ひととき


 光が捕らえられた。
 オートザムのイーグルが操る白い機体、FTOの発射した精神ショックのエネルギーに耐え切れず、光は気を失い、戦艦NSXに着いた時にはレイアースは異空間に戻り、光の服装もレイアースの正装ではなく、いつもの制服に防具といったいでたちだった。
「本当に・・・セフィーロは不思議な世界ですね」
 FTOから降りたイーグルはレイアースが消え、小さな、少女の体が力無く横たわっているのを見つめて呟いた。
 とりあえず目が覚めるまで、ベッドにでも横にした方がいいだろうと光の体を抱き上げる。
「なんて・・・軽い」
 思わず零れた呟きは純粋な驚きがこもっていた。
 幼いと思っていた。
 小さな少女だと思っていた。
 だが、腕に掛かるはずの負担は驚くほどの軽さ。思ってみなかったほどの。
 何故だろうと思い、すぐに理由を悟る。
 存在が、大きく見えたのだ。
 大きな、意志の強さが光る瞳と、何度も闘いをくぐり抜けた者としての気迫とで。
「実際は、こんなに可愛い女の子なんですけどね」
 もう一度、光の顔を見つめ、イーグルは会議室と呼んでいる集会所へ歩いて行った。

 ドアが開いた途端、ザズが目敏くイーグルの抱えている少女に気づき、駆け寄ってくる。後から、ジェオものっそりと近寄ってきた。
「イーグル、その子、どうしたんだ?」
 ザズが近寄ってくるなり、少女の顔を覗き込み、目を丸くする。
「すげっ、可愛い子じゃないか!」
 ザズの騒ぎように、イーグルはくすり、と笑った。
「このお嬢さんが『魔法騎士』ですよ」
「なっ、この、ちっこいお嬢ちゃんがか!?」
 さすがにジェオも驚き、もう一度少女の顔を眺める。
「信じらんねぇ・・・」
「そうですね。でも、セフィーロでは年齢や外見で判断しない方がいいですよ。ああ、ザズ、あとでFTOを見ておいて下さい。腕を切られてしまいましたから」
「え?腕?」
「ええ、シールドを張ったのですが、このお嬢さんはシールドを破って左腕を切り落としました」
 今度こそ、二人は絶句してしまった。
「FTOに傷をつけたのって・・・ランティス以外、いなかったよな」
「そうですね。でも、このお嬢さんはシールドまで破ったんです」
「こんなちっこいのに、信じられないほどのパワーを持っているんだな。一度、手合わせをしてみたいもんだ」
「お嬢さんが目を覚ましたら、申し込めばいいですよ。ザズ、お嬢さんに合う服はありませんか?この服のデータをとりたいのですが」
「だったら、作るよ!この子、赤い色がよく似合うし、何より可愛い!」
 ザズの頭には、FTOの修復よりも、光の服を作る方が先になったようだった。

 NSXの与えられた部屋で、光はため息をついていた。
 さっきまで、オートザムのイーグル・ピジョンと話していたところである。
 イーグルがなぜ、セフィーロに進軍するのか、その理由を聞き、柱の哀しい存在も知っていて、なお、その座を欲しているのを聞いた。
「だったら、なぜ−−−?」
 更に聞こうとして、だが、イーグルはさらりと、その質問をかわし、光はこの部屋に連れ戻された。
 また、ため息をついた時、ふいに扉が開き、ジェオの大きな体が入り口に立っていた。
「ジェオ?」
「よう、お嬢ちゃん、いいかな?」
 軽く手を挙げて挨拶するジェオを見上げ、光は目を丸くしている。
「う、うん」
「ちっとばかり、手合わせしてくれないかな」
「手合わせ?」
「ああ、お嬢ちゃんが『魔法騎士』ってことは、『闘士』としてもけっこういけるんだろう?何が得意なんだ?」
「私は・・・小さい頃から剣を使っている」
「剣か、いいな。どうだい?一戦」
 しばらく考えた後、光は頷いた。考え込んでいても仕方がないのだ。こんな時は、体を動かす事に限る。
「よっしゃ、じゃ、こいつの後ろに乗ってくれ」
 先程、ザズがイーグルの所まで案内したエア・バイクにジェオが乗り込み、その後ろに光が座り、落ちないようにジェオの腰に手をまわす。
「しっかりつかまってな」
 一言、声をかけ、ジェオは出発した。
 しばらくしてついた場所は、闘技場なのだろうか。やけにだだっ広い空間だった。
「お嬢ちゃんは剣だったな。どれを使う?」
 キョロキョロと辺りを見回している光を手招き、ジェオは数種類の剣を指し示す。
 一つ一つ、手に取り、長さと重さを比べ、光は一つの剣を選び出した。
 ジェオは、その大きな体に相応しく、重さも長さも大きな剣である。
「それじゃあ、始めるか」
 ジェオの掛け声とともに、光はしっかりと剣を握り、かまえた。

「いやあ、まいった」
 大きな声とともに、ジェオが集会所に入ってきた。
 真剣な顔で話し込んでいたイーグルとザズが振り返り、ジェオの大きな体を迎える。
「ヒカルと手合わせをしたんですか」
「そう。ありゃあ、とんでもねぇお嬢ちゃんだぜ。スピードはあるわ、攻撃は鋭いわ、隙はないわ、本当に十四歳なのかってな」
「だから、言ったでしょう。年齢や外見で判断してはいけないと」
「ああ、身に染みたよ。ところで、何を話していたんだ?」
「FTOの修復だよ。ホント、ヒカルってば、あんなに可愛いのに、すげぇよな。綺麗に、すっぱり切っちまってやがんの。ま、おかげで修復はしやすいけどさ」
 テーブルに広げていた図面をくるくると巻きながら、ザズは立ち上がった。
「んじゃ、俺、FTOを見に行ってくるよ。そーだ、イーグル、ついででいいからさ、ヒカルの新しい服、届けてやってくれよな」
「また、作ったんですか」
「そ。今度のも絶対、可愛いぜ」
 小さな包みをイーグルに渡し、ヒラヒラと手を振ってザズは部屋を出る。
 ジェオも一口、クッキーを口に放り込むと扉へと向かった。
「お嬢ちゃんと手合わせをして、ひさびさにいい汗をかいたからな、ちっとシャワーを浴びてくる」
「どうぞ、ごゆっくり」
 ニッコリと笑うイーグルに軽く手を挙げて、ジェオも部屋を出た。
 しばらくの間、何かを考え込むようにじっとしていたイーグルだが、ザズから手渡された包みを持ち、光の部屋へと向かった。
「ヒカル?いないんですか?」
 光の部屋を訪ねると当の本人は見当たらず、イーグルは部屋の中を見回しながら入ってきた。首を捻っていると、どこからか水の音が聞こえ、そこでようやくイーグルは光がシャワーを使っている事に気づく。
「そういえば、ジェオもシャワーを浴びるとか言っていましたっけ」
 しばらくして、濡れた髪を拭きながら、バスローブ姿の光が出てくる。あまりにも無防備な光の姿にイーグルはうろたえかけたが、かろうじて平静を保った。
「どうしたんだ、イーグル」
 部屋にイーグルがいることに気づき、光は髪を拭く手を止めて青年を見上げる。その無邪気とも言えるほどの純粋無垢な瞳に、イーグルは少女が羞恥心がないのではなく、何も知らないだけだということに気づく。
「いえ。ジェオが感心していましたよ。ヒカルの戦闘力はすごいって。オートザムなら、一流の『闘士』になるだろうってね」
「ジェオも、すごく強かったよ。随分、修行をつんだんだろうね」
 イーグルはニッコリ笑ってジェオを褒める、光の素直さに目をわずかに細める。
 この小さな少女のどこに、あれほどの闘志が潜んでいるのだろうと思いながら。
「そうそう、ザズから服を預かってきたんですよ」
「服?」
「ええ、また新しい服を作ったそうですよ。ヒカルが可愛いから作りがいがあるといって、喜んでいましたね」
「そんな・・・悪いよ。何着も・・・」
「いいんですよ。ザズが好きでやっているんですから。嫌でなければ、着て下さい」
「うん・・・。ありがとう」
「ヒカル。少し、質問していいですか」
 少し、改まった態度のイーグルに、光も思わず姿勢を正してしまった。
「うん。何?」
「ヒカルは異世界の人間だと、言いましたね」
「そうだ」
「なら、本来はセフィーロとは何の関係もないはず。何故、そんなに必死になってセフィーロを守ろうとしているのですか」
 イーグルの質問は、光の心の奥深くにしまっていた記憶を呼び覚ました。魂の傷の痛みと共に。
「今の、セフィーロの姿にした原因が、私にもあるから」
「ヒカルに?」
 イーグルの瞳を見つめ、光は静かとも言える口調で言った。
「柱である、エメロード姫を殺したのは、私なんだ」
「な・・・に?」
 大抵の事には動じない青年も、さすがに驚愕に目を見開く。
「確か、『魔法騎士』はセフィーロを救うという伝説だったのでは?セフィーロを支えている柱を殺すなんて・・・」
 少女の瞳に、悲痛なほどの哀しみの色が浮かぶ。心を、魂を傷つけ、その痛みと共にある悲しみの光は、イーグルの息を呑ませるのに十分だった。
 こんなにも幼い少女が、何故、こんなに傷ついた、哀しい瞳をするのか−−−
「セフィーロに異変が起こった原因は、柱であるエメロード姫にあったんだ」
「まさか・・・」
「本人から聞いたから、本当だよ。柱は、セフィーロの平和を祈り、人々の幸せを祈る。エメロード姫もそうだった。けれど・・・あの人は、出会ってしまった。そして、愛してしまった。神官、ザガートを」
 少女の瞳が更に、悲痛に染まる。
「彼女はザガートを想い、彼の幸せを願い・・・心が不安定になった。その、不安定な心は確実にセフィーロを蝕み・・・その事に気づいた姫は、『魔法騎士』となる素質を持った私達を呼んだ。・・・自分を殺してもらうために」
「自分を、殺してもらうために、ヒカル達を呼んだ!?そんな、あまりにも身勝手で残酷な事を・・・」
「そうするしか、方法はなかったんだ・・・と、思う。柱は、自害する事は出来ない。また、セフィーロのなんびとたりとも傷つける事はできない。それができるのは、異世界の者。そして、魔神を動かせる者」
「ヒカル達は、それを聞いた上で・・・」
「違うんだ」
 イーグルの言葉に、光は即座に否定する。
「私達は知らなかったんだ。最初から知っていた導師クレフとは話の途中ではぐれて詳しいことは分からなかった。旅の途中で聞いた情報では神官ザガートがエメロード姫を攫ったとしか考えられなかった。実際、ザガートは伝説を蘇らせまいとして私達を襲ってきたし・・・」
 そっと、イーグルは手を伸ばし、くしゃっと光の頭を掴む。驚いて顔を上げる光の瞳を覗き込み、イーグルは穏やかに尋ねる。
「その、神官も柱を愛したのですね?」
「・・・うん。私達は何も知らなかった。ただ、『東京』に帰る事だけを考えて、『魔法騎士』なんて呼ばれていい気になって・・・!姫や、ザガートがどんな気持ちでいたのか、全然、分かっていなかったんだ!・・・え?」
 自分の思いを吐き出した光は、突然広い胸に抱きすくめられ、硬直する。
「イ、イーグル?」
「どうして・・・あなたのようなお嬢さんがそんな瞳をするのか、わかりましたよ」
「私の・・・瞳?」
「光を見ているはずなのに、時折、こちらが辛くなるような、悲痛な瞳。・・・できれば、ヒカルとは敵対したくはなかったのですけど・・・」
 イーグルのその言葉は、光の話を聞いても気持ちは変わらないことを暗に言っている。
「変わらないんだね、私の話を聞いても」
「ええ。私達の国は、どうしても柱システムが必要ですから」
 光の小さな体を抱き締めながら、イーグルは謝る。小さな少女が無性に愛しかった。傷ついた魂を持ちながら、精一杯セフィーロを守ろうとするひたむきさが愛しかった。
 だが・・・間違いなく、次に出会う時は敵になるだろう。
 少女はセフィーロを守る者として。
 青年はセフィーロの柱になろうとして。
 だが。
 今はただ、この少女を抱き締めていたかった。
 次の闘いを予感しながらも、イーグルは小さな少女の体を抱き締めていた。


END