖くて泣いているわけではない』のだと。
「後悔しているの?」
「後悔はしていないわ。決めたのは私だもの。あの方を好きなのは本当だけど、私はあの人より世界が愛しいから」
 闇色の、美しい人  闇の具現  闇をその腕に抱いた優しくて悲しそうな人
「でもね、好きという心も本当だから、勝手に涙が流れるの」
「・・・・・・・」
 新しく太陽が昇れば二度と口にすることは叶わないだろう親友の名を呼ぶ。
「今夜だけよ、二度と泣かない。・・・・・だから、今だけ、泣かせて」
 何時だって鮮やかな太陽のように輝いている友が、これ程弱いとは知らなかった。
「うん」
 こんな風に腕の中で声を殺して泣く友の姿だなんて、一度だって考えたことなかった。
 だから怖くなった。
「怖いわ」
 あんなに強い人を、こんなに弱くする、
「恋は、怖いわ」

 後に旧世界最後の女王とその補佐官として名を残す二人の少女の、少女達だけしか知らない一幕である。

「どうだ、慣れたか?」
「あ、カティス様」
「敬称は略するのだろう?女王補佐官殿?」
「そう、でしたね。すぐに忘れてしまって」
 初々しく頬を赤く染めて、任を受けたばかりの《女王補佐官ディア》は守護聖でも中堅である《緑の守護聖カティス》の言葉に頷く。
「女王陛下が早く慣れるようにとの配慮だ、最も近しい場所にいる補佐官がその調子では」
 からかう口調に、少女はシュンと項垂れる。彼女が持って生まれた雰囲気と混ざって、それはいたいけな子犬を思わせる。
「責めているわけではないんだ。そんなに畏まらないようにした方がよかろうと言ってるだけだ」
「えぇ、それは分かっているつもりです。でもどうしても」
「ま、時がそのうち解決する問題だが、それに自分の意志も混ぜれば早くなるだろう」
 『な?』と優しくカティスが目を和ませる。
「有り難うございます」
 清楚な笑顔で応じるディア。
「そうだ、女王補佐官ディア殿におかれては今度の日の曜日は時間があいているだろうか?陛下の心の慰めに陛下の部屋の側の花壇を整えたいのだが、助言が欲しい」
「まぁ、それは喜んで協力させてもらいますわ」
 劇的なまでに表情を変えて少女は頷く。
「アンジェリークは淡いものより鮮やかなものが好きで、薔薇の深紅も好きですけど、ハイビスカスの青空に映える赤も大好きなんですよ。それとヒアシンスは青や濃いピンクがあって、一本に幾つもの花があるのが何だか賑やかで好きだって言って!・・・・・すみません」
 一気に顔を真っ赤にしてディアが俯く。素のままの女学生が表に出たことや、思わず慣例を破って禁止されている女王の名を言ってしまったことを恥じているようだ。
「いやいや、参考になった。今度の日の曜日は迎えに行くということでかまわないだろうか?」
 すぐに他の話を振ることで助け船を出すと、真っ赤なまま何度も少女は首を縦に振った。どうも恥ずかしさのあまり声が出ないようだ。
「では、日の曜日楽しみにしている」
 青年は微笑ましさから生じる笑いを薄く浮かべて、元気づけるように軽く肩を叩いて自分の向かっていた方へと進んだのである。

「今日はここまでかな」
 額の汗を軽く拭き取ってカティスはディアに言う。
「喜んで下さるといいんだが」
「喜びますとも」
 しっかりと請け負うディアに、おおらかな笑みで応じてカティスは問いかける。
「今日手伝ってもらった礼にもならんだろうが、次は補佐官の空中庭園に好みのものを送ろう。何かないか?」
「そうですわねぇ・・・・・」
 しばらく考え込んだ少女は優しく髪をその背中で滑らせながら答えた。
「あの庭園には特別加える必要はないと思うんです。とても綺麗なんですもの。代わりに、私の執務室に鉢植えの何か淡い色の花をいただけませんか?初心者の私でも手入れの出来るものがいいんですけれど」
「では簡単なものを見繕って持って行こう」
「楽しみにしていますわ」
 誰をも惹き寄せるような吸引力は決してない。だが、たった一人の心を掴むのには充分な可憐な微笑みを少女は青年に向ける。
「あぁ」
 そしてまた青年も同等の笑顔で応じたのである。

 心は目に触れることは決してない
 時折  何かの感情の発露に溶けて他者にも分かるが
 心は目に触れても意味がない

 見えないからこそ  尚更に
  愛しく大切なものなのだろう

 鉢植えのスイートピーの、まるで幼い少女のスカートのようにヒラヒラと広がる花びらをつついて、女王は少し呆れたように言った。
「すっかり第三の庭園と化しているわね」
「そうね」
 いそいそと華奢なデザインの如雨露で土の乾き具合を見ながら女王補佐官は一つ一つ丁寧に水をかけてやっている−因みに、第一の庭園はこの聖地の中央にあるここ、聖なる神殿の前庭のことで、第二の庭園は代々の女王補佐官が女王を慰める為に催す小さなお茶会の場所として使っている空中庭園である−。
「このスイートピーはね、『甘い香りの豆』という意味なんですって。実際とてもいい香りがするでしょう?」
 軽やかな動きに合わせて桜色のゆったりとしたスカートがクルクルと広がる。
「・・・・・で、カティスからプロポーズは受けたの」
 『どんがらがっちゃん』
 盛大に補佐官はスッ転んだ。
「いきなり何なのぉ!」
「だって、ここにある花って全部カティスからの贈り物でしょう?」
「だからって・・・・・」
「満更でもないでしょ?」
「女王陛下ぁあ?」
 うろん気な声にクスクスと女王は笑う。
「もぉ!」
 『プゥッ』とふて腐れる親友の姿に彼女は微笑ましさより強く心に浮かんだことがあった。
「ねぇ?年長の守護聖達はもう自分の後継を捜し出しているわ。カティスは中堅だし、まだまだだとは思うけれど、約束なんて、先にしてしまってもかまわないんじゃないかしら?」
「私達はたんなる友人同士です。そんな邪推なさらないで下さいまし」
 わざと慇懃に言うと少女は背を向ける。
「ごめんなさい、そんなに怒らないで、ね?」
 その様子に慌てて上目遣いに女王は補佐官に許しを請う。何時も優しい友人は、その分一度怒ると手に負えない。だからこそ今のうちに機嫌を治しておくに限るというものだ。

 時が巡り  季節が巡り  皆が等しく一つ年を重ねる
 それは幾度も繰り返される  ありえぬ筈の永遠の名の元に
 一人  また一人  天からの授けられた役目を終える
 行く者  来る者  遥かな過去に生まれた者が今を生きる者と変わっていく

 通い慣れた道を彼女は歩いていた。薫るような美貌も美しいが、何よりもその身にまとう優しい包み込むような暖かな雰囲気が最も彼女を周囲から浮き出させている。
「今日和、カティスはいますか?」
 おっとりとした物腰も優雅な婦人となった女王補佐官は、初めて見る幼い少女のように可憐な少年に問う。
「カティス様?カティス様に何の御用ですか?」
「来たか、ディア」
 奥から現れたしなやかで真っ直ぐな金色の髪を束ねた男性が言う。
「あの子は、どなたに生んでいただいた子ですの?」
 通された居間のソファに優雅に腰掛けてディアが問うと、カティスは唇の端を軽く引きつらせて言った。
「・・・・・冗談は笑えるものがいいな」
「申し訳ございません」
 苦笑してディアは頭を下げる。
「そんなとこにいないで、入って来い、マルセル」
 薄く開いた透き間からこちらを覗いている少年をカティスは笑いながら呼ぶ。
「はい、カティス様」
 チョコチョコと小走りに男性の座るソファに近づくと、ためらうように顔を伺う。座ってもいいのかと問う眼差しに、鷹揚に頷くのを見て取って大人しく座る。
「マルセル、こちらは女王補佐官のディアだ」
「はじめまして、ディア様」
 《マルセル》と呼ばれる少年の素直な瞳がラヴェンダー色であることに彼女はここで気がついた。
「ディア、この子が、俺の後継だ。名はマルセル」
「後継?」
「あぁ、まだしばらくはここにいるだろうが、交替するのが決まったんだ」
「そう」
 肩を竦める男に、彼女は無味乾燥な声で応える。
「はじめまして、次の緑の守護聖さん。お会い出来て嬉しいわ」
 儀礼的な言葉であったが、少年は頬を真っ赤に染めて嬉しそうに頷く。
「これで守護聖の2/3が交替してしまうのね」
 寂しそうな言葉が、彼女の形のよい唇の内側で転がされた。

 気の遠くなりそうな時を立派に女王として君臨する至高の女性は、元々はとても活発で勝ち気な面を持った至極普通の少女であった。だが、その長き治世は彼女に常人とは違う不可思議な落ち着きと誰にも真似出来ない暖かく包み込む母性を与えていた。
「ディア!」
 その女王が凄い勢いで女王補佐官の私室に飛び込んでくる。
「まぁ、どうなさいました?」
 すでに譜じることが出来る程幾度も読んだ気に入りの詩集を眺めていた女王補佐官は、驚いて女王専用と化している華奢な椅子を勧める。
「陛下ともあろうお方が、どうなさいましたので?」
 おっとりと首を傾げると、女王は今も昔も変わらず輝く瞳を自分の補佐官に向ける。
「カティスが守護聖の任を降りるって、知ってる?」
 『そのことか』と、ディアは合点がいった気分である。何時も誰よりも近くにいたからこそ、これ程までに取り乱した女王の姿に不吉なものすら感じたのだが。
「えぇ、昨日聞きました。後継者にも会いましたわ。とても可愛らしい子ですよ」
「ディア!」
「はい、陛下?」
 声を荒げる女王に、女王補佐官は心底から問いを返す。
「いいの?彼が行ってしまっても」
「どうしてそのようなことをお聞きになられるのですか?随分と以前にも申し上げましたけれど、私達は友人ですわ」
「ディア!」
「本当ですわよ」
「ディア!」
 三度声をあげる女王に、ディアは困った笑顔をする。何時でも怒られるよりこの表情をされることの方が女王には辛かった。補佐官もそれを知っているからこそ、無意識にその表情を作ったのだろう。
 それでも、
「この長い年月で、貴女達が培ってきたのがただの友情だけなの?」
 言外に否定しながら女王は言及する。時間が、時間がもうないのだ。ゴールはもう見えてきてしまっている。
「陛下の言われる感情が『恋』と呼ばれるものなら、違うと申し上げるしかございませんわ。・・・・・私は、恋が怖いから」
 困ったように彼女は目を伏せる。この話を終わらせる為には本当のことを全て話すしかないのだと、遅まきながら気がついたからだ。
「私、恋が怖いんです、とても。強い筈の人をあんなにも弱くする恋が、私には怖いものにしか思えなくて。だから、私は誰にも恋することが出来ないんです」
 誰のことを言っているかは明白で、女王は唇をきつく噛む。自分が原因であることがたまらなく苛立たしかった。側にいてくれて、そのことに甘えて、だから彼女の心に傷をつけたのかと思うと、自分に対して腹だたしかった。
「そんな顔をなさらないで。それが不幸であるとは言い切れませんでしょう?」
 だけれど、女王にはそれが不幸だと思えたのだ。

 笑いさざめくように黄色い小さな花が揺れる。
 今まで訪れる時には何時も一緒だった人は何処にもいない。
「・・・・・」
 あふれそうな涙を抑えようと、黄色い波から目を背け、天に輝く太陽を見上げる。
 誰の手にも落ちない鮮やかな太陽は、眩しすぎる。
「ごめんなさい」
 伏せられたまぶたの端から涙がそっと零れた。
「ごめんなさい」


彼はもう何処にもいない


『一緒に来てくれないか?』
 あの言葉に、頷きたかった。
『俺では駄目なのか?』
 そうじゃない!そうじゃないの。
 どうしても、私は彼女を一人には出来ないの・・・・・


「ごめんなさい」


 また太陽と月が巡り、日々が過ぎ、季節が巡る
 彼がいない時が巡っていく

「本当によかったの?」
 机の上に飾られたダリアの花びらを戯れに摘まんで、女王は腹心の親友に問いかける。
「は?」
 決済済みの書類をまとめていた補佐官は不思議そうに問いかける。
「カティスのことよ」
「・・・・・」
 痛むのは、心だろうか。泣いているのは心だろうか。
「私が貴女に隠し事が出来ないように、貴女だって私に隠し事出来ないの、分かっている?」
「えぇ」
「ねぇ、一緒に行きたかったのではないの?」
 初めて会った頃から変わらない、真実を見つめる友の言葉から目を逸らしたい。意識を心を逸らして、何も聞かなかったふりを、したい。
「・・・・・私は」
 涙でいっぱいの瞳を見られたくなくて、桜色の髪を束ねるリボンを解いた。広がる髪が邪魔する向こう側で、自分を見つめている親友の姿がありありと分かる。
「そう」
 小さく応えが返る。長い時は言葉に出さずとも理解するだけの要素を与えていた。
「馬鹿ね」
「馬鹿よ」
 応じながら髪を束ね直そうとするが、震える指は上手く動かない。
「今日はもういいわ」
「はい、陛下」
 目元が影になるような角度で礼をして退出する。
「ホントに、馬鹿なんだから」
 小さな呟きが一瞬耳に届いた。

 季節は巡り、春がきていたことに気がついた。
 菜の花でいっぱいの花園は、黄色い海のよう。
『ディアにはこんな花の方が似合う』
 そう言ってくれた人がいなくなって、一年が経っていたのだ!
 風が吹き過ぎる度にお辞儀をする小さな花がいじらしい。
「?」
 何処かで誰かが泣いている声が聞こえる。
「だぁれ?」
 菜の花をかき分けて探す。
「何処にいるの?」
 背丈の高い菜の花の中で泣いている子供を見つけるのは、けっこう骨が折れる。
「見つけたわよ」
 それでも何とか見つけた。
「何処の子かしら?」
 穏やかにそう言うと、子供が顔を上げた。

 ぷくぷくまんまるな頬は薔薇色
 滑らかな白い背には真っ白な羽
 くるくると強いウェーブのかかった金色の髪
 その髪の上にはちょこんと可愛く金色のサークレットが浮かんでいる

「時の、妖精?」
 知識では知っている。親もなく、兄弟もなく、どういった条件が重なれば生まれてくるのかは知らないが、『時の妖精』と呼ばれる不思議な存在であることは、明白である。しかし、知ってはいたがまさか実物にお目にかかろうとは・・・・・
「・・・・・」
 パクパクと口を動かす動作に気がついた。
「声が出ないの?」
 何度も頷いて肯定する。
「まぁ」
 驚いて口元を指で覆う。
 小さな紅葉のような手が、しっかりと袖を掴んでいる。見上げる色は、何処かで見た優しい色だ。
「一緒に、来る?」
 嬉しそうに時の妖精は頷いた。

 聖地の新しい女王の力で目的の場所までやって来た二人の先代は、むせ返りそうな程濃厚な緑の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「さぁてと、私は先に家を見てくるわ」
 女王と女王補佐官、守護聖は退位後ある程度の生活保障がつく。まさか宇宙を支えた元とはいえ女王や守護聖を放り出すことなど恐れ多いというもの。先代女王が言う『家』もそれ故の支給品の一つである。
「貴女はあっちの丘に先に行ってきなさい」
 昔に戻ったように快活な言葉遣いに、彼女が長い間見せていた淑やかな態度は表面だけであったのだと知った。数えるのも億劫な程の昔から、ちっとも変わっていないことが、何だか嬉しい。
 しかし、
「あの・・・・・」
 強引に先代女王アンジェリークは先代女王補佐官ディアの手から鞄を受け取ると背を押して、小高い丘を指し示す。
「いってらっしゃい」
 悪戯っぽく輝く瞳を前に、ディアの困惑は深まるばかりであったのは言うまでもない。

「ふぅ」
 強い日差しにため息をつく。
 涼しい風に、それ以上に聖地を去る際の出来事が脳裏を占める。

 菜の花畑が風に揺れる。
 ぱたぱたと耳に慣れた音が届き、数少ない時の妖精は、初めてここで出会った時の姿のまま、宙に浮いていた。
「ごめんなさいね。貴方を置いて行ってしまうわ」
 時の妖精は清浄な大地でのみ生きることが出来る。そして当然といえば当然だが、宇宙で一番清い場所は聖地である。その為に、ディアは時の妖精を自分の後継に頼んで出て行くことを決めていた。
「貴方がいてくれてお陰で、随分と助けられたのにね」

 あの人がいない
 それが故に心にぽっかりとあいた穴を塞いでくれていた子供

 出来ることなら、ずっと手元においておきたかったけれど、そういうわけにはいかないから。
 ぎゅっと抱き締めると、時の妖精も同じようにしがみつく。
「・・・・・マ」
「え?」
 小さな声が聞こえた。
「まぁま」
「っ!!」
「ママ」
 時の妖精の初めての言葉は、彼女を母と慕っていることの裏付けだった。
「ママ」
 菜の花を揺らせる風に、金色の髪が溶けていく。

 喪失  そうしつ  ソウシツ
 『あの時』みたいに!

「待って、お願い!」
 自分こそが置いて行くのに、置いていかれる者の言葉を紡ぎ出し、その言葉に困ったように時の妖精は首を傾げて最後の言葉を言った。
「あのね、」

 風が、時の子供を連れ去った。連れて来た時と同様に。

「ディア」
 低い声が回想に耽る彼女の名を呼んだ。
「・・・・・嘘」
 振り返った先の人影に、彼女は呟く。
 淡い淡い金色の輝きが目の中に飛び込んできていた・・・・・
「カティ、ス?」
「今度こそ、側にいてくれるかな?」
 少し照れたような声は、過去を呼び起こす鍵
「本当に、カティスなの?」
「あぁ」
 元とはいえ彼を守護聖とさせていたサクリアは彼を時からまだ少し遠い場所においているのか、最後に会った時の姿とほぼ変わらない姿で立っている。
 差し伸べられる、腕  あの時取ることの出来なかった。

「カティス!」

 別な木陰で見ていた女性が、心底から呟く。
「ホント、世話が焼けるったら」
 先代女王アンジェリークは彼カティスが彼の故郷に似たこの星に住んでいることを調べていた。だからこそ、ここを移住先に選んだ。共犯者は聖地の新しい女王と補佐官だ。彼女達は女王試験中に姉のように慕ったディアの幸せの為に、手伝ってくれた。
「幸せになりなさい」
 そっと彼女は呟いた。とても馬鹿で、大切な友達に。

 失った筈の腕の中で、彼女はあふれる涙を止められない。
 風に消えた子供の声を聞いて、更にその量は増える。

『あのね、またあえるよ』

 時がくれた、あの子は罪悪感から私を解放する鍵だった。慈しんで愛おしんで、ままごとみたいな小さな家族、小さな家庭が、自分を救ってくれた。

 時が少しだけほんの先に会わせてくれたあの子供は、再びきっと自分の子供として現れてくれるだろう。

 だからそれまで・・・・・

「おやすみ」

 時の流れのなか、その心を休ませて、無垢な心で生まれておいで
 きっときっと、生んであげるから

END