目の前で繰り広げられている光景に、コップの中身を飲みながらは呆れた吐息を零した。 目の前の光景・・・それは、一口で言ってしまえば宴会であるはずなのだが、そう言ってしまうには些かハメを外しすぎる気がするのはだけではないだろう。 予想違わず景気よくアルコールを飲んでいるフォルテとあっさり沈没しているシャムロック。程よく酔っているのか、妙に黒さを増しているロッカにシオン。対するリューグとマグナは今にも潰れそうな雰囲気である。何時もは止められるバルレルも今晩は構わないとご主人様からの許可が出た為、喜んでぐいぐいと飲んでいるが・・・このペースだと近いうちに潰れる事が予想できた。 「姉様」 「ん」 何気なく近づいてきたには空になったコップとが手にしているコップを交換し、空のコップにノンアルコールの飲み物を入れてやる。 「・・・どうして、こんなことになったのかしら・・・?」 「それは言わないお約束というものよ、お嬢」 目の前の光景に再び視線を戻し、同時にため息をついた二人であった。 何故、こんな宴会になったのか。 そもそもの切っ掛けは他愛無い会話だったような気がする。 「なぁ、に。お前さん達、確か酒は飲めるよな?」 気楽に聞いてきた自称イケてるお兄さんの質問に問われた二人はキョトン、と目を瞬かせた。先程、トリスが酒を飲んで酔っ払い、暑がって服を脱ぎだしたという過去を暴露されたのが質問の切っ掛けだったのだろう。 「ええ、まぁ。飲めるけど・・・フォルテ、そのことは知っているはずよね?」 「姉様はともかく、私は進んで飲もうということはないわ。宴会になれば飲まないわけにもいかないけれど」 ここで、フォルテの目がキラーン、と光ったのは気のせいではないだろう。こういう事は某幻獣の女王様の専売特許だと思っていたのだが。 「よし、では宴会をしよう!」 「・・・・・はい?」 素っ頓狂な返事を返してもその気になった(自称)イケてるお兄さんの勢いは止まらない。 「皆の雰囲気もギスギスっていうか、ジメジメっていうか、あんまりよろしくなかったしな。一度宴会でもしてぱーっと鬱憤を晴らすべきだ、うん」 「・・・フォルテ。ただ、堂々とお酒を飲みたかっただけとは言わないわよね?」 冷静なの突っ込みに『うっ』等と詰まりながらもニヤリとした何か企んだ笑みは消えず。 「まぁ、そう言うな。少し、気分転換をする必要はあると思うぜ?」 フォルテの提案はまぁ、一応、それなりの筋は通っている。 最終決戦を予感しているのか、仲間達の雰囲気は緊張を孕んだもので。パンパンに膨れ上がった風船を連想させるソレは、何かの拍子に弾けてしまいかねないほどだ。 緊張がないのも問題だが、過度の緊張も何時もの力を出し切ることはできない。だからこそ、フォルテは緊張を解し、尚且つ仲間内の結束を図る為に宴会を提案したと思うのだが・・・。 「彼の提案というだけで信用がガタ落ちするのは、何故かしら」 「まぁ、それが彼でしょ」 身も蓋もないほどきっぱりと言い切るであった。 フォルテの提案は案の定、某堅物人物に猛反対を受けたものの、裏のダブル最強人物にあっさりと言い負かされ(プラス、黒いオーラ)、実行されることになった。 どこから仕入れたのか真剣に聞きたくなるほどの多種多様、そして多量のアルコール類。それに勝るとも劣らない料理の数々。 ・・・そして何故か、とに次々とアルコールを勧める男性陣。 「なぁんかさ。目的がミエミエ?」 いくら異世界リィンバウムとはいえ、流石にアルコールを飲む事を禁止される年齢のミニスがジュースを片手に呆れたため息をつく。 「そうだねぇ。とはいえ、傍目に見てもあの子達の方が上手のようだよ」 こちらはアルコールを片手に苦笑するモーリンだが、それほど酔った様子をみせず、目の前で起こっている事態を冷静に理解していた。 「嬢ちゃん達、飲む物をしっかり選別しているしな。あれなら下手に悪酔いする事もないだろう」 そう、レナードの言う通り、はワイン以外のアルコールは勧められても決して口にせず、はカクテルのみ。そのカクテルも上手い具合にに助けられ、宴会が始まってからかなり時間が経っているはずなのに、コップ二杯程度しか飲んでいない状態だった。 「、飲んでいるか?」 「これを見て飲んでいないという方がいたら、是非ここに連れて来て欲しいわね」 気軽に声をかけてきたフォルテにニッコリと笑い、側に乱立している瓶を指し示す。そこにはハーフボトル・フルボトルが5〜6本ほど取り混ぜて転がっていた。 「へぇ、結構飲めるんだな、」 「そうでもないけれど」 軽く口笛を吹く彼には首を振って否定する。 ワインに限定しているからこそ、これだけで済んでいるのだ。これがもし、他のアルコールも飲まされることになったらと思うとぞっとする。 二日酔いも怖いが、それ以上に何故か自分達二人に迫る方々が怖い。 若返っている外見とは裏腹にそれなりの恋愛経験を重ねているので、幾度となくアプローチを掛けられれば流石に彼女達も気付く。 だが、向けられる視線にも気持ちにも応えられない二人はのらりくらりとそのアプローチをかわし続け、最近では煮詰まりかけた方々に犯罪スレスレの迫り方をされることもしばしばある。 そんな方々に、酔って隙を見せたらどうなるか。火を見るよりも明らかだ。 そんな訳で宴会が決まった直後、身の危険を感じたとの二人は自分達に回ってくるアルコール類をどうやってかわすか真剣に相談した。 そして、アルコールにはあまり強くないは軽いカクテルだけを口にするようにし、そのカクテルも時々に手渡してが飲むようにして、比較的アルコールに強いは口にするアルコールをが持ってくるカクテル以外ではワインのみに限定することにした。の体質にとって、カクテルやワインはそれほど酔う代物ではないのだ。 あとは・・・。 「頃合いを見計らって引っ込みたいところだけど・・・」 「まだ、無理そうね」 アルコールで潰れたマグロの数は増えているが、それでも危険視する人達はまだまだ元気である。・・・というか、危険な方々の方がピンピンしている。 「そういえば、召喚師の兄弟弟子達はどうしたの?姿が見えないけど」 「マグナはあそこで沈没している。トリスは酔って例の脱ぎ癖が出てきた為に、兄弟子殿が慌てて部屋に引っ張って行ったよ」 姿の見えない者達の所在地を尋ねてきたに、は先程から目にしていた事実を教える。が指し示した場所を見れば、見事にアルコールで潰れたマグナが転がっていた。視線を僅かにずらせば彼の護衛獣であるバルレルも転がっている。ネスティとトリスの二人の姿はこの部屋のどこにも見当たらなかった。 「ネスティ、気の毒に・・・」 「まぁ、頑張って理性を保ってもらいましょう」 おそらくは、とんでもない醜態を晒し出し始めた妹弟子を大慌てで部屋に引きずり込んだであろう、ネスティにも心の中で合掌する。 ただでさえトリスにベタ惚れ気味のネスティのこと。アルコールで妙に艶っぽくなった妹弟子を前に理性の限界を試されている彼が容易に想像できた。 (あ、哀れかも・・・) それを想像した二人は再び合掌したのだった。 「はアルコールに強いのだな」 表情を変えることなくコップに口を付けているの側にイオスが静かに近づいて来た。 「そうでもないわよ。今もすでに酔っている状態なのだけど」 「・・・そうか?が言うようには見えないが」 「まあ、そうでしょうね」 不思議そうに顔を覗き込んでくるイオスには苦笑を返す。実際、酔っても顔に出ないタイプなのだ、は。 「そういうイオスは・・・ほろ酔い状態って感じね」 「ああ、否定はしないよ」 緩やかに微笑むイオスの目許は酔いのためかほのかに赤く染まっていて・・・なんというか、非常に色気があったりする。 (・・・・・女性としての自信が打ち砕かれるのですが、イオスさん・・・・・) 心中でつい、突っ込みを入れたくなるである。 「はワインしか飲んでいないようだが・・・他のは飲まないのか?」 「一番美味しいと思うのがワインなの。他の物も飲めないことはないけれど、美味しいとは思えなくて」 悉くこの理由で他のアルコールを断ってきたはここでもそれを口にした。 曰く、『せっかくの宴会で美味しいものを飲んでいるのに、美味しいとは思えないお酒を無理矢理飲ませるつもり?』である。こんなことを言われれば、大抵の男性陣は引き下がるしかない。 「そうか。僕のコレもワインだが・・・飲んでみないか?」 軽く掲げてみせるコップに視線を向け、首を傾げたは徐に手を伸ばすとイオスの手ごと、そのコップを取ると中身を一口飲んでみた。 「ちょっ、・・・っ」 「あ、これも結構美味しい」 の行動に赤くなるイオスとは逆に、は呑気にワインの感想を告げている。 「私のもなかなか美味しいわよ。一口、飲んでみる?」 「い、いや、いいよ」 動揺しているイオスには自分が手にしているコップとイオスが手にしているコップを見比べ、ポリポリと頬を掻いた。 (20歳にもなった男性としてはえらく純情な反応よねぇ。マグナとトリスの純粋さも貴重だけど、イオスのこの純情さも貴重だわ) 妙に感心しながらアルコールを口にするが、ふとあることに気付く。 (イオスって元は帝国の軍人・・・ってことは、軍学校を経て軍人になった可能性が高いわよね。と、すると・・・女性との付き合いも希薄になりがちになってもおかしくはないか。女性の軍人がいたとしても、イオスって生真面目で一途なところがあるから目もくれずに任務を果たしているかも) そこまで思考を巡らせ、は思わず苦笑を浮かべた。 (なるほど。妙に押しが強いかと思えば変なところで純情さを見せるのも、全ては女性慣れをしていないから、という訳ね) 納得、と頷くの横顔を赤くなりながらも見つめていたイオスは意を決したかのように手を伸ばす。・・・が。 「さん、ずっとそこにいますね。こっちに来て飲みませんか?」 「ちっ」 (・・・その舌打ちは何よ、イオス・・・) 内心、冷や汗を流すだったが、そんなことには構わず、目の前でイオスVSロッカの黒いオーラバトルが開始されている。 「はワイン以外は飲まないらしいが?今は僕と飲んでいるんだ」 言外に邪魔をするなと告げるイオス。 「さんは貴方のものではないでしょう?なら、僕が誘っても問題はないはずですね」 にっこりと爽やかな笑顔でありながら痛いところを突くロッカ。 「・・・何時になったら、抜け出せるのかしら、私」 それを横目で眺めつつ、深いため息をつく。すでに、この状況からの脱出を半ば諦めていた。 「姉様ぁ」 「お嬢?」 何故か涙目になって縋り付いてきたには驚く。 可憐な外見に誤魔化されそうだが、はかなりのしっかり者で意思も覚悟も半端でなく強い。滅多な事で弱音など吐かないのに、今の状態は完全に困りきっている顔だ。 「黒いオーラバトルが始まっちゃった」 「・・・・・」 そっちもですか、と思わず口にしそうになっては寸前で止める。目の端に捕らえたルヴァイドとシオンの姿には再びため息をつき、はで思わず縋り付いた親友の側で始まっている別口の争いに気付いて頬を引き攣らせていた。 「・・・姉様、これって・・・」 「こっちでも始まっちゃったのよ」 眉間に寄った皺を解そうと指を当てるには深々とため息をつく。 「数多い夢ヒロインさん達みたく、鈍かったらよかったのに・・・」 「それには激しく同感するわ、お嬢」 鈍ければ彼らが争う理由にも黒いオーラにも気付かずに済んだのに、としみじみ思う。だが、こんなところでため息を付き合っている場合ではないのだ。そのことを証明するが如くに、目敏く彼女達を見つけたバトル中の黒い方々がこぞって二人ににじり寄ってくる。 「、何をしているんだ?こっちで一緒に飲もう」 「え?あ、あのっ、イオス!?」 「さん、そんなところにいて、どうしました?こちらへ来ないのですか?」 「シ、シオンさん、ちょ、ちょっと、待って・・・っ」 ずるずるとそれぞれの人物達に引き摺られた彼女達は大いに慌てるが、アルコールの勢いで強引さが強くなっているために抗議などどこ吹く風とばかりに黒い空気の中へと引き込まれてしまった。 「・・・」 「ちょ、ちょっと、待ってよ、イオスっ」 酔いが更に回ったのか、はたまた黒いオーラの影響か、何時も以上に熱っぽい視線を受けたの背中にダラダラと冷や汗が流れる。 気が付けば壁際に追い込まれ、顔の両側に手を付かれ、逃げ出すのが難しい状態に。 後ろは壁。両脇には手。そして目の前には不敵に微笑んでいる女性とも見紛う美貌の主。 (・・・・・絶対絶命?・・・・・) 酔っているが為に、何時もの力も出ないとなれば、力技でここからの脱出も難しい。・・・いや、酔っているが為に、力のセーブが出来ないと言い換えた方がいいだろう。 (あ〜、流石にこの綺麗な顔を張り倒すことは躊躇うしなぁ) の張り手を食らえば2,3日は頬が腫れていることは確実だろうし、としてもこの綺麗な顔を腫れさせるのも忍びない。 (っていうか、そんなことをしたら全国のイオスファンに殺されそうだしぃ) こんな所(異世界)に元の世界のイオスファンなるものが居るはずもないのだが(居たらそれはそれで大事だ)、それはともかく絶体絶命とか思っているわりに間延びした思考である。とりあえず相手の胸に手を当て、ぐいぐいと押してみるという抵抗は実行させてもらうが・・・。 「無駄な事はしない方がいいと思うけど?」 「無駄なことだろうと、せずにはいられないのよ、この状況はっ」 せめて・・・せめて、お持ち返りだけは避けたいの心境を知ってか知らずか。にっこりと綺麗な顔を更に綺麗に微笑みで飾ったイオスは普通のお嬢さんならばまず、間違いなく腰が抜けるだろう甘い声で耳元に囁いた。 「・・・僕からは逃げられないよ」 「っ!」 ぞくっとした甘さに首を竦め、喉の奥で悲鳴を噛み殺す。いよいよ、絶体絶命の危機に陥ったような気がする。 と、そこに。 「そこで一体、何をしているんです?」 槍を装備したロッカがますます黒くなったオーラを背負い、にっこりと爽やかに微笑みながらイオスの背後に降臨した。 「を誘っているだけだが?」 「さんは嫌がっているようですが?」 何気ない会話をしているようで、しかし2人の手にはしっかりと自分達の槍が握られていたりする。 (・・・・・とうとう、槍対決が始まったか・・・・・) 現実逃避をしたい気分に陥りながら、は海溝よりも深いため息をついたのだった。 「さん、これなんかはどうですか?」 「え、えっと・・・その前にシオンさん」 「はい、どうしましたか?」 「この手を外してくれると、嬉しいのですが」 テーブルの前まで連れてこられ、料理を勧められるが、掴まれた腕が気になっていたは取り敢えず、手を離してくれるよう、お願いをしてみる。しかし、そのお願いに対して忍びが返した答えは。 「すみませんが、その要望にお応えする事はできませんね」 柔らかな拒否だった。 予想していたとはいえ、その返答には顔を僅かに引き攣らせる。 「・・・どうしてですか?」 「私が離したくないからです」 「・・・・・・・・・・」 あまりにも予想通りの答えには深々としたため息をつくことしか出来ない。チラリ、と未だに黒い忍びに掴まれた腕を見やり、再びため息をついた。 「・・・?どうした」 どうにかして解放できないかと思考を巡らせていたの視界に黒騎士の姿が入る。 「え、えっと、その・・・」 「さんは私と食事をしているのですよ」 「ほう。ならば、別に腕を掴む必要はあるまい?」 口篭ったの代わりとばかりにシオンが返答し、ルヴァイドもそれに答えるという、表面上は穏やかな会話であるのだが。 (・・・どうして、お互いの手に自分の得物を持っているのかしら・・・) 忍びと黒騎士が己の手にそれぞれの武器を握っているのを見たは思わず目の前の現実から逃避してしまい、視線と思考を遠くへ飛ばした。 だが、それも長くは続かず、いきなり腕を引き寄せられ、慌てて意識を元に戻せば己の体は忍びの腕の中に捕らえられている。 敵(?)の前で隙を見せてしまった己の迂闊さを呪いながら、何とかそこから抜け出ようと体を捩るが、本気の力を出さないでは彼の腕を動かすことは出来なかった。 (やっぱり、この人相手だと本気を出さないと無理かしら・・・。でも、投げ飛ばすと周囲に被害が及ぶし・・・どうしましょう) 素面のように見えるが、それでもアルコールを摂取している自分が力加減をコントロール出来るとは思えず、その場合に起こる被害を考えると力技は些か躊躇うものがあり、はどうしようかと思い悩む。 だが、悩むを今度は別の腕が忍びの腕から奪い去り、がっちりと彼女の華奢な体を抱え込んだ。 「・・・貴様、何をする」 「その言葉、そのまま返して差し上げます」 自分を挟んで忍びと黒騎士の視線が火花を放ち、背後にコールタール並の真っ黒なモノが立ち上ったのを目にしたはとうとう、SOSコールを放った。そう、自分の片割れであり、何よりも誰よりも信頼できる親友に。 「姉様ぁ〜〜〜〜〜」 目の前の槍対決から少しばかり、逃避していたは親友の半泣き状態の声を聞いた瞬間、一気に現実へと舞い戻った。 親友が無理矢理引き摺られた方向へと視線を向ければ、周囲の空気がコールタールと化している所にを挟んで忍びと黒騎士が睨みあっている。しかも、の体は二人の間を行ったり来たりと、まるで子供の玩具の取り合いのように翻弄されていた。 気付かないうちにイライラが募っていたの額に青筋が浮かぶ。 「・・・・・お嬢。後は私に任せていいから、寝ちゃいなさい」 「お願いね、姉様」 の言葉には即座に頷き、近くに置いてあったアルコールのコップを手にすると一気に中身を煽った。 「!?」 「さん!?」 いきなり、そんな行動を起こされた男達は驚きの余り、争うことをやめて唖然としている。その隙をついて、は親友の体を自分の腕の中へと保護した。 「さん・・・?」 「?」 の行動に槍対決をしていた青年達も驚いて自分の武器を下ろしている。 自分達を見つめる視線にはにっこりと笑顔を浮かべると、一気に煽ったアルコールで眠りの世界へと意識を飛ばしているの体を軽々と抱き上げた。 急激に静かになった居間を見回し、はもう一度にっこりと笑った。 しかし、その笑顔は凍てつくような凄みがあり、本気まではいかなくとも、彼女の機嫌がかなり悪くなっている事を彼等に教えている。 タラリ、との迫力ある笑顔を見た者達の背中に一筋の冷や汗が流れた。 「私とお嬢はもう、休ませて貰いますね。分かっているとは思うけど、妙な気を起こせば明日の朝日は拝めない事になりますよ?」 の言葉は誇張でもなんでもなく事実を指しているのだが、たとえ知らない人間でもこの笑顔の前では『妙な気』を起こす気にはならないだろう。 「あら、さん。休まれるのですか?」 これだけの料理がありながら、まだ台所で何かを作っていたらしいアメルには瞬時に凄みのある笑顔からいつもの柔らかな微笑みを浮かべ、軽く頷いてみせる。 「いい加減、酔いも回ってきたからね。こんな状態で抱き付かれでもしたら、力加減を間違えて抹殺してしまうし。流石に仲間に対して抹殺はマズいでしょ」 「寝込みを襲うような、男として低レベルな人間は抹殺してもかまわないと思いますけど、二日酔いになったらさんもさんも大変ですものね」 本当に聖女か?と思うような発言をサラリとしながら、しかし、聖女に相応しい気遣うような微笑みをアメルは浮かべ、軽く頭を下げた。 「では、お休みなさい、さん、さん」 「ん、お休み、アメル」 ふわり、ともう一度微笑むと、念の為とばかりには威圧感を込めた視線でぐるりと周囲を見渡す。 「念の為にもう一度言いますけど。私もお嬢も酔っていて、完全に力のコントロールが出来ません。どうなってもいいのなら、どうぞ挑戦してくださいね」 にいぃぃぃっこり。 半分、冷気を込めた凄みのある微笑みを振り撒き、仲間達を瞬間冷凍させたは、親友を男前に横抱きしたまま、自分達に与えられた部屋へ帰ったのだった。 「姉様・・・?」 「ん、気がついた?」 自分達の部屋に戻り、親友をベッドへ横たえた時、の瞳がぼんやりと開いた。栗色の瞳を覗きこみ、意識の有無を確認するとぼんやりとした瞳のまま、はに頷いてみせる。 「アルコールで眠いけど・・・何かあれば、起きれるわ」 「なら、大丈夫か」 何が大丈夫なのか理解しているだったが、それでも横になったまま、ゆるりと首を傾げた。 「姉様・・・忠告しなかったの?」 「一応、したけどね・・・無謀な人物がいないとも限らないし」 「そうかしら・・・?だって、姉様の忠告なのよ・・・?」 「まぁね。忠告する時、冷気も振り撒いたし」 それで夜這いする気概のある人物がいれば、賞賛してもいいぐらいだ。 「だったら・・・」 「うん、だから、私の方は来ないと思う。でも、お嬢の方はねぇ」 「・・・・・私?」 「お嬢が直接忠告したわけじゃないでしょ」 「・・・成る程ね」 忠告=脅しをが直接下したわけではない。しかも、が忠告した時にはアルコールで眠っており、横抱きされていたのだ。ならば、の方へ夜這いする人間が出てもおかしくはない。酔った勢いというのもあるだろうし、最近は犯罪スレスレの迫り方をされていたのだ。可能性としては十分にありえるだろう。 「『月星』、手元に置いておく?」 「力のコントロールが出来ないから、やめておくわ」 愛用の武器で侵入者を撃退すれば、その者達は本当に命を捨てる事になるだろうとは片手をヒラヒラと振り、自分の得物を持ち上げたにその場に置くよう答える。 「こんな状態の女性を夜這いしようって男は半殺しにされても文句は言えないと思うけどね」 軽く肩を竦めながらも親友の言葉どおり、三節棍をその場に置く。ふと、視線が扉へと向けられ、へと戻った。 親友の視線を受け、も上半身を起こしながら呆れた表情で肩を竦める。 「何だって、こう、姉様の予想通りに動くのかしら」 「お嬢が直接忠告していないからでしょ」 「本当に、無謀よね」 「・・・と、いうわけで。お嬢が直接、どうぞ」 「了解」 さて、余談ではあるが。 翌朝、瀕死状態の人間が何人か庭に転がっていたのを二日酔いの頭を抱えつつ、生真面目に剣の鍛錬を行おうとした純情白騎士が第一発見者となったことを付け加えておく。 果たして、危険なのは酔った彼女達なのか酔って迫る彼等なのか。 それは、この結果を見れば明らかであろう。 (END) |