あなたのぬくもり
満月の光が部屋の中を照らし出す。月の光で染められた部屋は静寂に満ち、うかつにその静けさを乱してはいけないような気にさせられた。 そんな部屋の中、寝所に横たわった少女の上に、青年の体が覆い被さる。 「あかね」 吐息のような声が少女の名前を呼び、応えるように少女が微笑んだ。自分の上に重なる重みを確かめるように、両腕を青年の背に回す。 見知らぬ貴族の青年に襲われかけ、危ういところで救われた少女だったが徐々にその時の恐怖が甦ってきたのだろう。ぬくもりを求め、青年に縋る腕の力が強くなっていく。 「・・・私、やっぱり源氏物語が・・・光源氏が嫌いだわ」 ボソリ、と呟いた少女の言葉に、柔らかな体を抱き締めていた青年が聞き返した。 「げんじものがたり?ひかるげんじ?」 おうむ返しに呟く青年に、少女は困ったような微笑みを浮かべる。少女のことなら青年は何でも知りたがるのだ。今も、その金と深緑の瞳が説明を求めて少女を見ている。 「・・・私の世界にある物語よ。1人の男性の恋の遍歴を描いているのだけど、相手の女性はすでに夫を持つ人だとか、政敵の娘だとか、やっかいな女性を相手にして・・・しかも、自分は帝の子供だと知っているから『私は何をしても許される身』なんてコトを言うの」 不機嫌そうに眉間に皺を寄せるが、そんな少女の顔は何故か可愛らしかった。 「あれが名作だって言われる理由は分かるつもり。当時の恋愛事情をあれだけきらびやかに描いているのだもの。でも、分かるのと好きとは全然別。襲われる者の身にもなって欲しいものだわ」 青年にしがみつき、その胸に顔を埋めながら少女は呟く。 「あの世界のような、きらびやかな世界はいらない。私はただ1人の人がいればいいの。私の・・・背の君がいれば」 「あかね」 断言する少女がこの上もなく愛しくて、それ以上に欲しくて、青年は少女の唇を求めた。 吐息が、重なる。 「・・・ん、ふ・・・」 唇に重なる優しいぬくもりを受け止め、少女の甘いため息が零れた。 「あ・・・ふ・・・んんっ」 びくんっ、と少女の体が震える。青年の手が少女の顔を固定し、更に深く口付けたからである。 「ふ・・・あ、ん、ん・・・」 口内に侵入した舌が無意識に逃げをうつ少女の舌を追いかけ、絡め、吸い上げる。甘く噛まれる刺激に、少女の体から力が抜け落ちた。 「あ・・・」 執拗で濃厚な口付けは少女の思考回路を封鎖し、瞳の焦点も合わなくなる。青年の背に回されていた腕も、必死に縋っていた力が失われ、コト・・・と床に投げ出された。 「は、あ・・・」 酸欠を起こしそうになるほど、長く深い口付け。青年の想いの激しさがダイレクトに伝わってくる。呆然としている少女の襟元に手を差し入れた青年はそれを寛げ、隠されていた肌を露わにした。胸元に感じる肌寒さに少女は我に返る。 「ま、待って、ね、ちょっと待って、泰明さ・・・あんっ」 「待てない」 胸が痛く感じるほど心臓の鼓動が鳴り響き、少し落ちつきたくて青年に懇願するが、青年はあっさりと拒否すると少女の首筋に顔を埋めた。微かに漂う甘い香りを嗅ぎ、唇を細い首筋に押し当てる。 「やんっ」 背筋を走った淡い感覚に少女はみじろいだ。その少女の無意識の動きに、青年の唇は一度離れるが、再び柔らかさと暖かさを求めて彼女の柔肌に埋められる。 「あ・・・ん、ふあっ」 慣れない少女はどんな些細な動きでもそれを刺激として受け止めてしまう。苦しいような、心地良いような、そんな刺激が少女を襲い、背を反らせて少女は耐えようとしていた。 「やぁ・・・あ、あ、あ・・・」 少女が背を反らせたその時に、青年の手が少女に纏わりついていた布を剥ぎ取ってしまう。 「え?あ・・・や・・・」 気がつけば月明かりの元、青年の目の前に全裸を晒していることに気づいた少女は咄嗟に胸を両腕で隠してしまった。 「何故、隠す・・・?綺麗なのに」 真顔で言う青年の言葉に、少女は真っ赤になる。 「だ、だって・・・恥ずかしい・・・」 「何故だ?私はあかねの全てを知りたい・・・全てに触れて、あかねを感じたい。あかねはそれを許してくれないのか?」 「いえ・・・あの、泰明さんなら・・・かまいません・・・け、ど・・・その」 いつでも青年は直球に言葉を紡ぐ。その言葉に恥ずかしさと共にうろたえ、うろうろと視線をさ迷わせていた少女は好奇心に勝てずに恐る恐る疑問を口にした。 「あの・・・何だか、ずいぶん、慣れていませんか・・・?その、キス・・・口付けの仕方だとか、着物の脱がせ方だとか・・・」 疑問を口にした途端、ぼぼっと少女の顔が真っ赤に染まる。何もかも初めての少女だが、それでも感じるのだ。少女を愛でる青年の仕草が何やら慣れている、と。 「・・・こういうことをしたいと思ったのも、実際にするのもあかねが初めてだが・・・」 首を傾げ、生真面目に考え込む青年だが、その間も休む間もなく少女に口付けを落としていた。 額に、頬に、耳朶に、目元に、顎に、鼻先に、首筋に。 口付けの度にぴくっと奮える肢体が愛しくて、離れる事が出来ない。 「もしかして、お師匠が・・・」 「お師匠、様?晴明様?」 「ああ。私を作った時に、知識の一つとして与えられていたかもしれない」 「・・・・・」 こーゆーコトまで知識として入れるか、普通? 小さく、内心でツッコみを入れたが、少女はもう、そんなことはどうでもよくなっていた。 与えられる口付けの刺激が心地よくなり、思考がぼんやりとしてくる。 青年の手が少女の頬を包むと、小さな顔の上に影が落ちた。 求められる口付けに少女の体から再び力が抜け落ちる。 「やす・・・あき、さん・・・」 潤んだ栗色の瞳が青年を見詰め、そっと閉じられた。すべてを青年に委ねる従順な肢体を前に、身に着けていた着物を脱ぎ捨た青年はそっと、その愛しい肢体を愛でていく。 細い首筋から華奢な肩、鎖骨へと唇を滑らせ、紅い華を咲かせる。呪符を操る繊細な指が少女のまろやかな丘へと伸び、そっと触れた。 「柔らかい・・・それに、とても暖かい」 「く・・・んっ、あんっ」 形を確かめるように動かされる指に従い、意外と豊かな丘はその形を変える。その白い丘の上に咲く蕾を青年は口に含んだ。 「あ、はぁっ、やぁん」 電流のような快感の刺激に、少女の唇から悲鳴が零れる。少女の手が青年の頭を抱え込み、艶やかな髪を掻き乱した。右脇で纏めていた髪が解け、少女の白い肌の上に散る。白い肌の上に散った萌葱色はあちこちに咲く紅い華と共に、少女の無垢な肢体に艶やかさという華を添えた。 「やぁ・・・や、だぁ・・・あふぅん」 口に含んだ蕾を吸い、舌で転がすように舐める。甘くなる吐息と悲鳴が耳に心地よい。 「あ、ふ・・・ん、や・・・は・・・あぁっ」 「甘い・・・な。あかね、お前はとても甘い・・・」 「やす・・・あ、き・・・さんっ!」 一際大きな刺激に、少女の背が思いっきり反らされる。力の抜けた下肢の間に青年の体が入り込み、長い指が秘密の花園へと向かった。 「あああぁぁぁっ!!」 快楽の種を摘まれた途端、止めようもない少女の嬌声が寝所に響く。栗色の髪を振り乱し、強すぎる快楽から逃れようとしながら、しかし少女の腕は他ならぬ毒のような快楽を与えている青年の肩にしがみついた。 「いや、いやぁ・・・助けて・・・おね、がい・・・」 「誰に、助けを求める?あかね、誰にだ・・・?」 金と深緑の瞳が妖しく煌き、喘ぐ少女の唇を奪う。呼吸もままならない少女が酸欠寸前になるまで青年はその柔らかな唇を味わった。 「あ・・・あ、お、願い・・・たす・・・け、て・・・泰明・・・さ、ん」 唇を開放された少女は息も絶え絶えに、青年に懇願する。 「も・・・う、駄目・・・わ、たし・・・」 「あかね・・・」 潤んだ栗色の瞳、艶やかに上気した肌、誘うように濡れた唇。 何もかも青年を誘っていながら、しかし、少女はどこまでも無垢だった。 少女から女性への階段を上りつつも、一途に青年を想う純粋さが少女を眩しい程に輝かせる。 「駄目だ・・・まだ、もう少し・・・」 「はうっ、ああっ」 自分の中に入り込んできた何かに、目を閉じて少女は耐えた。だが、それは少女の中で微妙な刺激を与えながら動き出す。 「あん、あん、あ、やぁっ・・・はぁん」 艶やかに零れる少女の嬌声の合間、もう一つの音が響きだした。少女の下肢から零れる、蜜の音。 「いや・・・やめ・・・あうっ」 自分から零れる欲望の音に、少女は羞恥にまみれて青年を制止しようとする。だが、青年は止めるどころか更に激しく動かし、少女に毒のような快楽を与えた。 「ああ・・・駄目、駄目・・・もう・・・私、気が狂いそう・・・」 「狂えばいい」 喘ぐ少女の言葉に、青年は唆すように囁く。 「私をこんなに狂わせたのはお前。なら、お前も私に狂えばいい」 愛しさに溢れた声で、狂気に満ちた声で。相反するそれは少女への想いというただ一つの心からくるもの。 「狂え、私に・・・」 栗色と金と深緑の瞳が見詰め合う。 熱に浮かされ、愛しさに溶けそうになりながら。 栗色と萌葱色の髪が絡み合う。 一筋残らず共にありたいと叫ぶ心のように。 細くも力強い腕と柔らかく華奢な腕が抱き締め合う。 ただ、愛する人を感じたくて。 『愛している』 それが、合図。 「あ・・・あ、あ、あ」 下肢を裂くような痛みに、少女は細い悲鳴を上げた。 間断なく包んでいた快感は跡形もなく、少女を襲うのは味わったことのない激痛。その激痛に、少女の額から脂汗が浮かぶ。 「・・・すまない、あかね・・・」 儚く呟いた青年の言葉が少女の中に落ち、涙を零しながらも少女は微笑みを浮かべた。少女の腕が青年を引き寄せ、辛そうに歪む唇に口付ける。 「愛しています」 消え入りそうに小さな声が、青年へと届いた。 「だから、大丈夫」 微笑む少女に口付けを返し、青年は動き出す。 きつく目を閉じ、青年にしがみついた少女の指が青年の背に赤い跡を刻み込んだ。 「・・・あ・・・」 ぴくんっと少女の体が震える。青年の指が少女の快楽のツボに触れ、痛みとは別の感覚を感じたからだ。 「ん・・・ふ、あ・・・」 熱い吐息を零しだした少女を抱き締め、青年は少女を愛する。 「あ・・・あ、ん、んふっ、ふ・・・ふぁっ」 次第に激しくなる嬌声。繋がった下肢から二人の欲望の音が響く。 「あぁ・・・あんっ、あふっ、あ・・・やぁん」 「あかね・・・」 「ん・・・やす、あき・・・さん・・・」 名前を呼び、呼ばれ、求め合うように唇が重なる。唇を重ねたまま、青年は少女を抱き起こした。 「んんーーーっ!!」 唇を塞がれたまま、少女は悲鳴を上げる。自分の重みで更に青年を内へと招くようになった体勢に、思考がついていけない。 「ああっ、や、あんっ、あ、やぁっ!!」 ぞくっ、と背筋が震える。何も分からず、すがれるのは自分を包むぬくもりだけ。 「泰明さん・・・泰明さんっ」 何かが近づいてくるのが分かった。大きなうねりが自分の中で渦巻いていく。すがれるものを欲して少女は青年にしがみついた。 「あかね・・・」 青年の掠れた声が、青年も大きな波に襲われていることを教える。 息が苦しくなる。 胸が痛くなる。 声が出なくなる。 そして。 青年と少女は同時に、快楽の階段を上りきった。 疲れ切った少女が青年の腕に包まれ、幸せそうに微睡む。 あれほど激しく求めた合ったとは思えない程、無垢で幼い寝顔。 その少女の顔を青年は愛しげに見詰めていた。 少女の言葉が甦る。 『私の背の君』 いつ、壊れるか分からない自分をそこまで愛してくれた少女。 この世界に残ると言ってくれた時も愛しかった。だが、今はそれ以上に愛しい。少女を知れば知るほど・・・そして、抱き締めれば抱き締めるほどこの想いは増えていくのだろう。 「決して、離さない。・・・私の、妻よ・・・」 呟いた青年はやがて、眠りに引き込まれた。 腕の中に、愛しいぬくもりを抱いて。 END |