華騎士

「シルフィス!」
 華やかで可愛らしい声が響くと同時に、騎士の制服を綺麗に着こなしている女性騎士の首にふわふわとした印象の可愛らしい少女が抱きついた。
「姫、どうされました?」
 慣れた様子で少女を抱きとめ、女性騎士がふわりと微笑むと抱き着く場所を首から腕へと変えた少女がにっこりと笑った。
「シルフィス、来週の土曜日、何か予定はありまして?」
「来週、ですか?・・・いえ、これといっては・・・」
 視線を泳がせ、記憶を探りつつ答えた言葉にクライン王国・第二王女は満面の笑みを浮かべる。
「よかった!その日、小さな夜会を開きますの。シルフィスも来てくださいな」
「・・・姫、まさかとは思うのですが・・・」
 女性騎士が疑問を言う前に、王女はにっこりと笑って決定事項を伝えた。
「シルフィスのドレスはもう用意してありますのよ。当日はそれを着てくださいませね」
「・・・姫・・・」
「もう、決めましたもの」
 再度、にっこり笑顔で告げる王女に、額を押さえつつ女性騎士は無駄な足掻きというものを試みる。
「ですが、ドレスを着ますと姫に万一の事態が起こったとき、お守りすることが出来ません」
 王女の専属騎士であり、彼女の護衛である女性騎士の足掻きを王女は無邪気な笑顔であっさりと一蹴した。
「大丈夫ですわ。シルフィス、貴女、扱えるのは剣だけではないのでしょう?」
「・・・誰から聞きましたか、そんなことを?」
「レオニスですわ」
「・・・」
 思わず、自分の上司を恨む女性騎士である。
「メイとも相談しましたから、素敵なドレスになりましてよ」
「・・・」
 栗色の親友の性格を考えれば・・・女性騎士が眩暈を覚えても致し方ないだろう。
「シルフィス、いいこと?これは、め・い・れ・い、ですの」
 薄紅の少女の駄目押しに、とうとう女性騎士は諦めたのだった。

 綺羅綺羅しい輝きを放つシャンデリアの下、深緑のドレスを纏った絶世の美少女がエメラルドの瞳に憂いを浮かべ、ため息をついた。
「どうしたの、シルフィス?」
 鮮やかな蒼のドレスを着こなした栗色の髪の可愛らしい少女がそのため息を聞きつけ、顔を覗きこむ。
「まだ、諦めていませんの?」
 柔らかなピンクのドレスを身に着けた薄紅の王女がころころ、と軽やかな笑い声を上げる。
「姫、メイ・・・私のこの状態を楽しんでいませんか?」
 恨めしげに二人の親友達を見る少女は<シルフィス・カストリーズ>。
 去年の秋頃、ダリス王国に潜入し、かの国との戦争を回避した英雄であり、クライン王国初の女性騎士である。
 純金の髪、エメラルドの瞳。誰もが見惚れる絶世の美貌であるが、本人はまったく意識していなかった。
「だって・・・ねぇ?」
 大きな栗色の瞳をくりくりっとさせ、王女に視線を向ける少女は<メイ・フジワラ>。
 魔法研究院で行った魔法実験の失敗により、異世界から召喚されてしまった少女である。
 栗色の髪に栗色の瞳。黙って立っていれば平均以上の容貌でとても可愛らしいのだが、とんでもなく勝ち気な性格によって外見を見事に裏切っていた。
「ええ、シルフィスのドレス姿は滅多に見れるものではありませんもの」
 にこにこにこ・・・と上機嫌な笑顔を浮かべる少女は<ディアーナ・エル・サークリッド>。
 この国、クライン王国の第二王女であるが趣味の一つにお忍びがあるほど、お転婆なところがある少女である。
 薄紅のふわふわとした髪、紫紺の瞳。可憐な容貌と無邪気な性格に騙されそうだが実は、かなりの策士であることは親しい者達しか知らない事実であった。
「シルフィス、貴女はこの国の英雄なんですのよ?この先、いくらでもこんなことがあるのですから、少しでも慣れておくべきですわ」
「騎士の正装でいいじゃないですか」
 あれを着れば王族の方々にも失礼にはならないし、なによりドレスと比べて何倍も動きやすい。
「駄目駄目、『騎士団の華』と言われている貴女が無粋な騎士の制服を着てどうしますの?華なら華として綺麗に着飾るものですわ」
 握り拳で力説する薄紅の少女に、純金の少女はすでに何度目か分からなくなったため息をついた。
 こうして王女や栗色の少女の側にいるときはいい。だが、少しでも二人の側から離れるとひっきりなしに男性陣から声をかけられるのだ。
 王女から目を離すわけにはいかない立場故、どうにか断り続けているのだがそれだけで疲れ切ってしまっている現状である。
「ディアーナ、シルフィスを困らせているんじゃないだろうね?」
 穏やかな声と共に薄氷の髪とアメジストの瞳の怜悧な印象の青年が現れた。クライン王国の皇太子である<セイリオス・アル・サークリッド>である。
「酷いですわ、お兄様。わたくし、そんなに我が侭を言っていませんもの」
 ぶうっと子供っぽく膨れる妹に苦笑しながら、半歩下がって控えている純金の少女に皇太子は声をかけた。
「そういえば、ディアーナから聞いたのだけど今日はシルフィスの誕生日だそうだね。おめでとう」
「有り難うございます」
 更に深く頭を下げながら純金の少女がちらり、と二人の親友達を見遣ると二人は意味ありげな笑みを浮かべる。・・・どうやら、このドレスやアクセサリーなど、自分を飾っている諸々が二人からのプレゼントらしい。
 皇太子はその場に留まると妹と話を始めた為、純金の少女はそれを邪魔しないように下がりながらも二人を視界に入れ、周囲に注意を払った。王族の兄妹を挟んだ反対側では、栗色の少女が緋色の魔導士と雑談しながら周囲に気を配っている。
 ぐるっと周囲を見回した純金の少女は、自分と同じように二人の兄妹を見守っている長身の人影に気がついた。
「隊長」
 純金の少女の上司であり、クライン王国一、二の剣技を持つと言われている近衛隊隊長<レオニス・クレベール>であった。
 純金の少女が気がついたように、相手もまたこちらに気づき、何気ない様子で歩いてくる。
「シルフィスか。その格好はどうした?」
「姫とメイに・・・」
「そうか」
 苦笑する部下に大抵のことを察したのだろう、男も僅かな笑みを浮かべた。
「・・・似合っているぞ」
「え?あ、有り難うございます」
 無口な上司に思いがけず褒められ、ボボッと純金の少女が赤くなる。
 自分の頬に手をやり、照れていた純金の少女の瞳が次の瞬間、鋭く光った。
「メイ!」
「まかせて!」
 短く名を呼ぶ純金の少女に応え、栗色の少女が素早く反応する。
 王族の兄妹の周囲に不可視の壁が張り巡らされ、その壁に不可視の力の塊が激突して消えた。
「そこか!」
 純金の髪を纏め上げていた飾りピンを純金の少女が抜き去り、続けざまに手にしたピンを投げナイフの要領で投擲する。結い上げていた純金の髪が音を立てて背中に落ちた。
「ぐあっ」
 ピンを突き刺された男が腕を押さえ、蹲るところへ身柄を拘束しようとして純金の少女が駆け寄る。
「シルフィス、右だ!」
 自分の上司の警告にはっとし、咄嗟に左へ飛ぶとその一瞬後に純金の少女がいた場所を剣が襲った。
 剣圧によって起こされた風がかまいたちとなり、純金の少女の髪と右肩を切り裂く。
 巧みに隠され、分からないようになっていたドレスのスリップに手を差し入れ、純金の少女は短めの細身の剣を引き出した。
「はっ」
 短い呼気を一つ。続けて剣戟が二回、三回と続く。
「たあっ」
 掛け声と共に相手の剣を弾き飛ばし、何時の間にか左手に持っていた鉄扇で純金の少女は相手の延髄を強打する。
「ぐ・・・」
 小さくうめき、襲撃者は床に沈んだ。
 純金の髪を乱れさた少女が周囲を見回すと、数人の男達が栗色の少女や自分の上司の手によって拘束されている。
「シルフィス!」
「姫、ご無事でしたか」
 何時ものように自分の首に飛びついてきた薄紅の少女を抱きとめ、純金の少女が微笑むと紫紺の瞳をキラキラと輝かせた王女は満面の笑顔を浮かべた。
「シルフィス、とっても素敵で格好良かったですわ!」
「・・・」
 そーゆー問題ではないと思うのだが・・・。
「よっ、シルフィス、ご苦労さん。お前さんと嬢ちゃんのお陰でセイルと姫さんも無事だし、やっこさん達も一網打尽だぜ。さすがはこの国の英雄だ」
「シオン様」
 明るい声と調子で声をかけてきた青年は<シオン・カイナス>。
 筆頭宮廷魔導士であり、皇太子の懐刀であるのだが普段のスチャラカな態度ではどうしても見えない人物である。
「この者達にお心当たりでも?」
「さぁな。どっちにしろ、王族を狙ったんだ、それなりのことを覚悟してもらうさ」
 軽い調子で言い募るも、そのブラウンの瞳は絶対零度にまで冷たく光っている。襲撃者達の末路は決まったも同然だった。
「それよりも、シルフィス。貴女、肩を怪我していますわね?」
 腕に抱きついた薄紅の少女が心配そうに顔を覗きこんできたのを受け、純金の少女は安心させるようにふわり、と微笑む。
「たいしたことはありません。掠り傷です」
「でも、ちゃんと治療をした方がいいですわ。レオニス、シルフィスを送ってあげて」
「姫!」
 慌てる純金の少女だったが、薄紅の少女はさっさと手筈を整えてしまった。
「わたくしなら大丈夫ですわ。メイもいますし、夜会ももうしばらくしたら終了しますもの」
「なんだったら、俺が送ろうか?」
「いえ、それには及びません。私がシルフィスを送ります」
 筆頭宮廷魔導士が名乗りをあげるがすかさず、近衛隊隊長によって阻止される。
「レオニスに送ってもらいなさい、シルフィス。シオンだと貴女の貞操が危ないですわ」
「・・・俺をなんだと思っているんだ」
「女に手の早い女ったらし」
 王女の言葉に筆頭宮廷魔導士がぼやき、栗色の少女が突っ込みを入れた。

「あの・・・本当にすみません、隊長」
「気にするな。どのみち、帰る場所は同じなのだからな」
 王女が手配した馬車の中、すまなさそうに頭を垂れる少女に男は穏やかに微笑む。
「ですが・・・隊長も職務中ではなかったのですか?」
「も、ということは、お前も姫の護衛だったのか」
 その格好では分からなかったが、と呟く男は手を伸ばし、少女の純金の髪に触れた。綺麗に結い上げていた純金の髪は、先程の大立ち回りですっかり解けてしまっている。
「隊長?」
 自分の髪に触れる男を少女はキョン、と見上げる。その少女の髪を手櫛で軽く整えた男は懐から何かを取り出すと、少女の純金の髪に付けてやった。
「たいしたものではないが・・・今日はお前の誕生日だそうだな」
 銀細工の髪飾りを確かめ、少女は嬉しさと困惑の混じった視線を男に向ける。
「有り難うございます。・・・けれど、こんな高価なものを・・・」
「私がお前にやりたいだけだ」
 微笑みながら髪飾りの位置を直す男に、少女はかぁっと頬を染めた。
「・・・似合うな」
 しみじみと見つめられれば身の置き所がなく、真っ赤になったまま少女は視線を下に向け、俯いた。
「シルフィス、顔をあげなさい」
「た、隊長・・・」
 自分があげるよりも先に男の手によって顔を上げさせられ、至近距離に男の青空の瞳を見た少女は、その熱を持った視線に縛られて身動きが出来なくなる。
「シルフィス、それを付けてくれるか?」
 耳元で囁かれた言葉に、少女は眩暈を感じた。男が囁いた言葉を額面通りに受け取るのか、それとも自分が願っている意味として受け取るのか、迷いが思考を混乱させ、ギュッと瞳を閉じる。
「シルフィス」
 ぐるぐるとした思考に終止符を打ったのは閉じた瞳に感じたぬくもりだった。続けて男の胸に引き寄せられ、少女の思考は完全にストップする。
「あ、あ、あ、あの、あの・・・」
「愛している」
 甘やかに囁かれた甘やかな言葉。息を呑んだ少女の瞳に映ったのは熱く、甘い光を宿した青空の瞳。
「真っ直ぐに、真摯に騎士として生きるお前が眩しかった。誰よりも人を傷つけることが似合わないお前が、それでも守るためにあえて剣を取る。その心の強さが眩しかった」
「私は、隊長が言われるような立派な人間ではありません」
 そう、騎士を目指したのは目の前にいる人物を追いかけるため。ずっと、ずっと、この人の背中を必死に追いかけていた。
「いや、お前の心は強い。そして純粋で優しい。・・・騎士として生きるには辛いだろうほどに。だが、お前は騎士としてあることをやめないのだろう?」
「はい」
 問いかけられた言葉に、少女は反射的に頷く。騎士としてこの男の背中を追いかけてはいたけれど、それでも自分が騎士の道を歩むのは他の誰でもない、自分の意思。
「それが、お前だ。どんなに傷ついたとしても、守るべきもののの為に剣を取る。だから、私は傷ついたお前が帰り、憩える場所になろう」
 そっと、額に口付ける。優しく、心を癒すかのようにそっと。
 抱き寄せられたままだった少女の腕が、男の背中に回された。
「私も・・・私も、隊長の憩える場所になれませんか?」
「シルフィス?」
「私だけが、癒されるのは嫌です。私も、隊長を癒し、憩える場所になりたいのです。・・・愛して、いますから・・・」
 最後の言葉を真っ赤になりながら、それでもはっきりと言った少女に、男は穏やかに微笑む。
「お前はもう、すでに私の癒しとなっている。お前がお前として微笑んでいる限り、お前は私の光であり、癒しであり、憩える場所なのだ」
「隊長・・・」
 熱に浮かされたように少女の瞳が潤み、男にしがみつく腕の力が強くなった。
「シルフィス、愛している」
「私も・・・愛しています」
 二人の騎士の聖なる誓いにも似た言葉。お互いの憩える場所を抱き締めた二人の顔は、幸せに輝いていた。


END