お茶しましょ♪


 ねぇ、気づいて。
 あなたが大好きなわたくしを。

「るんっ♪」
 薄紅の髪を揺らし、可愛らしい少女が廊下をご機嫌に歩いている。
 少女が目指しているのは王宮のある一室。

 コン、コンコン。

 目的の部屋に着き、扉をノックすると間延びした返事が帰ってきた。
「はい〜?どなたでしょうか〜?」
「わたくしですわ、アイシュ」
「姫さまですか?どうぞ、開いていますよ〜」
 のんびりした促しに少女が扉を開くと、にこにこと穏やかに微笑む青年が数枚の書類を机の隅に片付けてる。
「で、どうされたんですかぁ?」
 分厚い眼鏡で表情がよく分からないが、本気で訊ねている事は分かる。そんな青年に少女はぷうっと頬を膨らませた。
「もう、アイシュってば、時計を見ていませんの?三時ですのよ。お茶をしに来たのに決まっているじゃありませんの」
「え?あ、あ、すみません〜。もう、そんな時間だったんですね〜」
 何時からか、少女はお茶の時間になると青年の執務室を訪ね、一緒にお茶をするようになっていた。
 穏やかな青年と過ごすこの場所と時間は息の詰まるような王宮内で唯一、息をつける場所であり、少女にとっては大切な時間。
「では、少し待っていて下さいますかぁ?準備をしてきますから〜」
「今日のお茶請けは、何ですの?」
「はい、姫さまが食べたいとおっしゃっていました、桃のタルトです〜」
「本当ですの?嬉しいですわ。ね、アイシュ、早く持ってきてくださいな」
 無邪気におやつをねだる少女は、年齢から考えると少々幼い感じを受けるが、自分の感情に素直な可愛らしさがある。
 そんな少女の無邪気さを微笑ましく思い、青年はにっこりと笑った。
「では、持って参りますね〜」
 お茶の準備をするために隣の部屋へと姿を消した青年を見送った少女は、ポツリ、と呟く。
「ねぇ、アイシュ。・・・まだ、気づいてくださらないの?」
 切なげに揺れる紫紺の瞳は無邪気な少女ではなく、恋する一人の女性。
 何時の間にか、心の奥に住みついてしまった、優秀なのにどこかが抜けている王宮文官。
 それでも、少女は知っている。
 眼鏡の奥にある、コバルトグリーンの瞳がどれだけ綺麗なのか。どれだけ、その瞳が優しく微笑むのか。
 穏やかで、優しくて、物足りないこともあるけれど、それでもこうと決めたらそれを成し遂げる意志の強さを持っていることも知っている。
「お待たせしました、姫さま」
 両手にお茶道具一式を乗せたトレイを持った青年が戻ってくると、少女はにっこりと微笑んだ。
「お手伝いしますわ」
「えぇっ!?そんな、いいですよ〜」
「むぅ。わたくしが失敗をするとでも思っていますの?」
 ジト目で青年を睨む少女に、青年は尚更慌ててぶんぶんと首を横に振り、否定する。
「そうではなくて〜、姫さまにご用意をさせるなんてとんでもないって思っただけなんです〜」
「なら、気にしなくていいんですわ。わたくしが、お手伝いをしたいんですのよ」
 少しでも、青年と一緒に何かをしたい。
 恋する女の子なら、誰だって思うこと。
「アイシュと一緒にお茶の準備をして、アイシュと一緒にお茶をしたいんですの」

 お願い、気づいて。あなたと一緒にいたい、わたくしの気持ちを。

「・・・駄目ですかしら?」

 ねぇ、気づいて。

 相手を伺うような、上目遣いの少女は文句無しに可愛らしく、その可愛らしいおねだりのようなお願いに、青年はにっこりと微笑んで頷いた。
「では、一緒に準備をしましょうか?」
 少女にとって、何より嬉しい青年の言葉。
「ええ!」
 満面の笑顔の少女は嬉々としてお茶の準備を始めだし、その傍らで青年はお茶請けのタルトを切り分けている。

 ねぇ、いつか、気づいてね。
 あなたが大好きなわたくしの気持ちを。

「美味しいですわ♪」
「お口にあって、よかったです〜。まだありますから、どうぞ」

 いつか、きっと、気づいて。
 それまでは、このままであなたと一緒にお茶をしましょう。

 気づいてくれた後も一緒にお茶をして、ずっと一緒にいましょう。

 いつか、きっと、あなたと・・・


END