Love Seed
「ここなら、誰も来ませんね、リュドラル」 純白の翼を背にした天使は勇者である青年を振り返り、ふわり、と微笑んだ。 時が止まった世界−インフォス。 時が止まったままではインフォスという世界が壊れてしまうため、アカデミーを卒業したばかりの新米天使<ラビエル>はこの世界の守護天使となり、時が止まった原因を追求し、それを取り除く役目を<大天使・ガブリエル>から命じられた。 普通、一つの世界を守護するのは上級天使であり、たとえ優秀でも彼女のような新米には任せられない任務である。だが、上級天使はインフォスの崩壊を食い止めるため、世界を支えるのにかかりきりでとても守護が出来る状態ではないのだ。それ故にアカデミーを卒業したばかりではあったが、インフォスの守護天使という大任が彼女に回ってきたのである。 地上では天使はその身にある力をふるうことは出来ない。そのため、天使の代わりに地上を守るべく選ばれた人物が<勇者>としてその力を発揮する。 <リュドラル・アルグレーン>も天使の<勇者>として選ばれた一人であった。 ボルンガの反乱−普段は決して人に危害を加えないはずのモンスター達が、何故か人々を苦しめている。そのことを聞いた青年は即座に現地へ赴き、そして、その事件の真実を知った。 彼ら、ボルンガを操っていた、一匹のドラゴンのことを。 青年と天使に真実を告げた、まだ年若いボルンガは自分が守っていた種を青年に預け、去って行った。 「この子達も安心して育つことが出来ますよね」 ボルンガの種に手を伸ばしたのは青年だけではなかった。天使もまた、その種に手を伸ばし、驚くボルンガに微笑んだのだ。 『安心できる場所に埋めますから』 そう言って微笑んだ天使は、確かに慈愛の存在だった。 ボルンガとの約束を守るため、人の来ない場所を選んだ可憐な天使は手にしていた種を地面に埋めようとして、ふと、傍らに立つ青年を見上げた。 「リュドラル。この子達はこのまま、普通に埋めていいのですか?」 首を傾げ、訊ねる天使にぼんやりとその様子を見ていた青年は我に返り、慌ててその疑問に答える。 「あ、ああ。そのまま埋めても大丈夫だよ。後は、自分達で生き延びる力を持っているから」 「はい」 こくり、と素直に頷いた天使は手にしていた種に唇を近づけ、そっと囁いた。 「どうか、無事に芽を出して、そして大きくなって。そして、大きくなったらお友達になってください」 「ラビエル」 瞳を驚きで見張った青年は天使の名を呼ぶ。相手はボルンガの種−大人しい、平和主義者ではあるが、確かにモンスターの種なのに友達に? 「ボルンガのことを教えてくれたのはリュドラル、貴方ではありませんか」 青年の驚きを見た天使はコロコロと軽やかに笑う。 「モンスターにもいい方がいると言ったのは貴方ですのに、何をそんなに驚いているのです?」 「あ、いや、その・・・」 どうしても、天使とモンスターは相容れないという印象が拭えないのだ。その青年の心を察したのか、天使は微笑みを浮かべた。 「リュドラル、私は確かに天使です。けれども、自分と違うという理由だけで関わらないようにするなんて、悲しいと思いませんか?」 優しい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる天使。その暖かさに青年は包み込まれるような感覚を覚えた。 「そう・・・だよな。オレとボルンガが友達で、オレとラビエルが知り合っていれば、ボルンガとラビエルが友達になることも・・・」 「なりますよ、きっと。リュドラルのお友達ですもの」 あまりにも天使がきっぱりと断言するため、少し照れくさくなる。天使の言葉の意味はつまり、青年を信用しているということなのだから。 「私、リュドラルが好きですよ。<勇者>という肩書きではなく、リュドラル自身が好きなんです」 てらいもなく『好き』という単語を使うのは色めいた意味ではなく、友人の『好き』ということ。だが、それが分かっていても青年は顔を赤らめた。『好き』と面と向かって言われると結構、恥ずかしいものがある。もちろん、他の誰でもない、天使に言われたことはとても嬉しかったが。 「そのリュドラルが好きなボルンガでしょう?なら、きっと、私も好きになりますよ」 にこにこと無邪気に『好き』を連発する天使が一瞬、幼子に見えた。 『恋』を知らない無邪気な幼い天使。おそらく、青年が感じたそれが、天使の本質なのだろう。 急速に、天使に親しみを覚え始める。どうしても天上の住人という意識が離れず、構えてしまっていたが<ラビエル>という天使自身は実に無邪気で無垢で、守ってやりたい人物だった。 真っ直ぐに、自分自身を見つめてくれる少女だった。 一体、自分は今までどこを見ていたんだろうと心の中で舌打ちしたい気分だ。 「・・・ラビエル。オレにもボルンガ達を埋めさせてくれ」 「ええ、もちろんです。リュドラルが一番のお友達なのですものね」 青年の手にボルンガの種が渡され、天使と青年は緑豊かな森の地面に彼等を丁寧に埋めた。 青年と天使が埋めたのはモンスターの種 けれども、埋めたのはそれだけではなく 互いへのほのかな恋心も一緒に お互いに気づかず、また、自分自身でさえも気づいていない恋心 小さな、小さな恋の種 種はやがて芽を出し、成長し、そして大木となる 一緒に埋めた恋の種もまた、芽を出し、成長し、実を結ぶ そうなるのはまだまだ、先の話 END |