Darkness LIGHT
天使の再臨 漂う空気を身にまとう光で染め変える無敵の天使 かつて惹かれた光の女神に似ていながら絶対に違うその雰囲気と輝き 清冽な金の太陽の笑み 戸惑いの影を駆逐する強き陽光 純粋な銀の月の微笑み 迷いの深遠を照らす優しき月光 闇に堕ちることのない 光の天使 見つけたのは偶然 優しい寝息を立て、お気楽極楽に眠っている無邪気な天使の名は金の髪と翠の瞳の《女王候補アンジェリーク》 ・・・・・知っている。毎晩毎晩身体を壊しかねない程に必死になって《大陸エリューシオンの天使》であろうとしている少女の姿を。立ち止まることを恐れるようなその真っ直ぐな天使の姿を。 興味を覚えたのは、その名と姿、最初は。今ではその真剣な取り組みよう、不器用な正直さ、目の離せない無垢な行動、この少女しか持てぬ諸々の心にこそ、否定出来ぬ程惹かれている。何処までその姿勢を保ったまま生きていくのか見守っていたい、と。 起こすべきか否か、すぐ側に座り込んで考え、聞こえてくる寝息のあまりの安らかさに脱力した。健やかすぎる寝顔に起こす気力が萎えた。 「こんな処で寝ているのがアイツにバレた日には大目玉だぞ?」 呆れ口調で呟きながら、こめかみから頬、頬から唇へと流れていた髪を払ってやった。 それこそが引き金であった。もとより弾は込められていたのだから。彼は気がついていなかったけれど。 頬に触れた手のひら 唇に触れてしまった指先 幸福感と罪悪感の奇妙に混ざった不可思議な刻 一際大きな吐息が零れた。小さな唇から。 うろたえ、顔が赤くなったのが分かる。引き剥がすように離れたのは、その自覚のせいで。そのことに気がついて尚更赤くなる。 自分のしたことが、信じられなかった。抗う術を持たないいとけない少女に、己は何ということをしたのだ! 「ぅん?」 『コシコシ』と目を擦りながら少女が起き上がる。寝惚けた表情が何やらひどく可愛いのだが、自分のしたあんまりな行為故に、心臓が爆発寸前だ。 「ほぇ?クラヴィス様?・・・・・っ!」 翠の瞳に映る自分に気がついたアンジェリークは、幼子のように首を傾げ、完全に覚めた頭、動き出した思考回路のせいだろうか、慌てて威儀を正した。 「こんな処で寝ていては風邪を引くぞ。お前が倒れれば、大陸の者達が悲しむ。根を詰め過ぎるな」 アンジェリークの慌てた姿を見た瞬間に心臓は元の早さに戻り、薄く微笑を浮かべる余裕も生まれた。喋ることは苦手だが、この少女相手の時はそれ程苦ではない。 「すみません」 『しゅん』と項垂れる姿は文句なしに愛らしく、 「送って行ってやろう。手を」 もう少し、側にいたかった。先程の口づけが一体何故なのかは分からないが、側にいたいと思う心に嘘はなかった。 惹きつけられて止まぬ魔力にも似た魅力 幾ら否定しようとした瞬間に崩れる圧倒的な《好意》 生きる糧となる程の強い《想い》 「何方か大切な方のことを想ってらっしゃるのですか?」 清かな声に目を向ければ、静かな美貌の青年《水の守護聖リュミエール》が流麗なハープの音色を絶やすことなく首を傾げていた。 「珍しく、とても甘い顔をなさっておいででしたよ」 何時ものように押し付けがましい態度では決してなく現れたリュミエールは、これまた何時ものようにお茶を容れ、涼やかな優しい調べを奏でていたのだ。 ちょうど金の髪の女王候補のことを思い出していただけに、 「そうか?」 柄にもなく顔が赤くなったのが、分かる。相手は自分を気遣い、暇をみては訪れてくれる親しい者なればこそ、何時もの鉄面皮も剥がれていたのだろうか? 「本当に珍しいですね。何方ですか?クラヴィス様にそんな顔をさせる相手は?」 微笑みには全く嫌みな感じは受けない。あくまで優しく問いかける声に、答えようとは流石に思わなかった。如何に相手がリュミエールであろうと、これだけは言える筈がないではないか。とても恥ずかしすぎて、言えるわけがない。 「答える必要はあるまい?」 「そうですね。・・・・・そういえば、アンジェリークのことですが」 「どうかしたのか?」 思わず間髪入れず聞き返してしまった。 「え、あの、その、風邪をひいたらしくて、そのせいでこの頃聖殿に来ていないのだそうです。この頃来ないと気にしてらっしゃいましたでしょう?」 「そうだったか?・・・・・そう、だったな・・・・・」 「はい」 納得した訳ではないだろうが、そのうち話したくなったら話すだろうと考えたらしく、アレコレ煩く聞き返したりなどせずに、ハープの名手は曲を奏で続ける・・・・・ 見舞いに行くのに手ぶらというのは気が引けたが、何せ相手はかの天使、溺愛盲愛されまくっているあの少女が病であれば迷惑な程に見舞い客と見舞いの品があるだろうと、ただ顔を見るだけのつもりで闇色のローブを払う。 「今日和」 ちょうど起きていた少女は病んだ様子をかけらとて思わせない笑顔で迎える。 「寝ていなくては、治るものも治らぬぞ」 挨拶もそこそこにお説教口調で言った青年に微笑む。 「喉が渇いたもので。クラヴィス様も如何ですか?」 問いかけながらも二人分のティーセットを持ってくる少女に、彼は頷くに止める。 「本当はもうすっかり良いのですが皆様方とても心配していて、大事をとってもう一日だけ籠もっていろとおっしゃって」 元気な様子に安堵して、彼は『そうか』と呟きの答えを返す。 「随分、通っていた者がいるようだな?」 「えぇ、お蔭様でちょっとした花屋が出来ますね」 色とりどり丹精込めて、その心に報いるように咲き誇る花、華、花。 「何も持って来なかったが、正解だったな。これ以上の物はそうあるまい」 「来て下さったというその御心だけで十分です」 好ましい筈の素直さが、心に痛かった。 微笑みの闇の中 たった一人を想っている かつて聞いた言葉 『光と闇は背中合わせ。全く違うモノ。だからこそ、惹かれ合うか反発するのだろう』 それはまだ闇の守護聖を襲名する前、先代の庇護の元にあった頃に聞いた言葉。 先代の光の守護聖と闇の守護聖は親友と呼ばれる程に仲が良かった。それに反して自分とその時同じく襲名前、現在の《光の守護聖ジュリアス》との仲は最悪だった。顔を合わせるのも苦痛だとまではいかないが、どうにも気に入らないのだ。 『世に言う相性がとことん悪いのだろう』と、『こればかりは仕方がない』と、二人の先代は笑っていた。 それを聞き、年若く学者というより冒険家のような印象を受けた行動派でお節介焼きの先代地の守護聖はこう言った。 「光と闇は背中合わせ。全く違うモノ。だからこそ、惹かれ合うか反発するのだろう」 実際聞いたところによると、光の守護聖と闇の守護聖は大概仲が良いか悪いかはっきり区別がつくのだそうだ。ようするに、自分と違う部分を見つけた場合の反応の違いらしい。先代達のように足らない部分故に引き合うか、自分達のように合い入れぬのか、そのどちらかしかないらしい。 光に反発する部分がジュリアスに向かうのなら、引き合う部分が向かう先がかの少女なのだろうか? ならば、この《想い》は?自分が《闇の守護聖》であるが為に、芽生えたとでもいうのだろうか?光を求めるが故に? 大切だと思う、慈しんで見守っていきたいと思う。 だが、そう思う心は一体? 迷いの闇 安らぎなき虚無 《闇の守護聖》でありながら、そのなかに迷い込んだ・・・・・ 安定などいらないのだと思える不安定な美しさ。磨かれる前の可能性に満ちた原石は、安定とは程遠い。 光をまといながら更に輝く素質を持った少女 《光》・・・・・そして《闇》・・・・・ 自分が《闇の守護聖》であることに不自然さは感じない。生まれた時から多分誰よりも《闇》の、夜の優しさを知っていた。全てのモノに垣根なく与えられる眠りという名の安らぎを知っていた。 だから、不安なのだ。 視線の先で年少の守護聖達と話している少女に惹かれるこの心は、《自分》のモノなのか、《闇の守護聖》のモノなのか・・・・・恐怖を伴うその問いかけ・・・・・ 「クラヴィス様!」 こちらに気がつき手を振る少女。その髪が太陽を浴びて輝いている。 胸が痛い。痛くて痛くて堪らない。 応えることなく身を翻す。 途端、更に痛みが増す。痛みが増した原因は分かっている。少女は傷ついただろう、先程の態度は冷たすぎた。きっと、その心を傷つけた。だから、胸が痛い、心が痛い。 それとも、気にかけてくれただろうか?何時も冷淡に振る舞う自分ではあるが、例外的に挨拶には礼をもって返すぐらいはしている。それすらないことに訝しんで、心に留めおいてくれるだろうか? 吐き気がした。 傷つけたにしても、気に留めてくれたとしても、きっと少女は明日訪れてくれる。優しく澄んだあの声が、闇色の執務室に響くだろう。そのことを計算に入れたのではないか? 意識的ではないにしろ、自分を『嫌な奴』だと思う。 胸が痛い 心が痛い 痛くて 痛くて 堪らない 逃げ出すように、朝も早くから飛空都市で見つけたある特別の場所に足を向けた。 樹木に囲まれながら、そこだけが小さいながらも『ぽっかり』と開けている。道なき道を通らねばならないので、知っているとすればここに住まう動物か、動物達と戯れるのが好きな緑の守護聖くらいのものだろう。 目を閉じれば訪れる闇 そのなかに、何時の間にか心の深いところにまで侵入していた光の天使の姿が浮かぶ。 苦痛と優しさ呼び起こす鍵を呟く。 「アンジェリーク」 「はい」 幻聴でなく、それは空気を震わせた。 「聖殿に行こうとしたらクラヴィス様の姿が見えたもので、いけないとは分かっていたのですが、ついつい後をつけてしまいました」 『ペロリ』と小さく舌を出して、子供のように少女は笑う。 「どうか、なさいました?・・・・・あ、私、邪魔でした?」 一転して少女は泣きそうな顔になる。 「いや、気がつかなかったのでな。驚いただけだ」 『会わぬ為に聖殿を抜け出したのだが、まさか、外で出会うとは』と、青年は内心呟いた。 「良かった」 心底嬉しそうに微笑まれると、何やら気恥ずかしい。向けられる純粋すぎる好意はあまりに過ぎる純粋さで、心に突き刺さる。 「・・・・・たくなるな」 「は?」 「いや・・・・・どうした?今日は日の曜日だろう?誰ぞと約束しているのではないのか?聖殿に行く途中であったのだろう?」 「えっと、今日はクラヴィス様の処に外に誘いに行くつもりだったんです。ここでお会い出来たから、もう今日は聖殿に行く用事はなくなってしまいました」 昨日のことが心に残っていたのだろうか?やはり、自分のことながら、許せない。 「クラヴィス様とはほとんど執務室でしかお会いしていないから、一度ちゃんと太陽の下でお顔が見たかったんです」 無邪気な言葉に、ほんの少し救われた。 「本当に、瞳の色、深い紫なんですね。アメジストみたいな、吸い込まれそうなね綺麗な紫色」 類い稀な翠の宝石が光り輝きながら見つめている。もう覚えていない程の昔の両親達以外ではこれ程までに近づいたのは彼女が最初で、驚きのあまり動くことすら出来ない。 「神秘的な色ですね。私、この色すごく好きです」 「そうか?私はお前の翠の方が好きだぞ」 言った瞬間、『止めておけば良かった』と思った。 アンジェリークの顔は、驚愕の感情に支配されている。嫌悪でないだけましとはいえ。 「あ、その」 こういう時に言うべき言葉が見つからず、表面上は無敵の鉄面皮で覆っているが、内心の狼狽は尋常でない。 「・・・・・嬉しいです」 はにかんだ無垢な笑顔が浮かんだ。上気した頬が、信じられない。 心に浮かんだ問い 「《私とは、一体何処から何処までなのだろうか?《闇の守護聖》と《私》との垣根は何処に存在すると思う?」 『ぱちくり』 問いを吸収するように沈黙した少女は、ためらうように唇を動かした。言葉にならず、それは動いただけ、それでも、問いに答えようとしているのは分かった。 だから、促しの沈黙を守る。 「今、私の目の前にいらっしゃるのが、《闇の守護聖》であり《クラヴィス様》なのだと、思います。切り離せるモノでは、ないのではありませんか?」 一生懸命考え考えアンジェリークは言う。 「何時か、《闇の守護聖》の任を交替しても、《クラヴィス様》が変わってしまうわけではないのでしょう?人の心は複雑にカッットされた硝子のように、幾つもの多面性を持っているのだと思います。《クラヴィス様》という硝子、それが今までの経験によってカットされて、その断面の一つが《闇の守護聖》なのではありませんか?」 『私にだって、クラヴィス様の知らない《私》がいます。でもそれも《私》です』と、少女は言う。 感嘆の念が浮かぶ。うだうだと悩んでいた自分が馬鹿らしい程に、真実に近しいと思わせる説得力の宿った言葉。 「人のなかには、《自分》を演じている人もいますけれど、何処までいっても、《その人》は《その人》でしかありませんよ。きっと」 「・・・・・そうか、《私》は《私》でしかないのか」 「はい」 心から思ったことを口にした。 「お前は本当に《光の天使》なのだな」 「私が《天使》ですか?クラヴィス様でも冗談を言うのですね」 本気なのだが信じてくれそうもない、屈託ない笑顔。 自分に、素直になれそうな気がした。 「近く新女王アンジェリークの決定だ」 告げたのは、自分と対局を成す者《光の守護聖》 「まさか、そこまでエリューシオンが?」 「お前、アンジェリークのことを気に入っているわりに大陸の方には全然目を向けていなかったのだな。今夜、というのは無理だが、明日には中央に屋敷が立つぞ」 呆れ口調の言葉は、ほとんど意味を成さない雑音に近しい。耳には届いているが、心にまで響かない。 「嘘だ」 「私が虚言を言うとでも思っているのか?」 頑是ない子供のように、駄々をこねる子供のように、呟く。・・・・・信じたくなかった。ただ、ひたすらに、信じたくなかった。やっと素直になれ始めると思った矢先に、 「嫌だ」 「何を言っている。お前はこの試験が早く終われば良いと常々言っていたではないか?・・・・・まさか、女王候補に守護聖としてあるまじき心を持ったとでも?」 細められた視線は刃 そんなものにビクつく程自分は弱くないが。 「何処へ行く」 「答える必要はない」 「夜遅いこの時刻に、誰の元に行く気だ?」 「答える必要はない!」 「答えろ!《闇の守護聖》!」 声を大にして言い合うなど、なんとも久しぶりなこと。 「よもや、アンジェリークの元ではあるまいな?」 答えることすら苦痛でしかなく、沈黙すれば、それをもって肯定となした《光》はこれまた久方ぶりに顔を突き合わせるように間近で睨んだ。 「世界を壊す気か?」 押し殺した声など、怖くはない。最も恐ろしいのは、喪失だ。彼女がいなくなること、それこそが恐ろしい。 「世界を支える者の一人が、《闇》が、世界を壊すのか?」 激情が、全てを凌駕する。 「・・・・・世界など、滅んでしまえ!」 欲しいのは、側にあって欲しいのは、彼女だけだった・・・・・ 喪失の恐怖に駆られ、少女のいる特別寮にまでやって来た。やって来て、どうしたいのか分からなくなった。 「クラヴィス様!?」 真夜中と言って差し支えない時間なのに、少女は起きていた。窓を開いて星空を見上げていた少女は、自分に気がつくと慌てて外に飛び出して来た。 「どうなさったのですか?一体、どうしてこんな時間に?」 差し伸べられるのは白い指と慈しみの心 このまま、時が凍れば良いと、願った。 「痛い。苦しい、です、クラヴィス様」 細く弱い声の訴えも、血で染め上げられた彼の緋色の心にまでは届かない。 求め焦がれ、想い焦がれ、恋に狂った者 それが今の彼だった。狂おしい感情は力の制御能力を欠けさせ、華奢な少女を潰さんばかり。 「《闇》など知らぬ、《光》など知らぬ!お前が、アンジェリークがいれば良い!」 これ程まで想われて、何も思わぬ者は、それこそ人形。人の形を真似て出来た、心なき玩具。硝子の瞳のマリオネット 細い指が、彼の首に回った。 触れた指に宿る力のなさに、慌てて力を緩める。半ば正気を失う程に焦がれ過ぎ、力加減を完全に失念していた。 荒れた呼吸を繰り返す少女は、それでも自分に笑顔を見せた。 「明日言うつもりでしたけれど」 晴れやかに、春の空の笑顔 「貴方が好きです」 確かにその時、彼の世界は時を止めた 「ずっとお慕いしていました。気づいて下さらなかったようですけれど」 小さく笑っているこれは誰だ? 「最初、クラヴィス様は私を通して誰かを見ていたでしょう?それが悲しくて、叶わぬ願いに疲れて、でも、忘れることが出来る程簡単な想いではなかったから」 揺れている瞳は、鮮やかな若草に宿る清らかな朝露 「ずっとずっと、好きでした」 誰かの声が空気を震わせる。 「エリューシオンのことは、どうするのだ?」 「愛しいエリューシオン・・・・・でも、この身この心、全て捧げてもかまわないとまで思えるのは、クラヴィス様だけです」 コレハ ダレ? 翠の瞳 金の髪 白い華奢な身体 「貴方が好きです」 コレハ あんじぇりーく 「私で、良いのか?」 「何を言われるのですか?恥ずかしいのを我慢して、精一杯言いましたのに、信じては下さらないのですか?」 「信じるには、あまりに現実から掛け離れている」 「《闇の守護聖》としての《クラヴィス様》も、優しい紫の瞳の《クラヴィス様》も、全部好きです」 「・・・・・」 「貴方でなくては、嫌です」 多分、真実人から求められたのはこれが初めてだったる《闇の守護聖》ではなく、それも含んだ他でもない《自分》を求めてくれた《他者》は、彼女が初めてだった。 自分が心から欲した《希望》とも言い換えられる《光》、その具現である優しい娘、世界を支える九人の守護聖の一人でなく、ありのままの《自分》を見つめてくれている《アンジェリーク》 「明日伺って駄目だったらきっぱり諦めようって、思ってたんです。クラヴィス様はあまり干渉されるのがお好きではないから、一度だけ御心に問いかけて、駄目だったら、忘れるつもりだした。まさか、今日言うことになるだなんて思いませんでしたけれど」 白い手を組み合わせ、祈るように胸元で握っている少女は俯き加減に彼に言った。揺れる言の葉で。 「クラヴィス様が好きです。貴方の側にいても、良いですか?」 攫うように少女の身体を引き寄せる。 「あのっ!」 驚いて見上げる顔の、瞳の次に目を引く柔らかな唇に己のそれを重ねる。相手の同意もなく、奪ったのだ。 赤い唇は密程に甘く、極上のブランデーよりも酔わせる。 何時離したのか自分でも自覚のないまま、金の絹糸を幾度となく梳く。細くしなやかな髪は絡まることなく指を擦り抜ける。 「側にいて、良いのですか?」 「お前は私の《光》だ。心凍えていた私を暖めてくれる《陽光》であり、無明の闇の中で迷っていた私を導いてくれる《月光》だ。お前が側にいなくては、《私》は《私》でいられない」 屈み込んで、耳元で囁く。くすぐったがって身を離そうとする少女を戒める腕の力を強めながら。 「愛している」 身を震わせ、潤んだ瞳で見上げている少女の頬に右手を添える。 「永遠など望むことは出来ないが、それに近しい程の時、側にいてくれ」 ためらうことなく、少女は頷いた。 「私の愛しい《光》、愛しい《アンジェリーク》」 END |