encounter〜ナーサディア〜
出会いは突然 世の中、長生きしていると本当にいろんなことがあるものね。 また、あたしに勇者になって欲しいと頼む天使が現れるなんて、さ。 「ナーサディア」 可憐な声の呼び声で顔を上げたあたしの目の前に、輝く純白の翼を背負った可憐な天使が浮かんでいた。 「・・・ん〜?あたし、そんなに飲んだかしら・・・天使が見えるなんてね・・・」 そんなことを呟くと、その可憐な天使は困ったように自分は本当に天使だと言った。そして、あたしに頼みたいことがあると。 「天使の・・・頼みごと・・・まさか、あたしに勇者になれって言うんじゃないんでしょうね」 デ・ジャ・ヴ ラビエルと名乗った天使の頼みごとは予想に違わず、勇者になって欲しいということだった。 自然に、笑いがこみ上げてくる。 「ナーサディア?」 不思議そうに、けれども、それ以上に可憐な天使は心配そうにあたしの顔を覗きこんでくる。 今、あたしの顔を覗きこんでいるのは女性の天使。 穢れなく、無垢でどこまでも純粋な、幼い天使。 あたしを手酷く裏切った、身勝手な天使とは違う。 「いいわ、引き受けてあげる。ただし」 自分を駒のように扱われるのはもう、ゴメン。だから、これは条件。 あたしが提示した条件を天使は最初、どう対応したらいいのかと迷っていたが理由を話すとすぐに頷いた。 「よろしく、ナーサディア」 あたしはただ、この長い生で退屈していたから引き受けただけなのに、天使は嬉しそうに微笑む。その幼い天使の背には、純白の翼。 「また、来ていたの、天使サマ」 「はい、ナーサディアが踊っているのを見たくて」 月日が流れ、それなりにお互いを信用できるようになった頃、度々天使はあたしの踊りを見に来るようになっていた。 「ナーサディア、本当に綺麗ですから」 「・・・あのね、そういうことは、男が女に言うものでしょ」 時々、この天使はこちらが脱力するようなことを真面目な顔で、(しかも本気で)さらっと言う。 「・・・?」 あたしが脱力している理由が分からないのだろう、天使はきょとんと椅子に座ったまま首を傾げた。 自覚がないというのも、かなり問題かもしれない。 「でも・・・綺麗なのは、綺麗ですし。ナーサディアの踊りは力強くて、生きる力に満ちていて、とても、輝いて・・・」 何かが、あたしのアンテナに引っかかった。 どこがどう、というわけではないけれど、天使の様子が微妙に違う。 これは、もしかして・・・ 「ラビエル。もしかして、誰か、男の勇者に何か言われた?」 「えぇっ!?」 バカ正直に彼女はうろたえ、あたしの予測の正しさを証明した。 「あ、あの、あの・・・」 「ったく、もう。落ちつきなさいって」 パクパクと声にならない様子の天使にあたしはため息をつく。 「どうして分かったのかって顔をしているわね。分かるわよ。ラビエルは本当に魅力的だからね、惹かれない男はまずいないでしょうよ」 「そうでしょうか・・・」 「ラビエル?」 どこまでも無垢で、純粋な天使からは考えられない、疑惑の声。・・・この天使には似つかわしくない。 「・・・迷っているの?」 あたしらしくもなく、優しい声が出た。それほど、天使は途方に暮れたような顔をしていたのだ。 「ナーサディアの言う通り、私は一人の勇者に地上に残って欲しいと・・・一緒にいて欲しいと、言われました」 『一人の勇者』と言った時、その勇者を思い浮かべたのだろう、ひどく甘く、優しい表情を彼女は浮かべる。それはまさしく、恋する女性の顔。 「でも」 甘く幸せそうな表情から一転、天使は思い悩む表情へと変わった。 「私は・・・天使としてずっと、彼の側にいました」 分かった。彼女が何を憂いているのかが。 「ラビエル。ちょっと、聞きたいんだけど、あんた自身の気持ちはどうなのよ」 「私の、気持ち・・・?」 「そう。天使だの、建前だの全部取っ払った、あんたの本当の気持ち。・・・その勇者のこと、どう思っているの」 「好き、です。天使としてではなく、ただのラビエルとして・・・」 きっぱりと言いきった天使に、あたしは満足して微笑んだ。ここでゴチャゴチャ言うのなら即座にあたしの鞭の餌食になっていたところだけど。 「だったら、それでいいじゃない」 「ナーサディア?」 「それで、いいのよ。あんたはもっと、自分の魅力に自信を持つべきね。外見だけじゃない。あんたの魂に触れた、あたしが言ってあげる。あんたは一人の女性としてとても、魅力的よ」 ふわり、とそれはとても嬉しそうに天使が微笑んだ。この周辺が春になったような錯覚を受けるほど、幸せそうに。 「・・・ただね、絶対裏切らないで」 突然のあたしの言葉に驚くことなく、天使は澄んだ瞳であたしを見つめる。 「あんたと一緒にいたい一心で言った言葉だから、そして、あんたもそれに応えるつもりなら、絶対に裏切らないで」 甦る想い出 「もう、あたしのような思いをする人間を作らないで」 「はい」 ただ一言、天使は言って頷いた。それだけで、彼女を信用できた。 愛している 愛している 愛している 「じゃあ、あんたのこの先を祈って乾杯といきましょうか」 「また、お酒ですか、ナーサディア」 「おめでたいんだから、いいじゃないの」 「まだ、決まったわけでは・・・」 「いいの、いいの」 「・・・やっぱり、飲みたいだけですね、ナーサディア」 「でも、付き合ってくれるから好きよ、ラビエル」 いつかは、あたしの決着をつけなくてはならない日がくるだろう。あたしの勇者としてのカンがそう、告げている。あの人と相対したとき、どうなるのかはあたし自身も分からないけれど、でも、今は。今だけは、この暖かな天使と一緒にいたい。 「ナーサディア、あまり飲み過ぎないで下さい」 「かたいこと、言わないの」 真面目過ぎるのが難だけど。 突然の出会い END |