甘い接吻
〜時代劇浪漫譚妖恋話−其之二(隠密編)〜


 宵が深まり、空に浮かぶ月も冴え冴えとした光を地上に投げかける。
 そんな時間に、城の隣に建立された寺の敷地内にある茶室から淡い、蝋燭の灯りが漏れ出ていた。
「・・・どうした、レオニス。機嫌が悪そうだが?」
 その茶室の中、上座に座った怜悧な印象を持つ青年がゆるく首を傾げた。
「いえ。上様がお気になさることではありません」
 茶室の入り口近くで片膝をつき、控えていた男は一瞬、自分の主と視線を合わせ、すぐに足元へと逸らす。
「・・・?」
 遠回しに詮索を拒否された青年だが、仕事に関しては自分の感情を表さない男の珍しい態度に疼く好奇心を押さえられず、男の傍らにちょこんと控えている少女へと視線を向けた。
「・・・」
 青年の視線と、その問い掛ける意味に気づいた少女だったが、こちらは困ったように視線をそっと外す。
 なんとなく、男の機嫌の悪い理由を察した青年は僅かに苦笑し、手早く点てたお薄を控えている二人に勧めた。
「急に呼び出して悪いけど、仕事を頼みたい」
「何なりと」
 作法にのっとり、勧められたお薄を口にした男が間髪入れずに反応する。
 少女はただ黙って控え、目の前の青年を見上げていた。
「材木問屋に関する不正が行われているらしい」
「材木問屋・・・先頃の火事に関わることですか」
 聡明な印象を受けるエメラルドの瞳を瞬かせ、少女は自分の推測を尋ねる。
「その火事も故意に起こされた可能性が高い」
「・・・そう考えた方がよいようですね」
 じっと考え込んでいた男も主の考えに賛同し、顔をあげた。
「他の隠密の報告によれば、勘定奉行がこれに荷担しているとのことだ。レオニス、シルフィス、証拠を掴んで来て欲しい」
「御意」
 異口同音に二人は答え、その息の合いように青年は微かに笑みを浮かべる。
「して、勘定奉行殿は・・・」
「ああ、つれあい茶屋だ」


 どんがらがっしゃんっ!!


 あっさりと言われた言葉を聞いて派手に転んだのは男の傍らに控えていた少女だった。
「つ、つ、つ・・・」
 たとえ、優秀な隠密であろうと、中身はやはり年頃の少女である。真っ赤な顔でどもる姿に男は苦笑し、転んだ体を立て直す少女に手を差し伸べてやった。
「密談するには格好の場所だ。男女で入ればまず怪しまれないし、店の者だって口は堅い。逢引する者達もいるからな」
 つれあい茶屋−今で言えば、ラブ・ホテルである(笑)
「相手は大方、材木問屋の連絡員だろうがわざわざ勘定奉行が出張るくらいだ。何かあると踏んでいい」
「・・・あ、あの、それは、つまり・・・」
「レオニスとシルフィスなら怪しまれずにつれあい茶屋に入ることが出来るだろう?」
 しれっと言ってのけた青年に、少女は一気に青くなった。少女とは対照的に、男の方は急に機嫌が良くなっている。
「ほ、他の者に任せるわけには・・・」
「生憎と、適任者がいないんだ。シルフィス、任せたよ」
「う、上様ぁ」
「シルフィス。上様からのご命令だ。行くぞ」
「旦那様!?」
 嫌な予感に、何とか別の任務にならないかと抵抗した少女だったが青年にあっさりと却下され、更には傍らの男が少女を抱き上げさっさと茶室を出ようと身を翻した。
「では、御前、失礼いたします」
「結果報告を待っているよ」
 微笑みを浮かべる青年の視線の先で、茶室の入り口が閉ざされた。



「どうぞ、ごゆっくり」
 中年の女性に案内され、通された部屋に立ち尽くした少女は落ちつかない様子で辺りを見まわしている。その少女とは反対に男は部屋の片隅に置かれていた机の側に座り、備え付けていた道具でお茶を入れていた。
「シルフィス、とりあえず座れ」
「は、はい」
 男に促され、少女もとりあえず座る。・・・男とは反対側の、手の届かない場所に。
「・・・シルフィス。何故、ここに座らない?」
 自分の横を指し示す男に、少女は困った顔でそっと首を振った。
「今は、任務中です。・・・きゃあっ!?」
 男の手が伸び、少女の手を掴んだかと思うと強引に引き寄せられ、気がつけば男の腕の中で抱き締められていた。
「だ、旦那様、任務中だと・・・」
「もちろん、分かっている」
「でしたら・・・」
「だが、男女が一つの部屋に入って、何もしないのもおかしいだろう?」
 現代とはちがって、防音設備などない建物である。・・・当然だが、コトの最中の声やら物音やらが小さいとはいえ、聞こえてくる。向こうのが聞こえるということは、逆もしかり。・・・確かに、部屋に入ってコトリとも音がしないのはおかしいし、怪しまれるだろう。
「で、ですが・・・んんっ」
 顎を持ち上げられ、強引に口付けられた少女は無理な体勢であるために抵抗らしい抵抗もできず、その甘やかな口付けに酔わされる。
「ん・・・は、ぁ・・・」
 男が満足するまで口付けを続けられ、力の抜けた体を少女は男の胸に預けた。
「せっかく、月とお前を愛でることができると楽しみにしていたのに、任務でお預けをくらうのも、な」
「あ、あん・・・だ、駄目、です、旦那、さ、ま・・・」
 するりと胸元に手を差し入れられ、愛でられる感覚に甘い吐息を零しながら、それでも少女はなんとかこの行為をやめさせようと男に制止の声をかける。
 ・・・それこそが、男を煽るものだとは思わずに。
「・・・ん?どうやら、隣に待ち人が来たようだな」
「え?で、では、離してください。何か証拠を・・・いやぁん」
 男の言葉に体を離そうとした少女だったが、逆に布団に押さえつけられ、感じる場所を撫で上げられ、甘い声をあげてしまう。
「お前はそのままでいい。・・・ふ、ん。金子の受け取りか。だが、それだけとは・・・」
「も、だ、旦那様ぁ、どいてくださぁい」
「そのままでいろ。・・・なるほど、これからの火付けの計画表か。それを手に入れれば、立派な証拠だな」
「あ、あ、あ、も、う、旦那、様、の、馬鹿ぁ」
 両手は忙しく少女を愛しながら、しかし隣の部屋の気配を読む男。
・・・男が本当に人間かどうか、疑わしくなる瞬間であった。



 主から命じられた任務を見事に成し遂げたことと、心ゆくまで少女を愛した満足感で男は非常に機嫌が良かったという。



・・・続く?