Thunder Magic


日中と夜との気温差が激しくなってきたある日。
シオンは執務室でいつものように庭木を鑑賞、もとい手入れをしていた。
「うーん、こいつの枝振りはなんかなぁ。この夏思いっきり好き放題に伸ばさせちまったし・・・」
このごろシオンは、去年の冬もらってきた小さなこの木にかかりっきりなのである。
もらってきたばかりのころとは段違いにこの夏には新芽を伸ばしてくれている。
その分、枝も伸び放題でどう形をまとめるかずっと思案しているのだ。
「うーーん・・・」
ふと、シオンの耳に雨音が聞こえてくる。
”またか”
最近夕方になると夕立が毎日のように起こっているからだ。
ま、雨は植物にとって恵みであり、あまり外を出歩いていないシオンにとってはどうと言うこともない。
ふと窓から空を見上げると、外は明るいのに黒い雨雲がすごいスピードで動いていた。

コンコンコン

ぼけぇーーっとしていた耳に入ったのは軽いノック。
「はい、だれだよ」
どうせアイシュからの書類だろう、と思いけだるげに返事をしたシオンの耳に入ってきたのは、 恋人の声。
「入れよ、シルフィス」
「はい」
そう言って入ってきたシルフィスはびしょぬれ。蜜色の髪はぺったりと肩や顔に張り付き、服もぐしょぐしょに濡れている。
「どうしたんだ、シルフィス」
あわててシオンはシルフィスに近寄った。
「ここに来る途中、今さっきの夕立に当たっちゃったんです。最初は小雨だったから大丈夫だと思ってたんですが、いきなりどしゃ降りになっちゃって」
「あーあー、まぁみごとに濡れちまったなぁ。ちょっと持ってな」
シオンは隣の自室に駆け込む。確かここにタオルがあったはず。
真っ白いバスタオルと、自分のシャツ、ズボンを持って執務室の方に行くと、シルフィスにそれを手渡した。
「ほら、これで隣に行って着替えてこい。まだ暑いからって体がひえちまったら風邪引くぞ」
「は、はい、ありがとうございます、シオンさま」
素直に受け取り、隣の部屋に入っていくシルフィスの背中を見送った後、力が抜けたようにいすに座り込んだ。
「はぁ〜〜〜っ」
入ってきたシルフィスの姿を見て、一瞬どうしようかと思った。
張り付いた髪は顔に陰影を付け幼い顔を色っぽくさせ、雨に濡れた服は肢体に張り付き、体のラインをあらわにしていた。それをここに来るまでそこら辺の兵士どもが見ていたかと思うと、嫉妬の嵐に自分を投げ出しそうになる。
美人の恋人を持った運命とはいえ、時々恨みたくなるのは自分だけだろうか?


少し経った後、シオンは隣室に続くドアをノックした。
返事があったので入っていくと、シルフィスはちょうど服も着替え終わり、濡れた服をそこらにあったハンガーに掛けているところだった。
「よし、着替えおわってたな」
「はい、すみません、お手間を取らせて」
そう言ってすまなそうに縮こまったシルフィスは、いっそう体が細く見えて内心どきりとする。
「ちょっと大きかったですね、これ」
シルフィスの言うとおり、元がシオンの服だから白いシャツは膝上まであり、袖も指先が出るくらいしか出ていない。黒いズボンも、裾は折り曲げてあるし、ウエストが合わなかったみたいで片手はまだ腰を押さえている状態だ。
かわいい、かわいすぎる。
すぐに押し倒したくなる衝動を抑えながら、シオンはシルフィスに近づいた。
シルフィスをベットのはしに座らせ、置いてあったバスタオルで、シルフィスの髪の水分を取り始める。
「まぁた、こんな夕立の時に来なくってもよかったのになぁ、おまえさんは。どうしたんだ?いきなり」
「今日は非番だったんです。・・・だから、お暇だったら夕食にお誘いしようと思って」
「なぁんだ、じゃ、今度からはもうちょっと早く来てくれな。そしたら仕事すませとくからさ」
「え、じゃまだお仕事残ってたんじゃっ・・・・すみません、お邪魔してしまって」
「いんや、今日はもうないぜ。っていうか、アイシュから届くはずの書類がまだ来ないから、もし来たとしてもそれは明日に回そうかと思ってたとこさ」
だから、服が乾いたらいこうぜ。そう続けたシオンに、シルフィスはこくりとうなずく。
シルフィスの髪を、ゆっくりとタオルで水気を取ってやる。ほつれないように、痛くないように。
だいたい水分も取れたところだろうか。シオンはタオルを脇にあったいすにかけた。
「はい、終わったぜ、シルフィス」
「ありがとうございました、シオ・・・きゃっ」
シルフィスの声と同時に、雷が鳴り響く。
気が付いていなかったが、外はまだ雨が降り続いていた。
雷が時折大きく響いている。髪を拭いているときから、時折シルフィスの方がふるえていたが・・・・
「もしかして、雷嫌いか?シルフィス」
こちらを向き直らせたシルフィスは、ずっと我慢していたのか、少し目が潤んでいた。
「は、はい、実は・・・・昔うちのそばの木に落ちてから・・・きゃぁっ」
言っているそばからまた雷の音が鳴る。シルフィスはシオンの胸に顔を埋めた。
だんだんと近づいてきているようだ。光ってからほとんど間もなく音が聞こえてくる。
光も見たくない、音も聞きたくない。そんなそぶりのシルフィスに苦笑する。
”雷なんかより、ずっとお前の方が怖いんだけどなぁ、オレは”
欲望を抑えようとしているのに、知らん顔して煽ってくるのだ、まだあどけない顔の恋人は。
実はわかってやってるだろ!?と言いたくなってくる。何度これで押し倒したことか。
「シオンさまぁっ」
手で自分の耳を押さえながら、シルフィスは泣きそうな顔で見上げてきた。
シオンの頭に、ある考えが思いつく。
そのままシルフィスの手の上から自分の手を重ね、音が聞こえないようにしてから語りかけはじめる。
「シルフィス、雷は嫌いか?」
唇の動きで何となく雷のことを言ってるのはわかったのだろう、こくん、とうなずく。
「音が嫌いなのか?」
??
わからないと言った風情で、シルフィスは首を傾げる。
「じゃぁ、雷の光が嫌いなのか?」
手をおそるおそる離そうとしたところに、また雷が鳴り響く。
「きゃぁっ」
「どうだ?」
もう、シルフィスには何を言っているのかわからないが、ひたすらシオンの胸にしがみついて頭をこすりつけてくる。
「じゃ、押し倒しちまってもいいいよなぁ?シルフィス」
耳を押さえてひたすらシオンの胸に頭を埋めたシルフィスには聞こえていなかっただろう。
が、シオンは許可を取ったと見なし、さっそく押し倒す。
今まであれだけじらされたのだ。これが押し倒さずにいられるだろうか。
本人の許可は一応取ったことだしーーと考えながら、シオンは自分の胸に顔を埋めていたシルフィスの顔をあげさせた。その頃には、さすがに驚いて手がはずれている。
「なんですかっ、シオンさまっ」
「だぁって、いまさっき押し倒しちまってもいいか?って聞いたらうなずいたんだもんなぁ。じゃ、即いただいちまうのが筋ってもんだろ?」
「そんな、私聞いてませんよっ」
「聞かないね」
シオンはシルフィスの唇を自分の唇でふさいだ。
「んっ・・・ふっ・・・・」
あがこうとするシルフィスの唇をこじ開け、舌を絡ませる。いつもより激しい口づけ。
息を継ぐ間も与えず、シオンはひたすらシルフィスの甘い唇を味わう。
ようやくのことで離した唇は淡い桜色から濃い桃色に変化していた。
「ここまで煽ったのはお前さんだからな」
そう言うと、またシオンは唇を奪う。今度は唇に触れるだけの、柔らかいキス。
ついさっきの激しい口づけでぼーっとしているシルフィスのシャツのボタンをさっさとはずしていく。
気が付いたときには上半身はなにも付けていない状態になっていた。唇から頬をたどり、耳朶を囓る。
くすぐったそうにシルフィスが体をよじる。耳朶からうなじを通り、唇は鎖骨、胸へとさまよっていく。
「あっ・・・・っ・・・」
胸の赤い蕾を舌でなぶられ、シルフィスはもだえた。歯で甘噛みしたり、舌でつついたり。
そうしている間にもシオンの手は休むことなく、ゆるゆるのズボンはいつの間にやらあっさりシルフィスの足から抜き取られていた。
だんだんとシオンの手がシルフィスの体をあばきはじめる。もうシルフィスの耳には雷のことなど入っては来ない。
入ってくるのはシオンの声と、自分の体が発し出している音だけ。
シオンの指が、シルフィスの茂みに潜り込む。
「ふ・・・・い・・やぁ・・・っ・・・はっ・・・」
「オレ以外のことは忘れちまいな。・・・・オレだけ感じていればいい。オレだけ感じてくれれば・・・」
指を動かすごとに、シルフィスの顔から最後の羞恥心が消されていくのが見てとれる。
自分も、自分の体の下にいるシルフィスのことしか考えられなくなっていく。
ぴちゃ・・・くちゅ・・・・
指を動かすごとにだんだんと水音が大きくなってくる。
「聞こえるか、シルフィス」
「いや・・ぁ・・・そんな・・ことっ・・・・」
言葉でもなぶると、いっそう指への締め付けが強くなる。
もうそろそろ、自分も限界。
シオンは、シルフィスに自分の唇を重ねる。それだけでわかったシルフィスは、シオンの首に自分の腕を絡める。
「いいな・・・」
シオンはゆっくり、シルフィスの体に自分のものを埋め込む。抱き慣れた体は難なく自分のものを受け入れ、包み込む。
「ふぁっ・・・・っ・・・」
ふと息を付いたシルフィスは、安心したような、ほっとした表情になる。
それは、、シオンが2番目に好きな表情。安心しきった、それでいて快楽におぼれきっている、滅多に見られない表情。
その表情をもっと見ていたくて、シオンは動き始める。
「シルフィス・・・」
「シオ・・・んっ・・・はぁ・・・んふっ・・・」
意識がぼんやりしてくる。視線を落とせば、最愛の恋人。彼女だけでいい、彼女だけしかいらない。
大きな波が二人を襲う。
「んああああああっっっっ」
二人同時に頂上を迎え、疲れ切ったようにベットに体を埋めた。


「・・・まだ雨が降ってますね」
脱力していたシオンの耳にシルフィスの声が響く。
「ああ、でも、ほれ、あっちの方は明るくなってきてるぜ」
シオンは体を起こし、シルフィスの体を抱き起こすと自分の体にもたれかけさせ、シーツを巻き付けた。
ぼぉっとしたままのシルフィスの肩にあごをもたれかけて、外を眺める。
涼しそうに響かせていた雨音も、やがて霧雨に変わってきた。が、雷はまだ鳴り続いている。
遠くに見える緑の山々に、雷が落ちているのが見える。見るものに恐れと畏敬、そして、それでも見たいと思わせる美しさ。緑の山に、雷の一瞬の金色が映える。
飽きもせず、シルフィスを懐に抱いて眺め続けていたシオンに、ある光景が目に入った。
「おい、おい、シルフィス」
そんなに激しくしたっけなぇ?とシルフィスに聞かれたら殴られそうなことを思いながら、シルフィスの頬をぺちぺちと叩いた。
「・・・あ、シオン・・・」
「ほれ、ぼーっとするのはまた後でいくらでもさせてやるから、今は見てみろって。珍しいもんだぜ」
まだぼけーっとする頭で、それでもそちらを見た先には、大きな虹。それも完全に円を書いている。
「うわぁ」
体がだるいのも忘れてその光景を見つめる。でも・・・
「シオン?」
これだけではすごく珍しいとはいえない。シオンを見上げたシルフィスの視線を受け、シオンは微笑む。
「ほれ、見てな。すぐ珍しいもんが見れるぜ」
促されて、また虹に視線を移した瞬間。眩しい金色の槍が降る。
それは、美しいとしかいえない風景。緑の山々をバックに完全に円を書いた虹、その隣に、雷が落ちているのだ。
シルフィスはあまりの美しさに、ひたすら目を見張り、雷の音も気にせずに見続けていた。
「まだ雷が怖いか?」
シルフィスの耳にそっと唇を寄せてささやく。
「え?・・・・いいえ、いいえ、怖くありません」
どうしてだろう、と顔に書いてあるシルフィスの顔を自分の方に向かせて微笑んだ。
「そりゃ、オレのせいさ。あれを見て、怖いと思うか?」
「いいえ、綺麗だとは思いますが、怖いとはもう思いません」
「そりゃ結構。ありゃ、オレの魔法さ」
「え!?ほんとに?すごいですね」
シルフィスの感心しきった瞳を見つめ、外を見ている間に冷え切ってしまった体を自分の下にまた抱き敷いた。
「シオンッ、またっっ・・・・」
「後は、オレがそばにいたから。違うか?」
雷なんか落ちてきたら、オレがそばにいて守っててやるって。
そうささやいたシオンの瞳を見つめ、シルフィスは頬を染めながらこくんとうなずいた。
シルフィスを守るのはオレだけ、オレ以外には誰にもさわらせない。
「シルフィス、好きだぜ」
「私も、です。シオン」


「・・・・・だからってなんでまたなんですかぁっ」
「ま、いいじゃないか、好きなら抱きたくなるってのは当たり前だろ?」
「シオン〜〜〜っっ」



実はあの雷と虹は偶然の産物で同時に見えていた、というのは、ないしょ、ないしょ。



END