誤解と言う名の

 それはある日の事。

 珍しく誰もが何かの用事をしているわけでもなく、全員が揃ってすでに活動拠点の一つとなっているギブソン・ミモザ邸の居間でのんびりとお茶を飲んでいた。
 そんな、最終決戦に近いとは思えないほどのんびりとした空気の中、ふいにが隣に座る自分の親友へと顔を向ける。
「お嬢、お願いがあるんだけど」
「なぁに?」
 のんびりとした空気に相応しい、のんびりとした返事では自分の片割れに返事を返す。
「お茶を飲んだら、アレをして欲しいんだけど」
 の台詞が居間に響いた瞬間、何故かその場に居た全員が凍りついた。
 いきなり固まった空気には不思議そうに周りを見回すが、取り敢えずに確認を取る。
「するのはいいけど、いつも夜にしていたじゃない。夜まで待てないの?」
「今日はどうしても、駄目。我慢できなくてねー、夜まで待てない」
 青触覚の顔が能面のようになった。
「そう。でも、ここじゃ出来ないわよ」
「分かっているよ、それは。部屋じゃないと無理だってことはね」
 赤触覚が顔を真っ赤にし、口をパクパクさせている。
「やっぱりね、お嬢じゃないと私の体、駄目だわ」
「そうなの?」
 白騎士が鼻を押さえ、物凄い勢いで居間を逃げ出した。
「ほら、お嬢が一番、私の体を知っているし、いいところも知っているし」
「それはまぁ、そうでしょうね」
 金髪美人隊長の顔が白を通り越し、蒼白になる。
「だから、お願い」
「改めて強請らなくても、ちゃんとしてあげるわよ」
 犬属性召喚師がすっかり石になっていた。
「うふふ、だからお嬢、大好き」
「何もハートマークを飛ばさなくても。本当に、この事に関しては子供になるわね、姉様は」
 悪魔も主同様、石と化している。
「だって、お嬢、上手だからね」
「姉様でテクニックを覚えただけよ」
 黒騎士の手がぶるぶると震えていた。
「私で練習したってこと?」
「他の人で試したことないから分からないわね」
 忍びの鉄壁の笑顔に亀裂が入る。
「さて、お茶も飲んだし、部屋へ行こう。よろしくね、お嬢」
「了解、姉様」
 唯々、周囲を混乱させる会話を繰り広げた二人は固まった周囲を気にすることもなく、居間を出て行ったのだった。





「・・・・・さて、と」
 徐に腰を上げた自称イケてるお兄さんが未だに固まったままの仲間達を見回し、ニヤリと何かを企んだ笑みを浮かべる。
「何だ、何だ。随分と景気の悪い顔をしているな」
 そりゃあ、景気も悪くなるだろう。密かに(でもないが。寧ろ、犯罪スレスレの時もあるぐらいだ)想いを寄せていた彼女達のあの会話を聞いて、落ち込まない人間がいれば聞きたいぐらいである。
「放っといてください」
 でかでかと顔に『不機嫌』と書いてある槍使いがジロリと睨む。敵として出会った頃は無表情に任務を遂行していたはずだが、人間変われば変わるものである。
「なら、確かめにいくか?」
 悪戯をけしかける声音で親指をある方向へ指し示すと、何人かの体がピクリと反応した。
「・・・確かめる・・・?」
「扉の外から話しを聞けば、はっきりするぜ?」
 さぁ、どうする?とニヤニヤしたまま促す彼の背後に白と赤の影が音もなく近寄り。
「馬鹿な事を煽るんじゃないわよ!」
「ぐげっ」
 相変わらずの見事な裏拳により、大柄な体が床に沈む。
「ねぇ、ネス?確かめるって、何を?」
「・・・・・君は気にしなくていい」
もどうして皆とおしゃべりしないで部屋に戻ったのかなぁ。いつもならもう少しおしゃべりするのに」
「うん、そうだね。でも、トリスは気にしなくていいんだよ」
 一部男性陣の行動&会話どころか、直前のの会話の意味さえ分かっていないらしいトリスの疑問に兄弟子と弟弟子が答えにならない答えを返している。トリスが無垢で無邪気で天然である理由の一端がこの会話で垣間見えた。
 それはさておき。
 床に沈む前の彼の『悪魔の囁き』が脳裏でぐるぐると回っている男性陣は己の葛藤と常識との狭間で悩んでいた。
 確かに、先程の彼女達の会話を確かめるには、扉の外から話しを聞く・・・平たく言えば盗み聞きをすればいい。
 だが、彼女達は恐ろしいほどに気配に聡い。そして、本気で怒ると容赦がない。また、普通に考えても盗み聞きはよくないだろう。
 とはいえ、知りたいものは知りたい。
 何せ、自分達で『前世の双子』と言うほど(名づけたのは友人達だと言うが)二人の息はピッタリでしかも、お互いの事をよく知っているというような行動が日常的に見られる。目と目で会話をするなんてこともしょっちゅうだ。
 そんな彼女達が本当に妖しい仲なのか、確かめたい気持ちがむらむらと湧きあがってくる。
「へぇ、の仲がいいのはこんな理由だったのねー」
「・・・ミモザ。その結論は少々、早計かと思うが」
 ニヤニヤと面白がっているナイスバディな眼鏡の女性に穏やかな表情の青年が苦笑を浮かべながら嗜めている。
 それでも、あまり否定できないのは、やはり普段からの二人の行動故だ。
 悩みに悩み、そして彼らが取った結論はと言えば。

「・・・おい、あまり押すな」
「けど、よく聞こえないんだよっ」
「少し、静かにしてください」
「声、押さえろよ、気付かれるだろ」

 唆された『悪魔の囁き』の行動を起こしていたのだった。





 こっそりとに割り当てられた部屋の前で見目麗しい男性達が押し合い圧し合い、扉に耳を押し当て、盗み聞きしている姿ははっきり言って、情けないの一言に尽きる。
 だが、彼等は必死だ。
 意中の人物のライバルが周囲にいる男供ではなく、いつも隣に立っていた者だとすれば泣くに泣けない状況で、どうしても確かめずにはいられない。
 ただでさえ『親友』『片割れ』『相棒』とお互いに言い合い、常に共に居るのに、それが更に強い結びつきがあるとなると、それに勝てるとはとても思えないのだ。だからといって、素直に意中の人を諦める者は誰一人としていないが。

『う・・・ん・・・』
『どう?姉様』
『うん、気持ちいい・・・』

 扉の向こうから微かに漏れ聞こえる会話に押し合い圧し合いしていた者達がピキッと凍りついた。

『じゃあ・・・ここは?』
『あ、いい、そこ・・・んっ』
『姉様が夜まで待てないって言ったのがよく分かるわ』

 ギシギシとベッドが軋む音に混じり、二人の妖しい会話が続く。

『は、あ・・・やっぱりお嬢、上手・・・』
『どこがいいのか、覚えちゃったもの』

 ため息混じりに呟くにくすくすと笑いながら答えるの会話に出歯亀(?)している男性陣は凍りつきから石化へと変化する。

『ねぇ、お嬢』
『なぁに、姉様』
『もうちょっと、こっちに来て』
『はいはい』





「ねぇ、お嬢」
「なぁに、姉様」
「もうちょっと、こっちに来て」
「はいはい」
 の上に乗っていたが上半身を倒し、至近距離で親友と視線を合わせた。
「ね、気付いている?」
「ええ、もちろん。バレバレだもの」

 扉の向こう側から感じる気配がウジャウジャと。
 少しは気配を押さえろって言いたいよね。

 こそこそと小声で話すだが、仲間達がこの会話を聞けば「気配の殺し方や察し方が人間業じゃない二人に言われたくない」等と言うだろう。
「居間にいた時の会話が気になって、ここまで来たみたいね」
「まぁ、面白がって態とあんな言い方をしたし」
「と、いうか、向こうに気配を感じた時点でからかっているでしょ、姉様は」
「半分はね。後半分は害虫駆除」
 何が『害虫駆除』なのか理解したがやや、遠い目をしながらポツリと呟く。
「・・・・・確かに、最近は本気で身の危険を感じるようになったものね・・・・・」
「ラスボス並に諦めが悪い辺り、何とも言えないんだけどね・・・・・」
「ある意味、ラスボスよりも性質が悪いと思うのだけれど?」
「確かに、遠慮会釈なしにぶん殴れないからなぁ」
 本気で緊急事態ならば手加減なしで殴ることもあるかもしれないが、この二人の全力の殴打力は馬鹿にできない。ラスボス戦の前に貴重な戦力を減らすわけにはいかないのだ。
 半分ため息を吐きながらはポテッと枕に顔を埋めた。
 そして、二人同時に呟く。
「本気で夢ヒロインの鈍さが欲しい」
 呟きは切実だった。


「あ、姉様、ちょっと脱いでね。やりにくいから」
「脱がしてくれないの?」
「甘えないの」
「はーい。・・・あ、そこ、気持ちいい・・・」


 なんだかんだ言いながらはマッサージを続け、は凝りまくった両肩や背筋の筋肉を解される刺激を気持ちよく受ける。

 の『お願い』は本の読み過ぎで凝ってしまった筋肉をマッサージしてもらうということ。
 いつもの癖で極端に単語を省いた会話が周囲の人間にあらぬ誤解を振り撒いたのだが、それに気付いていても訂正せずに今に至り・・・扉の外の男性陣は石化から砂へと崩れていたのだった。





 さて、問題の男性陣であるが。
 しばらくの間、を見る度に滂沱の涙を流し、ダッシュをする姿が目撃されたようである。
 完璧に誤解されている事に気付いた二人だったが、あえてそれを解く事はせず、放っていた事を付け加えておく。

 そして、結局は諦めきれない彼等が『打倒・親友』を掲げた事も更に付け加えておこう。


 『誤解』と言う名の『害虫駆除』の効果は短期間だった模様である。



(END)