GOLDEN〜Darkness〜
貴方に会う為に私はここへ来たのでしょう ・・・・・貴方の心が知りたい・・・・・ 少女は、闇の具現した美しいモノを見た、と思った。 「お前は?」 考えるより先に、少女は答える。 「私は《アンジェリーク》と申します」 何故か染まった頬を見られまいと少女は名乗ると俯いてしまった。彼女の視界には寒くもないのに小刻みに震える指が入っている。 「私は《闇の守護聖クラヴィス》 お前は次期女王候補の一人だったな?」 「はい!」 答えにだろうか、何処か気怠くため息をつくクラヴィスに、アンジェリークは視線を向ける。 満天の星空の下、漆黒のローブをまといしその姿は、見惚れるに値する美しさというものが自然と備わっていた。 身の丈もある闇色の髪といいアメジストの瞳といい、神秘的な雰囲気といい、アンジェリークには彼以外に《闇の守護聖》を襲名することは出来ないであろうと思える何かがある。 事実現在の《光の守護聖》である者と同じに、彼のその守護聖歴は歴代を越すモノであるが、女王候補生とはいえ流石にそこまで彼女は知らない。 「何を見ていたのだ?」 突然問いかけられ、少女は見惚れていたのを隠すように言った。『空を、星を見ていたんです』と。 「何故だ?」 「何だか気が高ぶって、眠れなくて・・・・・」 「・・・・・女王候補となったことを、後悔しているのではないか?」 「いいえ!」 「・・・・・」 「申し訳ございません。でも、私は後悔はしていませんし、これからも致しません」 強い眼差しには、覚えがあった。今はもう遥かな過去に愛した手の届かないあの人も、こんな強い眼差しをしていた。 「・・・・・力が必要な時は来るがいい。大抵執務室に籠もっている」 「はい!よろしくお願いします!」 元気に礼をする時に、あの人と同じ金色の髪が広がった。 それこそが、恋の始まりであったのだ・・・・・ 闇から浮き出る金色の髪の少女は、よく好んで闇の守護聖の元を訪れた。 「クラヴィス様!」 元気な声で執務室のドアをノックして入ると、何時もその部屋の主は微かに笑んで少女を迎える。 「今日は日の曜日だが?」 「外に出ませんか?」 「外か・・・・・ で、何処へ?」 「あの、森の湖へ・・・・・」 アンジェリークの頬が朱をさしたように染まっているのが普通ならば薄明るい部屋故判別し難い筈だが、クラヴィスにとっては慣れた明るさの中のこと、苦もなく見えていた。 「よかろう」 一言にパッと明るい表情を浮かべてアンジェリークはクラヴィスの顔を直視する 。 輝く翠の瞳はクラヴィスにとってお気に入り。手を差し伸べて触れたその白磁の手も、風に優しく揺れる髪も、何もかもが彼にとって気に入りのモノだった。 柔らかな日差しに太陽を反射する湖水を有する《森の湖》 「アンジェリーク」 「はい?」 突然名を呼ばれて少女は振り返る。 視線の先には闇の化身が佇んでいる。 「いや、機会があれば話そう」 つと視線を逸らして彼はそう言った。 「?」 何時ものように、部屋まで送られて礼にと暖かなお茶を出したアンジェリークは突然のクラヴィスの言葉に困惑した。 「私なんかで、よろしいんですか?」 『側にいて欲しい』と、『共に生きて欲しい』と、そう言われた少女は驚愕に目を見開き口元を押さえて問いかける。 「アンジェリークでなくては・・・・・ 他の誰も代わりにならない」 「・・・・・」 数瞬の躊躇い、そして、少女は頷いた。 はにかんだその微笑みは、幸せに満ちていた。 そうして女王試験は、女王候補生アンジェリークが女王になることよりも恋を選んだことによって中央の島に屋敷が立つ前に決着は着いたのだが、いま一人の《女王候補生ロザリア・デ・カタルヘナ》が無事に試験をクリアーすることを待ったうえで、女王位の交替を執り行うこととなったのである。 悪戯っぽく少女達は微笑み合う。 「これからもよろしくね」 「えぇ、ロザリア女王陛下」 「でもまさか、あんたがクラヴィス様と恋仲になるなんてねぇ」 「何よ・・・・・」 「あぁもぉ、そんな顔しないでよぉ。別にケチをつけるつもりなんてないんだから。私はお陰であんたが女王補佐官になってくれたんだし、ちゃんと祝福するわよ 。何だかんだ言っても、私には心情を吐露出来るのはあんたぐらいだもの、補佐官の任を受けてくれて嬉しいわ」 『ただねぇ』と深い夜空の紺色の髪をした次期女王陛下は言う。 「何と言うか、あの方って厭人的なところがおありだったでしょう?そんなクラヴィス様とあんたがいきなり恋仲になって、あんたは次期女王をあっさり諦めて、 さ」 「まぁ、ね。確かに厭人的な傾向はおありだったようだけど、でも私には何故か最初から、お優しかったわよ?」 「何でかしら?」 「私に言われてもぉ・・・・・」 この時に次期女王補佐官の心に一つの疑問が浮かび、後にある騒動を起こす一つの原因となるのだが、たとえ人々から神のように慕われ敬われる次期女王とても、 所詮神ならぬ身、知る由もなかったのである・・・・・ 白い指が、そっと代々の女王に受け継がれてきたサークレットを外して自分の後継者に授ける。 「ロザリア・デ・カタルヘナ、後を頼みます」 「はい!」 宝石のように輝く瞳に強い意志を秘めた新世界の女王ロザリアは、『当然』とば かりに頷く。 「アンジェリーク、貴女も頑張ってね?」 「はい、ディア様」 同じように《前女王補佐官ディア》から代々の女王補佐官に受け継がれてきたロ ッドを手渡され、新補佐官アンジェリークもまた頷く。 「私達は、懐かしい思い出の地へと帰ります」 ディアの桜色の髪が、ふんわりと風になびいた。結わえていたリボンをほどいたのだ。 「これからの新世界の発展を、楽しみにしています」 前女王の金色の髪が、ふんわりと風になびいた。結わえていたリボンをほどいたのだ。 「「「「「「「「!」」」」」」」」 前女王の素顔を見たことのなかった六人の守護聖と新女王と新女王補佐官は驚い た。 慈愛に満ちた美しいその面を彩る髪は金糸のごとく、穏やかな色を浮かべた瞳は至高の翠の宝石のようだ。 「ジュリアス、ルヴァ、そして、クラヴィス」 穏やかな、穏やかすぎる笑みを浮かべた《前女王アンジェリーク》は言う。 「私達がまだ女王候補生であった頃から、本当によくしてくれて、有り難う」 「いいえ」 「お役に立てて、嬉しかったです」 「・・・・・」 短く今までの健闘を讃えるような口調で二人が言い、一人クラヴィスだけは言葉ではなく、万感の想いを込めた微かな笑みを浮かべた。 そして、前女王アンジェリークと前女王補佐官ディアの二人は、聖地を後にしたのである・・・・・ 女王引き継ぎを無事に終え聖地が賑やかながらも平静を取り戻した頃に、泰然自若なまるで仏様のような人柄から人の絶えない《地の守護聖ルヴァ》の元にお茶を持って現れた《水の守護聖リュミエール》は、そのルヴァからある話しを聞いた。 「何ですって?」 「どうも、アンジェリークとクラヴィスの間に風が吹いているようなんですよぉ 」 眉を寄せて困惑の表情を浮かべるリュミエールに、ルヴァも疲れたような表情を浮かべて言う。実際、彼はとても疲れていた。 「これは、ほんの数人しか知らないことなんですがね・・・・・ 前回の女王試験の時にも、クラヴィスは恋をして、破れたんですよ。それの相手が前女王です」 『そのことに、アンジェリークが気づいたのでしょうねぇ』と、ルヴァは続ける 。 「前女王陛下はアンジェリークにとても似ていましたね」 「えぇ・・・・・ それが不安なんでしょう。クラヴィスが好きなのが、自分なのか、それとも自分を通して前女王を見ているのか、と」 突然すっくとリュミエールは相も変わらぬ優雅な流れるような動作で立ち上がっ た。 「失礼致します」 「何処へ行くんですかぁ?」 「・・・・・アンジェリークのところへ」 『にぃっこり』、リュミエールは優雅に裾を捌くと地の守護聖の執務室を辞去し た。 「しまったぁ・・・・・」 見送ったルヴァは、己の失敗に気がついた。 水の守護聖の執務室に幾度かハープの音に誘われ訪れた彼は、見たのだ。 幸せそうに微笑んでいるアンジェリークの肖像画を、そのあまりに素晴らしい出来を、知っている。 想いを乗せて描かれた、美しい絵を・・・・・ 「どうしましょう?」 答える者はおらず、徳高き地の守護聖は青ざめた・・・・・ 女王補佐官として《聖地》の《聖神殿》に守護聖同様執務室を持っているアンジェリークは、突然現れた水の守護聖の誘いを受けて久方ぶりに《森の湖》にやって来た。女王候補生時代の試験会場である《飛空都市》の《森の湖》、否、《飛空都市》そのものが、実は聖地の簡素化されたレプリカなのである。 「この頃、ずっと仕事をしていたでしょう?」 「えぇ、やっと慣れてきたんですよ」 無邪気な笑顔を浮かべて少女は青年を見上げる。 「アンジェリーク、折り入って、お話しがあります」 「はい?」 「貴女はもう次期女王候補ではない、だから、言います」 洗礼された動作で跪くと少女の白い手を取って、青年は言った。『言うことはありえない』と、封じていた言葉を、想いを、 「アンジェリーク、貴女を愛しています」 反射的に手を引こうとしたアンジェリークではあったが、意外な程に力強い手がそれを許さなかった。 「貴女の今の悩みを、知っています。だからこそ、私を選んではくれませんか? 卑怯なことだとは、分かっています。こんな、心の隙をつくようなことを・・・・・ でも、この気持ちに嘘はありません」 どうすればいいのか分からない少女は、泣き出しそうな顔で青年の顔を見ている 。 「すぐに、返事をいただけるとは思っていません・・・・・ ですが、考えてはいただけませんか?」 少女はとうとう、泣き出した・・・・・ さてこの会話だがどういうルートであろうか、全て漏れたのである。 お陰でルヴァは心労に倒れ、年少三人組はルヴァの看病におわれ、約二名程は思いっきり騒ぎ立て、筆頭守護聖はリュミエールの元へ真相の究明に向かった。 「言いましたよ」 「あぁのぉなぁ〜」 思いっきりあっさりと答えられた筆頭守護聖は脱力した。 「こうすれば、ちょっとは違った風が流れるでしょうから」 涼風の如き笑みを浮かべてリュミエールは言った。 「リュミエール?」 「クラヴィス様のことですから、どうせ何もお気づきではなかったのでしょうし 、この噂を聞けば、ね・・・・・」 敬愛申し上げる闇の守護聖の鈍感さ加減を考えると、ああいうことをせざるを得なかったのだ。そう、彼は呆れる程にとことん鈍い。 「お前・・・・・」 「勿論、私は本気で言いました。でも、願うのは彼女の幸せ・・・・・ アンジェリークは、最初からクラヴィス様を好きでした。それを知っていてなお、向けられる笑顔に魅せられたのは私でした。愚かなことでしょう?」 「・・・・・」 「彼女の全てを私は愛しています。クラヴィス様への想いごと、その心を、全て 。だから、私は彼女に言ったのです、『愛している』と」 「・・・・・」 「笑って下さっても結構ですよ」 全てを受け止める水の柔軟な心を持つリュミエールは、そう言って悲し気な笑みを浮かべ、筆頭守護聖は言葉を失った。 それから、幾日か経った。 相も変わらずルヴァは倒れたまま、年少三人組は交替で看病におわれ、お祭り好きの二人は聞かされたリュミエールの心を知って少し大人しくなり、リュミエールは暇を見つけてはアンジェリークを公園等にエスコートしている。 そんななかで、一人クラヴィスのみが沈黙を守っているのだが、いい加減近寄り難いのに、近頃ますます執務室に近寄り難い空気が流れてきていた。 「アンジェリーク」 「はい」 「そろそろ、心の整理はつきましたか?」 問いかけに、こくりと少女は頷いた。 「・・・・・お気持ちは嬉しかったです。でも、私はクラヴィス様に、一目惚れしたんです。・・・・・何処を、どうして、そんな当たり前なことが出てこないくらい、あの方を愛しています」 「そうですか」 悲しい哀しい笑みを浮かべて、リュミエールはそっとアンジェリークの身体を抱き寄せる。 少女は抗わなかった。 「・・・・・アンジェリーク、もしも、クラヴィス様にお会いして恋が壊れたら 、どうか、私のところへ来て下さい。貴女の泣く姿を隠すことぐらい、私にも出来 ますから」 それは優しい風の抱擁で、泣きたいくらい優しくて・・・・・ 「リュミエール様」 「お行きなさい」 「はい」 決別の言葉は短かった。だが、その方がいいのだろう。 風に吹かれて青年の清流のような長い髪が視界を阻み、収まった時には、少女は見えなかった・・・・・ 漆黒と黒に近しい紫水晶のあしらわれた執務室の前で、アンジェリークは息を整え、扉を軽くノックした。 すぐに返事が聞こえ、アンジェリークは扉を開く。 漆黒の闇の具現者がいる・・・・・ 言いたいことがあった筈なのに、その姿を見た瞬間に、全てが消えてしまったようだ。 「クラヴィス様」 それだけを呟くのがやっとの少女に、闇の守護聖は悲し気な笑みを浮かべた。そのことに少女は気がついていない。 「あの、私・・・・・」 ありったけの勇気を持って、少女は翠の瞳を最愛の人に向けた。 全てが壊れるかもしれない予感は、心を弱くするけれど、先へ進む為に! 「クラヴィス様は何時か言ってらっしゃいましたよね、私は前女王陛下と似ていると。だから、私を愛して下さったのですか?」 さらりと衣擦れの音がする。闇の守護聖は金色の女王補佐官の元へと歩を進めた 。 「私は確かに貴方を愛しています。初めてお会いしたあの夜から、ずっと・・・ ・・ ですが、私には貴方の御心を知る術がありません。貴方のその口から紡がれる言葉を信じることしか出来ないのです」 震える声 どれ程の勇気を持って紡がれているのか・・・・・ 「どうか、お教え下さい・・・・・」 少女は自分が泣いていることに、この時やっと気がついた。両手で顔を隠して、 嗚咽まじりの問いの形をした言の葉を作る。 「・・・・・貴方は、私を見て下さっていますか?」 沈黙は、少女の心を壊していく・・・・・ 「どんな答えでも、いいんです。どうか答えて下さい」 恋に愛に泣く少女の切ない声に心動かさぬ者などいないだろうに、凍りついたかのように彼は動かない。 「どうか、答えて下さい」 後一歩の距離が、深遠なる狂気の谷間を、少女に見せる。 「クラヴィス様」 涙に濡れた瞳を上げると、漆黒の髪をした闇の守護聖の苦痛に満ちた自虐的な笑みを見ることとなった。 「私は、闇の守護聖として失格だな。一人の少女の心に安らぎを与えることが出来ないどころか、不安にさせるなど・・・・・」 一歩少女の方へと歩を進め、労りを込めた優しい仕草でアンジェリークの頬に触れる。二度、三度、優しく、優しく・・・・・ 「いいえ!クラヴィス様以外に闇の守護聖となり得る者などいません!」 きっぱりと言いきるアンジェリーク 何時か見た、少女の可愛らしさやたおやかさの中の激しさを思い出す。 真っすぐに彼を見上げる翠の瞳の強さは変わらない。 惹かれ続ける強い翠の宝石のその光・・・・・ 愛しさに抱き締める。 抱擁の、あまりの優しさに少女は目を伏せた。 「きっかけは、確かに遥かな過去の恋の残滓だろう・・・・・ だが、今の私はお前を愛している」 「クラヴィス様」 「早く、言ってしまえばよかったのにな。すまない」 少女は漆黒のローブに顔を埋めて言う。 「いいえ!いいえ! ・・・・・クラヴィス様を愛しています」 恋の残滓が、愛しくも哀しい夢を再現させた。 それがきっかけ、始まりであることを彼は否定することは出来ない。 それでも、今の自分が愛しているのが誰なのか、彼は分かってもいる。 「アンジェリーク・・・・・」 END |