海へ行こう!〜到着編〜
学校が夏休みに入る直前、彼から誘いがかかった。 「明後日から夏休みやろ?海へ行かへんか?」 「海?」 「せや。仕事の関係でな、ホテルの招待状をもろうたんや。行くか?」 「行く!」 そうして、彼女は誘いに乗った。 「・・・・・テルちゃん」 「なんや」 「私、海に行くって聞いたんだけど」 「海やろ」 「海は海でも、なんでいきなり、ハワイに連れて来られる訳!?」 食って掛かる少女を楽しそうに眺めていた青年はあっさりと言いきる。 「お前、どこの海に行くのか聞かんかったやんか」 「誰もあっさりと日本を出るとは思わないわよ!パスポートの期限が切れそうだからそれも持ってこい、なんて言って、騙まし討ちもいいとこじゃないの!!」 「着いてしまったもんは仕方ないやろ。諦めてさっさとホテルへ行こうや」 少女の文句を楽しんでいた青年は問答無用とばかりに少女の腕を取り、ホテルへと歩き出した。 「ちょっ・・・・・テルちゃん!離してってば!」 「嫌や。せっかく、お前と二人きりになったんや、チャンスは最大に活かさんとな」 「何のチャンスよ、何の!?」 「そのうち、分かる」 少女の背に、嫌な予感が滑り落ちる。 薄茶の髪に青い瞳のアイドルタレントも裸足で逃げ出す美貌の持ち主であるこの青年「神楽坂 輝」は最近なにかにつけ、6年来の付き合いである漆黒の髪に黒水晶の瞳の明るい生命力を発散させる少女「米倉 麦子」に迫っていた。 「な・・・・・なんか、嫌だぁっ!!」 青年に引きずられながらの少女の叫び声は、常夏の国の青空に虚しく吸い込まれていったのだった。 ホテルの部屋に案内された少女はその部屋を見た途端、本気で日本に帰る事を考える。 まぁ、それは無理もないだろう。 案内されたのはホテルの最上階、ロイヤルスィートルーム・・・・・つまりは、新婚さんなどによく使われる部屋なのである。 いくら、居間にキッチン、複数の寝室にカジノルームなど部屋数が多いとはいえ、この青年と密室に二人きりになるのだ、貞操の危機を感じても致し方ない。 いざとなれば霊力でぶっ飛ばすことも出来るが、6年来の付き合いで青年も避け方が実に上手くなっているのだ。少女お得意の蹴りも然り。 「・・・・・う〜〜〜」 「何、唸っとんや。ホレ、早く荷物を置いて来い。お前の部屋はあっちや。荷物を置いたら海へ行くで」 とりあえず、寝室は別々なのでそれに望みをかけ、少女は荷物を持って示された部屋へ向かう。 「せや、麦子。水着、これ着てみ」 「え、でも、水着ぐらい、持って来ているけど」 青年が放り投げた包みを受け止め、少女は不思議そうに包みと青年を見比べた。 「麦子に似合うと思ったんや、それ」 「・・・・・テルちゃん、自分で買ったの?」 それはそれで、かなり・・・・・コワい。 「さぁな」 ニヤッと笑う青年に、少女はあえて何も突っ込まなかった。コワい回答が返ってきそうだったからだ。 そして、更にコワいことに、渡された水着はジャストサイズだった。 ・・・・・どうやってサイズを知ったのだろう・・・・・。 海辺に出てきた二人は待ち合わせ場所を決め、更衣室へと向かう。 女性の方が着替えに時間が掛かるのは世の常であり、この場合も例外ではなかった。 青年が待ち合わせ場所に姿を現した時にもまだ、少女は着替えをすませていないらしく、漆黒の艶やかな髪は見当たらない。もっとも、テキパキ型の少女のこと、それほど青年を待たせることなく姿を現したのだが。 「・・・・・しまった、迂闊やったわ」 自分でプレゼントした水着であったが、渡すのではなかったと青年は後悔する。 別に似合わないわけではない。逆に、似合いすぎるのだ。お陰でそこら中の男共の視線を集めている。 「あいつ、あんなにプロポーション、よかったっけか?」 格別、グラマーというわけではないが、しっかりはっきりメリハリのあるプロポーションに紺色のデニム生地風の水着が映えている。赤い縁取りが白い肌を引き立て、セパレーツ型が色気よりも快活さを強調しており、それがまた、少女にはよく似合ってた。 「ちっくしょう、プライベートビーチに連れて行くべきやった」 後悔先に立たず。青年が内心で頭を抱えていると、何人かの男に声をかけられる少女が目の端に映った。 声は届かないが、連れがいるとかなんとか、断っているのだろう。 小学生の頃から修羅場をくぐり抜けている少女なので青年もそのまま様子を見ていたが、相手はなかなかしつこい輩らしい。あの、少女が苦戦している。 「ったく、何やっとんや、あいつは」 舌打ちした青年はその時、見た。強引に腕を取られた少女を。 頭の中で『ぶちっ』と響いた音を、確実に青年は聞いた。 「てめーら、俺の女に何しやがるっ!!」 「テルちゃん!?」 ナンパ男に取られた腕とは逆の腕を引っ張られ、驚いた少女は自分の肩を抱いてきた青年を見上げる。 ・・・・・ナンパ男を蹴り倒して。 「お前なぁ、それが出来るんやったら何でさっさと蹴り倒して来んのや」 小学生の頃から変わらない、見事な蹴りに感心しながらもちょっとした嫉妬も手伝って青年は少女に文句を言った。 「だって、最初はホテルの場所を聞いてきたんだもんっ。知らないって言ってるのに、離してくれなかったんだよ」 「全ての人間が正直者やと思っていないやろな、お前。典型的なナンパやないか、それ」 「・・・・・えぇっ!?」 心の底から驚いている少女の鈍さに青年は頭痛を覚える。この先の苦労が垣間見えるようだ。 「そっかぁ、ナンパだったのかぁ。じゃあ、テルちゃん、助けに来てくれたの?」 いまだに自分の肩を抱いている青年を見上げると、ぷいっと青年はそっぽを向いた。 「ありがと、テルちゃん」 「俺は何も言うてへんで」 「6年の付き合いだもん、分かるよ、それぐらい」 だったら、俺の気持ちも分かってくれへんか、と青年は心の中で呟く。 そんなことは知らない少女は、全開の笑顔で青年の腕に抱きついた。 「お、おい、麦子?」 「ね、早く泳ごうよ」 少女の満面の笑みを見ながら再び青年は頭痛を覚える。少女がぴったりと抱き着いているため、胸の柔らかな感触がモロに腕に伝わっているのだ。 ・・・・・ヘビの生殺し状態かもしれない。 「・・・・・行こうか」 促す青年の顔が引きつっていたのは当然と言えよう。 ・・・・・合掌・・・・・ この旅行で青年が我慢をするか、本懐を遂げるのか・・・・・ それはまた、別の話。 「絶対、本懐を遂げてやるわいっ!!」 旅行は始まったばかりである。 END |