うたた寝

「じぁあ、夕方にここに集合ね!」
 元気な魔導生命体の声に、彼らは三々五々、散らばったのだった。

「・・・・・ん?」
 のんびりと保養所の町を歩いていた青年はちらりと視界の端を掠った色に足を止め、くるり、と視線を巡らせた。
 陽光を弾く青銀。それは、一人の人物を連想させる。
 そして、その予想を裏切らず、青年の視界に連想した人物が映し出された。
「珍しいな・・・」
 ポツリ、と呟いた青年は青銀の色を持つ人物へと迷いもなく足を向ける。その人物の元へ辿り着いた青年は腰を屈め、彼の人の顔を覗き込んだ。
 青銀の髪に今は閉じられて伺えないが蒼の瞳、そして涼やかな美貌を持つ女性は。青年が協力しているパーティーのリーダーの義姉である。
がうたた寝をしているだなんて・・・本当に、珍しい」
 しかも、すぐ近くに人がいるというのに目を覚ます気配もない。
 魔法の才がない代わりに剣の才を磨いた彼女は人の気配にも敏く、人が近づくとすぐに意識を覚醒させていたようなのだが。
「・・・まぁ、いろいろあったからな。疲れていたとしても不思議はないか」
 母親が毒を受け、フェザリアンから薬を譲り受ける為にそれこそ義弟、妹と共に東奔西走したのだ。その騒ぎに一段落がつき、毒から回復した母親の提案で王国に仕える事になり、今回が初めての休暇。張り詰めていた心が緩み、うたた寝したとしても致し方ないだろう。
「それに、こんなにいい天気なんだ。昼寝をしたくもなるだろうな」
 空を見上げ、呟いた青年は少し考えると未だに眠りの淵を漂っている女性の隣に腰を下ろしたのだった。

 ふわっとした、どこか暖かな気配を感じ、は意識を僅かに覚醒させる。だが、その気配に安心感を感じることも確かで、意識の浮上は通常よりも遥かに遅いスピードであった。
「ん・・・・・?」
?」
 無意識に漏らした声に掛けられる声。通常ではありえない至近距離からの声に意識は一気に覚醒レベルまでに引き上げられた。いや、覚醒を通り越して臨戦態勢にまで発展している。
「ちょ、まった、、僕だよ僕!」
「・・・ア、リオ、スト・・・?」
 が微かに纏った殺気らしきものにいち早く気づき、焦って彼女の目の前で両手を振るのは湖水色の髪と琥珀の瞳に眼鏡の似合う理知的な容貌を持つ青年。全体的に色素が薄いのはフェザリアンとのハーフという出身が理由だからだろう。魔法学院でも天才と言われている研究者の彼は名をアリオストと言った。
「私・・・どれくらい、寝ていたの?」
「僕が君を見かけるまでは知らないけど、僕がここに来てからは30分ぐらいかな」
 あっさりと告げられた時間の長さには眩暈を起こした。眠りの淵にいながらも微かに人の気配を感じていたというのに、覚醒するまでの時間がそれほど掛かっていたとは、不覚としか言いようがない。
「何てことかしら・・・不覚だわ」
「何が不覚だと言うんだい」
「これほど側に人がいながら、意識を覚醒させるのに30分も掛かったという事実よ。これが不覚でなくて、なんと言うの?まったく、腕が鈍ったのかしら・・・」
「あれで腕が鈍ったとか言わないでくれないか?僕やの立つ瀬がない」
 事実、彼女の剣の腕は一流の傭兵であるウォレスも一目置くほどで、アリオストの言うとおり、『腕が鈍った』などの発言をされると彼らの立場がない。
「アリオストは自分の身を守るときは大抵、爆薬を使っているでしょう。剣に不慣れで当たり前だと思うけど。だって、剣を習い始めたのは私よりも遥かに後だもの、私が強くて当たり前だわ」
「・・・の場合、その強さが桁外れていると思うのは僕だけじゃないと思うよ」
「そうなるだけの、そうなるための修練は積んだもの。それに、は今の私よりもずっと強くなるわ、きっと」
 あっさりと自分の強さを肯定しながらも、義弟の事を語るの瞳は優しかった。思わず、嫉妬にかられてしまうほどに。
「何だか、悔しいな。それほど君に評価されているが羨ましいよ」
「アリオストの事もちゃんと認めているわよ、私。貴方がいなければフェザリアンの女王を助ける事は出来なかったし、母様を助けるための薬も手に入れられる事は出来なかったわ」
 真っ直ぐに琥珀の瞳を覗き込む蒼の瞳がふわりと微笑む。そして、ふと何かに気付いたように呟いた。
「ああ、そうか・・・だから、時間が掛かったのね・・・」
?」
 不思議そうに問いかけてくるアリオストに、は苦笑を浮かべてみせる。
「さっき、私が簡単に覚醒しなかった理由。・・・側に来たのが貴方だったからだわ」
「・・・・・僕だから?」
「アリオストは敵ではないと、無意識に判断していたのよ。だから、急いで覚醒することはなかった。平たく言えば、貴方に気を許していたってところね」
 からの思いもよらない信頼に瞳を瞬かせたアリオストだったが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「それは光栄だね。やルイセちゃんと同列にはならないだろうけど、それに近い位置に僕は位置づけられたってことだろう?嬉しいよ」
「そうね。たぶん、アリオストの側でも安心して眠れると思うわ」
 それは、義弟・妹以外の人間の側では熟睡できないにとっては最大級の信頼の表れ。そのことを知っているアリオストの笑顔が更に深くなった。
「集合までの時間はまだ、ある。もう少し、眠っているといい」
「そうね・・・。アリオストはどうするの?」
さえよければ、ここでのんびりさせてもらうけど」
「じゃあ、少し、肩を貸してもらえるかしら」
「僕のでよければ、どうぞ」
 くすくすと笑みを零しながら軽口を交わした二人はどちらからともなく肩を寄せ合うともう一度視線を交わし、笑みを零す。
「おやすみ」

 空が暁に染まるまでの僅かな時間、そこは穏やかな寝顔で寄り添う二人の姿があった。

 まだ、世界が晒される危険を知らない時期の出来事である。


END