2月14日。女の子の祭典、もしくは決戦日でもある。 製菓会社の陰謀で某国は2月に入った途端、チョコレートの香りが蔓延するのだが、それでもこの行事が廃れることがないのは男女共にこの日を楽しみにしているからかもしれない。 そして、このお祭り騒ぎは思春期真っ盛りの少年達の上にも等しく降り注いだのである。 本日、2月15日。 本来、チョコレートの祭典は前日の14日である。だが、その日は日曜日であったため、義務教育中である少年少女達は15日に気合を入れていた。・・・少年達の場合、いくら気合を入れても少女達の気分一つで天国と地獄に分かれるのだが・・・まぁ、覚悟もしているのだということで。 「・・・、その大荷物はもしかして、もしかしなくても・・・」 「チョコレート、だったりする?」 桜上水中学の3年某クラスでは一部の女生徒達が驚愕と呆れとが微妙に入り交じった、やや引き攣った顔で大げさなほどの大荷物を抱えて登校して来た風祭に声をかけていた。 「ええ、そうよ」 対する問われた少女は引き攣った友人達の顔など頓着せず、呑気に笑顔で頷いている。 「今年は大変だったの。知り合いが一気に増えたから昨日一日、台所に缶詰状態になってしまって。功兄さんと将君には悪い事をしたわね、家中にチョコレートの匂いを篭らせたんだから」 の台詞を総合的に判断すれば、導かれる答えはただ一つ。 「手作りなの、その大量のお菓子!?」 「うん、そうだけど?」 あっさりと返された答えに眩暈を感じても致し方ないだろう。それほど、が持ち込んだ荷物は常識外れに多かったのだから。 「おはよー・・・って、どうしたの、皆?」 奇妙な沈黙に陥りかけたその時、の親友であるが教室に入り、親友の周りに集まっているクラスメイト達の複雑な表情を見咎める。 「どうしたも、こうしたも・・・」 「の荷物を見れば、こうなると思うけど」 クラスメイト達が指し示す荷物を見たの顔に苦笑が浮かんだ。 「おはよ、。今年はまた、随分な大荷物ね」 「おはよう、。今年はね、将君の関係で知り合いがすごく増えたから」 「そうなんだ。しかし、も好きというか、マメねぇ」 「・・・どうして驚かないのよ、あんたは」 平然と挨拶を交わす2人に、クラスメイトの突っ込みが入る。 「だって、有名よ、この子のバレンタインの贈り物癖は。話ぐらい、聞かなかった?」 「いや、確かに聞いていたけど」 くどいようだが、量が半端ではないのだ。人伝てに聞いたのと実際に目にするのとでは実感が天と地ほどの差がある。 「まぁ、今年はいつもより倍ぐらいの量になっているから無理はないけど」 「それでも手作りを通すって、一体・・・」 呆れかえる友人達を尻目に、は早速クラスメイト達にお菓子を配って回っていた。 「はい、どーぞ」 「おっ、サンキュー、風祭」 「はい、君にも」 「え?俺にも?」 「もちろん、クラスメイトだからね。あ、おはよー。はい、これ」 「風祭さん、私、女だけど?」 「外国のバレンタインはお世話になった人や、友達にあげたりするものなの」 「その理屈からするとこのクラス全員にあげるわけ?」 「もちろん」 だが、の行動はクラスだけに止まらず。 教科毎にその先生方を引き止め、手作りお菓子を手渡し(もちろん、男女の区別なくである)、時間割の都合で会えない先生方にはわざわざ職員室まで出かけて手渡す(もちろん、男女の区別はない)。 「風祭も今年で卒業だからなぁ。来年からコレはないのか」 毎年、律儀にしかも豪快にお菓子を配りまくるは一種の爽快さがあって、この時期渋い顔をしている先生方からさえ、結構好意的に見られている。それどころか感慨深げに呟く先生方も出てくるほどだ。 しかし、今年はそれに付き合っていられる時間はない。 「来年はもっと、上手なお菓子を持ってこられたんでしょうけど。残念です」 ニコリ、と笑って職員室を辞すと速攻で2年と1年のクラスを回りだす。 まずは弟のいるクラスへ。 「将君」 「姉」 ちょうど入り口近くにいた弟に声をかけるとにっこりと満面の笑顔を浮かべ、に近寄って来る。 「もしかして、シゲさん?」 「うん、そう。今、いるかな?」 「何や、ちゃん。俺に用かいな」 背後からかけられた声に振り向けば、肩に届く長髪を綺麗な金色に染めている少年が立っていた。 「あら、シゲさん。ちょうど良いところに」 いきなり声をかけられたにもかかわらず、動揺の欠片も見せないは手荷物の中から一つの袋を取り出すと目の前に立っているシゲへと手渡す。 「シゲさんなら一杯貰っているだろうけど、一応、渡しておくわね」 「おおきに。ちゃんからのが一番嬉しいわ」 「お世辞でも嬉しいわ」 にっこりと弟そっくりでありながら『天使の笑顔』と称されている笑顔を浮かべると、は「急ぐから」と時間を気にしながら次のクラスへと向かった。 「・・・なぁ、ポチ」 「はい?」 「ちゃん、何時もながら鈍いなぁ」 「はぁ・・・」 「本気で言うとんのになぁ。何で伝わらへんのやろ」 それはもちろん、冗談にしか聞こえないシゲの軽い物言いが原因なのだが、本気で言ってもそうは聞こえないのは関西人の悲しい性なのだろうか? ・・・いや、やはり、彼の性格が大元の原因だろう。これからの彼の努力が見物である。 「有希ちゃん」 「あ、さん」 次の教室を覗き、すっかり親しくなった後輩の少女を呼ぶと肩につくまでに伸びた髪を揺らせ、彼女は笑顔で寄って来た。 「もしかして、水野ですか?」 「うん、そうなんだけど。・・・彼、やっぱり忙しそうね」 苦笑を浮かべるに有希も同様の笑みを浮かべ、頷いてみせる。 「さっき、呼び出されていましたよ」 やはり、女の子の決戦日。モテる彼は休み時間毎に呼び出されているらしい。 「何なら、言付かっておきますけど」 「有難う。でも、今日、選抜のミーティングがあるから、その時渡すことにするわ。それよりも・・・はい、これは有希ちゃんに」 「私に、ですか?」 不思議そうに受け取る有希に、はにっこりと笑顔を浮かべる。 「有希ちゃんには何かと助けてもらっているから。だから、感謝のしるし」 じゃあ、他の人達にも配るから、と去って行くの後ろ姿を眺めながら感心したように有希はポツリと呟く。 「さん、確か、選抜のマネージャーで韓国へ行ったはずなんだけど・・・。よく、これを作る体力があったわよね」 さすがは、小さくとも体力のある将の姉と言うべきか。 「えーっと・・・あ、いた、不破君!」 「ああ、か。何か用か」 「ええ、バレンタインの贈り物を渡しに来たの」 入り口で名前を呼んだと、それに答えた不破の姿、そして交わされた会話にクラスの空気がピキィッ!!とばかりに凍り付く。 (『あの』クラッシャーに、バレンタインの贈り物!?) クラスにいた者達全員の心の叫びは見事に一致していた。 「『ばれんたいん』とは、一体何だ?」 「外国の行事で2月14日にお世話になった人や、友達とかに贈り物をする日なんだけど、日本じゃ女の子が好きな男の子にチョコレートと一緒に告白する日として認識されているわね」 「何故、チョコレートなのだ?」 「ああ、製菓会社の陰謀。なんとかしてお菓子の売り上げを伸ばそうとして、バレンタインとドッキングしたのが始まりらしいんだけど・・・詳しくは知らないの。知りたいのなら後は自分で調べてちょうだい」 何やらバレンタインらしくない、殺伐とした会話である。相手が相手なので無理はないだろうが、それでも、凍り付いたクラスの者達は思わずにはいられなかった。 (不破はともかく、可愛い女の子がそんな夢のない会話をしないでくれ) かなり、切実であったことは、当事者にしか分からないだろう。 「私は外国の行事になぞらえているから、不破君にも渡しに来たわけ」 「そうか」 2−Cの人物達を混乱に陥れた事に、最後まで気づかなかったと不破であった。 次々とサッカー部の部員達に渡していった(余談だが、女子サッカー部の女の子達にもしっかりと手渡し、少しばかり彼女達を混乱させた)の荷物は順調に減っていき、放課後には大きな袋1つだけとなっていた。 「、その残りのお菓子は誰にあげるの?」 一日、親友が走りまわっていたのを知っているがまだ残っているお菓子を見て不思議そうに首を傾げる。自分が知っている限り、この学校での知り合いには全員、渡したはずだ。 「ああ、これは選抜の人達の分なの」 「・・・本当に、マメねぇ」 呆れを通り越して感嘆するはただ、そう呟くしかなかった。 「姉」 「先輩、こっちです」 「ごめんね、またせて」 弟の将と水野が待っている校門へとは駆け寄ると自分を待っていてくれた2人ににっこりと笑いかける。 「いえ、どうせ行くところは同じですし。・・・行きましょう」 天使の笑顔の直撃をまともに受けた水野は顔を赤くし、視線を逸らせながらぼそぼそと言い訳めいた言葉を呟くと姉弟を促して歩き始めた。 「今日の選抜はミーティングが主なのよね?」 「うん、韓国遠征の反省会を兼ねるらしいよ」 「気づかない疲れもあるだろうし、練習をするとしてもパス練ぐらいで終わるだろう」 「あ、パス練といえば・・・」 何気ない会話をしていてもサッカー馬鹿が寄り集まれば話題がサッカーになるのは自然な成り行きで。目的の学校に着くまで将と水野はサッカーの話で盛りあがり、その2人の後ろをはずっと、にこにこと笑顔を浮かべて歩いていた。 「あ、ちゃんだー!」 目的の学校に着き、グラウンドへと足を踏み入れた3人を目敏く見つけた藤代が元気な声と共に小柄なに抱き付く。 「うきゃあっ!?・・・って、藤代君かぁ。相変わらず、元気ねぇ」 「ちゃんは相変わらず、可愛いよね」 お気に入りの少女を抱き締めている藤代は非常にご機嫌で、殺気の篭った視線があちこちから飛んでくる。それに気づかない藤代の上機嫌な姿は、見る者が見ればパッタパッタと尻尾を振っている幻影が見えるに違いない。 「お前、いつまでに抱き付いているんだよっ!!」 どげしっ!と見事な蹴りを披露したのは毒舌大魔王の翼で、モロに彼の蹴りを食らった藤代はの側で足を抱えて唸っている。 「ふ、藤代君、大丈夫?」 「放っとけよ、将、」 「で、でも、翼さん・・・」 さすが姉弟というべきか、地面に蹲る藤代と不機嫌全開の翼を交互に気にする姿は見事なほどそっくりだ。 「椎名の言う通りだ。藤代ならすぐに元気になるから、気にしなくていい」 「渋沢キャプテン」 「そう・・・ですか」 にっこりと穏やかな笑顔を浮かべる選抜キャプテンの言葉に姉と弟は顔を見合わせ、こくん、と頷く。姉弟の絶大な信頼を得ている渋沢だが、よくよく見ると彼の背後に黒いオーラが漂っていて、穏やかな笑顔とのギャップが何気に恐かったりする。不幸にもそれをバッチリと目撃した藤代の顔がさぁっと蒼褪めた。 「そろそろミーティングが始まる。行った方がいいぞ」 「はい」 「藤代、お前も早く来い」 ミーティングへと促す言葉に素直に従う風祭姉弟。その後ろを歩きながら藤代に声をかけた渋沢の瞳は笑っておらず、言外の圧力を感じた藤代が慌てて後を追いかけた。 「・・・・・さすがは渋沢」 側で一部始終を見ていた水野の感心したような呟き。・・・というか、他にコメントのしようがなかったらしい。 ミーティングが終了し、いよいよ選抜メンバーが待ちに待っていたのバレンタインチョコが手渡される時がやってきた。 まずは一番手。 「はい、水野君」 「有難うございます」 いつまでたってもの天使の笑顔に慣れない水野は顔を赤くしてお菓子を受け取る。 「本当は学校で渡すつもりだったんだけど・・・水野君、いろいろと忙しそうだったし。一日中、呼び出されていたんでしょう?大変だったわね」 「・・・先輩、どうしてそれを知っているんですか」 少々、引き攣った顔で尋ねてくる水野に、は軽く首を傾げた。 「ん、休み時間に教室へ行ったら水野君、いなくて。有希ちゃんから事情を聞いたの。そういえば水野君、誰とも付き合わないの?すごくモテるのに」 「そういう気にはなれないので」 (付き合いたいのは先輩だけなんだけど・・・気づかないし) いや、それ以前に押しが弱いのだが。そして彼の場合、の笑顔の耐性をつけることも必至である。 それに気づいていない辺り、水野の不幸が伺えよう。 二番手。 「はい、伊賀君」 「あ、ありがとう・・・」 の笑顔を受けた伊賀の顔が赤く染まる。彼もやはり、天使の笑顔に慣れない一人のようだ。 「口に合うかどうか分からないけど・・・」 「だ、大丈夫!ちゃんのお菓子だから!」 「理屈になっていないわよ、それ」 くすくす笑うの笑顔に昇天しかけた伊賀の姿があった。 ・・・彼も修行が必要なようである。 三番手。 「鳴海君、はい」 「おう」 からお菓子を受け取った鳴海は手渡された袋とは逆の手での小さな手を掴む。ざわっ、と周囲の視線が殺気を帯びるがそんなもん、この俺様鳴海に通用するわけがない。 「、こーゆーのもいいが、別のモンをプレゼントしようとは思わねーの?」 「別のもの?」 キョトン、としているに鳴海はニヤリとした笑みを浮かべた。 「そう、たとえばとか・・・どわっ」 「どさくさ紛れに抜け駆けするのは感心しないよ」 にっこりと浮かべている笑顔はほっとするような癒し系なのに、足元のサッカーボールと背後に漂う黒いオーラが寒気を誘う。 「てめえ、杉原!何しやがるんだ!!」 「もちろん、ボールを蹴ったんだけど?」 にっこり、にこにこ。これほど、笑顔が怖いのは某キャプテンぐらいではないだろうか。さすがの俺様鳴海も冷や汗を流して後退する。 俺様VS笑顔魔人。勝者・笑顔魔人。 四番手。 「はい、杉原君」 「ありがとう、さん」 にっこり笑う天使の笑顔に杉原もにっこりと笑顔を浮かべた。 「手抜きしちゃったお菓子でごめんね」 「気にしなくていいですよ。韓国から帰ったばっかりなのに、わざわざ作ってくれただけでも嬉しいから」 「うふふ、有難う」 「お礼を言うのはこっち」 杉原も笑顔を武器にしている為か、の笑顔に動揺することなくにこやかに会話を続け、周囲にはほのぼのとした雰囲気が漂っている。 笑顔魔人、一歩リードか? 五番手。 「小岩君、どうぞ」 「おうっ、サンキュー、」 ピッ、と親指を立て、彼流の感謝をする小岩にもふわりと微笑む。 「また、夕食を食べに来てね、小岩君」 (何!?夕食!?) の台詞を聞いた選抜メンバーの間に動揺が走った。それに気づかない二人はのほほんと平和に会話を続ける。 「いいのか?」 「もちろん。小岩君の食べっぷりを見ていると作りがいがあるもの。将君とのフットサルの帰りにでも寄ってちょうだい」 「の料理は美味いもんな。の言う通り、今度フットサルへ行った時に寄らせてもらうぜ」 意外なダークホースか、小岩?自分でも知らないうちに選抜メンバーよりリードしているぞ。 六番手。 「谷口君、はい」 「えっと、その、有難う」 にっこりと天使の笑顔を向けられ、谷口ははにかみながら袋を受け取る。どうやらの笑顔に多少の免疫がついてきたようだ。 「あまり甘くはないと思うけど、駄目だったらお母さんにでもあげてね」 「食べるよ!ちゃんから貰ったものなんだから」 「そう?そう言ってくれると嬉しいわ」 満面の笑みの直撃を受けた谷口が硬直する。さすがは西園寺監督から『最終兵器』とまで言われた笑顔だ。免疫がついているはずの谷口がその笑顔をまともに受けたがために硬直し、行動不能に陥っている。 ・・・・・恐るべし、天使の笑顔。 七番手。 「どうぞ、木田君」 「有難う」 言葉少ない木田だが、気にした風もなくは笑顔を浮かべる。 「食べてくれると嬉しいんだけど・・・食べてくれるかな?」 「ああ、食べる」 最初から最後まで口数の少ない木田。・・・彼の場合、この口数の少なさが敗因の一つかもしれない・・・。 八番手&九番手。 「桜庭君、それに上原君、これ、どうぞ」 「サンキュー、ちゃん!」 「有難う!すっげー嬉しい!!」 「大袈裟ねぇ、二人とも」 二人の喜び様にくすくす笑う。開けっぴろげな彼らの態度はいっそ爽快なほどで、返って微笑ましい気分にさせる。 「将君とは違うけど、なんだか弟みたい、二人とも」 知らず知らずのうちに二人を撃墜する。『弟』と言われた瞬間に固まってしまった二人に未来はあるのか? 彼らの今後の努力に期待しよう。 十番手。 「はい、内藤君」 「どうも有難う、ちゃん」 少し照れながら受け取る内藤にはにっこりと笑う。 「内藤君は甘いもの、大丈夫なの?」 「好きってわけでもないけど、食べれないほどじゃないな。だから、ちゃんのこのお菓子、大事に食べるよ」 ここにも天使の笑顔の耐性をつけた人間が一人。だが、彼にとってはどうやらこれが精一杯らしく、何かのアピールをすることもなくとの会話を終了させてしまった。これからの彼の課題はいかに自分というものをにアピールするか、ということだろう。 健闘を祈る。 十一番手&十二番手&十三番手。 「はい、渋沢キャプテンに藤代君に間宮君。どうぞ」 「有難う、」 にっこり爽やかな笑顔を浮かべ、袋を受け取る渋沢。 「うわーい、ちゃん、ありがとー!!」 ハイテンションなまま、勢いつけてに抱き付こうとし、するりとかわされた藤代。 「・・・・・どうも」 本当に喜んでいるのかいまいち、反応の薄い間宮。・・・よく見れば顔がうっすらと赤くなっているようだが、妙に怖い気がするので見なかったことにしよう。 「これ、すっげー美味いよ、ちゃん!」 早速袋を開けて食べる藤代を見て、は苦笑を浮かべる。思い立ったらすぐに行動する藤代らしい。 「、これは手作り・・・なんだな?」 「ちょっと、手抜きをしてしまいましたけど」 確認する渋沢に頷きながらもは小さく肩を竦めてみせる。 「いや、韓国から帰ってきてこれだけ作れば十分だと思うが。もし、よければこれのレシピを教えてくれないか?」 「ええ、いいですよ」 の絶対的な信頼を得る渋沢は他のメンバーと比べると彼らよりもリードしているように見える。だが、その信頼こそが更に一歩を踏み出す邪魔になっていることもあるのだ。 「渋沢キャプテン、申し訳ないのですけど、これを三上さんと笠井君に渡してもらえませんか?」 の言葉と差し出した袋に反応したのは渋沢の側にいた藤代である。 「ちゃん、何でキャプテンに預けるんだよ。竹巳の分なら俺が渡してやるのに」 「藤代君は駄目」 「えー、何で」 あっさりと駄目だしを出された藤代が膨れるが、それに頓着することなくはすらすらと理由を挙げる。 「だって、藤代君に預けたら『お腹すいたー』って言って、笠井君のお菓子を食べそうだもの。その点、渋沢キャプテンなら確実に渡してくれるから安心ね」 ここまで言われれば渋沢も断ることなど出来るはずもなく。寮に帰るまで藤代の攻撃を防ぎつつ、から恋敵へのプレゼント運搬を引き受けることになる。 苦労性のキャプテンの一端が伺える一場面であった。 十四番手&十五番手&十六番手。 「どうぞ、翼さん、黒川君、六助君」 「その、有難う」 の笑顔に赤くなりながら受け取る六助。 「サンキュー」 ニッ、と笑いながら受け取る柾輝。 「食べられるものなんだろうね、」 からかいの言葉が一言多い翼。 「失礼なこと言わないで下さい、翼さん。これでもお菓子作りには自信があるんですよ?」 ひょいっと翼の顔を覗き込み、軽く睨みつけるはかなり、可愛い。 「それを貰うのが鬱陶しいっていうのなら遠回りせずにすっぱり言って下さい。そうしたら引き取りますから」 はっきりきっぱり言い切るに翼の片眉が器用に上がる。ふいに翼の顔がに異常接近したかと思うと、の頬に暖かな感触が触れた。その瞬間、翼に選抜メンバーの殺気が叩きつけられるがしかし、翼は平然とそれを受け流す。 「別に迷惑でも鬱陶しい訳でもないよ。有難く貰う」 「最初からそう言えばいいのに、翼さんってホント、捻くれ者」 頬にキスをされたというのに、別段慌てるでもなく苦笑を浮かべる。翼の容姿が容姿なので異性という意識があまりないのである。迫る前に、まずに異性として意識してもらう事が翼の課題なのだが・・・かなり、難しいだろう。先は長い。 「あ、そうだ、六助君。頼まれてくれる?」 「俺に?」 「うん、そう。これね、五助君と井上君に渡して欲しいんだけど」 手渡される袋を見つめ、六助は頬を引き攣らせた。渡すのは別段構わないのだが、御大が非常に恐ろしいのだ。今もの視界に入らない場所で地獄の猛火を燃やしている。 「な、なんで俺?」 「翼さんがこんな使いっ走りのような真似、するわけないでしょう?黒川君だって面倒くさいと言って逃げそうだし。もし、六助君の都合が悪いって言うのなら、この後私が二人に直接渡しに行くけど・・・どうかな?」 「あ・・・うん、分かった。渡しておく」 さすがにここまで言われれば断ることも出来ず、六助は頷いた。翼も不機嫌ではあるものの、の言葉を聞けば黙り込むしかない。二人にのバレンタインを渡すのはしゃくだが、が直接行って渡す事を考えればまだ預かる方がマシというもので。 知らず知らず、翼に策略勝ちをしていたことにまったく気づいていないであった。 十七番手&十八番手&十九番手。 「郭君に若菜君、そして真田君、これ、どうぞ」 「有難う、」 普段見せない笑顔を浮かべて受け取る英士。 「ちゃん、有難う!!」 満面の笑みを見せて受け取る結人。 「・・・・・っ、あ、有難う・・・・・」 顔中を真っ赤にしながらやっとの思いでお礼を口にする一馬。 「おい、一馬。これぐらいで固まるなよなー」 「べ、別に、固まってなんか・・・っ」 「それが固まっていなくてなんだっていうの?」 三人の相変わらずな遣り取りにはくすくすと笑みを零した。 「本当に仲がいいのね」 「そんなことないよ?」 特にに関してはお互いに恋敵だとはっきり認めているので、微妙なものなのである。しかし、この微妙な立場がへのアタックの邪魔にもなっていて。彼らがこれらをどうクリアするのか、また、それも見物かもしれない。 「そういえばその袋の中にはまだ、何個かお菓子があるみたいだけど。まだ、渡す人がいるの?」 ふと、気づいたというように尋ねる英士に、はあっさりと頷く。 「ええ、いるわよ。とっても大切な人に渡すものなの」 の爆弾発言とも言える台詞にグラウンドがビシィッ!!と凍った。 選抜メンバー全員に渡したことは牽制も込めてしっかりと見ていたのではっきりしている。つまり、メンバー以外の人物というわけで。 ふつふつと略奪愛に燃えている者達やグラウンドの隅で黄昏ている者達を尻目に、は面白そうに自分達を見ていた女性へと駆け寄った。 「西園寺監督、これ、どうぞ!」 「あら、私も貰っていいの?」 「はい、勿論です。いつもお世話になっていますから。あ、マルココーチもどうぞ」 「OH!サンキュー、!有難く、貰うネ!」 (まさか、監督が大切な人なのか!?) この光景を見たメンバー達は衝撃の余り、思考を真っ白に染めている。 「あら、あと一つあるけど、これが大切な人の分?」 「ええ、そうです」 にこにこと尋ねる美人監督にも嬉しそうに笑って頷いた。途端に、思考を通常に戻すメンバー達である。 「これ、全部手作りだって聞いたけど・・・これだけ作るとなると、材料費とか大変だったんじゃない?」 「大丈夫ですよ。貯金していたお年玉がたくさんあったから、費用の心配だけはなかったんです」 お年玉、という実に中学生らしい単語に更に玲は微笑んだ。直後にその笑みは引き攣ってしまったが。 「あら、そんなに貰ったの、お年玉」 「ええ、功兄さんの同僚の人達に、将君と二人して貰っちゃって」 の言葉の意味を考え、答えに辿り着いた玲の微笑みが引き攣る。 「お兄さんって、確かホストをされていたんじゃなかったかしら・・・?」 その同僚といえば、当然ホストなわけで。 「ええ、ホストのお兄さん達に貰っちゃって。功兄さんの妹と弟ってことでお兄さん達にも本当の妹や弟みたいに可愛がってもらっているんです」 「そ、そうなの」 ホストに貢がせる中学生、という思考に辿り着きそうになったのを無理矢理追い払い、玲はにっこりと笑った。まぁ、唇の端が震えていたのはご愛嬌ということで。 「じゃあ、そのホストさん達にバレンタインはあげないの?」 「あ、今日、功兄さんに頼んで持っていってもらいました」 つまり、大切な人というのはホストのお兄さん達でもないということ。 「聞いてもいいかしら。その最後の1個は誰にあげるの?」 「お父さんです」 「お父さんーーーっ!!??」 意外な名前に選抜メンバーの声が見事にシンクロする。 「これからお墓へ、これをお供えしに行くんです。今、一番大好きなお父さんのところへ」 にこり、と天使の笑顔を浮かべる。 お互いに牽制し合い、足の引っ張り合いしていたメンバー達だったが、実は大変な壁が立ちはだかっていることにようやく、気づいたのである。その大きな壁はと将の実の父−−−夭折したサッカー選手、潮見謙介。 はブラコンに加え、ファザコンでもあったのだ。 頑張れ少年達。父というその壁を乗り越えない限り、はモノにならないぞ。だが、諦めない限り、希望はある。・・・・・たぶん。 (おまけ・その1) 某病院にて、手作りお菓子を目の前にジーンと浸っている少年が一人。 「早く肩を治して、また、一緒にサッカーを頑張ろうね。待っているから」 そう言って励ました少女の姿を思い浮かべ、彼、小堤健太郎は握り拳で決意を固める。 「ちゃん、俺、頑張るから!!」 どこまでも熱血な彼であった。 (おまけ・その2) ドイツのある家に届けられた荷物を前に顔を赤くしている少年が一人。 『ドイツでも頑張ってね。応援しているから。 by』 涼やかなパステルブルーのカードに書かれたメッセージを読み、ますます顔を赤らめる彼、天城燎一はどこまでも純情であった。 (おまけ・その3) 韓国のある家に届けられた荷物をぐるりと取り囲んでいる、かなりでかい少年達の集団。その荷物に添えられていた淡いグリーンのカードに書かれているメツセージを一人の少年が読み上げる。 「『試合、お疲れ様でした。また、いつか会いましょう。 by東京選抜マネージャー・風祭』・・・だってさ」 読み終えた途端、少年達、韓国選抜の選手達の歓声が家中どころか近所まで轟き、メッセージカードを読み上げた少年は耳を押さえた。 「あの可愛いマネージャーからなんだよな?な、そうだろ、潤!」 「よーし、次の時まで頑張るぞー!!」 次は何時になるのかまったく分からないというのに、どこまでも熱い彼らであった。 こうして、少年達の怒涛の一日が過ぎ去っていったのだった。 (END) |