あなたがわたしにくれたもの


 あなたがわたしにくれたもの。

 この体と、この想い。あなたなしでは生きていけない、この、 狂おしいまでの激情。


 「…キール…」
 つぶやいた声に、薄暗がりの中のその姿が小さく反応した。
「…なんだ」
 律義に答えるそれに、メイは笑う。
「返事なんかしなくていいのよ」
 その背中に手を回して、わずかに火照ったその肌に指を這わせた。
「こういう時は、黙ってて」
 薄暗がりの中、メイが真上を見上げると、そこには濃く光る緑の瞳があった。 メイは指を伸ばす。
「眼鏡、取って」
 ぎこちない手つきでそれを外し、傍らのサイドテーブルに乗せると、 彼の髪はさらりと落ちて、頬に濃い陰影を作った。
「……メイ」
 先程よりも薄い声でそうささやき、そして、降りてくるのは優しい口付け。
「……ん」
 息を吸い込むのと同じほどの自然さで、それは重なった。
「……ふ……」
 最初は、わずかに重ねるだけ。何度かついばみあった後、キールの舌が 恐る恐ると言ったようにメイの唇を破ってその中に入り込む。
「んん……っ…」
 優しく舌先で愛撫される。自らのそれでその行為に応え、背に回した手で ゆっくりとそこをなでさすった。
 幾度目かの、こんな時間。しかし、それは初めてであるかのように ゆっくりと、穏やかに、そしていささかの緊張を伴って押し進められる。
 唇が別れ、キールのそれはメイの首筋に埋められた。小さく音を立てて 吸い上げるそれに、メイが背筋を震わせる。
「は……」
 まだ、その感覚には慣れない。むき出しの皮膚をさらして、そこに 重なり合うキールの肌が暖かく心地よくて、メイはそれにかじりつくように腕の力を強めた。
「こうやってるの、気持ちいい」
 メイはつぶやいた。
「ね、そうじゃない?」
「…そうだな」
 キールの進入は、喉元にまで延びた。くすぐるように舐め上げられてメイが 肩をすくめる。
「くすぐったい」
 キールは笑う。
「くすぐったいところは、感じるところなんだぞ」
「……やだ」
 笑おうとしたメイは、胸元に現れた、二つのなだらかな丘を手のひらで 包まれて肩を震えさせた。
「あ……っ…」
 それを、さぞ愛しげに愛撫するキールの視線が恥ずかしかった。メイは 目を閉じる。
「俺を、見てくれよ」
 キールがそれをとがめる。そして、手の中に収めたそれに唇を寄せる。
「やぁ、そんなの……」
 メイは抗議する。
「やだ、恥ずかしい」
「…どうして」
 先に色づく突起を含まれて、メイは閉じた瞼に力を入れた。
「だって、あ、や……っ…」
 ぴちゃ、と音がしたのにメイは頬を染めた。キールとこうするのは 初めてではない、としても、恥かしさだけは今になっても消えることはない。メイはその音から耳をおおうように首を反らせた。
「ああ……ん…」
 キールの手が、メイの肌を這う。なで上げるように腰を、脇を、そして 腹部をなぞり、それだけなのに、濡れた唇が愛撫する突起への刺激と相まって、メイは言葉を忘れて体をのけ反らせた。
「はぁ……ぁ…」
 両の手をメイのそこに添えたまま、キールの舌がメイの体を征服しようと 這い回り始めた。肌をつつくとその度に、メイのこらえ切れない嬌声が上がる。
「う……んっ…」
 キールの体がメイの膝を割った。その奥にある、泉のように潤ったそこに そっと指先で触れる。
「あああっ!」
 メイの体が跳ねた。キールはわずかに微笑んで、メイの耳元にささやきかける。
「…感じるのか?」
「やぁ、そんなこと……っ」
 すでに開き始めた花びらを最初は人差し指だけで、やがては二本三本と数を増やしながら愛撫を繰り返すと、キールの指が中に入り込むころには二人の 耳にはっきり届くほどの水音がメイの体の奥から上がった。
「いや……っ…」
「嫌、か?」
 指を彼女の中に埋め込みながら、キールはささやいた。
「…やめる?」
「やっ、意地悪……!」
 メイが鋭く叫んだのと、キールの指が奥まで埋まったのは同時だった。
「ぅ……っ……」
 メイは歯を食いしばり、瞳を固く閉じてその愉悦に耐えようとする。 キールはすっと体を引いて、指を埋め込んだメイのそこに唇を寄せた。
「あああぁっ……」
 それは悲鳴のように彼女の口をついて出た。ぴちゃ、と淫らな音を あげながら、メイの花心はキールの丹念な愛撫を受けて溶け出すように蜜を流し始める。
「はぁ、ぁ、ぁ……」
 キールは執拗だった。舌先をとがらせて中に入り込む。柔らかい肉を 直接刺激されて。メイは狂ったように身もだえする。
「やぁ、ぁぁ、キール……!」
 ぞく、と背筋を何かが走る。幾度かのこうした行為の中で、何度か味わったそれだった。しかし、今日のそれはいままでのそれとはわずかに違って神経を刺すように思える。
「は、ああ、そこっ…やだぁ、そ……」
 キールの亜麻色の髪に指を絡め、メイは自分を襲う未知の快楽を必死に彼に伝えようとする。キールの舌が、メイの花弁を一枚一枚広げるように這っていく。
「だめ、や、あたし、変……!」
 キールがわずかに歯を立てた。甘噛みはメイの体の中心を鋭く付いて、 メイは背中を捩る。
「や、やめて、キール……!」
 メイの体が弓なりに反り、その唇からは音を失った悲鳴が漏れた。痙攣を 起こしたように体が揺れ、そしてそれがいくつも続いて、キールの舌先には流れるほどにメイのこぼした涙のような液があふれ出た。
「………ぅ…」
 メイは脱力して体を寝台に預けた。キールが体を起こすと、メイは 視線だけでそれに応える。
「……何だったんだろ、今の」
 か細い声でメイは言う。キールは彼女に小さく口付けを与えて、ささやいた。
「エクスタシー、じゃないのか?」
「や…!」
 さらりと言ってのけたキールに、メイは頬を染めて抗議する。
「そんなこと…!」
 潤いきった体の奥を、足を開かされて空気に触れさせられる。メイはそれに体をひねって抵抗した。しかし、キールの力には勝てない。
「……メイ」
 細く名をつぶやく声は、その先にある快楽への扉を開く合図。メイは息を 飲んだ。そして、ゆっくり入り込んでくるキールの圧力に耐える。
「はぁ……」
「…ぁ…」
 声が重なって、そしてそれは体中でキールを感じることの出来る、甘い瞬間。キールはわずかに頬を紅潮させて、メイの中に収めた自身を突き動かし始める。
「はぁ、っぁ、ぁ……」
 揺さぶられる体の奥から快楽が伝わる。今まで、知ることもなかった強烈なそれは、体を浸食し、指先を犯し、そして、何も考えられなくしてしまう。
 今、ここで自分を抱きしめるキールのこと以外は。
「ああ、ぁ、…ぁぁ…」
 先程キールの舌が与えた快楽よりも、鋭い刺激がメイの背中を突き抜ける。何度も何度もそれにさいなまれ、メイは声も失って、ただキールにしがみつく。
「はぁ、も……キ、ル……」
 名を呼ぶ声もおぼつかない。メイはそれに耐えるため、体中に力を込めるが、それは奥深く沈むキールの体をより鮮やかに感じることにしかならない。 メイはうめく。
「はぁぁ……ぁぁ…っ…」
「…メイっ……」
 最初は緩やかだった刺激が、徐々に勢いを増す。そして、キールのメイを 呼ぶかすれた声が上ずりに消えたとき、キールは彼女を抱く腕に力を込めた。
「メ、イ……っ…」
「…ああ、キール、キ……ルっ…!」
 熱いものが体の奥ではじけた。その中でしみ込んでゆくように、それは ゆっくりと広がってゆく。
「……あ……」
「…っ……」
 重なり合う声が、絡み合って相手をいたわるような愛撫となって二人を包む。絡み合う視線は、口付けよりも甘くお互いを飲み込んだ。
「…キール、好き」
 ささやいて、わずかに汗ばんだその体を抱き寄せる。
「……キールが呼び出したのが、あたしでよかった」
 触れる口付けは、交わした情の余韻に揺れて震えている。
「違う子じゃなくて」
 キールはうなずいて、メイの頬を両の手で挟んで優しくなでる。
「……メイで、よかった」
 魔法を呼び起こす呪文にはたけていても、愛撫の言葉をつづるのは得手とはしない、その不器用な唇は小さく開いた。
「あの時、実験が失敗して、よかった」
「…何言ってんの」
 二人は笑い交わし、そして、新たな口付けを降らせる。


 あなたがわたしにくれたもの。

 今のわたしと、今のあなた。

 あなたがわたしにくれたもの。

 ここに横たわる、あなたのためだけにある体。


 あなたがわたしにくれたもの。

 あの日生まれた恋心。


END