Desire
甘い香りが侵蝕していく ゆっくり、ゆっくりと 真っ直ぐな視線が絡め取る 身動きできないほどに それは欲望 恋という名の侵蝕 「ごめん、キール。ちょっと、分からないところがあるんだけど」 コンコン、と扉をノックし、その影からひょこっと栗色の髪を覗かせ、少女が部屋の主にお伺いを立てる。ある理由からここ、クライン王国にいることを決めた少女は魔導士試験を受ける為、猛勉強中であった。少女の勉強嫌いを知る者達が驚く程、それは熱心に。 「ん?あぁ、悪い。少し後でもいいか?ちょっと、ここだけはキリをつけたいんだ」 「いいよ。じゃ、あたしの部屋で待っている」 側に人がいれば集中できないだろうと少女は考えたが、青年は部屋の隅にあるソファを指し示した。 「別に帰ることはないだろ。かまわないから、そこに座っていろ。それに、お前がいた方が無駄に研究を続けることもないしな」 「あたしはストッパーなわけ?」 呆れたように言いながらも少女は青年が指し示したソファに座り、持ってきた課題をパラパラとめくった。自分がつまづいた個所をじっくりと読みこみ、どこが間違っているのかを考える。 しばらく、その部屋には静かな沈黙が漂った。 「・・・で、どこが分からないんだ?」 「!?」 ふいに耳元で聞こえた声に驚いて、少女は勢いよく顔を上げる。ごく近くに、青年のコバルトグリーンの瞳があった。 「メイ?」 「あ、うん、ここ」 青年がすぐ隣に座った気配を感じられなかった少女はかなり驚いたが、青年の促しに課題でつまっていた個所を示す。その際、思わず詰めていた息を深く吐き出したのは、仕方のないことだろう。 「ああ、ここは確かに引っかかりやすいところだな。これは・・・」 青年の説明を聞き、その指を視線で追った少女は勘違いしていた場所にポンッと手を打つ。 「あ、そっか。だとすると、ここがこうなるわけ?」 他の場所も訂正し、青年に見せると目を通した青年はすぐさま間違いを指摘した。 「ここ、違う。早とちりするな」 「え?」 青年の示した個所を見つめ、少女が首を傾げる。 サラリ、と栗色の髪が流れ、柑橘系の香りが青年へと漂った。 ドキリ、とした青年の様子にはまったく気づかず、考え込んでいた少女の手が頬に流れた栗色の髪を無意識に耳にかける。 再び柑橘系の香りが漂い、髪の間から現れたうなじの白さと細さに青年は目を奪われた。 「あ、そうか。こうなるわけね?」 サラサラと紙にペンを走らせる指は繊細ささえ感じられるような、意外な細さ。 「どれ?」 さり気なく、少女の手を取って紙の上から退け、訂正した場所を覗きこむ。少女の肩越しから覗きこむような体勢で、ぴったりと体を密着させて。 「キール?」 不自然なまでに体を近づけてきた青年に、少女は振り返った。 「ああ、それでいい」 「っ!」 そんな少女に頓着せず、呟いた青年の吐息が耳から首筋にかかり、少女はびくっと体を震わせ、息を詰める。 「どうした?」 再び、青年の吐息が首筋にかかり、少女は慌てて青年から離れようとする。が、青年はそれを押さえつけ、少女の首筋に口付けた。 「や、ちょ、キール、離してよ!」 ジタバタと抵抗して立ち上がった少女は次の瞬間、天井が回り、背中に柔らかい衝撃を受ける。それは、青年が少女の腕を引っ張り、ソファーに少女を押し倒した為。 「・・・キール?」 コバルトグリーンの瞳が真っ直ぐに少女を見つめていた。その視線の強さに、少女は息を止める。 「メイ・・・」 青年の囁きが少女の上に零れたのと同時に、唇が重なった。瞬間、我に返った少女が両手を突っぱね、青年を押し返そうとする。しかし、男女の力の違い故に、その抵抗は形にはならなかった。 「キール、ねぇってば。離して」 青年の唇が首筋に移動したのを感じ、少女はなんとか逃れようと体を捩る。その少女の肩を押さえつけ、顎を掴み、青年は視線を合わせた。真っ直ぐに、逸らすことを許さない強さで。 「・・・嫌か?」 吐息のような囁きが少女の耳に届く。 「お前に触れたい・・・メイ」 囁く言葉は普段の青年からは考えられないほど甘く、掠れていて。 「え・・・と、その・・・」 改めて聞かれると、本当に嫌ではないということに気づく。あまりにも突然だったから驚いただけで・・・嫌では、ない。 嫌ではないけれど・・・それを改めて言うのは少し、躊躇する。いくら、相手が恋人である青年であろうと。 「メイ」 ドキリ、とした。 青年を好きになって、離れたくなくて、ここに残ることを決めたけれど、青年も少女を離したくないと、帰るなと言ったけれど、それでもこんな風に甘く名前を呼ばれたことはなかった。 急激に、心臓の心拍数が上昇する。 「キール・・・」 少女は知らない。 少女が呟いた青年の名もまた、同様に甘く掠れていたことを。 青年を見つめる栗色の瞳が熱っぽく潤んでいることを。 「ん・・・」 甘い吐息が重なり、極自然にお互いを求めた。 意識が霞みそうな、深い口付け。 「・・・は、あ・・・」 唇が離れ、酸素を求めて顎を僅かに上げた少女の喉元に、青年の口付けが降る。 「あ・・・」 ピクッと震えた少女の髪を撫で、青年は更に唇を下へと移動させた。 胸元が開かれ、冷たい空気と暖かい唇が肌に触れる。 「・・・ふ・・・」 胸元に感じる刺激に、少女の唇からため息が零れた。 「・・・いいのか?」 少女が反応を見せた個所に何度も唇を寄せ、青年は掠れた声で聞く。自身も熱い吐息を吐きながら。 「そ、んなこ、と、聞、かな・・・あんっ」 紅く染まった頬で少女は青年を睨むが、不敵な笑みでそれを受け流した青年は柔らかいふくらみに手を伸ばし、その上の蕾を口に含んだ。 背筋に電流のような快感が走り、思わず少女は青年の頭を抱え込む。しかし、それはかえって自分の胸を青年に押し付ける形となった。 白い肌にいくつもの紅い華が咲き、それに伴って少女の吐息も甘くなる。 しなやかな体は抱き締めると溶けそうに柔らかくて、求めた唇は甘かった。 一つ一つのパーツが愛しくて、青年はどこもかしこも過ぎるほどの時間をかけて愛し、愛でる。 「あ、あぁ・・・はぁん・・・」 しがみつく少女の腕をとり、二の腕の内側を舐めるとまた、甘い声があがる。 息も絶え絶えといった風の少女の下肢に、青年の手が伸びた。 ・・・ぴちゃっ・・・ 「ああっ!」 必要以上に響いた水音と重なり、少女が喘いだ声もまた、部屋に響いた。 すでに体の奥からこんこんと蜜が涌き出ている少女の秘部はどんな小さな刺激でも快感として捕らえ、青年の指が軽く触れるだけでも体が跳ねるように反応する。 「あぁ、は、あんっ・・・あうっ」 青年の指が入り込み、中で動かされると少女は首を左右に打ち振り、その快感に耐えようとするが無意識に零れる喘ぎは止めようがなかった。 「キ、キール・・・も、あ、あぁんっ」 青年に煽られるだけ煽られ、少女の視界はもはや何も映さない。ただ、自分を見つめるコバルトグリーンの色だけが、自分を包み込んでいて。 「ふぁぁん、んんっ、あ、はぁ・・・や、あ、あ、あ」 浮遊感を伴った快感に、少女は助けを求めて腕を伸ばす。縋れるものを欲して、腕を伸ばす。 「メイ」 優しく囁いた青年の手が伸ばされた少女の腕を捕らえ、自分の首に回させた。とたんに、力を込めて縋りついてくる少女が、普段の強気な姿勢とはかけ離れていて何だか可愛い。 「キール・・・」 心細げに呟くのは、この先の行為に不安を感じているから。それでも制止の声を出さないのは青年を想っているから。 「ごめん・・・痛くしないっていうのは無理だけど・・・けれども、優しくするから」 与えられる感覚に瞳を潤ませた少女にそっと口付け、青年は囁いた。抱き締める素肌は暖かくて、柔らかな肌に幾つも付けられた紅い華が雄弁に所有権を主張している。 「爪を立ててもいいから・・・逃げることだけは、しないでくれよ」 こくん、とどこか幼い感じで頷いた少女の唇を塞ぎ、青年は動いた。 青年の腕の中で、少女という華が散り、女性という華が艶やかに咲き綻んだ 「・・・課題を教えてもらいに来たのに、どうしてこうなったのかなぁ・・・」 青年のベッドの中で、青年の腕の中で目覚めた少女の第一声である。少女にしてみれば正直な感想なのだろうが、いかんせん、初夜の睦言にしては色気がなさ過ぎる。 「仕方がないだろう。ずっと、我慢していたんだからな、俺は」 「・・・すけべ」 チロッと上目遣いで青年を睨む少女だが、その威力は別の方向に働いたらしい。再び青年にのしかかられて、大いに慌て出す少女である。 「ちょ、キール、どこ触って・・・やんっ、この、えっち!」 「惚れた女を目の前にしてすけべにならない男がいるか」 どっかで聞きそうな台詞に、少女は思わず青年を見つめた。 「・・・シオンみたいなこと、言わないでよ」 「実は、俺もシオン様に言われた」 「はぁ?」 「俺がお前にまだ手を出していないことを、どこからか聞きつけたシオン様が言ったんだ。『惚れた女を目の前にして、その気にならない男はいないぞ』と」 「・・・・・・・・・・シオンだけには、言われたくないって、思わなかった?」 「思った」 即答する青年に少女は吹き出した。クライン一の遊び人に言われたのだ、この青年がどんな渋面だったのか容易に想像出来る。 「ずっと・・・お前に触れたかった。知らないだろうけど、俺はかなり独占欲が強いんだ。お前にちょっかいをかける男達を見てはいらいらして、しまいにはお前をどこかに閉じ込めたくなって」 少女の上に覆い被さり、青年はその柔らかな肢体をきつく抱きしめた。少女が痛みを覚えるほど強く。 「触れたくて・・・けれども、触れれば壊しそうで、出来なかった。結局は、お前の香りに誘惑されてしまったけれどな」 「誘惑だなんて・・・」 「俺にとっては、お前のすべてが誘惑に繋がるんだよ。・・・本当に、ここまで溺れるだなんて・・・」 きつく抱き締めながら、青年は深いため息をついた。けれども、ため息をつきながらもその表情は明るく、どこか幸せそうで。 「お前を失えば俺はきっと、狂う。だから・・・」 『絶対、帰るなよ』 少女の耳に流し込まれた言葉に、少女も輝く笑顔を浮かべる。その言葉が、青年の愛情表現だと知っているから。 少女の細い腕が青年の背に絡まる。 「キール、好きよ」 青年の意外に広い胸に頬を摺り寄せ、うっとりと少女は呟いた。 「ずっと、ずっと、好き。キールが好き。大好き」 「・・・愛している、メイ」 甘い香りに誘われ 真っ直ぐな視線に縛られ 欲望に捕われ 侵蝕を許し それはすべてただ一つの心故 それは、恋というただ一つの真実 END |