唖然呆然。 この場の雰囲気を言い表すとすればまさに、それだった。 「なぁ・・・すごいものを見てしまった気がするんだけど」 「そう、だな・・・」 「あれって、やっぱり、見間違いじゃないっスよね?」 「4人が4人、同じモノを見たんだから、それはないと思うけど」 やたらと目立つ4人組はそう呟きながらもやはり、見間違いであって欲しいと心の何処かで呟いていたのだった。 彼ら−−−武蔵野森サッカー部レギュラーの渋沢克朗、三上亮、藤代誠二、笠井竹巳の4人が揃っていたのはただ単に、サッカー部の買い出しに出ていたからである。なにせ、大所帯のサッカー部、ちょっとしたものでも大量に必要になってくるのだ。ジャンケンで負けた藤代と笠井、お目付け役として渋沢。三上はただ単に面白がっただけ。 「えぇっと〜、あとは救急箱の中身ぐらいかな?」 「そうだね。確か、この近くに薬局があったと思うから・・・」 メモを覗きこみ、買った品物を確認する藤代の隣で笠井がぐるっと薬局を探して視線を巡らせた。そんな二人の背後から三上が注文をつける。 「ついでだ、テーピングも買え」 「・・・リストにはなかったっスよ?」 俺様な発言に無駄だと思いつつも、ささやかな抵抗を試みる藤代に三上は胸を張って後輩を見下ろした。 「俺が言うんだ、買っとけ。ってーか、買え」 傍若無人な先輩に内心頭を抱えつつ、唯一三上を押さえられる渋沢に笠井は助けを求める。 「キャプテン、三上先輩はああ言っていますけど・・・って、キャプテン?」 「あ、ああ、すまない」 自分達の会話を聞いていないどころか、何かに気を取られているらしい渋沢に藤代も首を傾げた。 「どうしたんですか?キャプテンがぼんやりするなんて珍しいっスね」 「いや、ちょっと気になるものがあって・・・どうしようかと」 「気になる・・・?」 「・・・あれか、お前が気にしているのは。確かに見てて気分良いものじゃーないな」 首を傾げる後輩達に対し、渋沢が何に気を取られていたのか気づいた三上がくいっと顎である場所を示す。 「ナンパ・・・ですよね、あれって」 「半分、拉致しかけているのをナンパと言えるのならな」 4人の視線の先には2人の男に声をかけられ、更には腕を掴まれている少女の姿があった。少女が迷惑している事は、不愉快そうに眉を顰めたその顔で十分に分かる。 「可愛い子ですね〜。ふわふわのひらひらだ」 「藤代・・・お前、その表現、どーにかしろ」 確かにナンパされている少女の格好はスタンダードなピンクハウス・・・リボンとレースがこれでもかっ!ってなぐらいについているふわふわでひらひらな服を着ているが、だからといってその表現は勘弁して欲しいと思う。 「え?だって、ふわふわでひらひらがすっげ、可愛いじゃないですか」 「馬鹿に見られるからヤメロって言って・・・」 「いい加減に離してください!」 三上の言葉を遮るように澄んだ声が辺りに響いた。言うまでもなく、拉致まがいのナンパをされていた少女のものである。いい加減、忍耐も切れかかっているのだろうが、相手の男達は堪えた様子もなくニヤニヤと質の悪い笑いを浮かべているだけだ。 「いいじゃないか。さっきからずっと一人でここにいるだろ?」 「暇そーだからさ、俺達と遊ぼーぜ」 「だから、さっきから断っているっていうのに、貴方達には聴力能力というものがないのですか」 少女の苛ついた言葉と共に、次第に空気が不穏なものへと変化していくのがはっきりと分かる。 「なんか・・・マズい気がしますね、あれ」 「だな。・・・にしても、あいつ、どっかで見たような気がするが・・・」 「そんなこと言ってないで、早く助けに・・・あ、キャプテン!?」 「行った方がいいだろう、あれは」 絡まれている(すでにナンパというものではない)少女を助けようと渋沢が一歩、足を進めたところでそれは起こった。 「離せと言っているでしょう!?」 げいんっ! どげしっ!! 「・・・・・・・・・・」 「ったく、人が大人しくしていれば調子に乗って」 ぶつぶつとボヤいている少女は周囲の凍った空気に気づかないのか、それとも無視しているのかマイペースに服の乱れを直し、自分の荷物をチェックしている。 「渋沢」 「なんだ」 「俺の見間違いでなければ今、あいつは綺麗な脚線美を惜しげもなく披露して2人の男に見事な踵落としと後ろ回し蹴りを食らわせた・・・よな?」 「ほとんど格ゲーの世界でしたよ、あれ」 「俺は自分の視力を疑いました」 いち早く現実に戻ってきた三上の言葉に後輩達も現実に戻り、確認するようにボソボソとお互いに呟いている。 「三上、今気づいたが・・・あれはだ」 渋沢の確信した名前に三上の目がわずかに見開かれた。 「?か、もしかして?」 三上の驚いた声は以外と大きかったらしく、少女がキョロキョロと周囲を見まわし、すぐに渋沢達に気づいた。 「あれ?渋沢君に三上君?こんなところでどうしたの?」 「いや、それはこっちの台詞」 見事な足技でナンパ男達を撃退した少女と先輩達との親しげな会話に後輩達が口を挟んでくる。 「知り合い・・・なんですか?」 「もしかして、三上先輩のターゲットとか?」 普通の質問をした笠井はともかく、余計な一言を言った藤代は当然のごとく三上から拳骨を食らい、涙目になっている。 「痛いっスよ、三上先輩」 「うるせー。お前がバカなことを言いやがるからだ」 「あはははははっ、藤代君だよね?私はって言って、渋沢君と三上君のクラスメートなだけ。生憎と三上君のターゲットになるほどイイ女じゃないし」 などと言いながらころころと笑うであったが、ふんわりとした髪といい、大きな瞳といい、華奢な体格といい、ナンパされるだけあって非常に可愛かった。少女達の憧れのブランド服がよく似合うその姿からはとても、自分よりも大きな男を2人、ノしたとは思えない。 「ええっ!?先輩、すっげー可愛いっスよ。俺、彼氏に立候補したいな」 「あら、ありがと。でも、そーいう事は本気で好きになった女の子に言おうね。三上君みたく女の敵にはならないよーに」 「、おまえ、さり気なく人をこき下ろさなかったか、今」 「気のせい、気のせい。もし、そういう風に聞こえたのなら、三上君にその下地はあるってことじゃないかな?」 「おーまーえーなー」 「まぁ、まぁ。それよりも、その格好は一体どうしたんだ?の普段の服とは随分掛け離れていると思うが」 が三上をおちょくり、(三上をおちょくるという芸当が出来る女の子など、ぐらいであろう)三上の眉間に皺が寄ってきたのを見て取った渋沢が上手い具合に間に入って、話を逸らす。もっとも、会った時から抱いていた疑問ではあったのでそれほど不自然ではない。 普段、はこんな少女趣味の服ではなく、どちらかといえばスポーティーで動きやすい服を好んで着ている。今、着ている服も決して嫌いではないが、動きが制限されるので着ないだけなのだ。 渋沢の疑問にの顔が嫌そうにしかめられた。 「の着せ替え人形にさせられたのよ」 「が?」 「着せ替え人形?」 「うわー、先輩の着せ替え人形、俺もやってみたい」 「何やってそんなことになったんだよ?」 三上の当然とも言える質問にの瞳が遠くへと泳ぐ。ちなみに、結構危ない発言をした藤代には軽く頬に裏手をかましている。 「おい、。ナチュラルに無視すんじゃねーぞ」 「いや、無視するつもりはなかったんだけど」 あまり聞かれたくなかったらしい。軽くため息をついた後、それでもはあっさりと白状した。 「とポーカーしてさ、負けたものだから・・・」 「・・・・・ポーカー」 誰かの呆れた声に『だから、言いたくなかったのよ』などとボヤくはまだ、視線を遠くへ泳がせている。 「負けた結果がその格好ってわけですか?」 「そう。負けた方が勝った方の言うことを聞くってことになっていてね。いやぁ、勝った瞬間のの顔といったら・・・思わず約束破って逃げようかと思ったわ」 「俺としてはに感謝だな」 「どうして三上君がに感謝するのよ」 胡乱げに三上を見上げるの姿を上から下までじっくり眺め、おもむろに三上は言いきった。 「普段、見れないの姿を見れたし・・・脱がせがいのある服だからな。さっき披露してくれた脚線美、俺だけに披露しねぇ?」 ニヤニヤと笑う三上を無表情に見詰めた後、渋沢に視線を向けたはにっこりと満面の笑顔と共に一言、質問した。 「・・・渋沢君。こいつ、シメてもいい?」 対する渋沢も爽やかな笑顔で風深に答える。 「それはちょっと、困るな。これでもうちの大事な司令塔なんだが」 「じゃ、影響ないぐらいにしておくわ」 「そうしてくれると助かる」 「おいおいおいっ」 にこやかな笑顔で交わされる物騒な会話にさすがの三上も冷や汗を流して止めに入る。の実力は先程目にしたばかりだ。焦らない方がおかしい。 「キャプテンと先輩って・・・」 「結構、似た者同士なんだね」 傍若無人な先輩の慌てる姿を見た後輩達の会話は幸いな事に、誰の耳にも入ることはなかったのだった。 この事が切っ掛けになったのかどうか、それは定かではないが、渋沢とが気の合う友人から恋人へとランクが昇格したのはこのすぐ後の事である。そしてまた、周囲から『似た者夫婦』・『おしどり夫婦』という烙印を押されたのも付き合い出してすぐの事であった。 「あいつらに逆らう事だけはするもんじゃねぇ」 妙に実感の篭った某司令塔の言葉が全てを物語っている。 (END) |