お見舞い、それとも看病?
「はぁ?クライスが風邪ぇ?」 アクアマリンの瞳を軽く見開き、すっとんきょうな声をあげた女性は<マルローネ>。アカデミーの最低記録保持者という落ちこぼれの彼女をなんとかしようと、アカデミーが提示した特別卒業試験に去年、なんとか合格した錬金術師である。現在は親友の<シア・ドナースターク>の援助で開いた自分の工房を切り盛りしている毎日だ。 「そうなのよ。随分と弱ってしまって・・・」 美しい眉を心配げに曇らせ、呟く美女は<アウラ・キュール>。アカデミーの第1期卒業生であり、今はアカデミー内のアイテム・ショップの店員として勤めている。 「あのクライスがねぇ・・・」 健康管理なんか、きっちりとしていそうなんだけどなぁ、などと内心で呟きながら女性は店に並べられている品物を手に取った。 先程から二人の間で話題になっている人物は<クライス・キュール>。アカデミーでもトップという優等生で、なんなくマイスターランクへと進んだ彼だったがいかんせん、性格に難があり、女性に言わせれば「嫌味が服を着て歩いている」と言わしめる程歯に衣着せぬ言動を取っていた。そして、信じがたいことだが、心配そうに眉を曇らせている美女の弟でもある。 「ねぇ、マリー。お願いがあるのだけど」 「え?」 「私の代わりにクライスのところへ行ってくれないかしら?」 「えええぇぇぇっ!?」 美女の『お願い』に錬金術師の女性は驚きの声をあげた。まぁ、それも無理はない。何せ、5年間の特別試験の間、美女の弟と彼女は何かと喧嘩を繰り返していたのだから。しかし、その喧嘩も美女に言わせれば『仲がいいわね』ということになってしまうらしい。 「栄養のあるものをと思って作ったのはいいのだけど、急に外せない用事が出来てしまって・・・ね、お願い、マリー」 本当に困った顔で両手を合わせる美女に、断りきれないものを感じた女性は天を見上げ、嘆息するしかなかった。 (・・・また、熱が上がったかな・・・?) ボーッとする頭で青年はボンヤリと考える。体中がだるく、寝返りをするのも億劫なぐらいだ。喉の渇きを覚えているのだが、サイドテーブルにあるはずの水差しとコップに手を伸ばす気力もない。 コン、コンコン。 躊躇いがちなノックの音に深く考えることなく、青年は掠れた声で返事を返した。 「どうぞ。・・・開いていますよ」 「あら。本当にアウラさんの言う通りね」 予想しなかった声に青年は思わず飛び起きて扉の方を見ると、長い間想いを寄せている女性がそこに立っている。 「マ、マルローネさん・・・っ?ど、どうして・・・」 突然やって来た女性に問いかけようとした青年だったが、あまりにも驚いたためか途中で咳き込み、言葉にならない。 「ほらほら、急に起き上がるから。少し落ちついて」 逆に女性の方は落ちついたもので、手にしていたバスケットをテーブルの上に置くと背を丸めて咳き込んでいる青年の背をゆっくりと撫でてやった。 しばらく背中をさすってもらった青年は咳が落ちつくともう一度、女性に先程の質問を投げかける。 「で、どうしたんですか?貴女がここへ来るなんて」 「アウラさんに頼まれたのよ」 「姉さんに?」 「そ。自分が行くつもりだったけど、急用が出来て行けなくなったんだって。で、たまたまお店に行ったあたしが捕まったわけ」 女性の説明を聞いた青年は思わずその偶然に感謝した。姉が頼まなければ、この女性は決して自分のところに来ないことは分かりきっていたから。 「で、熱は?食欲はある?」 体を起こした青年に手を貸し、ついでにそこらにあるクッションなどを利用して青年が楽な姿勢になるように背中などにあてがった。 「・・・随分と手馴れていますね・・・」 「まぁね。今はそんなことないけど、昔はシアの看病をしたりしていたから」 幼い頃から病弱だったのだが、女性が作ったエリキシル剤のお陰ですっかり健康体になった幼馴染み兼親友の名をあげ、てきぱきと青年の世話を焼く女性。・・・目を疑うような光景であることは間違いない。 「んー?まだ、熱が高いじゃない。これ、食べられるかなぁ?」 両手で青年の頬を挟み、女性はコツン、と額を合わせて熱の状態を見た。間近に見る女性の顔と自分に触れている細くしなやかな指。・・・非常に、精神衛生上、よろしくない。 「あ、あの、マルローネさん・・・」 「ん?何?」 「その・・・『食べられる』とは?」 高熱と、急接近したが故にぐらついた理性をなんとか繋ぎとめ、引っかかった単語を訊ねる。いくら、惚れた弱みとはいえ、彼女のお手製の食べ物は遠慮したいのだが・・・ 「心配しなくてもあたしのじゃないわよ。アウラさんが消化にいいものを作ったらしいわ」 一応、料理の苦手なことを自覚している女性は顔をしかめつつ、青年の心配を否定した。途端に、あからさまにホッとした顔をする青年を思いっきり睨みつける。 「わざわざ見舞いに来た者に対して、失礼な態度をとるんじゃないわよ。っとに、アウラさんの頼みでなければ、さっさと退散するところなんだからね」 ぶつぶつと文句を言ってはいるが、さすがに病人相手では気が引けるのかテンションは低い。 「で、どうする?風邪で体力は落ちているだろうし、食べた方がいいよ?」 ベットの端に浅く腰掛け、女性は青年の顔を覗き込んだ。生命力に溢れたアクアマリンの瞳が真っ直ぐに蒼の瞳を見つめる。 息が掛かる至近距離。 自分の姿だけを映すことを願ったアクアマリン。 再び伸ばされ、額に触れた細い指先。 「クライス?どう・・・うきゃあっ!?」 ・・・気がつけば、青年は女性を抱きすくめ、ベッドに諸共倒れこんでいた。 「ク、クラ、クライスッ!?何・・・一体、これ・・・」 余程焦っているのか、余裕のない女性の言葉は意味を成さないものだ。女性が呆然としている隙に青年は手際良く押さえこみ、気がつけば青年の蒼の瞳を真上に見上げる体勢になっている。風邪を引いて寝こんでいた者とは思えない素早さだ。 「マルローネ・・・マリー・・・」 熱の篭った視線に息を飲み、女性は逃げることを忘れて青年の蒼の瞳を見つめ続ける。 「・・・クラ、イス・・・?」 本当にこの青年はあのいつも嫌味を言っていた青年と同一人物なのだろうか。そう思うのはきっと、眼鏡を外しただけではない。青年の何かが・・・青年を包み込み、人を拒絶していた殻のようなものが今は感じられない。それが青年を別人のように思わせるのだろう。 「ねぇ・・・?どうしたの、クライス・・・?」 そっと、青年を刺激しないように囁く。糸を張り詰めたような緊張感がそうさせた。だが、その言葉に反応したのか、青年は女性の上に覆い被さる。 「マリー・・・」 熱っぽく掠れた声は風邪のせいか、それとも別の理由からか。動かない・・・いや、動けない女性の上に覆い被さった青年は風邪を引いているとは思えない力で女性の体を抱きすくめ、彼女の唇を塞いだ。 「・・・!?」 唇の上に感じた柔らかな感触に女性は瞳を見開き、硬直する。先程からの青年の行動が掴めず、とまどう女性だったが青年はおかまいなく先へと進もうとした。 「や、ちょ・・・どこを触ってんのよ、クライス!!」 強烈に存在を誇示している女性の豊かな胸に、青年の手が触れる。触れるだけでなく、胸を掴み、強弱をつけて揉みだしたことに驚いた女性は必死に体を捩らせ、青年の手から逃れようとした。 「ば、ばかばかばかぁっ!!離して、離し・・・嫌ぁっ!」 女性の上に圧し掛かっている体は重く、とても逃れられそうもない。それが分かっていても諦めることなく女性は青年の背中を叩き、抵抗を示した。 「・・・そんなに、嫌ですか、私に抱かれるのは・・・」 耳元で囁かれる掠れた声。涙を浮かべたアクアマリンが青年を見つめた。 「泣くほど・・・嫌?キスをされるのも・・・こうして、抱き締められることさえも・・・?」 自分の身に降りかかった出来事に思考能力が働かなくなってはいたが、青年の声がひどく寂しそうであることだけは理解できた。 (どうして・・・?酷いことをされているのはあたしなのに・・・どうして、クライスが辛そうな顔をしているの・・・?) ぼんやりとした思考の中、女性の手が無意識に青年の頬に触れる。暖かな手の温もりに目を細め、青年は自分に触れた女性の掌に口付けた。 「好きです、マリー・・・愛しています」 掌に口付けたまま、青年が呟いた言葉が女性の中に染み込むまで一時の時間を要した。そして、その言葉を理解した女性の瞳が見開かれる。 「ずっと・・・ずっと、貴女だけを見つめていました」 ロマンティックとも言える、密やかな告白は盛大な平手打ちで遮られた。 「こ・・・この、ドあほっ!!」 「マ、マリー?」 じんじんと痺れる頬に手をやることも忘れ、驚きの表情のまま青年は肩を震わせている女性を見つめる。 「最初に言いなさいよ、それを!!何も言わずに押し倒して、キスをして、あまつさえ・・・」 怒りに燃えていたアクアマリンからボロボロッと涙が零れた。 「こ、怖かったんだからねっ。いつものクライスとは全然違っていて、理由も分からなくて、本当に怖かったんだから・・・っ」 喜怒哀楽のはっきりしている女性だったが、こんな風に泣くのは初めて見る。それだけ、怖かったのだろう。青年の行動が読めず、何も分からなければ無理もないが。 「好き、なのに・・・クライスが好きなのに・・・あんなのは、酷い・・・」 「マリー?今・・・」 思わず女性を見つめる青年を見つめ、涙を零している女性ははっきりと言いきった。 「好きよ、クライスが。あたしが気づかないほどさりげなく助けてくれた、クライスが好き。好き、なの・・・」 言っているうちに先程の事を思い出したのか、勢いを増した涙が零れ出す。 「すみません」 えぐえぐと泣いている女性を抱き締め、青年は珍しく素直に謝った。確かに、何も言わなかった青年に非はある。 「すみません、マリー。謝りますから、泣かないでください」 涙の流れる頬に唇を当て、滴を舐め取る。 「泣かないで」 目元に口付け。 「マリー」 頬に口付け。 「好きです」 額に口付け。 「愛しています」 唇に触れた暖かな温もりは塩辛い味がした。 「・・・んっ、あ、はぁ・・・」 するり、と脇腹を撫でられ、熱い吐息を零した女性は耐えるように手にしたシーツを掴む。それでも次々に送られる刺激に跳ねる体を押さえることは出来なかった。 「マリー、ほら、体を起こして・・・」 「あ、ああっ、やぁっ」 ぐいっと体を起こされ、埋め込まれた塊が更に奥へと進む感触に女性は悲鳴を上げる。 「あ、あ、あ、だ、駄目・・・あぁん」 腰を捕まれ、揺さぶられ、体中を駆け巡る快感に女性は青年に抱きついて耐えようとした。だが、少しも満足しない青年はうっすらと唇に笑みを浮かべ、次々と体位を変えていく。 「どう、マリー?気持ちいい・・・?」 四つんばいにされたものの腕に力が入らず、しかし腰は青年に掴まれ、高く上げさせられ、力強く打ちつけられる。豊かな胸がそのリズムに合わせてゆらゆらと揺れ、シーツに擦られた蕾が固くしこっていた。 「あ、あん、あふっ、んっ、んんっ、あぁっ」 シーツに埋められた顔が左右に打ち振られ、背中に金の絹糸のような髪が張りつき、絡まる。その金の髪を払いのけ、青年は白い背中に口付けた。 「あぁん」 背中に屈みこんだ為に奥へ突かれた形になった女性が嬌声を上げる。ひどく甘いそれは、青年を更に昂ぶらせる。 「素敵ですよ、マリー。あなたとするのがこんなにいいとは思いませんでした」 うっとりと、幸せそうに囁き、青年はますます行為に没頭していった。 「今夜は今まで我慢していた分、寝かせません」 青年の囁きは果たして女性に届いていたかどうか。どちらにせよ、この夜、女性が帰れないことだけは事実であるようだ。 END |