幽玄の蒼


 蒼く、蒼い色に沈んだ静かな夜
 聞こえるのは草木を揺らす風の音
 静寂は寂しさを募らせ
 人の温もりが恋しくなる

 そう、こんな夜に願う
 恋しい人に 愛しい人に
 抱き締めて欲しいと

「・・・綺麗、ね・・・」
 部屋の灯りを落とし、月明かりだけを招き入れた部屋の中、一人の少女が濡れ縁の柱にもたれ、月明かりに照らされた庭を眺めていた。
 半分ほど欠けた月に照らされている庭は、満月の光のように明るく照らし出されているわけではなく、何処も彼処も朧に浮かび上がっている。
 満月の光は強い銀で辺りを染めるが半分にかけた月では当然、それほど強い光は地上には届かない。だが、その曖昧さが夜に潜む蒼を浮かび上がらせ、幽玄の風情を醸し出している。

 蒼い風景に自然の音
 瞳を閉じれば静寂が広がる

「・・・あかね?」
 部屋に入った青年が濡れ縁に出ている少女に気づき、声をかけるが名前を呼ばれたにもかかわらず、少女の反応はない。
 その事を訝しんだ青年は少女の前へと回りこみ、顔を覗き込んむと少女は軽い寝息を立て、うたた寝をしていた。
「・・・まったく。こんな所で寝ていては風邪を引くだろうに」
 呆れたもの言いながら、少女を見詰める視線は優しく、甘い。
「あかね」
 そっと囁き、柔らかな頬に手を伸ばして少女の温もりを確かめる。
 己に感情というものを教え、執着というものを覚えさせ、愛情というものを抱かせた無垢なる存在。
 健やかな寝息をたてる少女は月明かりに照らされ、まるで天女のような清らかさを纏っていた。
 ・・・いや、事実、少女は清らかな存在なのだ。『龍神の神子』という、京の都の守護神である龍神と意志の疎通が出来る唯一無二の斎姫。
 生まれ育った世界から召喚された少女は3ヶ月余りの間、京を脅かした鬼と闘い、怨霊と闘い、最後には己の身の危険を顧みずに龍神を降臨させ、京の平和を勝ち取った。
 そして今。聖なる乙女は元の世界に帰ることなく己の側に・・・腕の中に留まっている。
 それは、奇跡の至福だった。
 帰るべき者だと分かっていても、求めずにはいられなくて・・・我が侭だと分かっていて・・・それでも、少女の喪失に耐えられなかった。
 たとえ、体は壊れなくとも心が壊れる。そう思い、今思えば滑稽なほどに少女を・・・少女だけを必死に求めていた。
 そして、少女はその思いに応えた。
「愛している」
 蒼い夜の中、うたた寝をする愛しい少女をそっと己の腕の中に抱き寄せ、耳元で囁く。寝息が頬をくすぐる、暖かくて柔らかな体に愛しさが募る。
 朧な月明かりは庭だけでなく、少女をも幽玄の美で彩っていた。
 蒼い空気、静寂の中の風の音、その中に溶け込むように蒼で縁取られた少女。
 ・・・美しいと、素直に思う。
 毎夜触れる滑らかな肌も、真っ直ぐに見詰める澄んだ瞳も、柔らかに穏やかに響く声も、少女が纏う輝く神気も、すべてが美しいと思う。
 美しいと思う心も、少女がくれたもの。
 今の己があるのも、少女の存在があってこそ。
「きっと、すでに私はお前に溺れきっているのだろうな・・・」
 だが、それでもいいと思う自分がいる。そう思えるのも、少女だからこそ。
「・・・う、ん・・・」
 腕の中の少女が僅かに身じろぎ、ぼんやりと瞳を開ける。
「あ・・・れ?やす・・・あ、き、さん?」
 寝ぼけ眼で自分を抱き締めている青年を見上げ、こしこしと目元を擦る姿は幼い子供のよう。
「こんなところでうたた寝していては、風邪をひくぞ」
「あ・・・はい、すみません。月と庭に見惚れていたら眠っちゃっていたみたいです」
 素直に謝りながらも少女は幸せそうな、ふんわりとした微笑みを浮かべた。
「泰明さん・・・暖かい」
 抱き締められた胸に顔を埋め、少女はうっとりと呟く。青年の暖かさが嬉しくて、寒くないようにと背中に腕を回すさりげない優しさが嬉しくて、少女は感じる幸せに溶けそうになる。
「愛しています・・・」
「あかね」
 囁きは蒼い空気の中に溶け、少女の名前を呼ぶ青年の甘い声も溶け消える。
 重なる唇はどちらからのものだったのか。
 触れるだけでは足りなくて、もっと相手を感じたくて、深く・・・深く求め合う。
「ん・・・ふ・・・」
 僅かに離した唇から吐息が甘い響きを持って零れ落ちた。白い頬が上気して薄く色づいている。微かに漂い始めた色香に誘われるように、青年の顔が少女の首筋に埋められた。
「あ、んっ」
 ぴくり、と少女の肢体が反応する。その声に誘われるように、青年の唇が首筋から鎖骨へと移動し、鮮やかな紅い華を咲かせた。
 与えられる刺激に背筋を反らせ、少女の細い腕が青年の頭を抱き締める。
 そっと華奢な体を横たえた青年は抱き締められるまま、少女の柔らかな胸に顔を埋めた。
 抱き締めているのに、抱き締められている感覚。
 それは、少女を抱く度にいつも感じることだった。おそらくは、少女の持つ包容力がそれを感じさせているのだろう。
 自分という存在を暖かく受け入れ、抱き締めてくれる少女。そんな愛しい少女をもっと感じたくて、青年は少女を求めた。
 微かな花の香りと柔らかな弾力を感じながら腰に手を伸ばし、結わえている紐を解く。
 はらり、と前が寛がれ、白い素肌が現れた。
「あ・・・や・・・」
 羞恥に身をよじり、青年の視線から素肌を隠そうとする少女の動きは青年の欲望に火をつける。
「隠すな」
 肩を押さえつけ、尚も柔らかな双丘に顔を埋め、少女が敏感に反応する場所へと口付けた。
「は、ぁ・・・」
 電流のような快感が背筋を走り、声が零れ落ちる。
 その声に煽られるように、青年が少女を愛でる手つきにも熱が篭った。
 サラリとした感触の髪を掻きあげ、耳元に口付け。
 ふくよかな白い丘の形を変えて楽しみ、その上に咲く蕾をたっぷりと愛し。
 滑らかな白い肌の上に数え切れないほどの紅い華を咲かせた。
「あ、あんっ、あぁ・・・」
 段々と喘ぐ声に艶やかさが増し、吐息の甘さも刻々と増していく。
 上気した頬と潤んだ瞳も合わせ、それは何にも勝る誘惑だった。
 そう、ただ一人の愛する人を誘う媚態。
「ん・・・あ、あぁ・・・あうっ」
 力の抜けた下肢に手を伸ばし、快楽の芽を摘んだ瞬間、少女は声にならない悲鳴をあげ、青年にしがみついた。
「あ、あ、あ、や、はぅっ、あぁん、やぁっ」
 青年が指を動かす度に淫らな水音が広がり、その水音に煽られるように少女は乱れる。
 青年にしがみつき、甘く喘ぎ、感じる快楽から逃れようと髪を左右に振り乱す。
「や・・・やす、あき・・・さん、泰、明・・・さんっ」
 助けを求めるように、縋りつくように名前を呼ぶ声も熱が篭り、青年を煽る。
「あかね」
 少女に負けず劣らず、熱の篭った声で青年は囁いた。誰にも譲れない、自分だけの少女の名前を。
「愛しています」
 名前を呼ばれ、瞳を開いた少女は体の熱に煽られながらも、ふわりと、幸せそうに微笑む。
「愛している」
 少女を快楽の淵に沈め、尚も快楽を与えつづけている青年もその囁きに答え、微笑みながら甘く囁く。
「ずっと・・・ずっと、一緒にいてくださいね」
「ああ。決して、お前を離さない」
 囁く言葉は誓いにも似て、二人を優しく包む。
 口付けを交わした二人はお互いを求めた。
「あっ、あっ、あぁ・・・う、んっ」
「あ・・・か、ね・・・」
 中を掻き乱され、激しい快楽に少女の唇からとめどもなく喘ぎ声が零れ出る。少女の細い腰を抱き締め、激しく求める青年の声も掠れ気味でその瞳に宿る熱情が執着の度合いを示していた。
「あ・・・だ、だめ、だめ、も・・・ぅ、私・・・」
「まだ・・・だ、まだ、もう、少し・・・」
 汲めども尽きぬ泉のように沸きあがる愛しさと独占欲。少女が限界を訴えてもまだ、離す気にはなれなかった。
「泰・・・あ、き・・・さん・・・」
「・・・なん、だ?」
 唇に口付け、少女を抱き起こした青年は頬にかかった髪を払ってやりながら少女の体を揺らす。
 自分の体重で更に青年を奥へと導くことになった少女は唇を噛み、衝撃と共に走った快感を耐えようとしたがすかさず青年に体を揺らされ、呆気なく艶やかな唇を開くことになった。
「やぁっ・・・やだ、そ・・・んな、に・・・し、ない・・・でっ・・・」
「なぜ・・・?」
 熱い吐息を少女の上半身に注ぎながら、青年は問い掛ける。熱の篭ったその声で。
「あ、あぁ・・・わ、たし・・・も、う、気が・・・狂い、そ、う・・・」
「・・・私は・・・もう、狂っている・・・お前に・・・」
 熱く甘い囁きは少女の中に浸透し、内に潜む熱を更に煽る。
「お前と共にならば・・・闇に落ちてもかまわない」
「あなたとなら・・・どこだろうと・・・一緒に・・・側に、います・・・」

 蒼い夜の中の誓い
 たとえ闇だろうと冥界だろうと
 共に在ろうと誓い合う

 決して譲れない愛しい人
 離れることなど出来ない恋しい人

 蒼い夜と闇の中
 それは月が見届けた聖なる誓い


END