華乙女達


 優しい湯気が揺れる紅茶カップ。
 甘い香りを漂わせるお茶菓子。
 色とりどりにテーブルを飾り付ける花束。
 さまざまな形にラッピングされた箱の山。

 それらを目の前に、三人の少女がお茶を飲んでいた。

「それにしても、シルフィスの人気の高さには驚きましたわ」
 カチャリ、とカップをソーサーに戻しながら親友を見遣るのはクライン王国・第二王女である<ディアーナ・エル・サークリッド>。
 薄紅の髪と紫紺の瞳が可愛らしい、ふわふわとした印象の少女である。

「そうそう。しかも、女官に絶大な人気を誇るってあたり、すごいよね」
 床に置かれた箱の山を時折つついて遊ぶ少女は魔法研究院の実験失敗で異世界からクライン王国に召喚されてしまった<メイ・フジワラ>。
 栗色の髪と瞳を持つ、可愛いけれどとてつもなく勝気な少女である。

「皆さん、どうやって知ったのでしょうか?」
 部屋中を見まわし、戸惑い気味に首を傾げるのはアンヘルという特殊な一族の民である<シルフィス・カストリーズ>。
 純金の髪とエメラルドの瞳の、絶世とも言うべき美貌を誇る少女である。

「ああ、それね。女官さん達の情報網ってすごいものがあるよねぇ」
「それは・・・確かに。本当にどうやって調べたのかしら?」
 美貌の親友の疑問に、二人の少女達も揃って首を傾げた。
 今日は女性騎士である純金の少女の誕生日。
 前々から誕生日を祝うためのお茶会を親友の二人は計画しており、純金の少女もそれを喜んで受けたのだが、会場である薄紅の王女の部屋へ辿り着くまでに数多くの女官に呼びとめられ、プレゼントを渡され、それらは今、床の上に山となって積み上げられているのである。
「一応、シルフィスは女性に分化しましたのに・・・」
「普通、綺麗な女性は嫉妬されるものだけどなぁ」
 アンヘル族は性を持たずに生まれ、成長するにしたがって男女のどちらかに分化するという特殊な種族。その民である純金の少女も去年の秋頃、女性へと変化したのだ。一般に言われている恋による変化ではなく、夏の終わり頃から関わった隣国・ダリス王国での経験からであったが、間違いなく女性へと変化したのである。
 アンヘル族は一様に美貌の持ち主であり、女性騎士も例外ではなかった。もともとの美貌に加え、女性特有の雰囲気の柔らかさや艶やかさ、少女自身が持っている穏やかさなどが更にその美貌に磨きをかけ、クライン唯一の女性騎士は『騎士団の華』とまで称えられている。
 それほどの美貌の持ち主であるにもかかわらず、何故か純金の少女は王宮の女官達に絶大な人気を誇っていた。床の上に積み上げられているプレゼントの山がその証拠である。
 しかもどこから聞きつけたのか、皇太子や筆頭宮廷魔導士からの贈り物もさりげなく、ある。
 テーブルの上を飾っている花束は筆頭宮廷魔導士が丹精込めて育てた花で、少女達が飲んでいる紅茶の葉は皇太子からの差し入れだった。
「このお菓子、レオニスからなのでしょう?」
「んで、こっちのジュースがガゼルだったよね」
 薄紅の王女がクッキーをつまんで言えば、栗色の少女もガラスのグラスに可愛いピンク色のジュースを注ぎながら純金の親友を見遣る。
「隊長とガゼルには、言ったんです。このお茶会のことを」
「まぁ、レオニスは休暇を申請するから当然ですけど」
「ガゼルだって、同期だから分からなくもないよ」
 純金の少女に近い位置にいる二人の騎士の顔を思い浮かべ、しかし、その二人のあまりにも似合わない差し入れに散々飲み食いしておきながら、純金の少女の親友達はジト目でテーブルの上を眺めた。
「下心があるような気がするのは、わたくしだけかしら」
「いんや。純粋に喜んでいるのはシルフィスだけだよ、きっと」
「・・・あの?」
 ボソボソと囁き合っている親友達を不思議そうに見つめる女性騎士に、栗色の少女がひらひらと手を振る。
「シルフィスは気にしなくていいよ」
「・・・?」
「・・・わたくし、シルフィスのこの先を真剣に心配したくなりましたわ」
 純金の少女のあまりな恋愛音痴に薄紅の少女がため息をついた。
 同年代ではあっても、いつも厳しい訓練と任務をこなしている女性騎士は二人の親友より少し、大人びているのだが、妙なところでボケたりする。目の前で交わされる親友達の会話の意味が分からない辺り、薄紅の少女の心配ももっともだと言えよう。

 コン、コンコン。

「失礼します、ディアーナ様」
「どうしましたの?」
「あの、こちらにシルフィス様がおいでになっていると・・・」
「私、ですか?」
 自分の名前に反応し、純金の少女が扉の方を見ると一人の女官が遠慮気味に立っている。扉の前まで出てきた純金の少女は女官に視線を合わせ、にっこりと笑った。
「どうしましたか?」
「は、はい、ご歓談中に申し訳ありません。あの、今日、シルフィス様の誕生日だとうかがいまして、たいしたものではありませんが、これを・・・」
 綺麗な微笑みに頬を赤らめながら、女官は手にしていた箱を女性騎士に差し出す。驚いたように瞳を見開いた女性騎士は差し出された箱と女官の顔を交互に見つめた。
「本当に、頂いていいのですか?」
「ええ。この間、助けていただいたお礼でもありますから」
「そうですか。・・・本当に有り難うございます。大切にしますね」
 にっこり。
 女性騎士に微笑まれた女官はまた、赤くなる。
「・・・これらの箱の山も、ああして受け取ったのかしら?」
「たぶん、そうだと思うよ」
 それらのやり取りを見ていた薄紅の王女と栗色の少女は頭を寄せ合ってボソボソと囁き合う。
「こうして王宮に出仕出来るということは、あの時の足の怪我はちゃんと治ったのですね。良かった」
「・・・覚えていて下さったのですか?」
「綺麗な方でしたから、覚えていますよ」
 にっこり。
 再び微笑まれ、女官はボボッと火が付いたように真っ赤になった。
「・・・ねぇ?」
「うん・・・」
 顔を見合わせた二人の少女は、お互いに同じ思いが浮かんでいるのを確認する。
「シルフィス・・・女性に分化して、よかったですわね」
「そだね。あれ、絶対、無意識に・・・本気で言っているよ」
「女官に人気が高いのも、分かった気がしますわ」
「男性に分化していたら、シオンと並ぶ女殺しになっていたかも」
 しかも、こちらは無意識なのだから質が悪い。
「今でも十分、女殺しではなくて?」
「・・・そうかもしれない」
 あの『にっこり』と心からの言葉だと分かる褒め言葉で十分、女殺しだ。
 はぁ、と同時にため息をついたところで、純金の少女がテーブルに戻ってきた。ため息をついている親友達を不思議そうに見る。
「二人とも、どうかしましたか?」
「何でもない」
「気になさらないで。たいしたことではありませんの」
「はぁ」
 キョン、と首を傾げる純金の少女を見ながら、二人は同時に眉間の皺を押した。
「あの、さ、シルフィス。女性に分化したのは恋が原因ではないって聞いたけど、今は気になる人とか、いないの?」
「うーん。残念ですけど、いませんね」
 ちっとも残念そうではない口調で純金の少女は笑う。その答えが少し不満だったのか、薄紅の少女が頬を膨らませた。
「つまんないですわ。シルフィスが好きになった殿方を聞きたかったのに」
「姫様とメイでお話されればいいでしょう?お二人とも大事な人を見つけられたのですから」
 とたんに赤くなる二人の親友達が可愛くて、純金の少女はくすくすと笑う。
「いやですわ、シルフィス」
「そ、そうだよ。からかうなんてさ」
「からかっていませんよ。ただ、おそろいのものを身に着けているのが可愛いなぁって」
「うっ、目ざとい・・・」
「よ、よく、分かりましたわね」
「これでも一応、騎士ですし、観察眼を養わなくてはなりませんから。メイのイヤーカーフはキールとおそろいでしょう?アイシュ様の髪を纏めている組み紐が姫様と同じものですし」
 かなり鋭い指摘に薄紅の少女も栗色の少女もテーブルに突っ伏した。普段忘れている、純金の少女の職業を嫌でも思い知らされる瞬間である。
「・・・でもさ、シルフィスもそのうち、恋をするよね?」
「こんなに綺麗なんですもの」
「いつかは、するかもしれませんが。でも、今は二人と一緒にいたいんです」
 ふわり、と微笑むと純金の少女は二人の親友達に紅茶を入れなおしてやった。
「私をただの『シルフィス』として接してくれたのは貴女達だけでしたから。そんな貴女達が大好きですから。出来る限り、守りたいのですよ。貴女達が幸せになって、そして私自身をちゃんと見てくれる方が出てきたら恋をするかもしれません」
「・・・有り難う、ですわ。わたくしもシルフィスが好きですわ」
「あたしも、シルフィスが好きだからね」
 真摯な言葉に薄紅の少女も栗色の少女も嬉しそうに微笑み、真摯に返事を返す。ずっと、変わらない友情を言葉にする。

『どんなに年を重ねても、きっと、大好き』

 お互いに微笑みあった三人の少女達はまた、お茶会の続きを始めたのだった。

「でも、シルフィスが誰かを好きになったら・・・」
「女官さん達、きっと大騒ぎだろうねぇ」
「相手の方、少し気の毒ですわ」
「ま、あのシルフィスを手に入れるんだから、それぐらいの苦労は必要だと思うよ」
「そうですわね。わたくし達からも攫ってしまうのですもの、苦労していただきましょう」
「そうそう」
 純金の女性騎士が伴侶を得るのはまだ、遠い未来になりそうである。


END