月桜
月明かりに照らされ、桜が舞う。 ひらひら、ひらひらと−−− 桜の木の下には屍が埋まっている。だからこそ、桜は淡い、血の色をして−人を迷わせる。魔性とも思われる、人を惹きつけてやまない何かが、ある。 コツン。 樹の幹に額をつけ、軽くため息をつく。さらさらと、明るい栗色の髪が肩から零れる。 何でもない。ただ−少し、そう、少し、疲れただけ。 自分に言い訳。 もう少し、時間が欲しい。すべて、受け入れるにはまだ、時間が足りない。 前世の記憶−−− 彼等だけではなく、自分までが前世で鎧にかかわっていたなんて、思いもよらなかった。前世の自分も現在の自分のように、何もできない己の身を悔しく思ったのだろうか。 「・・・情けない」 そう、情けない。彼等は自分の前世も、今の運命も受け入れ、なおかつ今の運命も自分達の手で変えようとしているのに、今の自分はこの事実を目の前にしておたおたしているだけ。 わかっているのは昔も今も、彼等が好きだという事。誰の泣き顔もみたくないという事。大好きで、自分の力の及ぶ限り彼等を守りたいという事。 突然。 ふわっと肩に、暖かいものがかかった。 飛び上がらんばかりに驚き、振り返る。 月明かりに輝く金の髪、夜でもはっきりとわかるアメジストの瞳、決して病的ではない白い肌、秀麗という形容詞のよく似合う顔。これほど、光の御子に相応しい人物はいないだろう。 「征・・・士」 「いつから桜の木の下にいたのだ。体もすっかり冷え切っているではないか」 いわれて体をみると、確かに頭や肩に花びらが降り積もっている。 「そんなに長くいたつもりはないのだけど・・・」 肩には男物のカーディガン。おそらく、征士のなのだろう。 「何か、悩み事でもあるのか。私でよければ、話を聞くが」 「ありがとう。気持ちだけもらっておくわね」 さらさらさら。 少し、強めの風が吹き栗色の髪が流れる。 少し、優しく微笑して。 「これは、あたし自身が解決しなければならない事。他の人に答えを出してもらってはいけないの」 ひらひら、ひらひら。桜が舞う。 桜の木の下で優しく、美しい魂を持つ彼の人が微笑む。 月明かりに照らされ、それはまるで聖域のようにもみえ−−− 「君は・・・いつもそうだ。自分の事は何一つ顔に出さず、我々の事だけを考えて行動して−−−。昔も、今も・・・」 「好きだから」 愛しい彼の人はあっさりと答える。 「皆が好きだから。あたしの手で守れるものなら、守っていてやりたかった」 征士に話しながら、ナスティは自分の心を確信する。 そう、うろたえる事はない。それは簡単な、唯一つの事を憶えていればいい。 彼等五人が好きだと、愛しているという事を−−− 「・・・だから、あの時も水滸をかばった」 「ナスティ!?」 憶えているのかという、アメジストの瞳の問いに草原の瞳はにっこり笑った。 何を悩んでいたのだろう。あたしは皆を愛している。この気持ちが大切なのに。 「思い出したのは昨日。あたし、当麻より寝呆助だったみたいね」 くすくす笑うナスティが何故か頼りなげにみえる。 漆黒の流れるような髪と、黒水晶の瞳の桜色の着物を着た、ナスティと同じ雰囲気もつ女性とナスティがオーバーラップする。 おそらくは、桜のせい。桜のもつ魔性のせい。こんな幻がみえるのは。 「佐保姫」 手を伸ばし、佐保姫、ナスティを胸に抱く。 「征士、水滸をかばってあたしは死んだけど、でも、又、あたし達は出会える。その事を知っていたから・・・」 「だから、己の身もかえりみずに、刃の下に身をさらしたのか」 「そうよ。いいこと、征士。過去の事を忘れろとは言わないわ。でも、過去は過去。過去を振り返らず未来へと目を向けるのよ。あたし達は今を生きているのだから」 佐保姫は死んだけど、ナスティ・柳生は生きて、ここに在る。 征士はナスティの魂が佐保姫と同じである事を感じた。 春のような暖かさ。 春に活動を始める命のような輝き。 春のすべての命を慈しむような優しさ。 冬を耐え、春にいっせいに芽吹く草木のような勁さ。 春の女神、佐保姫の名、そのままの魂だった。 「そうだな。過去にとらわれるべきではない」 呟いて、征士は愛しい彼の人を抱く腕の力を強める。 「私も、あの時よりかは成長しているはずだ。今度は守り抜く。絶対に、君をなくさない」 「征士・・・」 視線が絡まり、自然に二人は唇を寄せ合っていた。 桜の木の下で佐保姫と光輪の魂は、自分の想いと相手の想いを確かめる。 ひらひら、ひらひら。 桜は祝福しているのか、それとも嘲笑っているのか、まるで儀式のように抱き合い口付けている恋人達に花びらを散らしているだけである。 桜の木の下には屍が埋まっている。 佐保姫だった、あたしの死体が−−− 桜が舞う。 ひらひら、ひらひら、ひらひら・・・。 END |