絶対無敵な恋人達


 クライン王国ではつい数日前に出来あがった、ある1組のカップルが話題を呼んでいる。

「ねぇ、シルフィス。貴女、アイシュのどこが良かったんですの?」
 穏やかな午後のお茶の時間は薄紅の髪と紫紺の瞳の王女の、この一言で破られた。
「あ、それ、あたしも聞きたい」
 お茶受けのクッキーを齧りつつ、栗色の髪と瞳の女魔導士がうんうんと頷く。
「いきなり、どうしたんですか、二人とも」
 目を丸くする純金の髪とエメラルドの瞳の女性騎士が親友達の顔を交互に見つめると二人は顔を見合わせ、お互いの疑問の確認を取った。
「うん、だってさ、シルフィスってすっごくモテていたじゃん。なのに、言っちゃ悪いけどトロくて地味なアイシュを選んだでしょ?」
「ショックで寝こんだ殿方は数知れないって噂もありますのよ?」
「はぁ・・・」
 自分がモテていたと言われても今1つ、ピンとこないらしく、純金の少女は首を傾げている。
「自覚、ないんだねぇ」
「まぁ、それがシルフィスですし」
 自分に向けられる感情に対し、この純金の少女は鈍感を通り越して天然とも言えるほど鈍かった。
「で、さっきの質問の答えは?」
 栗色の瞳を好奇心でキラキラと輝かせ、栗色の少女は身を乗り出すと絶世とも言える美貌を覗き込む。その隣では薄紅の少女がやはり、期待に満ちた眼差しで純金の少女を見つめていた。
 『もったいつけずにちゃっちゃと言いましょう』的な圧力を感じた純金の少女は軽く苦笑すると一口、紅茶を飲んで喉を湿らす。
「好きに理由はありませんよ。でも、強いて言えば、アイシュ様の側はとても安心出来るんです」
「安心、かぁ」
「何となく、分かりますわ、それ」
 うんうん、と頷きを返す二人の少女の脳裏に純金の少女へ想いを寄せていた数人の男性陣が浮かんだ。彼らに比べれば確かに、安心できるという点では純金の少女が選んだ青年がダントツである。
「アイシュ様の雰囲気がそうさせるんでしょうか・・・側にいると肩の力を抜く事が出来るし、寄りかかっていると私を包み込んでくれているような気がして、心がすごく暖かくなるんです」
「・・・・・・・・・・」
 親友の思わぬ惚気に親友二人は沈黙と友達になるしかなかった。
 万事が控えめな純金の少女であり、想いを告げあった青年も穏やかな人柄だ。そんな彼らであるから穏やかな恋愛になるだろうと考えていただけに、この発言はかなり衝撃だった。
「・・・アイシュ、よく、闇夜で刺されませんでしたわね・・・」
「同感。散々なやっかみを受けているだろうけどさ、シルフィスの心を一人占めにしているんだもん、殺されないだけマシだよ」
「・・・あの?姫、メイ、どうされたんですか?」
 薄紅の少女と栗色の少女が頭を寄せ合い、ボソボソと囁き合うのを見た純金の少女がキョトン、と首を傾げた。
「いいの、いいの。シルフィスは気にしないで」
「そうですわ。それよりも、そろそろアイシュが来る頃ですわよね?」
 栗色の少女がヒラヒラと手を振り、薄紅の少女が時計に視線を滑らせ時間を確認する。と、それを見計らったようにノックの音が部屋に響いた。
「失礼します、姫様〜。シルフィスはいますかぁ?」
「アイシュ様」
 嬉しそうな声を上げたのは当然、純金の少女である。座っていた椅子から立ちあがると青年の側へと走り寄って行く。
「ああ、シルフィス。待たせてすみません〜」
「いいんです。アイシュ様こそ、お仕事はもう済んだんですか?」
「はい、大丈夫です。ちゃんと、終わらせましたから、貴女と出掛けられますよ〜」
「よかった」
 ・・・・・どうでもいいが、場所は彼らが仕えるれっきとした第二王女の私室なんである。二人きりではなく、純金の少女の親友である薄紅の王女と栗色の女魔導士がそこにいるのである。
「あの〜、もしもし?」
「わたくし達もここにいるのですけど・・・」
 恋人達の甘甘な会話に脱力した少女達は、それでも自分達の存在を二人に訴えた。
「はい、分かっていますけど」
 『それが何か?』とばかりに聞く親友に王女も女魔導士もますます脱力する。本気で今の自分が振り撒いている『幸せオーラ』が分からないのだ。
「・・・も、いい」
「アイシュとデートなのでしょう?行ってらっしゃいな」
「はい、では、これで失礼しますね〜。あ、これは僕が作ったケーキですので、どうぞお茶受けに食べて下さい〜」
 近隣諸国に鳴り響いている美貌の女性騎士をこれで落としたと言われる、ほのぼの笑顔で青年は手にしていた箱をテーブルの上に置き、恋人へと手を差し出した。
「さぁ、行きましょうか、シルフィス」
「はい、アイシュ様」
 差し出された手を取った少女はにっこり笑うとついっと爪先立ち、青年の頬に口付けた。少女の口付けを受けた青年もほんわりと笑うとそっと屈みこんで少女の額に口付ける。そうして、幸せそうな笑顔を浮かべながら、二人は王女の私室を出て行った。
 ・・・・・パタン。
 扉の閉まる音が妙に部屋に響き、残された二人は見せ付けられた恋人達の甘さに胸焼けをおこしてすっかりお菓子を食べる気をなくしていた。
「・・・アイシュが刺されない訳、分かったような気がしますわ」
「うん。目の前でああいうことをされれば、毒気を抜かれるよ」
「二人とも天然ですものね」
「天然って・・・強いなぁ・・・」
「最強ですわよ」
「絶対無敵だよね」
 ため息を同時につく少女二人の呟きはその後、各方面にて実感を抱かせるものとなる。

 恋人時代も結婚してからも、この二人は極甘な雰囲気を周囲に振り撒き続け、絶対無敵を誇っていたという。


END