夢よりくる願望
艶やかな髪が褥に広がっていた。 澄んだ瞳が熱っぽく潤んでいた。 柔らかな唇は紅色に染まり、口付けると甘かった。 吐息の声が名前を呼ぶ。 「やすあきさん・・・」 甘い想いを胸に抱き、青年が応えた。 「・・・神子」 がばぁっ!! 「な、な、なん・・・」 たった今、自分が見ていたものを理解できず、青年は撥ね退けた布団を握り締め、呆然とする。 抱き締めた体は柔らかかった。 触れた頬も柔らかかった。 重なった唇も柔らかかった。 甘い、口付け。 清らかで清冽な・・・龍神の神子との。 「今のは、一体・・・」 初めて見た『夢』を理解できない青年は何時までも呆然と床に座るしかなかった。 龍神の神子<元宮 あかね> 人懐っこく、無邪気な笑顔の少女。 真っ直ぐな瞳と無垢な魂、清らかな心に清冽な精神を持つ、京の守護神・龍神との掛け橋である至高の神子姫。 鬼との闘いに勝利した後も、自分の世界に戻らずこの世界にいるのは幼き星の姫の切なる願いによって。 自分のことよりも他人を優先する心優しい少女はいつでも人の心を惹きつける。 人も、鬼も、そして人ならぬ者までも・・・ 初めて見た『夢』に平常心を保てないまま、青年は星の姫の屋敷へと向かっていた。この経験の答えを求め、少女ならば答えてくれるのではという、無意識の期待故に。 だが、星の姫の屋敷に辿り付く前に、見慣れた姿が桂川の方へ駆けて行くのを目撃した青年はつい、溜息をついてしまうのを禁じ得なかった。 自由気ままな少女が縛られる事を厭い、しょっちゅう屋敷を抜け出して散策を楽しんでいることは知っているが、もう少し自重して欲しいと思ってしまう。それが、少女が少女たる所以だと分かっていても。 とにかく目撃した以上、少女をそのまま放ってはおけない。 方向を変え、少女を追い出した青年は、だがしかし、姿を見失ったらしく桂川の近辺でその姿が見えなくなったのである。 さすがに焦り、探索を開始しようとした青年の耳に、純銀の鈴の音のような可憐な笑い声が辺りに響いた。馴染みのあるその笑い声は間違え様もなく、龍神の神子と呼ばれる少女のもの。 ほっとしつつ、声を頼りに少女を捜すと当の本人は履物を脱ぎ、川の浅瀬でパシャパシャと水遊びに興じている。 「何をしている、神子」 「へ?あ、泰明さん」 いきなり声をかけられ、驚いた様子だった少女はしかし、悪びれた様子もなく悪戯っぽい笑顔を浮かべる。 「水遊びです。冷たくって気持ち良いですよ。泰明さんもいかがですか?」 「童でもあるまいに」 溜息をつく青年だがそんなことに頓着しない少女はくすくすと笑うだけで相変わらず水遊びを楽しんでいた。 「子供だろうが大人だろうが、楽しいと思うことには関係ないですよ」 煌く瞳が青年を見詰めたその時。 「っ、きゃああぁぁっっ!?」 激しい水飛沫の音と共に、足を滑らせた少女は見事なまでに川の中へ転倒した。 「神子!?」 慌てて側に寄った青年だが次の瞬間、息を呑んで凍り付いてしまう。 「った〜〜〜、ドジっちゃった」 苦笑を浮かべつつ頬に張り付いた髪を払いのけた少女は、同様に体に張り付いている水干の上着を何の躊躇いもなく脱ぎ去ったのである。 腕に張り付いたブラウスはうっすらとその下にある肌を透けさせ、体にぴったりと張り付いたジャンバースカートは少女の意外に豊かな胸やすらりとした足などのプロポーションをはっきりと際立たせていた。 無邪気な少女からは想像もつかない、女性として完成された肢体は青年の脳裏に衝撃として映り、昨夜見た『夢』と相俟って理性という枷を叩き壊すには十分だった。 「・・・?泰明さん、どうした・・・うきゃあっ!?」 つかつかと近付いてきた青年に首を傾げた少女はいきなり抱き上げられ、思わず悲鳴を上げてしまう。 少女が目を白黒させている間に青年は近くの樹の陰の草むらに彼女を下ろし、呆然としている間にその上に圧し掛かってしまった。 「や、泰明、さん?」 いつもと違う雰囲気の青年に少女はびくびくと脅えた瞳で青年を覗う。 「神子・・・この気持ちは一体、なんだ?」 青年の苦しげな言葉に、ただ脅えていた少女は瞳を瞬かせると今度は間近にある金と深緑の瞳を覗き込んだ。その奥にある、言葉にしない青年の心を読み取ろうと、真っ直ぐに。 「どう・・・したのですか?何が苦しいの・・・?」 「くる・・・しい?」 「そんな目をしている・・・ねぇ、泰明さん。どんなことでもいいですから、その心にあるものを話してみませんか?」 澄んだ瞳が青年を見詰め、そっと伸ばされた手が青年の頬に優しく触れた。青年を見詰めたまま、少女は柔らかく微笑む。 「話せば、楽になるかもしれませんよ?私は・・・どんなことでも、受け止めますから」 どんな存在にも示す優しさは救いであり、そして苦しみである。縋る存在であった時は限りない救いであったものが、特別な存在へと変わればそれは苦しみとなるもの。求める心が強ければ強いほど、それは深い苦しみになる。 「神子は・・・いつも、そうだ。誰にでも優しく、誰にでも微笑み・・・だが、それは・・・」 苦しげに言葉を途切らせた青年は頬に触れている少女の手を取り、握り締める。 「神子を私だけの者にしたい・・・」 少女が真っ直ぐに見詰めてきた時、青年は心の奥の深く沈んでいたものがはっきりと分かった。その無意識の望みが『夢』となって表れたのだということも。 だが、その望みは・・・願いは叶うとは思っていない。 少女は龍神の神子。 万人に慈愛を注ぎ、龍神と意志を疎通できる至高の斎姫。 どんな者であろうと、その存在を穢すことは出来ない清らかな乙女。 「すまぬ。戯れ言だ。忘れろ」 「嫌です」 「神子?」 柔らかいながらもきっぱりと拒否する少女に青年は驚きの目を向ける。 「忘れるだなんて、出来るわけないじゃないですか。・・・私も、同じ気持ちを持っているというのに」 「神・・・子・・・?」 少女の言葉に青年は呆然とした。自分の聴覚がおかしくなったかとさえ疑った。だが、逸らされる事なく真っ直ぐに見詰める澄んだ瞳が雄弁に語る。少女の、偽らざる心を。 「貴方が・・・泰明さんが、好きです」 ふわりと微笑んだ少女は細い両手を伸ばし、青年の首に絡めると自分へと引き寄せ、青年の唇へ掠めるような口付けをした。 「私がこの世界に残ったのは泰明さんがいたから。もちろん、藤姫の強い願いもあったけれど・・・決断した一番の理由は泰明さんと同じ世界にいたいという私の願いなの。たとえ、一緒にいられなくても・・・言葉を交わさなくなったとしても・・・貴方と同じ世界で暮らしたかったの」 「神子・・・」 それは、浄化の言葉だった。苦しみから救う、光の言葉だった。 震える手が少女の頬に触れ、次の瞬間、力の限り目の前の華奢な肢体を青年は抱き締めていた。 「お前を・・・欲して、いいのだな・・・」 青年の呟きに少女は微笑み、頷く。 「私も、貴方が欲しいのです」 優しい、誘いの言葉を紡いで。 濡れて体に張り付いた衣を丁寧に取り除くと輝くような裸身が目の前に現れる。手を止め、その美しさに見惚れていると居心地悪そうに少女が身を捩った。 「あの・・・まだ、見られるような体じゃないから・・・」 自分の魅力をまったく自覚していない少女の言葉に、青年はきっぱりと否定する。 「お前は美しい。ずっと、見ていたい程に」 途端に真っ赤になる少女が可愛くて、そしてそれ以上に欲しくて青年は艶めかしい肢体をゆっくりと愛でだした。 もうすぐ夕方になるとはいえ、まだ十分に日は高い時間、しかも川辺近くの樹の陰という立派な外。周囲は背の高い草むらで囲われているだけで気まぐれな人間がやってくればたちまちバレてしまう場所だ。 だが、その危ういところが少女の感覚をより高めている。 「ん、あ・・・はうっ」 柔らかく、豊かな双丘を両手に収め、頂上に咲く蕾を指先で摘むと濡れた声が押さえようとしながらも少女の唇から零れ出る。 「ふぁっ、あ・・・ん、やぁ・・・」 首筋に感じる濡れた感覚と蕾から送られる鋭い感覚は慣れない少女を確実に快感の渦へと落とし込み、思考を混乱させる。 自分がこれほど甘い声が出せるとは思ってもおらず、その未知の体験が無性に恥ずかしくて少女は両手で口を塞ぎ、零れる声を押さえようとした。 「神子、声が聞きたい」 「や・・・だ」 青年の要求に少女は首を振って拒否を示す。青年を受け入れはしても、感じる羞恥とは別である。 「何故だ?どんな時でも神子の声は綺麗だ。今も、その声が私の体を熱くさせ、もっと神子に触れたい気にさせるというのに」 青年の言葉の意味に少女は顔が赤くなるのを止められなかった。それはつまり、少女の感じる声に青年もまた、感じているということを言っているのだ。 「ん、んんっ、ん〜〜〜っ」 それでも半分意地で手を外さず、少女は襲いくる快感に耐える。 次第に薄闇へと変化する景色の中、赤い華を咲かせた白い肢体が蠢く様はどこまでも艶やかだった。 青年の呪符を操る繊細な指が下肢へと移動していき、甘い蜜をたたえ始めた泉に触れる。 「く・・・ふ・・・ん・・・」 押さえきれない嬌声が指の間から零れ出る。頬を染め、潤んだ瞳を向ける少女がたとえようもなく愛しい。 「や・・・は、あぁ・・・はぅっ」 とうとう、押さえる指が役に立たなくなり、少女は青年の指に導かれるまま声を上げ続ける。 つぷ・・・と音を立て、指が少女の中に入り込んだ。息を呑む少女の顔を見詰めながら、青年は外に出ていた親指で花芯をそっと擦る。 「っ・・・ふ、やぁぁぁっ」 急激に襲った快感に耐えることが出来ず、少女は背を反らせて悲鳴を上げた。だが、その悲鳴は青年を狩りたてる魔性の悲鳴。 「あ、あ、あ、ふぁぁっ、あんっ」 花芯を刺激され、中に入り込んだ指を動かされ、少女は訳がわからない程に乱される。 下肢からは水音にも似た、淫らな音が響き、淫蕩な雰囲気が漂う。 だが、快感に狂わされ、甘い悲鳴を上げる少女は目を奪うほど美しかった。 白い肌を薄桃に染め、澄んだ瞳を潤ませ、唇を艶やかな紅色に変え、女としての色香を湛えた少女は青年の情欲を誘う美しさを醸し出している。 「・・・神子・・・あかね」 初めて名前を呼んだ青年に目を見開き、次いで少女はこの上もなく幸せそうな微笑みを浮かべた。 「貴方を・・・愛しています」 微笑みを浮かべ、送られた言葉に口付けで答え、青年は少女を欲した。 きつく目を閉じ、背中に爪を立て、耐える少女に口付け、青年も大切な言葉を少女に送る。 「あかねを愛している」 青年の言葉に反応し、ふっと腕の力が緩んだのを見て取った青年が緩やかに動き出す。痛みに強ばる肢体を宥めるように青年の手が滑らかな肌をそっと撫でさすった。 「ん・・・は、ぁ・・・」 徐々に強ばりが解け、表情にも艶めかしさがでてくる。 「や・・・す、あき・・・さん・・・」 少女の吐息のような声が青年の名を呼んだ。青年の背に、ぞくりとした何かが這い上がる。その感覚に急かされるように、少女の体を責め始めた。 下肢から全身に広がる悦楽に少女は嬌声を続けざまに上げ続けるようになり、縋るように青年にしがみく。まるで毒のような快感に耐える術を知らない少女は背を反らせ、か細い悲鳴とせわしない呼吸をするしかなかった。 「も・・・う、もう、駄目・・・」 青年に熾される熱に瞳を潤ませながら、少女は懇願する。 「ね・・・ぇ、泰、明さん・・・お、願い・・・」 切れ切れに言葉を紡ぐ少女の唇に唇を重ね、青年は少女の中で想いを遂げた。 夢は願望 願望は夢 無意識の願望は夢に現れ青年を誘い 少女によって成就された そう、それはとても幸せな夢 END |