わたくしだけの騎士
出会いは春。 くったくなく笑う、太陽のような笑顔が印象的な銀色の少年と、無邪気でお転婆な王家の姫は偶然という縁により友人になった。 王家の姫だと知った後も、特別扱いすることのない少年。それがとても嬉しかった王女は何かと理由をつけては少年に会いに行った。 少年も王女らしかぬ無邪気な少女に好意を持ち、騎士としては褒められた行為ではないと知りつつもこっそり街に連れ出したりしたものである。 春・夏・秋。まるで無邪気な子供のように、二人は一緒に遊んだ。 けれども。二人の心の中には何時の間にかお互いの存在が大きくなっていて。 気がつけば、失いたくない存在になっていた。 想いを確かめ合ったのは冬の初め。 精神的に不安定だった少年が先走り、大怪我をした日。 騎士見習いと王女はお互いを想い合う、ただの少年と少女になった。 そして、再びの春。 騎士見習いの少年は見事に騎士になり、白い騎士服を着るようになった。 少女を守るための騎士に。 「ダリスの国境へ・・・?」 春の終わり、そろそろ日差しがきつく感じる頃、銀色の騎士にダリスの国境警備という任務が下された。任務期間はどんなに短くても半年。 「そんな・・・これからもずっと一緒にいられると思っていましたのに」 顔を曇らせ、意気消沈する少女と共に、騎士になったとはいえまだ幼さを残した少年も残念そうに嘆息する。 「ああ・・・ちょーっと、甘かったかなぁ。騎士にさえなればディアーナと一緒になれるって思ったのは」 「わたくし・・・お兄様にお願いしますわ。ガゼルをその任務から外してくれるように」 「やめとけよ」 「ガゼル?」 行き付けの喫茶店で話し込んでいた少女が立ちあがるのを少年はあっさりと止め、自分の行動を止められた少女は不思議そうに少年の顔を覗き込んだ。 「あのな、ディアーナ。これはもう、正式に俺に下された任務なんだ。それを取りやめにするわけにはいかねーし、俺もするつもりはない」 「ガゼル・・・ガゼルはわたくしと離れても平気なんですの?」 瞳を潤ませる少女に、短い期間に驚く程落ちつきを身につけた少年はきっぱりと首を横に振る。 「そんなわけ、ねーだろ。俺だってディアーナと一緒にいたい。けどな、今の俺じゃまだ、ディアーナと一緒にいる資格はないんだ」 「そんなこと、ありませんわ。わたくしがガゼルと一緒にいたい、ガゼルがわたくしと一緒にいたい、それだけでいいではありませんの?」 「周囲が認めない」 泣きたくなるほど冷然と少年は言い切った。実際、少女の大きな紫紺の瞳からは涙が零れそうになっている。 「だから、周囲の誰にも文句は言わせないように、そうなるために、俺は行くんだ。・・・ディアーナ。これから先、一緒にいるために少しだけ、寂しいのを我慢してくれないか?」 「ガゼル・・・」 涙を零し、少女は大きく頷いた。涙を零してはいるものの、それは先程の涙とは違って嬉しさからくるものだ。 そう、嬉しかった。少年がいつまでも自分と一緒にいるために努力をしてくれることが。それほどまでに、自分を想ってくれていることが。 ならば。そこまで想われているのなら、自分もまた、それに応えなくてはならない。 「分かりましたわ、ガゼル。ずっと、一緒にいるために、わたくしも頑張りますわ」 「信じろよ。俺はずっと、ディアーナが好きだからな」 「ええ。わたくしもずっとガゼルが好きですわ。ですから、信じてくださいな」 幼く、初々しい約束。けれども、お互いへの想いは何よりも深く。 『あなたが好き。だから、信じて』 その約束を抱え、少年は任務地へと出発した。 季節は初夏へと移っていた時期だった。 「・・・早いものですわね・・・もうすぐ1年ですわ」 喫茶店でお茶を飲みつつ、ぼんやりと少女は呟いた。 ここで誰よりも好きな少年の任務を聞かされ、待っていることを約束した日からもうすぐ1年がたつ。 1年は短いようで長い。1年前はまだ幼さが残る顔立ちだった少女はすっかりその幼さが抜け、女性らしさが際立つ少女へと成長していた。 「ガゼル・・・わたくし、待っていますのよ。何時になったら、帰ってきてくれますの・・・?」 瞳に隠しきれない寂しさを浮かべ、少女は切なげにため息をつく。 「貴方がいないと寂しいんですのよ・・・ガゼル」 どこを見ても、なにを見ても、少年との想い出がまとわりつく。少年に会いたくてたまらなかった。 「手紙だけでは・・・寂しすぎますもの」 折りをみては届く手紙に少年の生活を窺うことは出来ても、一番見たい少年の笑顔を見れないことが少女の寂しさを募らせる。 「・・・こんなことでは、駄目ですわね。少し、メイのところにでも行きましょう」 鬱々と沈み込みそうになるのをなんとか振りきり、少女は親友の一人を思い浮かべて勢いよく立ちあがった。 大通りを歩いていても思考は少年へと繋がっていく。 そんな時、ぼんやりと思い出していたためだろう。目測を誤った少女は一人の男にぶつかってしまった。 「あ・・・す、すみませんですの」 「あ〜?すみませんですむかぁ?」 ・・・ぶつかった相手が悪かった。典型的なゴロツキに絡まれ、少女は途方にくれる。 「で、でも・・・」 「でもも何もねぇな。まぁ、お前が俺達に付き合ってくれるっていうのなら考えてやるが」 「・・・え・・・?」 意味を飲み込めず、キョトンとしている少女の腕を掴み、有無を言わさずゴロツキはどこかに連れて行こうとする。 「や・・・嫌、どこへ行くんですの?」 慌ててバタバタと抵抗する少女にゴロツキはニヤニヤと薄笑いを浮かべるだけである。 と、その時。 「嫌がる女の子をどこへ連れて行くつもりなんだ?」 「でっ、いてっ、いてててててっ!」 問答無用でゴロツキの腕を捻り上げる一人の青年の姿があった。太陽の光を浴びて銀色の髪がキラリと光る。少女の瞳が大きく見開かれた。 まさか・・・でも、何も聞いていない。 呆然としている少女の前で、青年はゴロツキの手が少女から離れたのを見て取ると捻り上げていた腕をポイッとばかりに放り出した。 「ったく、1年ぶりにこっちに帰ってきたっていうのに、俺を働かせるなよ」 「てめぇ・・・」 後ろに捻り上げられた腕を開放され、怒りに燃えたゴロツキは生意気な青年とやりあおうと振り返るがその青年の姿を見た途端、一気に青ざめる。 まだまだ若い青年は白い騎士服を着用し、腰には剣を佩いていた。 正真正銘、近衛騎士団の隊員である。 さすがに騎士とやりあう気はないらしく、ものも言わずに遁走するゴロツキを見送り、青年は少女へと視線を向けた。 「よぉ、久しぶり」 片手を上げ、声をかけてくる青年を少女はいまだ呆然と見つめる。 背が高い。少女がかなり上を向かないと視線が合わない。 声が低い。明るい口調だが、その声は大人の男のもの。 広い肩幅、たくましい腕、大きな手。 なにもかも、1年前の姿とは違いすぎる。 「ディアーナ?」 だが。 太陽の光に反射する銀色の髪も、キラキラと輝くような黄金の瞳も、そして何よりも、太陽のような笑顔はそのままだった。 「おい、どうしたんだよ?」 自分を見つめたまま、固まってしまっている少女に青年は困ったようにポリポリと頭を掻いた。やはり、驚かせようとして何も知らせずに帰って来たのが悪かったのだろうか。 「しっかりしろよ、ディアーナ」 とはいえ、何時までも固まっていてほしくない。1年振りの再会なのだ、いろいろと話したいこともある。 「しょーがねーなぁ」 もう一度頭を掻いた青年は手を伸ばすとひょいっと少女の顎をとり、自分の方へと顔を向けさせた。 「おい、しっかりしろって」 「ガ、ガゼルッ!?」 青年と視線が合った途端、少女は条件反射的に真っ赤になる。 「おう」 にっと笑う、太陽の笑顔。それを見て、少女はようやく青年が帰ってきた事を実感した。 「ガゼルッ!会いたかったですわっ!!」 「おわっ!?」 今度はなりふり構わず飛びついてきた少女を、青年は驚きながらもなんとか受けとめる。 「ガゼル・・・ガゼル・・・」 「悪ィ、ディアーナ。寂しい思いをさせちまって・・・」 抱き着く腕の力から少女の心が垣間みえる気がした。やはり、1年は長かったのだ・・・お互いに。 「いいんですの・・・だって、こうして会えましたもの」 「ああ、そうだな」 頷いた青年もまた、少女を柔らかく抱き締めた。 「カゼル。もう、わたくしから離れないでくださいませ。これ以上、離れていることは出来ませんわ」 「ああ、ディアーナ。大丈夫、今度からは側にいられる」 「本当ですのね?」 顔を上げ、訊ねる少女に青年ははっきりと頷く。 「今度の俺の任務は王宮警備だ。・・・そして、永久任務だそうだ」 「え?」 「認めさせたんだよ、俺を。ディアーナの側にいるために」 青年の言葉を咀嚼し、理解した少女の顔がみるみる輝いていった。 「じゃあ・・・これからはずっと一緒なんですのね?」 「そうだ。ずっと、ディアーナと一緒だ」 「ガゼル・・・ッ!」 再び抱き着く少女を、今度は落ち着いて受け止めた青年は少女の一番好きな太陽の笑顔を浮かべ、告げる。 「大好きだぜ、ディアーナ」 「ガゼル・・・大好きですわ」 今、何よりも嬉しく、幸せな言葉。 少しだけ、成長した恋人達を祝うように、日差しが柔らかく降り注いでいた。 END |