嵐華
郊外の森を2頭の馬が前後して歩いていた。 先頭には白いドレス姿の少女。幅広の帽子を目深に被り、その顔は伺えないが貴婦人達が馬に乗る基本の横乗りでたどたどしく手綱を操る姿はどこか、微笑ましい。 後ろにはまだ若い青年がその様子を見守るようにぴったりとついている。 どこか、ほのぼのとしていたその空気が突然、黒装束の一団によって壊された。 「ディアーナ・エル・サークリッド王女殿下とお見受けする。・・・お覚悟を!」 突然現れ、切りかかってきた一団に馬が怯え、棹立ちになる。当然、その上に乗っていた少女は転がり落ちる・・・はず、だった。 だが、しかし。 「・・・あっきれた。本当に襲ってくるとは思わなかったわよ。あんた達の首謀者、単細胞の塊だわね」 襲撃者達の頭上から降ってきた声。心底、呆れたといったような声は明らかに少女のもの。 「あたし達を襲撃したことで、黒幕は分かったわ。怪我をしないうちに、降伏することを勧めるけど・・・そうもいかないようね」 溌剌とした生命力を感じさせる力強い声の持ち主は箒に乗り、空中に浮かんで襲撃者達を見下ろしていた。可愛いと形容がつくだろう、その少女は器用に、箒の上で自分が着ていたドレスと帽子を脱ぎ捨てる。 ふわり、と白いドレスが空を舞い、その後を帽子が追った。 サラリ、と栗色の髪が風に流れ、短めのスカートがひらめく。 そうして、少女は自分の後ろについていた青年の側に降り立った。 「・・・王家の者を狙った罪を贖ってもらおう」 ボソリ、と呟いた青年が纏っていたマントを外す。その下から現れたのは・・・緋色の肩掛け。 「くそっ、罠だったのか!?」 「囮とも言うけど。まぁ、あっさりと引っかかってくれたわ、ホント」 「メイ、無駄口を叩くな。・・・くるぞ」 緋色の肩掛けの青年の言葉通り、黒装束の一団が再び襲ってきた。 「これからが本番だ。気を抜くなよ」 「了解、キール!」 「大地に宿るものよ、我は願う。鋼となりて我の盾となれ!」 少女の呪文に応じ、不可視の力が少女を包む。少女を襲った刃が、硬質な音を立てて弾き飛ばされた。 「風よ、わが手に宿りて汝が敵を打ち倒せ!」 青年が呪文を唱えるとかまいたちとなった風が次々と襲撃者達を切り裂いていく。 「キールばっかり、いい格好させられないわね。こっちもいくわよ!」 ペロリ、と唇を舐めた少女は両手を突き出すと呪文を唱え出した。 「あまねく大気に宿りし炎の精霊よ、わが手に集い、汝が敵を焼き払え!」 両手に出現した炎が次々と男達に向かって飛び出していき、多数の襲撃者を戦闘不可能にしていく。 それは、華、だった。 魔力を操り、敵を薙ぎ倒し、徹底的に破壊しつくすような激しさでありながら、それは華だった。 栗色の髪が魔法の風に煽られ、激しく靡く。 異国風の衣服が炎の明かりに染まり、赤く輝く。 大の男達を相手取りながら、決して少女は引かなかった。 自分が何をするべきか、何をすればいいのか、事実を見つめ、そこから逃げない強さを確実に少女は持っており、その強さが少女自身を輝かせていた。 破壊と再生の華。力強く、激しく、生命力に満ちた、嵐のような華。それが、この少女だった。 「メイ、余所見をするな!」 「え?うわっ、きゃあっ」 青年の注意も遅く、少女は自分に襲いかかった剣をまともに受け、後ろに吹っ飛ぶ。魔法でガードをしているので怪我自体はないが、剣を体に受けた衝撃はかなりのものである。 「・・・ったー・・・お前、少し太ったんじゃないのか?」 吹っ飛んだ少女の体を咄嗟に受けとめ、襲撃者を風で吹き飛ばした青年の一言は余計であった。 「うっるさーいっ!人の体重を測っているんじゃないわよ!」 がうっ、と青年に咆える少女に頓着せず、背中から抱きとめた姿勢のまま、青年は少女の細い手を取る。 「ほら、あとはあれだけだ。一気にいくぞ」 少なくとも十人以上はいた襲撃者達は半数以上、戦闘不可能になっていた。 片や、十代で緋色の肩掛けを取得した天才魔導士<キール・セリアン>であり、片や、その天才魔導士と肩を並べるほどの魔法力の持ち主(ただし、コントロールは実力以下・・・平たく言えば、ノーコン)である<メイ・フジワラ>を相手取ったのだ。当然の結果だろう。 「あんたねぇ・・・分かったわよ」 残った数人を『あれ』扱いした青年に呆れたため息をつきながらも応じ、少女は呪文を唱え始めた。少女の呪文に合わせ、青年も呪文を唱え始める。そして、二人同時に手をかざし魔法を行使した。 少女が放った炎の魔法に青年が放った風の魔法が絡み、数倍にも膨れ上がる。 そして、盛大な爆発音と共に、襲撃者達は吹っ飛んだ。 「よし、これで一丁上がり♪」 「・・・呑気だな、お前」 あくまで明るい少女に、青年は呆れたような視線を向ける。この囮作戦は前哨戦であり、これから黒幕を追い詰める段取りを取らなくてはならないのだ。 「もちろん、これからのことは分かっているわよ。だけど、一区切りついたことは確かでしょ?だったら、もうひと頑張りすればあとはOKってものじゃないの」 「・・・それをお気楽と言うんだ。この事態が収拾するまで、命の保証は出来ないと言うのにお前はあっさりと引き受けるし・・・」 「まだ、そんなことを言ってるの?深刻になったって事態は変わりゃしないわよ。だったら、少しでも明るくした方が精神的にもいいじゃない」 眉間に皺を寄せている青年を見上げ、少女はつんっとその皺をつつく。 「メイ!」 「あのね、キール。あたしはこれからの・・・がらじゃないけどクラインの未来の為に、こうして王家の力になっているの。そうすることによって、あたしの未来も繋げているんだからね」 結局は自分の為で、利害が一致した故の契約だと、少女はこともなげに言ってのけた。 この少女はいつも、そうだった。どこまでも前向きで、真っ直ぐに未来を見つめている。間違って召喚されたにもかかわらず、目一杯今の状況を楽しもうとするその態度は、お気楽なのかもしれないが、その根底には誰にも、何にも屈しない強さが潜んでおり、だからこそ、召喚してしまった青年を責めることなく許容する。 そのお気楽さが実は少女の強さなのだと気づいた青年が少女自身に惹かれ、求愛するのにそう、時間はかからなかった。 「キール?」 きょん、と覗きこむどこか無邪気な栗色の瞳に、青年はそっと口付ける。とたんに少女は真っ赤になった。普段し慣れない行動を仕掛けた青年の顔も赤いが。 「・・・早く王宮に帰って、さっさとケリをつけるぞ」 そして、少女は青年の側にいる。未来を共に歩むものとして。 「うん♪」 激しい嵐の華は青年の側で、光り輝き咲く華となった。嬉しそうに頷いた少女はこれからの未来の為に、真っ直ぐな視線を真っ直ぐに彼方へと向ける。 「ディアーナ・・・大丈夫かなぁ?」 ふと、呟いた少女の言葉に、青年はあっさりと太鼓判を押した。 「あれだけ努力した姫だ、大丈夫だろう。それに、ああ見えても一応、兄貴は魔法を使える。・・・信じてやれよ、友達なんだろう?」 「うん、そうだね」 頷いた少女はにっこり笑うと両手を上げて思いっきり伸びをすると青年を振り返る。 「さぁ、行こう」 「ああ」 力強く未来を指し示す少女はすでに、青年の被保護者ではない。共に未来を見つめるものとして、歩むものとして、側に在るものとして成長を遂げていた。 同時に、激しくも無邪気な、力強くも無垢な、他人を自分の運命に巻きこむような嵐の華へと、その身に備わっていた魅力をも開花させている。 そうして、どこまでも、青年を魅了し続ける華として、少女は存在する。 ずっと、青年の側で。 嵐の華。それは、その身に嵐を宿らせた少女のこと。 END |