「未分化の夢」          by 聖

 「シルフィス……」
 私を呼ぶ声が聞こえる……。
「シルフィス……」
 怖い……。怖い……。
 ……まわりは深い森で、薄暗くて、寒くて、……私はたった一人で……。
「……シルフィス」
 遠くから聞こえる、強くて優しい声……。
 柔らかな森の草を踏んで、私は引き寄せられるように、声の方に歩き出す。
「シルフィス」
 森の暗さが怖かった。
 一人歩くしかない事が、辛かった。
 素足に触れる草が、湿っていて冷たくて、何度も立ち止まりそうになる。
「シルフィス」
 その度に、あの声が聞こえる。
 涙が溢れてきそうな程その声は優しくて、強くて、なぜだか安心できて……。
 私は心が強くなったような気がして、また歩き出すことが出来た。
 目の前に小さな光が見える。
 もう少し……
「シルフィス」
 あの光の所にいる人が私の名を呼んでくれて、私に歩く力を与えてくれる。
「シルフィス」
 もう少し……。
 足が痛い。光が眩しくて、森の暗さよりも怖いような気がする。
 ……大丈夫。あの声の人が必ず待っていてくれる。
 私にあるのは、あの声がくれた小さな小さな勇気だけ……。
 最後の一歩を私は強く踏み出した。

 森が切れる。外は柔らかな光に満ちていた。
 暖かい……。
 怖くなかった。そこは暖かくて、静かで……。
 ゆっくりと目を凝らしてみる。
 背の高い人影が、もう少し向こうに見える。
 腕を広げて、私を待っていてくれる。
 もう少し歩こう。
  そうすればあの人の腕の中に、私はずっといることが出来るから……。

「シルフィス」
 聞き慣れた声に、目を開けた。
 まだ明るいのに、私はうたた寝をして……。
「夢を……見ていました」
 長椅子に横たわる私を、その人は心配そうに覗き込んだ。
「どんな夢だ?」
「……不思議な夢でした。私はそこでは……女の子でした。変ですよね、私はまだ女でも 男でも無いのに」
 その人が目を細めて、大きな手で私の髪を撫でた。
「……時間はまだある。もう少し眠っているといい」
 低くて良く響く優しい声が、少し切なく聞こえる。
「はい……」
 やっぱりまだ眠い……。瞼が落ちてくる。
 私の体に、その人のコートがかけられたのが分かった。

   言われた通り、もう少し眠っていよう。あの夢の続きを……見たいから……。