Rainy Day


 それは突然の雨だった。

 からりと晴れあがった上天気だったが故に、その雨は一瞬にして外にいた人々をずぶ濡れにした。久々に二人っきりのデートを楽しんでいた彼らも同様にすっかり濡れ鼠である。雨宿りをしようにももう、すでに手遅れな自分達の姿をお互いに見つめた恋人達は苦笑するしかなかった。

「どうぞ、シルフィス。今、タオルを持ってきますから〜」
「あ、はい、すみません、アイシュ様」
 濡れ鼠のままでいるわけにもいかないからと、騎士団宿舎よりも近い自分の家に青年は少女を伴って帰ってきた。すぐにパタパタと少女の為にタオルや着替えなどを用意する。
「シャワーはこちらですよ〜。使い方は分かりますよね〜?」
「え、ええ。あの、アイシュ様は・・・?」
「僕はここで着替えます〜。シルフィスも早く、シャワーを浴びてきてください〜。風邪をひきますよぉ」
「で、でも、アイシュ様も早くシャワーを浴びないと・・・」
「いいんですよ〜。シルフィスが使ってください〜」
 にこにこ、ほんわかとした笑顔で言われると何故か、逆らえなくなる。毒気を抜かれると言う方が正しいかもしれない。陰謀渦巻く王宮でこの青年が無事にいるのも、これによるところが大きいのだろう。
「・・・分かりました」
 しぶしぶ頷くと青年はほんわりと微笑み、扉を閉めた。・・・結局、自分もあの笑顔に弱いのだ。
「こういうのを、惚れた弱みって言うんだろうな」
 ため息をついた少女は服に手をかけるとゆっくりと脱ぎだした。

 シャワーを浴び、人心地のついた少女は濡れた髪を拭きながら青年を探して居間まで出てきた。
 青年が貸してくれた服はどうやら、青年自身の物のようである。シャツにズボンという簡単なものだがシャツの袖は何回も折り曲げなくてはならないし、ズボンはどうしてもずり落ちてしまうため、はくのを諦めた。シャツの第一ボタンまできっちりと留めたにも関わらず、首周りは緩くてスカスカとしている。
 改めて青年が男性であること、そしてその青年の為に自分が女性へと変化したことを思い知り、少女は頬を染めた。
「アイシュ様」
 居間にいる青年を見つけて声をかけると、少女に渡した着替えと同じシャツとズボンというラフな格好で窓から外を見ていた青年が振り返る。
「シルフィス」
 微笑む青年の側に寄り、少女も外を眺めた。雨はいまだに止まず、窓にはいくつもの水滴がついている。
「ズボン、どうしたんですか?」
 少女が手にしている布を見て、青年が訊ねてきた。
 青年も濡れた髪を拭くためか無造作に束ねている金茶の髪が解かれ、眼鏡も外されている。眼鏡を外すと青年はほとんど見えないはずだが、少女が持っている布に気づいたということはコンタクトの類でも入れているのだろう。
 間近でダイレクトに青年の綺麗なコバルトグリーンの瞳を見た少女の頬がボッと赤く染まった。
「あ、あの、はいても落ちてしまうので・・・」
「ああ、そうですか。シルフィスが細いことを忘れていました」
 見つめられ、ますます赤くなった少女は視線を外して俯く。剥き出しになった足が気になってなんとなく落ちつかない。
「まだ、髪が濡れていますねぇ」
 少女の髪が濡れていることに気づいた青年は手を伸ばし、少女の手にあったタオルを取ると丁寧に純金の髪の滴を拭きだした。
「あ、あのっ、アイシュ様、自分でできますから・・・」
「いいんですよ。僕が貴女に触れたいだけですから」
 あっさりと言われた言葉にまた、少女は赤くなる。丁寧に拭かれるままになっていた少女の視線が青年の髪に留まった。水分を含んでしっとりと重くなった金茶の髪から滴が落ちている。ため息をついた少女は青年の肩に掛けられているタオルに手を伸ばした。
「アイシュ様も髪が濡れているじゃないですか」
 咎めるように呟きながら少女は柔らかな金茶の髪の滴を拭いていく。
 ふと、お互いの視線が合った。
 髪を拭いていた青年の手が柔らかい頬に移り、少女の手が首に絡まる。
 意識することなく自然に、唇が触れ合った。
「・・・ん・・・」
 優しい、甘やかなキス。もっと、もっと触れて欲しくなるような、蕩けそうに優しいキス。
「あ・・・ふ・・・んっ」
 ピクッと首に絡まっている手が震えた。キスをすることは初めてではないが、今までのキスはただ触れ合うだけの優しいもの。それが、腰を引き寄せられ、キスが深くなった。
 だが、決して強引ではなく、あくまで優しく、次の段階を促すように。少女が脅えないように。ゆっくりと少しずつ、それは進んでいく。
「ふ・・・アイシュ、様・・・」
 しがみつく腕の力がなくなり、青年に背中と腰を支えられた少女が零す吐息は限りなく甘い。
「シル、フィス・・・」
 少女の名を呟く青年の声もまた、甘く。耳元で呟かれた少女はうっとりとした、陶酔の表情を浮かべた。
 一見、細く見える青年だが少女を抱き支える腕の力は強く、安心して身を任せられる。少女を包む腕、抱きとめる胸、優しく降り注ぐ唇。どれもが心地よくてもっと自分に触れて欲しくて。
「あっ」
 ふいに感じた、首筋の温もり。チリッとした刺激に、少女の足から完全に立つ力が失われた。
 崩れ落ちそうになる華奢な体を支え、そっと絨毯の上に横たえられる。顔の両脇に手をつき、青年がエーベ神にたとえられる少女の美貌を覗き込んだ。
 綺麗に澄んだコバルトグリーンの瞳とエメラルドの瞳が交わる。
 少女の手が伸び、青年の頬に触れた。
 改めて思う。この人が好きだと。優しくて、暖かで、自分を包み癒してくれるこの人が。自分の信念の為にはどんな辛いことでもやりぬいてしまおうとする意志の強いこの人が。・・・とても、好きだ。
 ふわり、と少女は微笑む。
「ねぇ、もっと、キスをしてください」
「シルフィス?」
「もっとキスをして、もっと抱き締めてもらって、アイシュ様を感じたい」
 微笑んだ青年の唇が慈雨のように降り注ぐ。額に、髪に、頬に、鼻に、耳に、瞼に、余すことなく触れるように優しいキスが少女へと送られた。
「・・・好き・・・」
 甘い呟きが少女の唇から零れる。青年を見つめ、少女は幸せそうに微笑んだ。
「好き、です・・・アイシュ様」
「・・・貴女を愛しています、シルフィス」
 微笑んだ青年の顔が近づき、唇が重なる。重なるだけのキスから、だんだんと深くなって。
「んふっ・・・あ、はぁ・・・」
 悩ましいため息をつく少女の胸に、暖かな感触が触れた。
「ア、アイシュ、様・・・?」
「駄目、ですか?」
 驚いて見上げた青年は少し、気弱そうに微笑んで。
「貴女に触れたい・・・貴女を感じたい・・・だけど、貴女が嫌なら・・・」
「嫌じゃありません」
「シルフィス?」
 熱っぽく潤んだエメラルドの瞳が真っ直ぐに青年を見つめ、手を伸ばして青年を引き寄せると自分から口付ける。
「私も・・・アイシュ様を感じたい・・・」
 ふわり、と少女は微笑み、囁いた。
「愛しています」
 綺麗なコバルトグリーンの瞳が優しく微笑み、少女の額に口付ける。そして軽く唇に触れると喉元に移動し、そこに紅い印をつけた。
「・・・んっ」
 ピクッと頭が仰け反る。だが、抵抗することなく青年の行為を受け入れる。
「あ・・・ん、はぁ・・・」
 胸元が開かれ、柔らかく膨らんだ白い双丘を暖かい手が包み込む。やわやわと揉まれ、悩ましいため息を少女は零した。緩やかに這い上がってくる刺激に胸の蕾が立ちあがる。
「やっ・・・あんっ」
 ピンッと蕾を弾かれ、少女は思いっきり背を仰け反らせた。乱されたシャツをぎゅっと握り締める。
「綺麗な体ですね、シルフィスは」
「そ・・・んな、だって、傷だらけ・・・あふっ」
 反論しかけた少女は脇腹を撫でられ、蕾に口付けられ、背筋を走る快感に身悶えた。
「あっ、あっ・・・は、あぁ・・・んふっ」
 感じる場所を見つけては過ぎるほど愛撫を繰り返され、少女はただ、意識を流されないよう、青年の頭を抱えるしかなかった。
「ア、アイシュ・・・さ、ま・・・」
「シルフィス・・・少し、足を開いてください」
「・・・?・・・」
 青年に言われた言葉が思考に繋がらず、キョトンとした視線を少女は相手に向ける。
 その幼子のような視線に苦笑し、青年の手が少女の足首を掴み、広げた。
「あっ」
 瞳を見開き、抵抗しようとした少女だったがすぐに重なってきた優しい唇に体の力を抜く。

 ピチャ・・・クチュッ・・・

「ん、あ・・・あぁ、あふっ、はぁ・・・ん・・・」
 妖しい水音と共に、少女の艶やかな喘ぎが響く。
 少女の花びらを青年は丁寧に愛撫し、更に水音を引き出していた。
「や、あ、あぁん・・・あ、はうっ・・・ふ、んんっ・・・あんっ、あ・・・」
 体中を駆け巡る快感に翻弄され、何も考えられない少女は自分を包み込んでくれる暖かい体に必死にしがみつく。
 もう、これ以上は耐えられないと思ったとき。
 すっとその温もりが離れた。
「アイ・・・シュ、様・・・?」
 ぼんやりとした瞳に青年は口付け、少女の力の抜けた手を自分の背中に回させた。
「すみません。痛むと思いますけど・・・我慢してください」
 少女が青年の言葉を理解したのは体に激痛が走った時だった。
「あ・・・あ・・・く、ぅ・・・」
 体中を包んでいた甘やかな快感は跡形もなく消え去り、裂かれる痛みが支配する。額には脂汗が浮かび、きつく閉じられた瞳からポロポロと意識しない涙が零れた。
「シルフィス・・・すみません」
 耳に入った謝罪に、少女は首を横に振った。
 望んだのは自分もだから。もっと、もっと近くに青年を感じたかったから。だから、気にしないで欲しい。
 その思いを込めて、少女は青年に口付けた。
 青年を引き寄せたとき、繋がった場所から刺激が走ったがそれでも少女は青年に口付けを送った。
「シルフィス・・・」
「・・・愛して、います」
 涙を頬に伝わらせ、少女は言葉を紡ぐ。
 今、一番伝えたい言葉を。
「愛しています、シルフィス」
 首筋に、胸元に口付けを降らせ、両手は柔らかく肢体を撫でさする。
 そうして、少女が落ち着いた頃、青年は動き出した。
「あ・・・あ、んっ、あはっ、はぁっ・・・あぁん・・・」
 辛そうに歪めていた眉が解け、漂う快感を拾い集められるようになると少女の唇からは止めどもなく喘ぎ声が零れ落ちる。身の内を焼くような快感に抗う術はなく、少女は必死になって青年にしがみついた。
「あ、あ、も・・・う・・・ア、イシュ・・・さ、まぁ・・・」
「アイシュ、ですよ。シルフィス、アイシュと呼んでください」
 そっと唇に触れ、青年は促す。
「さぁ、シルフィス・・・?」
「アイシュ・・・?」
「もう一度?」
「アイシュ・・・」
「シルフィス、愛しています」
「私も・・・愛しています、アイシュ・・・」
 うっとりと、幸せそうに微笑んだ少女を抱き締め、青年は最後の階段を駆け上った。

 サラリ、サラリと優しい感触が少女を覚醒に導く。
「ん・・・」
「シルフィス、起きましたか?」
 ぼんやりと目を開けたとたん、優しい声が振りかかる。パチパチと目を瞬かせた少女は至近距離に青年のコバルトグリーンの瞳を見つけ、次の瞬間真っ赤に顔を染めた。
「もう少し、休んだほうがいいでしょうね」
「あ、はい・・・」
 少女を覚醒に導いた優しい感触は青年が少女の純金の髪を梳いていたものであった。心地良いその感触に少女はうっとりと瞳を伏せる。
「シルフィス」
「はい」
 瞳を開き、青年を見上げると何時になく緊張した面持ちで少女を見つめていた。
「渡したいものがあるんです。・・・受けとってもらえますか?」
 首を傾げ、上半身を起こした少女の左手を取り、青年はその薬指に細い銀の指輪を嵌める。
「アイシュ様」
「今日、貴女に渡すつもりでした。・・・ずっと、僕と一緒にいてくれませんか?」
 そっと、少女は嵌められた指輪に触れる。硬質な感触が指に触れ、夢ではないことを少女に教える。
 ぎゅっと手を胸の内に握りこみ、少女は大きく頷いた。
「はい・・・はい、アイシュ様」
「良かった〜」
 ほっとしたようにため息をつく姿がなんとはなしに、微笑ましい。
 くすり、と微笑んだ少女は腕を伸ばし、青年に抱き着く。
「うわっ、シルフィス!?」
 咄嗟に抱きとめた青年の胸に顔を埋め、少女は幸せそうな声で囁いた。
「アイシュ様、大好きです」
 ふわり、と微笑んだ青年も抱く腕に力を込め、少女に囁く。
「違いますよ、シルフィス。アイシュ、です」
 顔をあげた少女は頷くと飛びっきりの笑顔を浮かべ、大切な言葉を青年に送った。
「愛しています、アイシュ」
 少女の唇に口付けを落とし、青年もまた、真実の言葉を少女に送る。
「愛しています、シルフィス」

 繰り返し囁く、幸せな言葉。
 窓の外、降り続いていた雨は何時の間にかあがっていた。


END