美しい薔薇には鞭がある?
「ちょぉーっとぉ、天使サマ、ラビエル、いるんでしょ?出てらっしゃいよ」 何気なく顔を出した途端、勇者の一人、ナーサディアに呼ばれた天使は一瞬、また、彼女の酔っ払っているところを訪ねてしまったのだろうか、と考えた。 その思いが正直に顔に出たのだろう、踊り子を生業としている美女はにやっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「大丈夫よ。今はちゃんと素面だから」 でも、その笑顔が怖いんですけど・・・と、背中にある翼さえなければ可憐な美少女である天使は密かに思った。・・・その心の呟きもしっかり、顔に出ていたらしい。 「ホント、素直ねぇ・・・あなたって」 ころころ・・・と屈託なく笑う美女はいつもの斜に構えたような笑みではなく、本当に心からの笑顔でどうやらかなり機嫌がいいことが伺えた。 「ナーサディア?」 本当に珍しい笑顔に天使はキョン、と首を傾げる。 「あのねぇ、ちょっと付き合って欲しいのよ」 「付き合う・・・何にでしょう?」 「まずね、人間の格好になって姿を現してくれる?」 「はぁ・・・」 不思議そうに首を傾げたまま、美女の要望通り天使は白いワンピース姿の少女の格好で出現した。 「じゃ、こっちに来て」 「?」 美女に手を引かれ、天使は一軒の店に入る。 「いらっしゃいませ」 「あそこに掛かっている服、この子に着せてやってくれる?」 「はい、かしこまりました。・・・まぁ、なんて可愛らしいお嬢さん!この服ならきっと、お似合いですわね」 「あたしの自慢の妹分だから。可愛くしてやって」 「ナ、ナーサディア?これは・・・」 「いいから、いいから。昨夜また、ポーカーで稼いじゃったし、少しは使わないとね」 パチン、と綺麗にウィンクをした美女はおたおたする天使を手にした服と共に試着室へと追いやった。 試着室に放りこまれた天使は足元にある布の塊を見つめ、ため息をつく。どうあってもあの美女は自分を着せ替え人形にしたいらしい。覚悟を決め、天使は足元の服に手を伸ばした。 「まぁ・・・なんて可愛らしい・・・」 職業柄、いろいろな人々を見ているだろう店員もため息をつくような美少女が試着室から出てきた。 「上等じゃない。ラビエル、ちょっとこっちおいで」 満足そうに頷いた美女がちょいちょい、と手招きをするのに応じ、フリルとレースたっぷりのふわふわの服を見事に着こなした天使はトコトコと美女の側に寄る。 「靴は、これ。アクセサリーは・・・こっちがいいわね」 手際良く目をつけていたアクセサリーで飾り立てる美女は上機嫌で、本当に天使を着せ替え人形にしているようである。 そうして、十数分後。ふわふわとした綿菓子のような、可憐な美少女がそこに立っていた。 「あの・・・ナーサディア、一体・・・」 「だから、言ったでしょ?ポーカーで勝ったって」 「言いましたけど・・・でも、それだけではないでしょう?」 ボケボケしているようで、変に鋭い天使は美女の本当の目的がこれ(天使の着せ替え人形)ではないことを見抜いている。純粋に、真っ直ぐに見つめる瞳に見つめられ、美女はにっこりと微笑んだ。 「そ、これから一緒に食事に行きましょ。ちょっと贅沢にね」 「・・・で、この格好ですか」 「ふふっ、似合うわよ。前からラビエルを飾ってみたかったの。今日はあたしの誕生日だし、いいでしょ?」 「誕生日・・・今日、ですか?」 「そう、真冬の生まれ」 綺麗に微笑む美女につられ、天使もふわり、と微笑む。 「それは・・・おめでとうございます。私でよろしいのでしたら、お食事、お付き合いします」 「ありがと。じゃ、行こうか」 服や小物などの支払いを済ませ、外に出るとそこらじゅうの視線が一斉に二人に集中した。 まぁ、それも無理はない。 何せ一方は踊り子を生業としているだけあって、見事なナイスバディに似合いの妖艶な美女であり、一方はフリルとレースとリボンが一杯のふわふわとした服がよく似合う、可憐な美少女なのである。一人一人、別々でも目立つのに二人揃ってしまえば倍どころか相乗効果の二乗くらい目立つ。 そして、目立てば目立つほど、やっかいなのに目をつけられるのも当然で・・・ 「よぅ、美人さん。俺達に付き合わないか?」 こういう手合いに慣れている美女は徹底無視の態度で歩くが、可憐な天使はおどおどと声をかけてきた男達を見まわす。 「ラビエル。相手にするんじゃないわよ、こーゆーのは」 「は、はい」 美女の言葉に天使は素直に頷いたがそうもいかないのが周囲の男達である。 「その言い方はないだろう。せっかく誘っているんだぜ」 なおも絡む男達だったが、美女は見事しか言いようがないほど綺麗に無視をした。当然だが、男達は面白くない。手を伸ばして美女の肩を掴んでくる。 「そこまでつんけんすることはないだろう。せっかくの綺麗な顔が台無しになるぜ」 あまりにもしつこい輩に、とうとう美女のあまり長くない堪忍袋の緒がぷっつりと切れた。 「せっかく、お気に入りの子と一緒に食事をするっていうのに、邪魔をしないで欲しいわ。あんた達と一緒に行くつもりもないどころかそんなのはごめんよ。とっととどこかへ消えてくれる?」 掴まれた肩から男の手を叩き落とし、腰に手を当てて傲慢に言いきった美女はギロリ、と男達を睨みつける。 いざとなれば魔物達を相手に闘う、勇者をしている美女の年季の入った睨みはそこらのナンパな男達を怯ませるものがあった。 ここで素直に退けばいいものを、余計なプライドが男達にはあったらしい。 「随分と言ってくれるじゃないか。ここまでコケにしたんだ、覚悟は出来ているんだろうな」 ・・・独創性も何もあったものではないセリフをはき、こぶしを握り締める男達に美女はふふん、と鼻を鳴らした。 「なに、やろうっていうの?いいわよ、あたしを倒せるものならやってみなさいよ」 「ナ、ナーサディア、あまり乱暴なことは・・・」 「あなたはひっこんでらっしゃい、ラビエル。こーゆー手合いは少し、痛めつけとかないと何度も同じ事をするからね。物事には思い通りに行かないこともあるってことを教えておかないと」 「・・・そういう問題でしょうか・・・?」 なんとなく納得のいかない天使は首を捻るが、美女はすでに臨戦体制に入っており、もう何を言っても無駄だと悟る。美女に言われるまま、あまり邪魔にならない場所まで移動した天使の前で、華麗な舞が披露された。 殴りかかってきた男をひらりと優雅に避け、ひょいっと足を引っ掛けると見事に男はすっ転ぶ。 「ってー、こ、この・・・」 すっ転んだ男には見向きもせず、美女は続いて襲いかかってきた男の腕を避けると肘を鳩尾に叩きつけた。 「ぐうぅっ」 「はっ」 地面に沈んだ男を顧みることなく、更に美女は見事な脚線美を誇る白い足を惜しげもなく曝け出して正面に立った男の顎を蹴り上げる。 「ぐあっ」 蹴り上げた白い足に美女は手を添わせ、次の瞬間、その手に彼女お得意の鞭が握られていた。 「ナーサディア、それまで出さなくても・・・」 「ラビエルは黙っていなさい」 慌てて武器の使用を止める天使に、美女はピシャリと反論を封じる。 「せっかくのいい気分をぶち壊しにしてくれたんだもの。覚悟してちょうだいね」 にっこりと、凄みのある笑顔を浮かべた美女は、手にした鞭を一閃させた。 鞭を手にした美女が勝利するのに、1分もかからなかった・・・ 「ナーサディア、やっぱりこれはやりすぎなのでは・・・」 優しい瞳に憂いを浮かべる天使だが、美女は腰に手をあて、ふんっと頭を逸らせる。 「当然の報いだわ。こいつら、ラビエルにまで手を出そうとしていたんだから」 「はぁ・・・」 地面に伸びている男達を遠慮会釈なしに足先でつつく美女。・・・かなり、根深く怒っているらしい。 「あなたはあたしのお気に入りで、自慢の妹分なんだから。つまんない男に渡すほど、あたしの懐は広くないわ。・・・もし、あなたを欲しいと言う男が出てきても、あたしの眼鏡にかなう男でなけりゃ、簡単に渡さないわよ」 「ナーサディアの審査は厳しそうですね」 苦笑した天使に美女の当然という響きの答えが返る。 「そりゃそうよ。あたしはあんたが好きだもの」 極々、当然のように言いきった美女を天使は驚いたように見つめ、そしてふわり、と微笑んだ。 「私も、ナーサディアが好きですよ」 「ありがと。じゃ、気分直しに食事に行こうか」 「はい」 存在が華である美女と天使が去った後、その場には美女にのされた男達が屍累々とばかりに倒れていた。 ・・・美しい薔薇のような美女が鞭の使い手であることを見ぬけなかったのが、男達の敗因であった。 『教訓:相手の力量は正しく読み取ろう』 余談ではあるが、天使での着せ替えをおおいに気に入った美女は何かと理由をつけては天使を呼び出し、綺麗に着飾らせては食事に行くようになったとか。 END |