剣華
王都の外れを一台の馬車が走っていた。 特に急ぐでもなく、パカパカと馬の歩く音がのんぴりとした雰囲気を醸し出す。 その、のどかな風景を一つの団体が壊した。 馬は怯え、いななき、御者の手を受けつけなくなる。 しかし、御者は見事な手綱さばきで興奮した馬をなだめ、おとなしくさせた。 御者台から素早く降りると腰に佩いていた剣をスラリと抜き放つ。 「・・・その様子だと、誰だか分かって襲っているようだな」 低い、落ちついた声が馬を操っていた男の口から流れ、次の瞬間、全身から凄まじい闘気が湧き上がった。 それが合図だったかのように襲撃者達が襲いかかる。 −−−乱闘が始まった。 御者台にいた男の剣さばきは見事だった。 突き、払い、薙ぎ倒し、叩き折る。 一瞬とて休むことのない剣の動きは一種のリズムを持ち、その無駄のない動きはシャープで隙がなかった。 馬車の中の人物は怯えているのだろうか、コトリとも音をたてずカーテンの引かれた窓から外を伺うこともない。 だが、一対多数の人数の不利はいかんともしがたく、男の隙をついた襲撃者は馬車の扉を乱暴に開け、中にいた人物に一太刀を浴びせようとした。 「クライン王国・第二王女、ディアーナ姫。お覚悟を!」 だが、しかし。襲撃者の剣は中にいた人物を切ることが出来なかった。 「ぎゃっ!」 「ぐえっ!」 「ぐわっ!」 ふわり、と白い布が襲撃者達の視界を遮ったかと思うと、次々と彼らは呻き声をあげて地面に崩れ折れる。 地面に倒れた襲撃者達の側にトンッと身軽に降り立った人物は・・・絶世とも言える美貌を持った少女だった。 「姫を狙った罪は明白。この馬車を襲ったことであなた方の黒幕も判別しました。王家の者を狙った罪は、その命で償っていただきます」 涼やかな声が薔薇色の唇から零れ、優雅な手が不似合いな剣を構える。 この時点で襲撃者達は気づいた。自分達はこの騎士達・・・いや、王家の罠に嵌められたのだと。 「・・・ならば、たった二人、抹殺すれば罠は罠でなくなる」 襲撃者達が改めて剣を構えなおしたのを見た二人も、表情を引き締める。 −−−第二ラウンドが始まった。 それは華、だった。 剣を手にし、命を屠りながらもそれは大輪の華だった。 純金の髪が舞う。頚動脈を断たれた男が血を噴き出しながら倒れる。 優雅な繊手が剣を操る。心臓を一突きにされた男が目を剥いて崩れ折れる。 血を浴び、埃に塗れ、それでも少女は美しかった。 他の誰でもない、自分の手が確実に相手の命を奪っている。そのことを自覚し、その事実から逃げずに受けとめ背負おうとする勁さが少女を輝かせていた。 高潔で気高く、誇り高く咲く華。戦場で凛として咲く剣の華。それがこの少女だった。 「シルフィス、その男だけは生かして捕らえろ。一応、背後を調べる必要がある」 「はい、隊長」 少なくとも十人以上はいた襲撃者達は、たった二人の騎士によって全滅させられていた。 それも無理はない。片や、クライン王国で一、二を争う剣技の持ち主、<レオニス・クレベール>であり、片や隣国のダリス王国との戦争を回避した英雄であり、クライン初の女性騎士、<シルフィス・カストリーズ>であったのだから、襲撃者達にとっては運が悪いとしか言いようがない。 「くそっ」 やはり女と侮ったのか、男はシルフィスに剣を振り上げたのだがあっさりとそれは阻まれる。 少女に剣を弾かれ、体勢を崩したところでレオニスが剣の柄で男を気絶させた。 「・・・終わったな」 「はい。お疲れ様でした、隊長」 「それはお前もだろう」 リーダーらしき男を拘束し、馬車に放りこんだ男の言葉に少女はふわりと微笑み、答える。その、労う言葉に男は苦笑すると視線を少女に向けた。 この少女はいつも、そうだった。まず、自分のことよりも人のことを心配する。その優しい心配りがいつしか、自分を癒してくれることに気づき、男にとって何よりも大切な者になるのに時間は掛からなかった。 人を傷つけることが何よりも不似合いでありながら、誰よりも騎士としての心を持った少女。 そのアンバランスさから目が離せなくなり、側に置いていたくなり、求愛したのは何時だったのだろう。 「隊長?」 覗きこんでくる澄んだエメラルドの瞳に誘われるように、男はその瞳に唇を寄せた。とたんに、赤くなる少女が可愛くて愛しい。 「頑張った褒美だ」 「もう、隊長・・・」 赤くなりながらも、少女は男を軽く睨む。その態度は恋人に対するものだ。 そう、大輪の剣の華は男の求愛に応え、更に艶やかに咲く華となっていた。 「・・・帰るか」 「はい」 頷いた少女はふと、呟いた。 「メイとキールは大丈夫でしょうか」 心配そうに自分を見上げる少女の頭を軽く叩き、男は心配を晴らすように微笑んでやる。 「メイはああ見えても魔法の才に長けているし、キール殿は緋の肩掛けの持ち主だ。心配することはない」 「そう、ですね」 自分達とは別行動の囮になった二人を心配していた少女だったが、断言する男の言葉にそっと微笑みを返した。 「帰ってからまた、一働きをしなければならんぞ」 「もちろんです」 強く頷く少女はもう、王都に来たときのような、男が守る者ではなかった。 守るべき者から隣に立つ者へと。そしてその強さと優しさ、純粋な魂で自分を魅了する華へと。そんな存在へと少女は成長していた。 そうして、この少女はずっと自分を魅了していくのだろう。誰よりも誇り高い、剣の華として。 そう、側に居る限り、ずっと。 剣の華。それは、騎士である少女のこと。 END |