drunken girl〜捕獲した者〜


 居酒屋もどきをお開きにしてから約30分後。
 酔っ払って眠り込んでしまった少女を抱え、青年は自分のマンションへと帰宅していた。
 一応、彼の名誉の為に言っておこう。彼は下心があって少女を自宅に連れ込んだ訳ではない。少女のアパートは知っているが、部屋の鍵のありかを知らないのである。勝手に少女の持ち物を漁るわけにもいかないので手っ取り早く自分の部屋に連れ帰ったという訳なのだ。
 部屋に入ると青年は真っ直ぐに寝室へと向かい、抱えていた少女をベッドの上に下ろす。
 無防備に、安心しきったように眠りの淵を漂っている少女の寝顔を眺めながら、そっと頬にかかった栗色の髪を払ってやった。
 サラサラとした素直で手触りの良い髪は指の間をスルッとすり抜け、なんとなく少女を連想させる。
 自分の感情に正直で、甘える事が不得手で。孤児であるが故に一人で生活を切り盛りするしっかり者のように思えて、意外なところで抜けていて。一度信用した者には驚く程無防備になるのに、人に頼る事を知らない。
 捕まえられるようでいて、捕まえられない。少女はそんな印象がある。
 だから、驚いた。酔った少女が子供のように甘える姿がとても可愛く、そして保護欲を刺激することに。
 すぅすぅと軽い寝息を立てている唇に視線が吸い寄せられる。まだ化粧を必要としていないのか、しようという意識がないのか、軽く開かれているその唇は口紅で染められていない、少女自身の可愛いピンク色だ。
『口付けたい』
 微かに白い歯が覗く、柔らかそうな唇にそんな欲求が募る。誰にも見咎められない、自分の寝室に二人きりという状況も青年の心に浮かんだ欲求を煽りこそすれ、抑制するわけなどなく。
 己の欲求に従い、青年は少女の上に覆い被さった。
 暖かく、柔らかい唇は予想以上に気持ち良く、もっと触れたくなる。
 そっと舌を出し、ピンクの柔らかな唇を舐めると歯列を割って暖かな口腔内を探り出した。
「・・・う、ん・・・んふっ・・・」
 僅かに甘さが混じる吐息が少女の唇から零れ、青年を刺激する。奥に引っ込んでいる舌を巻き込み、吸い上げ、甘噛みするとその吐息は更に甘くなった。
「あ、は・・・あ・・・」
 ピチャッ、とした音と共に唇が離れ、銀の糸が光に煌く。喉元にまで落ちたそれを青年は唇で拭い去った。紅く咲く華はおまけだ。
「・・・・・ん・・・・・」
 ボーッとした鳶色の瞳が開かれ、何度か瞬かれる。自分の置かれた部屋を確認しているのだろう。寝たままではあるが部屋中を見回している。
「・・・ほぇ?ナルゥ?」
 至近距離にある絶世の美貌を見上げた少女は警戒心の欠片もなくほわん、と呑気に笑った。
「ナルぐらいだよねぇ、どアップで見ても耐えられる顔の造形してるの」
 本っ当に、まったく、警戒というものを知らないのか、と考え込んでしまうような台詞である。
 酔っているとはいえ、場所は青年の自宅の寝室であり(少女にとっては見知らぬ部屋だ)二人の体勢は深読みする人間が見れば押し倒されているような格好にまったく、何の動揺もしないのは・・・とっても問題なのではなかろうか?
 ついつい、確認を取ってしまう。
「麻衣・・・お前、この状態を認識しているのか?」
「この状態?」
 きょん、と首を傾げる仕草は無邪気そのもの。・・・やはり、警戒というものとは無縁で・・・こうなると、考えられる事は1つ。
「お前、僕を男だと認識していないだろう?」
「何、言ってるの〜?ナルが男の人じゃなくてなんなのよ〜?」
「そうじゃなくて・・・」
 異性として意識していないのだ、この天然無邪気少女は。
 ため息をついた青年は言葉よりも行動を選んだ。
 自分を男として意識していないのならば、行動で分からせるしかない、と。
 すっと少女の滑らかな頬に手を滑らせ、先程味わった唇に指を滑らせる。
「ナル・・・?」
 ようやく、青年の様子がいつもと違う事に気づいたのだろう。不思議そうな表情を少女は浮かべるがやはり、警戒心は欠片もない。
 そんな、のほほんとした少女の唇に自分のものを重ね、青年は柔らかな体を抱きしめた。
「!?」
 青年のこの行動にはさすがに驚いたのだろう。一瞬、体が硬直した後、抱き込まれた腕から逃れようとしてじたばたと少女は暴れ出した。
「・・・んっ、ん〜〜〜っ、やっだっ!」
 どうにかキスから逃れ、叫んだ少女だったが走り出した青年の想いは止まろうとはしなかった。いや、青年自身、止めようという気がなかったのかもしれない。
「駄目だ。・・・逃がさない」
「ナ・・・ル?」
 何時もとは違う、低く響く声に鳶色の瞳を大きく見開いた少女は自分を押さえ付ける青年を見上げた。
 漆黒の髪が縁取る絶世の美貌。その美貌に納まる漆黒の瞳。その漆黒の瞳に浮かぶ色−−−感情は初めて見るものだった。
 狂おしいほどの熱情を秘めた闇。闇が熱いなどと思ったことはないのに、目の前の闇はまさしく、『熱い闇』だった。
 その闇と対峙した少女の心をよぎったのは恐怖。初めて目にする青年の姿に、少女は脅え、震える事しか出来ない。
 少女の脅えを感じたのだろうか、ふと青年を包んでいた圧倒的な熱が和らいだ。手を伸ばし、少女の髪に触れると宥めるように何度も栗色の髪を梳き、合間に羽が触れるような口付けを送る。頬に、額に、両目に。
 優しさを感じる暖かな感触に硬く強ばっていた少女の体が弛緩した。
「・・・好きだ」
 耳元で溶けるような囁きに鳶色の瞳が大きく見開かれる。
「嘘・・・」
「本当だ」
 思わず呟いた言葉を青年は即座に否定した。細い顎に指を絡め、漆黒の瞳に甘い光を浮かべると少女を絡め取るように鳶色の瞳を覗き込む。
「それとも・・・僕がこんなことを冗談でするとでも?」
「ううん、ナルはそんなことしない」
 今度は少女が即座に否定した。そう言いきれるだけの時間を共にしているし、性格も掴んでいる。青年の美貌を見慣れてはいたが、甘い微笑みを浮かべるその表情は初めて見るもので、思わず意識を奪われてしまうほどのインパクトを持っていた。
「ならば、疑うな」
「は・・・い・・・」
 呆然としたまま頷く少女へもう一度微笑みかけ、青年はその細い首筋に顔を埋めた。
 ピクッと反応する華奢な体を抱き締めながら、何度も反応を示した個所に唇を滑らせる。
「んっ・・・」
 我慢できず、漏れる声は艶やかで。少女の脅えを見て押さえていた熱が再び湧き上がる。
「あ・・・は・・・」
 無意識に逃げを打つ体を縛め、青年の手は白い肌を隠している布を取り除こうと蠢いていた。
「ちょ・・・ナル、やめ・・・あんっ」
 触れられる刺激に吐息が甘くなり、抵抗する力も弱くなる。力が弱くなれば青年の動きも大胆になり・・・今や、青年の手は我が物顔に少女の体の上を動き回っていた。
「あ・・・あ、や・・・あぅん・・・」
 柔らかな双丘は力を込めれば簡単に形を変え、ふわふわとした柔らかさと吸い付くような肌の手触りを楽しめる。頂上に咲く蕾は刺激に反応して固く立ち上がり、更なる刺激を誘っているようだった。
 蕾の誘いに乗るようにそこに唇を寄せ、片手は白い丘に手を添え、片手は下肢へと伸びていく。中心に触れると青年の愛撫に素直に反応している証拠として暖かな蜜が滲み出していた。
「や・・・嫌、ナ、ルゥ・・・」
 与えられる感覚にボーッとしていた少女は、下肢から直撃した快感で我に返り、急激に襲った羞恥故に青年の腕から逃れようと体を捻る。
 だが、今更少女を逃がすつもりのない青年はあっさりとその逃げを阻み、強引に口付けを奪うと思考が飛ぶまで深く、強く口付けを続けた。
「あ・・・ふ・・・」
 コトン、と縋っていた腕がシーツの上に落ちたのを確認した青年がようやく、少女を解放すると色づいた吐息が零れ落ちる。
 すっかり意識を奪われた少女は青年の愛撫に導かれるまま、素直に艶やかな喘ぎ声を零し、青年の情欲を煽った。
「麻衣・・・掴まれ」
 掠れた声で青年は少女に両腕を自分の背中へと回すように導く。言われるままにしがみついた少女を確認すると青年は熱くなっていた自分を少女の中心にあてがい、腰を進めた。
「あ、あ、あ、あああああっっ!!」
 快楽に染まった、うっとりとした表情から一転して少女の顔は苦痛に歪められる。かなりの激痛があるらしいことは、背中に立てられている爪の痛さで察することが出来た。
 だが、ここまで来て後戻りなど出来るわけがない。
「もう少し、我慢してくれ・・・」
「あ・・・も、許して、ナル・・・」
 涙を湛えた鳶色の瞳が哀願するその表情に、青年の背筋にぞくぞくとした快感が駆け上った。
 悦楽と疼痛が入り交じった表情は嗜虐的な快感を青年に与える。
 目元に唇を寄せ、涙を吸い取ってやるがしかし、青年は少女を離す気などさらさらなかった。
「駄目だ・・・離さない」
「あ、や、やああぁぁっ」
 少女を気遣ってのことか、ゆっくりと動く青年だったがそれでも走る激痛に少女の唇から苦痛の悲鳴が零れる。ポロポロと目尻から拭いきれない涙が流れた。
「麻衣」
 初めて故のきつさで青年は顔を歪めていたが、それでも少女の気が少しでも紛れるようにと幾度も口付けを送る。
「ナル・・・ナ、ル・・・」
 青年にしがみつき、うわ言のように少女は何度も青年の名を呼んだ。それが意識を繋ぐ糸であるかのように。
 そして。
 声にならない悲鳴をあげ、少女は意識を失い、青年は少女の中に想いを放った。

 数日後、この日の夜のことが少女の父親代わりの男にバレ、ショックを受けた男はしばらく寝こんでいたらしい・・・。
 そして、青年はひそかに誓った通り、捕獲した少女を側に置き続け、決して離さなかったという。


END