純白の鎖


 サクリ、と歩を進める度に雪を踏む音がする。
 一面に白銀の世界を広げている雪景色の中、一人の青年がある人物に向かって澱みなく歩みを進めていた。
「シルヴィアナ」
 名前を呼ばれ、青年へと振り返った人物は純銀の髪に蒼天と森林の瞳を左右に持つ、息を呑むほどの美貌の少女だった。
 ふわり、と嬉しそうに微笑んだ少女は体重を感じさせない足取りで、自分の名前を呼んだ漆黒の髪と紫紺の瞳を持つ、氷のような冷たい美貌の青年へと駆け寄って行く。
「迎えに来てくださったのですか、クライヴ?」
「ああ」
 駆け寄った勢いのまま、青年の胸の中へと飛びこんだ少女は極上の微笑みを浮かべると、青年の顔を見上げた。その微笑みに応えるように、僅かに口の端を上げた青年が頷く。
 普段から感情を露わにすることのない青年は表情もほとんど変える事がない。だが、今、自分の腕の中にいる少女を見詰める眼差しは柔らかく、そして甘いものだった。その視線だけで青年が少女をどれだけ想っているのか、察することは容易い。
「どれだけここにいた?」
「さぁ?雪を見ていたら時間を忘れてしまいましたので・・・」
 首を傾げる少女を更に深く抱き込んだ青年は、予想していたよりも冷たい体に眉を顰める。
「随分、冷えている・・・」
 純銀の髪に、白い額に唇を寄せ、それらに触れた感触もまた冷たいことに青年の眉が更に顰められた。
「・・・こんな薄着で長時間、外にいると風邪を引く。早く、火に・・・」
「大丈夫ですよ」
 青年の心配をサラリと流す少女の無防備さにため息をついた青年は多少、強引ではあるが天から落ちてくる雪にまみれている少女を横抱きに抱え上げ、現在寝泊りしている場所へと向かう。
「ク、クライヴ!?」
「大人しくしていろ」
 顔を赤く染め、慌てる少女を一言で大人しくさせた青年は危なげない足取りで暖かな屋内へ、そして火を焚いている暖炉の前へと移動した。
 パチパチと暖かそうな音をたてている暖炉の前に両膝をつき、大切に抱き締めていた腕の中の少女をそっと敷き物の上へと下ろす。
「えっと・・・あの、有難うございます、クライヴ」
「いや」
 暖炉の中の火を調節した青年は少女の側に戻ると再び少女を己の腕の中へと抱き締めた。
「シルヴィアナ」
「はい」
「ここの寒さを甘く見るな。特にお前は人間になったばかり。天使の時とはその身に受ける影響が違う」
 少女を胸の奥深くに抱き締め、純銀の髪に頬をつけていた青年がそっと頬に唇を寄せる。
「ここもまだ、冷たい・・・」
「クライヴは暖かいですね」
 瞳を閉じ、ふんわりとした幸せそうな微笑みを浮かべ、青年の胸に頭を預けていた少女は顔を上げ、紫紺の瞳を覗き込んだ。
「心配をかけてすみません。これから、気をつけます」
 蒼天と森林の瞳が微笑み、紫紺の瞳も柔らかく和む。少女の細い顎にしなやかな指が絡み、暖かな感触が唇に灯った。
「ん・・・」
 触れ合うだけの口付けが求め合うものへと変化する。口蓋を探られ、舌を絡められ、受け止めきれない唾液が首筋を流れた。首筋に流れた唾液を拭う指の感触にぞくりとする何かが背筋を這い登る。
 思わず首を仰け反らせ、息を漏らした。
「う、ふぅ・・・」
 思考能力が低下し、体中の力が抜ける。
「あ・・・」
 首筋に温もりと刺激を感じると同時にトサッ・・・と床に倒れこんだ。
「クライヴ・・・」
「嫌・・・か?」
 どこか、脅えたように訪ねる青年の首に華奢な、白い腕が巻きつけられる。
「いいえ、嫌どころか・・・嬉しいです。貴方を近くに感じられて・・・」
 そっと、少女の唇が青年の薄いそれへ触れた。
「もっと、近くで感じたいと思う私は・・・嫌ですか?」
「嫌ではない。・・・愛している、シルヴィアナ」
「あ・・・クライヴ。私も・・・貴方を、愛しています・・・」
 愛しさに溢れた声で青年は少女の耳元で囁く。その声の甘さに陶然となり、少女も熱に浮かされたように青年へと囁いた。
 お互いへの愛しさを伝え合った唇は温もりを求め、重なり合う。
「あ、あぁ・・・ん、ふっ」
 青年から与えられる刺激に少女は素直に反応し、耐えきれない声が紅く艶やかに染まった唇から零れ落ちた。
 サラリ、と衣擦れの音がする度に陶磁器の肌が現れ、その肌に紅い華が咲く。
「ん、んんっ、く・・・う、ん・・・」
 零れる艶かな声が恥ずかしく、少女は指を噛んで耐えるがそれに気づいた青年が少女の手首を掴み、口から外させた。
「耐えなくていい・・・噛んでいると指に傷がつく」
「で、でも、クライヴ・・・」
「聞かせてくれ。お前の声を」
 熱の篭った視線を向けられ、少女の顔が一気に赤く染まる。青年から感じる『男』の気配に、戸惑いながらも歓喜している自分に気づいていた。
「あ、あぁ・・・ん、あふっ、うぅん・・・」
 暖炉の火で赤く染まった肌は滑らかな手触りで何時までも触れていたくなる。
 丁寧に愛撫を繰り返し、特に反応が強い場所は殊更丹念に触れると声が高くなった。
 ピチャッ、と微かな水音が火の爆ぜる音に混じって聞こえ出す。
「や・・・やぁっ、あ、いやぁ・・・」
 体の中心から走った電流に少女の華奢な肢体が若鮎のように跳ねた。
 花園から零れる蜜が少女の状態を教え、青年の欲情を煽る。
「綺麗だな、シルヴィアナ・・・」
 床に散った純銀の髪を一房取り、口付ける。
 青年に快感を煽られ、全身を艶やかな色に染めた少女は普段の涼やかさとは違い、あでやかで妖艶な美しさを醸し出していた。
 初めて出会った時から惹かれていた天使。
 会う度に、話をする度に魅了され、何時の間にか訪問されることが楽しみになっていた。
 気がつけばその純白の存在に捕われ、がんじがらめに心を縛られ、身動きが取れなくなっていた事実。
 世界に平和が戻れば天使もまた、天界に戻るのだと気づいた時の喪失感は今でも背筋を凍らせる程だ。
 そして、我が侭で無理な願いだと分かっていながらも、懇願せずにはいられなかった。
 心のどこかで身のほど知らずだと嘲笑う声を聞きながらも、願わずにはいられなかったのだ。
 今、振り返ってみれば滑稽なほど穢れない純白の天使を求め・・・そして、夢のような現実が己の腕の中にある。
「あ、あぁ、クライヴ・・・ク、ライヴゥ・・・んんっ」
 真白に輝く羽根を捨て去り、純白の天使はただの少女になり、青年の側に残った。
 天使から少女になりはしたものの、少女は変わらず青年の心を縛り付けている。人間になろうとも変わらない、純白に輝くその魂で。
 それはまるで、純白の鎖。
 だが、それは青年にとってはただ、甘いだけの鎖。
「シルヴィアナ・・・愛している」
「愛して・・・います、クライヴ・・・」
 囁き合った二人は深く抱き締め合い、1つになる。
「ん・・・く、う・・・」
 苦痛の声が少女の唇から漏れ、白い額には脂汗がじっとりと滲み出した。
「大丈夫か・・・?」
 気遣う声に潤んだ瞳を開けた少女はそっと微笑み、微かに頷く。
「すまない、シルヴィアナ。もう、優しくは・・・できそうもない」
 途端に体中に走った衝撃に少女は声もなく仰け反った。
 青年の背中に回された両手が必死に縋り付き、爪痕を残す。
 しかし、痛みに慣れ、衝撃が薄れてくると少女の体は漂っている快感を拾い集めるようになった。
 少しずつ、快楽に染まった喘ぎ声が紅い唇から漏れ出し、少女の意識が快楽に染まりつつあることを教える。
 声は時折、悲鳴のようなものを漏らし、次第に切羽詰ったような息遣いになり、全身が痙攣のように震え出した。
 少女の限界が近い事を悟った青年が少女を誘導する。
 そして、二人は共に快楽の先へと辿り着いたのだった。

 純白の存在に捕われ、縛られ。けれども、自分を縛っている存在が側にいれば、その鎖も甘いものとなる。
 自分の心を甘く縛っている少女を抱き締めながら、青年はゆっくりと睡魔に身を任せた。


END