正しい虫の撃退法
某月某日、午後4時ごろ。 ここ、「渋谷サイキックリサーチ」事務所ではイレギュラーメンバー達が呑気にお茶を飲んでいた。事務所の主である美貌の所長様に嫌な顔をされようが、嫌味を言われようが、堪えなくなっている彼らは相も変わらずここを喫茶店代わりにしている。 そんな、ほのぼのとした空間に爆弾を投げ込んだのはある意味、事務所の看板娘になっているバイト調査員である少女だった。 大学帰りであろう少女がバタバタと事務所に入ってくると、ソファに陣取っていたイレギュラーズから様々な挨拶が少女へ投げかけられる。 「おう、元気か、麻衣?」 「お邪魔していますわ、麻衣」 「年頃なんだから、少しは落ち付きなさいよ」 「お元気でなによりです」 「走って来たんですか?なら、お茶を入れましょうか?」 いつもなら華のような太陽の笑顔と共に彼らへと挨拶を返す少女であるが、走りこんで来た勢いのまま、最後の台詞を言った眼鏡の似合う理知的な青年へと突き進むとガシィッとばかりに青年の両手を握り締めた。 「どうしたんですか、谷山さん?」 いきなり少女に手を握られたにもかかわらず動揺の欠片も見せない辺り、この青年の食えない性格を匂わせているが、すでにその食えない性格を熟知している少女は気にする風もなく、更には周囲の状況も気にせずに爆弾を投下した。 「お願い、安原さん!私と付き合って!!」 そして、爆弾炸裂。 ブッ ゴトッ ガシャッ ボトッ バサッ ピキッ 青年の手を握った少女と、手を握られた青年の周囲で様々な擬音が発生した。 坊主はアイスコーヒーを吹き出し、和服姿の美少女は手にしていたクッキーを落とす。ゴージャスな美女は紅茶カップをソーサーに戻そうとして目測を誤り、神父はお茶うけのマフィンを落とした。前髪で片目を覆った男は書類を床に落とし、黒衣の青年はその場で凍り付く。 「・・・理由を、教えてくれませんか?」 流石に引き攣った顔をしながら、それでも冷静に少女の理由を尋ねる青年は天晴れである。背後からのブリザードを受けながらであるのだから・・・。 「何か、困ったことでも?」 「そーなんですぅ。もう、安原さんにしか頼めないんですよぉ」 (お願いですから、それ以上僕の命を縮めるような台詞を言わないで下さい) ますます背後のブリザードの温度が下がるのを感じ、『越後屋』ともあだ名される彼の背に冷や汗が流れ落ちた。 誰だって命は惜しい。 『越後屋』に促され、ソファに腰を落ちつけた少女は爆弾発言の真相を全員に説明した。 「・・・つまり、何度も交際の申し込みを断っているにも関わらず・・・」 「麻衣に迫っているわけですのね?」 越後屋の青年と美少女に確認され、コクン、と頷く少女の表情は心底、困りきっている。 「しつこい男は嫌われるってのにねぇ」 「それで、断る口実をつくりはるんですね」 「何で少年なんだ?」 少女の父親代わりと公言する男の問いに、少女は首を傾げながら1つずつ理由を挙げた。 「んーとね、偽の恋人役なんて事を頼めるのって、ウチの人達ぐらいでしょ。あんまり意識していなかったけど、皆、外見は平均以上だしさ」 「あら、麻衣は外見で人を選びますの?」 わざと意地悪な言い方をする美少女に対し、鳶色の瞳に苦笑を浮かべた少女は人差し指を軽く揺らす。 「んなわけないじゃん。でもさ、まず人にインパクトを与えるのって外見でしょ?」 「平均以上の外見なら、それを理由に交際をやめろと迫る事もないわね」 少女の言いたいことを汲み取り、代弁しながらうんうんと頷く美女の言葉に神父が目をぱちくりさせた。 「谷山さんに交際を申し込んでいるというお人はそういう人なんどすか?」 「うん」 「情熱と履き違えている辺り、最低よね」 きっぱり言いきる美女だがこの場合、全員の気持ちを代弁していた。 『しつこいのにも程がある』 全員の偽りない心情であった。 「で、えーっと、そういう人だからさ、ジョンじゃあっさり撃破されそうじゃない」 「そうどすね。僕では役不足やと思います」 もともと嘘をつくこと自体、不得手な人物だ。少女の候補から外されるのも無理はない。 「次にぼーさんだけど・・・」 「どこをどうみても、恋人ではなく父親、いいところで兄、ですわね」 美少女の指摘は的確に問題点を挙げており、その問題点にも全員が納得する。 実際、男の行動が父親としてのそれであり、やはり、候補から外される理由としては十分だろう。 「で、リンさんは・・・」 「見てくれはいいけど、それ以上に怪しすぎ」 「下手すりゃ、ロリコン扱いされるな」 「無口すぎて谷山さんの虫を追い払うことは難しいですね」 口々に問題点を挙げる連中に対し、片目の男は苦笑を浮かべるだけで何も言わないところをみると、自分でも理解しているらしい。 「で、残ったのが安原さんなの。安原さんなら、話術は得意でしょう?相手を煙に巻く事も出来るし、恋人役という演技も出来そうだし」 「・・・・・・・・・・あの、谷山さん?」 「はい?」 「約1名、除外されていませんか?」 候補にさえ上がらなかった人物の機嫌が急降下していくのがひしひしと伝わってくる。室温が徐々に下がっていっているのだ。 「ナル〜?確かにさ、外見だけなら超一級だけど、こんな騒ぎに乗るわけないじゃない」 あっさりと言いきる少女の言い分はよく分かる。ここの所長様は研究のことだけしか頭にないと言えるほどのワーカーホリックぶりなのだ。 だが、しかし。例外という言葉があるように、かの所長様にも例外がある。その例外が栗色の髪と鳶色の瞳のこの少女。 そのことを彼らは十分に知っている。知らないのは少女自身ぐらいだ。 「で、あの、安原さん?」 『お願いですぅ〜』と、鳶色の瞳をうるうるさせて懇願する少女の姿に『越後屋』青年は一瞬、考え込んだ。ここの所長には遠く及ばないがそれでもずば抜けて優秀な頭脳が高速回転を始める。 「・・・いいですよ。谷山さんも困っていることですし」 「有難うございます!」 引き受けた途端、少女の顔に満面の笑みが浮かんだ。 「あ、今度は私がお茶を入れてきますね」 気鬱が晴れたからだろう、足取りも軽く少女が給湯室へと消えた後。 「・・・所長。何か言いたいことがあるようですが?」 にっこりにこにこと『越後屋スマイル』を浮かべる青年に対し、黒ずくめの青年は凍えるような視線を向ける。 「いえ、別に」 「そうですか?何だか殺気の篭った視線を受けている気がするんですよね」 どんな計算があるのか知らないが、周囲の人間から見れば彼の言動はほとんど自殺まがいのものだ。一歩間違えば地雷を踏んで『ドカン!』である。いや、もうすでに地雷を踏んでいるのかも知れない。すっかり事務所の空気が氷点下の世界へと変化しているのだから。 イレギュラーズの冷や汗を横目に、『無表情』と『笑顔魔人』の遣り取りが表面上はいたって静かに続けられる。 「気のせいです」 「そうですか。ところで所長、谷山さんは最初から所長の助けを諦めていたようですが、もし助力出来るのなら僕よりも適任だと思います」 「・・・麻衣が助けを求めたのは僕ではなく、安原さんでしょう」 「それはそうなんですが」 いっそう、『越後屋スマイル』を深くする青年は人差し指を左右に揺らした。 「谷山さんが僕に助けを求めたのは、所長は助けを出さないと思いこんでいるからですよ。所長が助けを出すと思えば谷山さんは僕よりも所長に助けを求めますね」 断言した青年の言葉に、所長様の視線が僅かに揺らぐ。その視線の揺らぎを『越後屋』は見逃さなかった。ここぞとばかりに畳み込む。 「所長が引き受けるのなら、どんなにしつこい男でも確実に谷山さんから追い払えますし、谷山さんも安心できます。所長に張り合おうだなんて人間はまず、お目にかかれませんから」 「・・・仕方ないですね。引き受けましょう。これが原因で麻衣の仕事に支障をきたすわけにもいきませんし」 「それはよかったです」 いかにも不承不承といった感じで呟く青年に、『越後屋』青年はにこにこと掴み所のない笑顔で頷いた。 そんな彼らの遣り取りを計らずも一部始終、見学する羽目になったイレギュラーズはますます『越後屋』に一目を置くようになったとか。 さて、問題の少女にまとわりつく『虫』であるが。 翌日、早速少女の大学へと出掛けた所長様が実に効果的、かつ徹底的に『駆除』を行い、それ以降、少女はしつこい誘いに悩まされることはなくなったらしい。 そして、この二人の仲が進展したかと言えば・・・まったく、何もない。 周囲の気苦労はまだ、続くらしい。 END |