shampoo


 晴れ上がっていた空が急に曇ってきたかと思うと、ぽつぽつ・・・と雫が落ちてきた。そして、それはあっという間に土砂降りの雨へと変わる。
「あ〜あ、ずぶ濡れになっちゃった」
 突然の雨に追い立てられるように屋敷に駆け込んだ少女は、水を含んで重たくなった水干の服の袖をぎゅっと絞った。
「仕方がない。屋敷に帰る前に降ってきたのだからな」
 少女と同じように屋敷に駆け込んだものの、雨でずぶ濡れになった全身から雫をポタポタと落としている青年が冷静に指摘する。
「それはそうなんですけどぉ・・・」
 さすがに全身ずぶ濡れ状態で屋敷に上がるわけにはいかないので、少女は軒下で雫を払いながら軽く頬を膨らませた。そんな、子供のような態度に微笑ましさを感じながら、屋敷に仕える古参の女房が少女に布を差し出す。
「大変で御座いましたね、北の方様」
「あ、有難うございます」
 体を拭く為の布を持ってきた女房に少女は軽く頭を下げ、素直に礼を言うと女房の微笑みが更に深くなった。
 『龍神の神子』という立場であるにも関わらず、少女は気さくでどんな立場の人間にも優しい思いやりと気配りをみせ、そして感謝の態度を忘れない。そんな少女の評判が屋敷内で悪いはずはなく、たとえ型破りな北の方でも女房達は喜んで少女に仕えていた。
「ほら、泰明さん、ちゃんと雫を拭いてください。風邪を引いてしまいます」
 女房から受け取った布を少女は青年の頭に被せると、自分のことは後回しにしてポタポタと青年の体から落ちる雫を拭き取り始める。
「私はいいから、先にあかねが使え」
 自分の頭に被さっている布に手を伸ばそうとした青年だが、少女は先手を打ってその手を押さえてしまった。
「駄目です。そう言って、泰明さんは自分の体を労わらないんですから・・・私は心配でたまらなくなるんですよ?」
 押さえた青年の手を両手で包むように持った少女の顔がその言葉通りに心配そうに曇る。
「ほら、この手だってこんなに冷たい・・・」
「大丈夫だ」
「そんなことを言うから、心配なんです」
 軽くため息をつき、少女は側に控えていた女房を見るとすまなさそうに頼みごとを口にした。
「すみません、お湯の準備をお願いしていいですか?」
 入浴の準備がかなり大変であることを少女は知っている。だが、それでも青年が心配な少女は急で悪いとは思いつつ、女房にお願いをしたのだが、自分達の北の方の性格と行動を熟知している彼女達はにっこりと笑顔を浮かべ、すでに準備を済ませていることを伝えた。
「え?もう、出来ているのですか?」
「はい。北の方様はお出かけになりますと必ず、お湯をお使いになりたがりますでしょう?ですので、ご帰宅に合わせるよう、準備をいたしました」
「そうなんですか。本当に、有難うございます」
 本当に嬉しそうに礼を言った少女はその嬉しそうな顔のまま視線を青年に向け、自分の手に包んでいた青年の手を引っ張る。
「あかね?」
 不思議そうに首を傾げる青年に、少女は明るく爆弾発言を言い放った。
「一緒にお風呂、入りましょう。髪を洗ってあげますから」
「・・・あ、あかねっ!?」
 何の気なしに頷きかけ、言葉の内容を理解した途端、青年は大いに慌て出す。
「私は後でいいから、あかね、先に・・・」
「駄目です」
 青年の言葉を途中できっぱりと遮り、少女はビシッと青年に指を突き付けた。
「そう言って、泰明さん、お湯を使わなかったり、使ったとしても体が温まる前に出て来たりしそうなんですもの。この際ですから、体がちゃんと温まるまで私も一緒にいます」
 それが困るんだと言いたい青年だったが、少女の推測も実は当たっていたりする。お陰で少女に反論できず、青年はうやむやのうちに一緒に入浴する事になってしまったのだった。

 しろい湯気が立ち上る湯に浸かり、青年は頭を・・・正確には髪を少女に差し出していた。
「泰明さんの髪って本当に綺麗ですね」
 嬉しそうに青年の髪に触り、丁寧に洗っている少女の呟きが辺りに響く。だが、青年はその呟きを聞きいてはいなかった。
 少女の細い指が適度な力で青年の頭皮を刺激し、するすると髪の間を滑る感覚が心地よくてぼーっとしているのだ。
「泰明さん、気持ち悪いところはないですか?」
「・・・ん・・・」
 少女の問い掛けも青年にしては珍しく、右から左の状態である。何時もならどんなことであろうと少女の言葉を聞き漏らすまいとする青年であるのに。
「泰明さん」
 半目になり、ぼーっとしている青年が可愛くて、少女はくすり、と笑みを浮かべる。
 丁寧に青年の髪を洗った少女は手近に置いていた布で軽く水分を拭き取り、洗髪が終了した事を青年に告げた。
「終わりましたよ、泰明さん」
「ああ・・・そうか」
 未だ、夢心地のような心持ちで身を起こした青年の視線が少女の肌へと吸い寄せられる。
 透き通るような白い肌がうっすらとした紅色を浮かべていた。
 昼間の埃を洗い流し、使った湯で火照った肌は青年を強烈に誘惑する。
(触りたい・・・)
 何時もならまだ理性が働いているのだが、先程の洗髪でぼんやりとしていた青年は無意識の欲求に従って少女に手を伸ばしていた。
「泰明さん・・・?って、ちょ、ちょっとっ!?」
 伸ばされてきた青年の手を不審に思う前に引き寄せられ、胸元に濡れた感触を感じた少女は慌ててジタバタともがく。
「あかね」
 そんな少女の足掻きをあっさりと退けた青年は軽々と華奢な体を抱き上げ、湯の中に浸かっている自分の足の上に下ろした。
「や、泰明さん、ちょ、ちょっと待ってって・・・んんっ」
 ますます慌てる少女の唇を塞ぎ、青年はその後の抗議を遮ると気の済むまで柔らかな唇を貪る。
「ん・・・あ、はぁ・・・も、う、泰明さんの・・・ばかぁ・・・」
「あかねが欲しいと思って、そうしただけだ」
 真面目な顔で告げる青年に一瞬、脱力した少女だったがすぐに今の状況を悟り、一気に青くなった。
「ま、待って、待った、泰明さんっ」
「待てない」
「ここじゃ、嫌です〜〜〜っ」
 力一杯叫ぶ少女に、青年はやはり真面目な顔で尋ねる。
「何故、ここでは『嫌』なのだ?」
「すぐ外には女房の皆さんが控えているんですよっ!?声を聞かれるのは絶対、嫌ですっ!!」
 握り拳で訴えた少女だったが、その訴えを聞いた青年は場違いな程の会心の微笑みを浮かべた。ザザーッと少女の背筋に嫌な予感というものが滑り落ちる。
「それなら心配することはない」
 きっぱりと言い切る青年の言葉に、ますます嫌な予感が高まった。
「ど、どうしてですか?」
「さっき、人払いの結界を張った。しばらくは誰も来ないし、ここの声も向こうには聞こえない」
「・・・・・・・・・・」
(そんなことに、陰陽の力を使わないでちょうだい〜〜〜っ)
 少女の心からの叫びは、再び重なってきた青年の唇によってとうとう、声になることはなかった・・・。

「ん・・・あ、はぁん・・・」
 呪符を自在に操る指が、今は少女の肌の上を縦横無尽に滑り、少女に甘い声を上げさせる。
 少女が無意識に身を捩る度に浸かっている湯がチャプチャプと音を立て、どことなく淫靡な雰囲気を漂わせていた。
「や・・・ん」
 敏感な場所に触れられた途端、少女の体がビクンッと跳ねる。
「あ、あ、はうっ」
 青年の腕の中、少女は身を捩って体中を満たす快楽に耐えようとするが、どうしても溢れ出る嬌声は押さえることが出来なかった。
 熱心に胸元に口付けをしていた青年は少女の首筋に口付け、そっと快楽の中心へと指を伸ばす。
「あっ・・・」
 触れられた途端、息を呑み、ぎゅっと目を閉じた少女の目元に青年は口付ける。
「あかね・・・」
 熱さを秘めた囁きに少女はうっすらと潤んだ瞳を開き、青年と視線を合わせる。
「あかね」
 求めるように指を動かされ、息を呑んだ少女は電流のように背筋を流れた快感をやりすごすとコクン、と青年に向かって頷いてみせた。
 嬉しそうに微笑んだ青年の腕が少女を持ち上げ、自分の上にゆっくりと落とす。
「・・・・・っ」
 背筋を反らせ、衝撃に耐える少女。濡れた髪が首筋に張り付き、白い肌を紅色に上気させた姿はこの上もなく艶やかでどこまでも青年を誘う。
「ふ・・・あ、んふっ」
「愛している・・・愛している、あかね」
 緩やかだった動きが激しくなり、必死に青年にしがみつく少女の耳元で青年は何度も囁く。
 何度言おうとも足りない、自分の中の愛しさを少女に囁く。
「あ・・・わ、わた、し・・・も・・・あんっ」
 切れ切れに言葉を繋ぐ少女だったが、上り詰めて行く感覚が少女を追い詰め、どうしても青年に伝える事が出来ない。
「愛している」
「あ・・・あい、し・・・て、い・・・ます・・・」
 どうにか応え返せた次の瞬間、少女は更に深く求められ、青年共々高みへと上り詰めたのだった。

 その後、のぼせかけた少女を抱きかかえ、青年は寝所に入ったが、夜が明けるまで少女を寝かせず、お陰で少女はその日一日、起き上がる事が出来なかったらしい。

「もう、泰明さんとは一緒に、お風呂に入らないっ!」


END