あなたのために


 お祝いしましょう この良き日に
 花束 ケーキ プレゼント

 大好きなあなたが生まれた日
 あなたのために 祝いましょう

 チンッ。
 台所のオーブンの音に生クリームと格闘していた少女は一旦、それとの闘いをお預けしてオーブンの前に走った。
「あつつつつ・・・」
 ミトンを両手にはめていても鉄板の熱さはじんわりと伝わる。その熱さに少し顔をしかめた少女だったが、こんがりと焼きあがっている料理を見ると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「アイシュには及びませんけれど・・・わたくしもなかなかのものですわね」
 機嫌よく鼻歌を歌いながら少女は料理を二つの皿に取り分け、テーブルの上に並べる。
 テーブルの上には所狭しと料理が並べられ、主役が帰って来るのを待っていた。
「あとは、このケーキで完成ですわ」
 泡立てた生クリームとフルーツでケーキを飾りつける。少女はそれをテーブルの真ん中に置き、満足そうに頷いた。
「出来ましたわ。・・・アイシュ、早く帰ってきてくださいな」
 自分の席に座り、頬づえをついた少女は大好きな青年のことを思い浮かべる。
 優しくて、暖かくて、穏やかで。側にいるとほっとする人。
 自分の我が侭に困った顔をして四苦八苦するのが楽しくて、つい、色々と我が侭を言って。
 だけど、ふと気づくと何時も自分を見ていてくれた。眼鏡で見えない、綺麗に澄んだコバルトグリーンの瞳で。
「ねぇ、アイシュ。大好きですわ。ずっと、ずっと、大好きですわ。だから、ずっと、わたくしを見ていてくださいな」
 そっと呟いた少女の耳に、帰宅のチャイムの音が届いた。
「アイシュ!お帰りなさいですわ!」
「ただいま、ディアーナ」
 優しい微笑みを浮かべる青年に少女は飛びつき、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「ね、アイシュ。こっちに来てくださいな」
 子供のようにぐいぐいと手を引っ張る少女を相変わらず優しく見つめ、青年は少女に引っ張られるまま、ダイニングに入った。
「すごいごちそうですね」
 テーブルの上の料理の数々に驚き、目を見開く青年に少女はにっこりと笑う。
「お誕生日、おめでとうですわ、アイシュ」
「え?」
 お約束的に呆けた返事をする青年を見て、少女はころころと声をあげて笑った。
「今日はアイシュの誕生日ですのよ?忘れていましたの?」
「え?今日でしたか?・・・来週だと思っていました・・・」
 あまりにも青年らしい勘違いに少女は更に笑い転げる。
「ディアーナ・・・そんなに笑わなくてもいいじゃないですかぁ」
「ごめんなさいですわ。でも、日付を間違えるなんて、あまりにもアイシュらしくて」
 笑いすぎて目の端に浮かんだ涙を払い、少女はいまだ、口調に笑いの残滓を残しながら青年に謝る。
「さぁ、食べましょう、アイシュ。お祝いだからわたくし、頑張りましたのよ」
「そうですね。・・・有り難うございます、ディアーナ。すごく、嬉しいです」
 微笑む青年を見た少女はふんわりとした、幸せな気分に浸った。
 この笑顔なのだ。
 ふんわりとした、こっちまで優しくなれそうな、優しい笑顔。
 この笑顔を独り占めしたくて、最大級の我が侭を通した。
 ずっと、青年と一緒にいるという我が侭を。
「おめでとうですわ、アイシュ」
「ありがとうございます、ディアーナ」

 来年も、再来年も。
 ずっと、ずっと、一緒に。大好きなあなたと一緒に。

「お誕生日、おめでとうですわ、アイシュ」

 ずっと、この言葉でお祝いしましょう。
 あなたのためにお祝いしましょう。


END