甘い看病


「失礼します。」
 シルフィスはレオニスの執務室に入ると、頼まれていた書類を机の上に置いた。
「ああ、すまん。」
 レオニスは顔を上げるとわずかに笑みを浮かべた。
 だが、その顔色はどことなく青白く見えた。
「レオニス様…お疲れなのではないのですか。少し休まれたほうが……。」
「大丈夫だ。もう少しで終わる…。」
 言い終わらないうちに、レオニスは額を押さえて黙り込んだ。
「レオニス様っ……。」
 シルフィスが駆け寄ると、辛そうな青い瞳が無理に微笑む。
「少し疲れただけだ。心配するな。」
「心配です!もう仕事はやめて眠ってください。お願いです。」
 今にも泣きそうなシルフィスに、レオニスは観念したようにため息をついて苦笑した。
「わかった。今夜はもう休む。おまえも部屋に戻れ。」
 シルフィスはきっとレオニスにまっすぐな視線を投げて言った。
「いやです。朝までここにいます。」
「………。」
 『朝まで』という言葉の意味がわかっているのだろうか。レオニスは頭痛がひどくなったような気がした。
 輝くばかりに美しくなった愛する者と一晩中二人きりで部屋にいるなど、いくらお堅いレオニスでも精神衛生上大変よろしくない。
 レオニスはなんとか部屋に帰そうと説得したが、シルフィスは頑として残ると言い張った。
「私が部屋に戻った途端、またお仕事をなさることは目に見えています。今夜は絶対これ以上お仕事はさせません。ここにいます。」
 もうこれ以上は何を言っても無駄だ。レオニスはため息をついた。

「ん……。」
 レオニスははっとして身体を起こした。
「あ、だめですよ。まだ眠っていてください。熱は下がったみたいですから……。」
「シルフィス…。」
 少し眠ってしまったようだった。部屋の静けさが、夜も更けていることを物語っている。
 シルフィスはふわりと微笑んでベッドの傍らに座った。
「大事に至らなくて本当によかったです。もうあまり無理はなさらないでください。でないと 私……。」
 言いかけて頬を染め黙り込むシルフィスがとても愛らしく、別の意味で眩暈がする。
 レオニスは途切れそうな理性をなんとか抑えこんだ。
「もう心配ない。私もこのまま休む。だから部屋に戻っておまえも休め。」
 ほとんど懇願に近い思いの言葉はあっさりと却下された。
「だめです。私は朝までここにいると言ったはずですよ。」
 翠の瞳が優しく微笑み、細い腕がためらいがちにレオニスの肩におかれ、ベッドに寝かせようとしたときだった。
 ぐっとレオニスの腕がシルフィスの肩を引き寄せ、シルフィスはそのまま倒れこむようにしてレオニスの胸に抱かれた。
「え、レ、レオニス様……?」
 驚いて顔を上げると、熱っぽく潤んだ蒼眼にどきりとする。 吐息が頬を撫でるほど近くでレオニスが囁いた。
「男の部屋に深夜ともにいるということはこういうことだ。…わかったら、私の理性が砕けないうちに部屋に戻れ。」
「…………。」
 少し脅すつもりで言ったのだが、シルフィスは微動だにしない。
 抱きしめたままの体勢で、レオニスはすっかり困惑してしまった。
 このままでは、自分の次の行動に自信がない。
 すると、シルフィスの腕がすっと伸び、レオニスの頬にかかった。
 キスは一瞬だった。呆然とするレオニスに、シルフィスは赤くなって俯いた。
「私だって……レオニス様でなければ、こんな時間にここにいたりしません……。」
「……。」
 そっと細いあごを持ち上げ、その恥じらいに潤んだ翠眼を見る。
「…私は自惚れてもいいということか?」
「…………。」
 シルフィスは黙って小さく頷いた。
 ゆっくりと唇を重ねて目を閉じると、シルフィスもそれに甘く応える。
 そのまま細い身体を押し倒すと、シルフィスは慌てて言った。
「あ、あの、ちょっと待ってください。具合が悪いのに、だめです……。」
 レオニスはふっと微笑んで言った。
「確かに…少し寒いな。」
 そう言って金糸に包まれた耳元に唇を寄せる。
「私をあたためてはくれないのか?」
 そのままうなじにキスをされ、シルフィスはぴくんと身体を震わせながらも赤くなって呟くように 言った。
「…私でよければ……。」

 その数日後レオニスの風邪をしっかりと受け継いだシルフィスを、レオニスが一晩中甘く看病することは至極当然のことだった。


END

コメント
お待たせいたしました。企画参加ありがとう創作です(なんだそりゃ)。
ちょっと夜っぽくなってしまい、すみません。でも直接のシーンはないでしょ。うん。
あとはご想像におまかせします。ぐふふ。

イリスより
うふっ、うふっ、うふふふふふ・・・・・
素敵だわ〜〜〜(うっとり)
もう、画面を見ながら妖しい笑いがとまりませんでした。
本当に有り難うございますぅ。