睦夜
ばさり、と衣を解くと、日に当たらない白い肌が現れる。 重い刀に傷つけられないように、騎士が帯刀している時まとう衣装は重い革で出来ていることが多い。日差しの中を歩くことが日常である中、顔や手はいささか日に焼けていることはあっても、革の衣装の下に潜む肌は驚くほど白く、滑らかであることが稀ではなかった。 この、クライン唯一の女騎士の肌も、それに違わなかった。 「帰ってたのか」 声にシルフィスが振り向くと、そこには光の加減によっては青にも見える、長い髪を束ね上げた男の姿があった。 「…遅くなりまして」 衣装を解いたところを踏み込まれ、シルフィスはいささか頬を染めて彼から視線を背けた。 「ああ、遅かったな」 月明かりの差す部屋に低く響く声。シルフィスはいきなり背後から抱きつかれ、今まさに袖を通そうとしていた部屋着を取り落としてしまった。 「浮気でもしてんじゃないかと、心配したぞ」 「…馬鹿な」 シオンの戯れ言を笑い飛ばそうとするのだが、背中を包まれ耳元に囁きかけられ 、声がわずかに震えてしまう。 「隊長に呼ばれまして、城内警備の打ち合わせをしていましたら、遅くなって…」 「ふぅん」 シオンはシルフィスを解放すると肩をすくめた。 「お前がこれだけ綺麗になるなんて、あの人も予想外だったんじゃないか」 開放されて、シルフィスは慌てて落ちた部屋着を取り上げると袖を通した。が、 それは途中で阻まれた。 「残念がってたりしてな。先に手を付けとけばよかったって」 「…やめて下さい」 それは、シオンの言葉に対してなのか、行動に対してなのか、口調からは読み取りかねた。シオンは取り上げた衣装を、今のシルフィスがとても手を伸ばすことの出来ない所にまでほうり投げてから、白い肩に唇を当てた。 「でも、もう遅い」 シオンの手が、戸惑いながら立ち尽くすシルフィスの胸の辺りを辿り始めた。 「…ふぅん」 「…っ」 ともすれば、毎日剣を扱うシルフィスよりも華奢な指がそこを這いずる。 「まだ、完全というわけではないみたいだな」 「もぅ…やっ……」 毎日体を鍛えている。最初の頃にはまだ不安のあった持久力も、腕力も、騎士となった今では自慢にさえなるものだ。それなのに、こういう時、決してシオンの力に抵抗できたことがないのは、どういうことなのだろうか。 「分化って、ゆっくりなんだな。みんなこんなもんなのか?」 「知り…っ…ああっ!」 シオンの指が、まだ女というにはいささか膨らみの足りないシルフィスの乳房を掴んだ。それに息をつく暇もなくその先に色づく薄い突起をつまみ上げられ、声が途切れる。 「もっと、さっさと変わっていくもんだと思っていたが」 嬲るようにもてあそばれて、シルフィスの息がわずかに弾み始めた。 「それとも、お前だけは特殊なのかな」 「あ…っ……」 シオンの唇がシルフィスの首筋を吸い上げる。鬱血の熱い刺激を感じて、シルフィスが体を跳ねさせる。 「顔を見せてくれ」 肩越しに振り向くと、そこにはシオンの褐色の瞳。それがだんだん濃くなったかと思うと、シルフィスの唇には熱いものが重なる。 「……ん……」 最初は、重ねるだけ。唇を唇で愛撫されて、その薄い刺激に酔いはじめたころ、舌が吸い込まれる。噛みしめた歯を舐め上げられ、自然に開いたそこに入り込み、そして絡んでくるそれに自然に応えられるようになったのはつい最近のこと。心な しか、体が目に見えて女の形をとりはじめたのはそれからだったような気がする。 「…綺麗だな」 音を立てて唇が離れた時、シオンが感心したように言った。 「最初会ったときからそうだったが、最近、以前より綺麗になった」 「…そう、ですか…?」 手放しで褒められて悪い気はしない。然りとてあのシオンの言葉だ。半分ほどに割引くように努めながら、それでもシルフィスは知らずと頬が緩むのを止められない。 「ああ、確実にな」 そしてむき出しのままの背に手を滑り込まされ、ひょいと抱きかかえられる。 「あっ!」 「…見せてくれよ」 いささか乱暴に、寝台の上に下ろされる。両手を付いて体を起こして、見上げるとそこにはシオンの瞳。どきりとするほど真剣な顔をして、それにシルフィスは思わず息を飲んで。そして、彼の視線の落とされる先にはわずかな布しかまとわない己の体があることに気づいて、恥じらいに視線を伏せる。 「シルフィス…」 再び寄せられる唇。肩を抱かれ、背をなで上げられ、その優しい愛撫に最初は震え、戸惑い、そしていつしか歓喜に変わっていくのを知っている。 「あ、あ……」 小さな笑いが漏れる。 「相変わらず、だな」 シオンはそれを知っていて、執拗に唇で触れるか触れないかの刺激を与え続ける。右の耳朶、そこへ吹きかけられる息にすらシルフィスが身もだえするのを知り抜いてる。 「はぁ……っ…っ…」 言葉を発することも出来ない。漏れるのは、意味のない愛の音だけで、シルフィスはそこのみ刺激を受ける快楽に耐え兼ねて自らシオンに腕を絡める。 「やぁ………」 シオンがにやり、と笑ったのを知った。知ったからと言って、何も出来ない。砂浜を浸食していく荒々しい波のように、シオンの吐息はシルフィスを潤ませる。 「…ここ、感じるのな」 それもやはりシルフィスの性感を刺激する甘い声で、シオンはシルフィスの背に絡ませていた手を解くとそれを彼女の下肢に絡める。 「ああっ…」 シルフィスはわずかに身をよじった。それはあっさりと押さえつけられる程度の抵抗だった。 「…ほら」 まるで見せつけるように、シオンはシルフィスの潤みを指先にすくい取って、舌を這わせてみせる。それは最初はシルフィスを羞恥させるばかりだった。今でもそれから視線は反らせようとしながら、それでも熱くなっていく体に逆らうことは出来ない。シオンの、心臓をわしづかみにするような、体の奥を叩くような愛撫がこれから始まるのだという、それは合図だった。 それを心待ちにしてしまう自分を汚らわしいと思いながらも、それでも体を裏切ることはできない。疼く体、火照る体、これが女の体というのもなのだろうか。 「ん……」 静かに寝台に身を横たえさせられて、するりとシオンの長い髪が腿を滑るのを知 る。そして、次の瞬間雷光が走る。 「あああっ!」 シルフィスの両の足がシオンの頭を挟み付けた。舌がその奥の、日も当たったことのない秘められた個所を這う。蕾を、そこを濡らす蜜を拭い清めるように舐められる。 「はぁ、ぁ…ぁぁっ…」 背をしならせて、シルフィスはその快感に耐えた。シオンの肩に爪を立てて、唇 を噛んで声を殺す。 「…我慢しなくていいって、言っただろう?」 シオンの声が、まるで子供をあやすように優しく耳に届く。シルフィスはそれにうなずきながら、かと言って突然開放できるものでもなく。 「あ…ん…っ…」 重なり合った襞を開くように、シオンの指が器用に動く。その奥にある、シルフィスの体の奥へ続く道を優しく拓いていく。濡れそぼるそれを、爪先で、舌で、唇で、こすれあうような刺激がシルフィスの体を襲うたび、そこは止めどない泉のように甘い液体を溢れさせる。 「ふっ…っ……」 かすれるような息が漏れたとき、シオンの指がシルフィスの中に入り込んだ。その途端、シルフィスの下肢は緊張に固まって、シオンが苦く笑うのが聞こえた。 「いつまでたっても、処女みたいだな」 「そんな…ぁ…」 普段、自分が分化を始めていることを意識することは少ない。固い革の鎧に身を包み、他の騎士たちに劣ることなく剣を振り、そんな中、自分が女であるかどうかなどは考える必要もないことだった。 ただ、シオンの前では。永遠の愛を誓ったこの伴侶の前では、いやおうなくそれが突きつけられる。自分が、柔らかく、儚く、水気を帯びた女の体を持っているということが。 「はぁっ、っ…ぅ……」 それは、喜びだった。シオンに愛される体を持つということ、そして、この体を シオンが女にしてくれるということ。 「ああ、ん、あ…ぁぁ…っ…」 シルフィスの唇を、より高い喘ぎが破ったとき、そこには二本の指が埋め込まれていた。シルフィスの体を抉るように蹂躙しながら、その入り口をこするように愛撫しながら、見ればシオンは先ほどまで彼の体を包んでいたローブを脱ぎ去り、そこにはわずかに浅黒い、艶めいた色をした彼の肌がさらされている。シルフィスは目を細めた。 「…綺麗、です…」 シルフィスがそうつぶやくと、シオンはなんのことか、と言うように首をかしげた。そしてシルフィスの視線の先に自分の体があることに気づくと、わずかに笑った。 「お前に言われたくないな」 シルフィスも笑おうとした。そして、今まで以上に激しいその攻めに、言葉を失 う。 「は…っ……ぁ…」 ともすれば、自分も彼のような体を持つことになっていたのかもしれなかった。シオンに出会わなければ、シオンに愛されなければ、シオンを愛さなければ。 しかし、それはシルフィスの中にはない選択肢だった。それが、どのような時であっても、シルフィスは彼を愛してたはずだった。例え、出会ったのが敵陣の最中であったとしても。きっと、シルフィスは彼の姿を見つけていたはずだった。魅かれていたはずだった。 シルフィスの分化は、一族の中でも異例なほどに遅かった。それは、きっと、シオンに出会うため。シオンの存在を、シルフィスは知らずとも、その体が知っていたのだ。 彼に出会う瞬間を、シルフィスの中に潜む女は待っていたのだ。 「やぁ…ん…」 シルフィスが声を上げた。吸い上げる刺激に息を飲んで、そして、おずおずとシオンの肩に手を伸ばした。 「…シ、オン…様……」 その手には、シオンのそれが絡められる。優しくすくい上げて、そして強く握ら れる。決して、離さないとでも言うように。 「それは、やめろ」 声が、シルフィスを震わせた。掴んだ手の平をくすぐるように撫でさする。手首に通る神経が、それすらもシルフィスを嬲る刺激として彼女の脳裏を震わせる。 「様は、やめろと言ったはずだ…」 つるりと手の平を舐め上げられる。そんな性感は知らない。今までただそこにあっただけの細胞が、新たな快楽を知って驚き震える。 「……シオン……」 ためらいがちに呼ばれる名。シオンがシルフィスに口付けを与えて、そしてその中に押し入ったのは同時だった。 「ああ…っ…!」 ひときわ高い声が響いた。ずるり、とシオンが受け入れられて、そして嬌声に混じる濡れた音がシルフィスの感じる愉悦を指し示す。 「…っ…、っ…う…」 シルフィスはシオンの肩に腕を絡ませて、その耳に聞かせんとばかりに高い声を紡ぎだす。それに、わずかにシオンの荒い息が混じるのをシルフィスは聞いた。 「シ、オ……ンっ……」 体が引き裂かれる。二つに裂けて、血を流してしまう。それは甘い味がするはずで。その中に、シオンがいる。シルフィスの一番好きな笑みを浮かべて。 「あ、あっ……っ…」 名を、囁かれたような気がする。右の耳に、吹き込むように自分の名前を注ぎ込まれ、それが固い針金のように体を突き抜け、そして爆発でもせんとの勢いでシルフィスの体を揺さぶった。 「………ぁ…」 咽喉を声は通り抜けたはずなのに、それはかすれた音にしかならない。シオンの背に爪を立てることで、襲い来る痙攣に耐えた。 「シル、フィス……」 シオンの声も歪んでいる。歪んで濡れて形を崩して、それでもその中に自分の名を愛おしげに呼ぶ音だけはあることをシルフィスは知って、そして微笑もうとした。 「………っ…」 シルフィスの体が何度か痙攣して、それをシオンが押さえつけた。今までシルフィスの、白い胸と密着させていた体をわずかに起こし、腰を押さえつけて結合を深める。体の中央までを貫き通され、シルフィスは声もなくシオンの体を求め、そしてそれを与えられて子供のようにしがみつく。 「ああ、シオン……」 はっきりした声でそう言って、シルフィスは唇を震わせた。シオンが、わずかに眉をしかめているのが目に入ったが、それがなぜなのか、シルフィスに考えている余裕はなかった。 ただ、落ちていくだけ。そこには、シオンの腕がある。 この体は彼の人のために、彼の人のためだけに。空気を吸い込んで、朝日を浴びて、そして毎日女になっていく。守るために、守られるために。 それは、言葉にならない誓い。熱い思いが突き抜けて、シルフィスは悦楽の吐息 をこぼした。 END |