キズ

 サアアアァァァ・・・
 シャワーの暖かい湯が白い肌の上を滑っていく。
「ぷはぁっ」
 顔に当てられていたシャワーが遠のくと同時に、湯をかけられていた女性が大きく息を吐き、止めていた呼吸を再開した。
「ねぇ・・・まだ、流さなきゃならないの?」
「もう少し、我慢してください。顔中に細かいガラスが飛び散ったのですから」
 青年の言葉にため息をついた女性は言われるままに再び顔を天井に向け、目を閉じる。息を止めた女性の顔の上をシャワーの湯が流れた。

 バスルームの椅子に腰掛け、シャワーから出ている湯を受けている女性は<マルローネ>。親しい者達には<マリー>と呼ばれている。
 椅子に座っている彼女にシャワーをかけている青年は<クライス・キューブ>。
 共に錬金術を学ぶアカデミーの学生なのだが、この二人の関係は仲がいいのか悪いのかよく分からないと、周囲の人間が首を傾げるものであった。二人に言わせれば「いいわけない!」と一言で済ませるが、青年は何かと女性にちょっかいを出し、女性は一々それに反応するという態度で「本当に仲が悪いのか?」と首を傾げたくなることは確かだ。

 そんな二人が揃ってバスルームにいるのは当然、訳がある。
 寝酒を火にかけていたのを忘れていた女性は訊ねてきた青年にそれを指摘され、慌てて焦げそうになった飲み物を入れていたガラスごと水に浸けたのである。急激な温度変化に耐えきれず、割れて飛び散ったガラスはとっさに青年がマントを広げて女性を庇ったのにもかかわらず、彼女の顔を傷つけた。
 女性の方はケロッとしていたのだが、青年の方が辛そうな表情で女性の傷を確かめ、下手に触るより水で流した方がいいと意見したのである。それには異議のなかった女性だったが、バスルームに青年も一緒に入りこんだときはさすがに慌てまくった。もちろん、これには抗議した女性である。しかし、
「どこにガラスが飛んだのかよく分からないのに、ちゃんと流せるのですか?」
 という一理あるその意見に結局、押し切られてしまったのだった。

 青年の錬金術師らしい繊細な指が、意外な優しさで女性の顔についた傷をそっと撫でていく。その優しさが心地よくて、女性は自然と寛いだ、柔らかな表情になっていた。
 それを目にしている青年は逆に、落ちつかなくなってきている。
 バスルームの椅子にちょこんと腰掛けている女性は細い紐のタンクトップと短パン姿。せめてこれだけは身に着けさせて欲しいと懇願し、それは受け入れられたのだが。
 濡れた衣服は肌に張り付いて体の線を露わにし、更にはその下にある白い肌をうっすらと透けさせる。下手に全裸になるよりもこの方がかえって扇情的であることを、瞳を閉じた女性は気づいていなかった。更にはその格好が恥ずかしいのか、両腕で自分の体をぎゅっと抱き締めているのだがそれが胸の大きさを強調していて青年の理性を揺さぶる。
(誘っているのと変わらないっていうのが・・・この人には分からないのでしょうね・・・)
 見事な谷間が出来ている胸を見下ろして青年は内心でため息をついた。
 普段から露出の多い服を着用しているだけあって、スタイルはいいのだ。
 豊かな胸とヒップに比例して腰は細くくびれ、長い手足は細く華奢で女性が紛れもなく青年と性を違えていることを教えている。
 白大理石のような肌はシャワーの湯で上気してうっすらとピンクに染まり、間近で見る唇は紅を刷いたように紅く色づき、しっとりと濡れた様子が尚更青年の理性を揺さぶった。
「ねぇ、クライス。もう流れた?」
 ガラスの破片がないかと顔を近づけたその時、女性が唇を開き、問いを口にした。
 紅く濡れた唇が動く様は一瞬にして青年の理性を叩き壊し、ごくりと青年は唾を飲み込む。そっと指を伸ばし、誘うように開かれた唇に触れた。
「クライス?」
「もう少し・・・じっとしていて下さい」
 触れた唇は柔らかく、もっともっと触れたくなる。
 唇に触れた指は紅を塗るように動き、頬に移動して耳の形を確かめ、濡れて金の色が濃くなった髪をかきあげ、首の細さを露わにした後、再び唇にもどった。
「クライス、何をして・・・っ!?」
 青年の指の動きに女性は疑問を口にしようとして・・・最後まで続けられなかった。
 唇にあたる感触が信じられないように大きく瞳を見開き、ドアップになっている青年の顔を凝視している。
「ん・・・んんっ、んむうっ」
 女性が固まっているのをいいことに、青年の左手はしっかりと細くくびれた腰を抱いて逃げ出さないように押さえつけ、右手は小さな顎を強く掴んで口を開かせると舌を進入させた。
 驚いてもがく女性を難なく押さえ込み、青年は心ゆくまで柔らかくて甘い唇を堪能する。
「ん、はぁ・・・何を、するのよ、クライスっ」
 唇が離れた途端、抗議する女性だったが、舌をきつく絡められていた為に痺れたようになり、その文句は舌っ足らずな響きになった。
「や、やだ・・・」
 思わず真っ赤になった女性が唇を隠すように両手で隠すが、青年はそれを許さず細い手首を掴んで唇から剥がすと再びそれを求めて顔を寄せる。だが、女性は顔を背け、青年の口付けを拒んだ。
「マリー、こっちを向いて」
 青年の促しにも答えず、女性が顔を背けたままなのを見てとると、背けているが為に露わになっている細い首筋に顔を埋める。
「や、嫌っ」
 腕の中の華奢な体がじたばたと暴れ出すのを性差故の力強さで押さえ込み、青年は仄かに甘い香りのする肌をじっくりと味わった。
「あ、ん、や・・・は、離し・・・あ、はぁ・・・」
 敏感な場所を舌が滑る度に女性は震え、甘い吐息を零す。その甘やかさに青年は捕われ、夢中になって両手をタンクトップの下に差し入れた。
「やぁん・・・やめ、やだぁ・・・う、うぅんっ」
 首筋に感じる舌の感触と胸を柔らかく揉まれる感触に、女性の背筋に淡い快感が這い登ってくる。それに耐える術を知らない女性は背を仰け反らせて小さな喘ぎを零した。
「とても・・・甘いですね、あなたの体は」
 うっとりと呟いた青年の手が魔法のように動き、体に張りついていたタンクトップを剥ぎ取る。
「さっきの姿の方がそそりますが、もっとあなたを味わいたいですからね」
 くすくすと笑みを零しながら青年は柔らかな弾力性に富んだ、豊かな胸に口付けた。
「ん、あ、あぁ・・・」
 時々、きつく口付け、紅い華を咲かせながら胸の頂きを目指す。頂きにある誘うように色づいた蕾を口に含むと、女性の唇から更に高い喘ぎが零れた。
「あふっ、あ、あ、あ・・・はぁん・・・」
 きつく吸い上げ、舌で舐め回し、硬くなった蕾を刺激すると耐えられないというように首を横に振り、濡れた金の髪を肌に張り付かせる。それがまた、青年をひどくそそり、尚も執拗に滑らかな肌を撫でさすった。
「あなたの肌が、こんなに手触りがいいとは思ってもみませんでした」
 嬉しそうに呟き、青年は余すことなく女性の肌に触れていく。
 細い首、肩、腕、鎖骨、背筋、胸、腹部・・・。
 どこに触れてもきめの細かい肌は青年の手に吸いつくようで気持ちいい。
 滑るように動いていた青年の手が唯一、体に残っていた布にかかり、女性がそれに意識を向ける前に剥ぎ取ってしまった。
「クライス!?」
 驚く女性の肩を掴み、バスルームの床へ一気に押し倒した青年は間を置かずにその手を下肢へと伸ばす。
 ・・・くちゅんっ・・・
「や、嫌、やだぁっ・・・はうっ」
 思わぬ水音に羞恥心を掻き立てられ、抵抗しようとした女性だったが、続けて動かされた指に羞恥心を越える快感を教えられて思わず目の前の青年に抱き着いてしまった。
「あ、あ、あんっ、あ、やぁ・・・あふっ、んんっ、はぁん・・・」
 耐える術を知らないが故に、零れる喘ぎは止めようがない。その喘ぎと吐息の甘やかさが誘いとなって青年の指はますます激しく女性を蹂躙する。
「マリー・・・呼んでください、私を」
「は、あ・・・はうっ、あん、あ・・・やぁ・・・」
「その声で・・・あなたの、甘いその声で、どうか私を呼んでください」
 青年の囁きは女性には届いていないようで、体中を走る快感にただ喘ぎ、しがみつくだけ。首筋に当たる吐息にそのまま獣になりたい気持ちを押さえ、青年は繰り返し願いを囁いた。
「マリー」
「あ、うぁ・・・」
「呼んでください、私を」
「は、あはっ、ん・・・」
「呼んで、マリー。私を、呼んで」
 囁いた青年はそっと唇に口付ける。軽く優しく、唇を挟み込むようにした後、ペロリと柔らかなそれを舐めた。
「ねぇ、マリー。この唇で、私を欲しがってくれませんか?」
「ク・・・ラ、イス・・・」
 震える吐息に乱されながらも、ようやく呼ばれた名前に青年は嬉しそうに微笑んでまた、唇に口付ける。
「マリー、私が欲しいですか?」
 どうしても言わせたい言葉。どれだけ、喧嘩をしようとも、この女性は自分のものだという確信が欲しい。
「さぁ、マリー?」
 震える唇から目が離せない。この気の強い女性はどこまで耐えられるのか。
「クラ・・・イス、の意地悪・・・」
 快感に潤む瞳で睨むのははっきり言って、犯罪である。あまりの愛らしさに何もかも忘れてむしゃぶりつきたくなるではないか。
「意地悪にもなりますよ。あなたがなかなか言ってくれませんから」
「だって・・・」
「さぁ、どうします?このままずっと、煽られ続けますか?」
 くすくす笑い、耳をペロリと舐めると面白いように背筋が反り返り、胸を差し出す格好になる。その柔らかな胸に顔を埋め、女性から仄かに薫る甘い香りを楽しんでいた青年の背に、細く、華奢な腕が回された。
「マリー?」
「お願い、クライス・・・」
 アクアマリンのように透き通った瞳を潤ませ、女性は小さく、囁く。
「お願い。・・・きて、クライス・・・」

 それから後のことは、青年も女性も夢中でよく覚えてはいない。
 ただ、何度絶頂を迎えても青年は満足するということがなく、何時の間にか場所がバスルームから寝室へと移っても女性を放すことはなかった。
「あ・・・も、クライス、私、もう、駄目・・・」
「嘘を言ってはいけませんね。ほら、あなたのここはまだ、欲しがっていますよ」
「あぁんっ、駄目だってばぁ・・・」
 延々と続いた行為がひとまず終了したのは東の空が白々と明けてきた頃だった。
 とうとう失神して、どんな愛撫にも反応しなくなった女性を抱き締め、青年は明るくなっていく空を眺める。
 ずっと目で追いかけていた女性をようやく手に入れた青年の表情は至福に満ちたものだ。
「早く、起きてください、マリー。そうしたら、また、私を教えてあげますから」
 何度も何度も、この体に自分を教え込んで。そうして自分のものにするのだ。どんな男が女性を誘おうとも、決してなびかないように。
「あなたは私のものです。ずっと・・・ずっと・・・」
 幸せそうに微笑み、青年は腕の中の女性が目覚めるのを待っていた。

 執着する心は逆を言えば捕われてしまったということ。
 その存在に心を捕われ、その存在故に執着して。

 青年に捕まってしまった女性。
 だが、それ以前に青年は女性に捕まってしまっていた。

 お互いに捕まってしまった二人。
 それに気づかず、二人はお互いに縛り合う。

 ずっと、永遠に。


END