少女友情同盟
クライン王国にはそれはそれは仲のいい三人の少女達がいる。立場も性格もまったく違うというのに、いや、だからこそなのか、お互いの絆の強さと信頼の深さは下手な虫がつかないほどだ。 それぞれ魅力的な少女達ではあるが、そのあまりの友情の硬さに「今は恋人なんていらないよね♪」と言い放ち、彼女達に想いを寄せる男性陣をひそかに嘆かせているとか。 「およ?」 花壇の花を手入れしようと自分の執務室から出てきた宮廷筆頭魔導士はすでに見慣れた純金の髪を目の端に捉え、くるりと視線を泳がせた。 何時もの白い騎士服ではなく、もう少しラフな動きやすい服装だが間違いなくクライン王国初の女性騎士である。 「んー?そういやぁ、嬢ちゃんが紅茶の葉を分けろとか言ってきてたっけ」 顎に手をやり、ほんの十分ほど前の出来事を思い出した青年はうんうんと意味もなく頷いた。 「なるほど、これから姫さんのとこでお茶会か」 そう呟いた青年の顔に『にやりんこ』といった質の悪い笑顔が浮かび上がる。何やら悪巧みを思いついたらしい、その笑顔のまま、青年は気配を消して純金の少女の背後から近づいた。 そして・・・ 「よぉ、久しぶりだなぁ」 「っ!!シ、シオン様っ!?」 いきなり背後から抱き着かれ、耳元で囁かれた純金の少女は気配を感じ取れなかったこととあいまり、自分に絡みついている腕を猛然と跳ね除けて廊下の壁に張り付いた。 「くっくっくっ。相変わらず、楽しい反応をするなぁ、お前さん」 「い、いい加減にしてくださいっ」 動揺しまくっている顔で怒鳴ってもその威力はないにも等しい。しかも、相手が一癖も二癖もある青年では反って遊ばれるだけである。 「ふーん?じゃあ、シルフィスはこっちの方が好みなのか?」 「・・・え?」 壁に張り付いている純金の少女の顔の横に手をつき、これ以上はないというほどの至近距離で青年は最近ますます美しさに磨きがかかった顔を覗き込んだ。 「シ、シオン様?」 「ほーんと、美人になったねぇ、お前さん」 実に嬉しそうに、楽しそうに笑った青年は純金の少女の細い顎に指を絡めると顔を上へとあげさせた。 近づいてくる顔に純金の少女がぎょっとした矢先。 「おわっ!?」 特大火炎が青年の髪を焦がし、手をついたすぐそばの壁も焦がした。 「シルフィスになにをしようとしていたの、シオン?」 「不埒なことをなさるのでしたら、こちらにも考えはありましてよ、シオン」 何時の間にか、青年の背後に特大火炎を掌に出現させた栗色の少女と、腕組みをして青年を睨みつけている薄紅の少女がいた。 「シルフィス、大丈夫?」 「はい。助かりました、姫、メイ」 「おいおい、そりゃないだろう?」 本気でほっとしながら親友二人の側に行く純金の少女の姿に青年がぼやくが、他の二人の少女が思いっきり青年を睨みつける。 「わたくしの大事な親友に手を出すなと言ったはずですわ、シオン」 「あの体勢で何もするつもりはなかったとは言わせないわよ」 「いいじゃないか、ちょっとぐらい。俺の楽しみなんだぜ〜」 少しも悪びれない青年の言葉に、薄紅の少女は眉を吊り上げかけ・・・ふいに『にいぃっこり』と一見邪気のないような笑顔を浮かべた。 「ねぇ、シルフィス。お願いがあるのですけど」 「はい、なんでしょう、姫?」 邪気がないようで、実は裏がありありの薄紅の王女の笑顔に、純金の少女もまったく裏がないような笑顔で微笑む。 「明日の夜会でわたくしのエスコートをしてくださいます?」 「はい、私でよろしければ」 にっこりと笑顔で請け負う少女とは対照的に少しばかり慌てだしたのはちょっかいを出した青年であった。 「ちょ、ちょっと待て、姫さん。何でシルフィスにエスコートさせるんだ」 「あら、もちろん、わたくしの護衛のためですわ」< にっこり、にこにこと笑う王女に青年は『ぜぇーってぇ、嘘だ』と内心で呟いた。 女性騎士である純金の少女はたとえ、男装をしていようが立派な美少女には変わりないのだが、なぜか女性にモテるのである。その女性騎士が騎士の正装を着て王女のエスコートをするとなると・・・当然、令嬢・令夫人達が群がってくる。 夜会でのアバンチュールを楽しむ青年にとって、大打撃であることには間違いない。 「それとも、何?シルフィスがディアーナのエスコートをするのに、シオンの不都合でもあるわけ?」 掌に魔法の炎を浮かばせ、栗色の少女も実に無邪気そうに笑った。もちろん、栗色の少女もこの会話の裏を読み取っての発言である。 「お前らなぁ・・・」 唸る青年を前にした三人の少女達は顔を見合わせ、『にいぃっこり』と会心の笑顔を浮かべた。 青年の目には、黒い羽ととがった尻尾も一緒に見えていたに違いない。 第二王女の入場が告げられ、白い騎士の正装を身に纏った女性騎士のエスコートで薄紅の王女が会場に現れると、その場にいた者達がわずかにどよめいた。そのほとんどが女性であったことから、何が原因か簡単に推察できる。 女性でありながら、男性貴族にも負けない凛々しさと優雅さで王女を見事にエスコートする騎士の姿は女性達の視線を集めるのに十分だった。 「まぁ、確かに目の保養になるもんねー」 少し離れた場所で栗色の髪の少女は呟いたが、確かに誰もが思うことだろう。 男装した女性騎士が麗しの姫君をエスコートする。ちょっとした乙女心を持つ女性なら誰もが憧れる場面であり、実際に目にすると感嘆するような優雅さなのだ。注目を浴びるのは当然である。 とはいえ、栗色の少女自身も可愛らしい外見で男性陣から密かに注目を浴びているのだが、本人はまったく気づいていないらしい。 そうこうするうちに楽師達が音楽をダンス曲に変え、広間では何組ものカップルが踊り出す。こうなると壁の花もつまらないのだが、だからといって適当な男性と踊るのも考え物だ。以前、何の気なしに誘われるまま踊った男性に、いつまでもしつこくつきまとわれた過去がある少女としては慎重にならざるを得ない。 「よぉ、どうした、嬢ちゃん?不景気な顔をして」 ちらちらと男性から送られる秋波がうっとおしく、眉間に皺を寄せていた栗色の少女の横に立ち、あくまで明るく声をかけてきた人物がいた。言わずとしれた遊び人、筆頭宮廷魔導士の青年である。 「そっちこそ、あまり面白くないんじゃないの?」 視線で親友二人と周囲に群がっている女性陣を指し示し、栗色の少女はくすり、と笑った。 だが、駆け引きに関して何倍も上手である青年は堪えた風もなくにやりと笑うと、栗色の少女の後ろの壁に手をついて顔を覗き込む。 「そうでもないさ。こうして、嬢ちゃんと二人きりになれたしな」 「ちょ、シオン?」 「昨日、俺の大事な髪を焦がしてくれた礼も貰いたいし」 顎に指を絡められ、顔を引き上げられるのにぎょっとして青年から体を引こうとしても、後ろはすでに壁で逃れようにも逃れられない。それでも、顔を引き攣らせつつも青年を睨みつけられるのは、少女本来の気の強さ故であろう。 「何、言ってんのよ。あんたのお相手なんて、そこらじゅうにいるでしょうが。それに、いくらあたしがファイヤーボールを放ったって、髪を焦がす以上の影響は受けないくせに」 顔を引き攣らせつつも文句を言い募る少女を楽しそうに見ていた青年は一通りの文句が終わったと見て取り、更に少女との距離を縮めていった。 「だ、だから、シオン、離れなさいって言ってんのが分かんないのっ!?」 「分かっているけど、離れない」 しれっと言ってのけた青年に、栗色の少女が顔を更に引き攣らせたその時。 スパコーンッ!! 実に軽快な音が青年の後頭部で炸裂した。 「〜〜〜〜〜っ」 「メイに何をしようとしていたんですの、シオン?」 怒り心頭という顔で薄紅の少女が頭を抱えて蹲っている青年を睨みつける。白いレースの手袋に包まれた繊手には思いっきり似合わない、ハリセンが握られていた。 ・・・一体、どこから出てきたんだ、そのハリセン・・・。 「時と場合によっては、近衛騎士として退出をお願いいたしますが、シオン様」 腰に佩いた剣に手をかけ、いつでも抜刀できる体勢になった女性騎士の視線は絶対零度にまで冷たい。『お願い』という単語を口にしてはいるものの、それが単なる言葉だけであることはその視線の冷たさで十分、理解出来る。 「シルフィス、ディアーナ〜。助かったぁ〜」 喜色満面で親友二人に駆け寄る栗色の少女に薄紅と純金の少女達は微笑みかけ、次いで大事な親友に手を出しかけた青年をギッと睨みつけた。その表情の変化は見事としか言いようがないほど、まったく同じタイミングの2人である。 「姫、メイ。この始末をどうしましょうか?」 相変わらず片手を剣の柄にかけ、どんなことでもしますよ?と何でもないことのように純金の少女は極々優しい顔と声で請け負うが、エメラルドの煌きを放つ瞳は笑っておらず、はっきり言ってとてつもなく怖い。 「そぉですわねぇ。一番の被害者はメイですし。メイが決めるといいですわ」 ほほほほほ、と羽扇で優雅に口元を隠し、笑う薄紅の少女の瞳も当然だが笑っておらず、元々可憐な顔であるが故に、その表情は妙な迫力と怖さを併せ持っていた。 「あ、いいの?」 にっこりにこにこと無邪気そうに笑った栗色の少女の瞳がキラリ、と煌く。 「じゃあねぇ、ディアーナとシルフィスでダンスを踊ってくれる?そしてね、その後でシルフィス、あたしと踊って?」 「ええ、いいですよ」 栗色の少女の『お願い』を純金の女性騎士はあっさりと承知するが、側で聞いていた青年はそうはいかなかったようである。 「ちょっとまて、ちょっとまて。どうして、そうなるんだ!?」 純金の女性騎士が薄紅の王女と踊るのはまだ、いい。護衛としての立場だと誰もが思うからだ。だが、その後で栗色の少女と踊るとなると、女性騎士は周囲に今夜の夜会では男役として徹すると宣言することになる。そうなると、女性陣は自分とも一緒に踊ってもらおうと純金の少女に群がり、男性陣は男装をしていてもまだ、誘える可能性があった美貌の女性騎士を誘えなくなった原因である青年を恨むだろう。いくら青年が口を噤んでいても、この三人の小悪魔のような少女達がしっかり噂話として流すことははっきりしており、そして、その事態こそが青年に対するお仕置きであることも分かっていた。 「シオン。身から出た錆ですわよ」 この夜、筆頭宮廷魔導士は男性陣から投げかけられる、殺気混じりの視線に晒され続け、さすがにグロッキー気味だったらしい・・・。 「誰も・・・いませんわよね」 ひょこっと部屋の扉から薄紅の少女が顔を出す。そっと部屋を抜け出すと抜き足、差し足、忍び足。廊下の角から首を出し、左右確認。人影は・・・なし。 「さぁ、行きますわよ」 「へぇ?どこへだ?」 「!?」 背後からかけられた声に硬直した薄紅の少女は恐る恐る、視線を後ろへと向けるとそこには腕組みをしてニヤニヤと笑っている筆頭宮廷魔導士の姿があった。 「もう、シオンってば驚かさないでくださいな」 「その様子だとまた、外へ行くつもりだったな。アイシュが泣くぜ」 「あら、課題はすべて済ませましたもの。誰にも文句を言わせませんわ」 「・・・だったら、どうしてこそこそするんだ?」 青年の当然の疑問に薄紅の少女は胸を張るとやはり、当然の答えを返した。 「お忍びしますと言って、素直に出してくれる人はいませんもの」 ・・・当然と言えば当然だが、胸を張って言いきるものでもないと思う。 「そりゃ、まぁ、そうだが・・・」 あまりにもあっけらかんと言われた言葉に青年は苦笑するしかなく、そんな青年に薄紅の少女はひらひらと手を振ってその場から追い払うような仕草をみせた。 「と、いうことですのでシオン。そこを通していただけます?」 「ん〜?どうしようかな〜?」 何時の間にか目の前に移動した上、とぼけた返答をする青年に薄紅の少女の顔が僅かに引き攣る。 何か・・・嫌な予感がする。 「そういえば、この間の夜会の礼も言ってなかったよなぁ、姫さん?」 「別にいりませんわ、そんなもの」 即答である。この青年の性格を考えれば無理からぬ反応であろう。 「まぁ、そう言わずに」 ずずずいっと近づいてくる青年に、薄紅の少女の本能が危険を告げる。即座にその場から遁走しようとするが、青年に先手を打たれ、手首を捕らえられた。 「ちょっと、この手を離しなさい、シオン」 自分の手首と青年の顔を薄紅の少女は交互に睨みつけるが、青年は何処吹く風とばかりにニヤニヤと面白そうに笑っている。 「だから、礼をすると言っているだろう?」 手首を捕らえているのとは反対側の手で薄紅の少女の顎を持ち上げ、青年はニヤリと笑うと顔を近づけていったが。 「・・・姫から離れてください、シオン様」 純金の女性騎士の殺気を孕んだ声が青年の背後から響いた。首筋には銀色に冷たく光る剣がぴったりと当てられている。青年が少しでも薄紅の少女に何かをしかければ容赦なく切り捨てるだろうことは想像に難くない。 「ほんっと、あんたには呆れるわね。ディアーナに手を出そうとするなんてさ」 腕を組み、睨みつける栗色の少女の周囲にはふわふわといくつもの火の玉が浮かび、周っている。こちらも、少女の号令一つで火の玉が青年へと襲いかかるのだろう。 「ディアーナ、こっち、こっち」 「有り難う。助かりましたわ、メイ、シルフィス」 薄紅の少女は二人の親友の側へと駆け寄るが、青年は首筋に当てられている純金の少女の剣でピクリとも動けない。 「・・・本当に容赦ないな、お前らは・・・」 首筋をぴたぴたと叩く、殺気丸出しの女性騎士を相手にした青年の額には冷や汗が出ている。さすがの青年もいつもの軽口が出てこないようだ。 「自業自得です」 「身から出た錆って言葉を知りなさいね」 「これでも生ぬるいくらいですわ」 三者三様に言いきる少女達は・・・無敵であった。 こんな三人の少女達がそれぞれに恋人を作るのはまだまだ先の話。今はまだ、お互いの友情が何よりも大切な、そんな少女達である。 END |