カタカタとキーボードを叩きながら、ふと我に返る。 一体全体、何をしているんだろう、あたしは。 『こちら狼。そっちの具合はどうですかい?』 『こちらネズミ、ミッションはいまのところ滞りなく遂行中。数分で作業は終了する。どうぞ』 足元に転がる某国のエージェント諸君を尻目に、あたしはヘルメット内に装備されているインカムに対してそう言った。 薄暗い端末室は明かりは灯っていない。 あたしが持ち込んだ、本当に超小型の端末が情報のすべてを移動させている。 すべて、といってもとあるシステム関連のみで他には一切手をつけていない。 あらかじめ作っておいた、適当なダミーシステムで監視システムやプログラムをごまかしながらの作業。 身に着けているのも、使っているのもわが国のトップシークレット扱いのもの。 そしてその行動も。 そう、普通の警察官ならこんなスパイもどき、いやスパイ活動をしない。 インカムの向こうにいる彼が、笑った。 『こちら狼。暇で暇で退屈しそうだ』 そうは言うが、彼も彼で外の警備をしている部隊と交戦中のはずだ。 この場所を警備している軍の一部をひきつけ、そして軍の目を外にと向けさせるという難しい役柄を、彼はなんなくこなしている最中だろうに。 『代わって差し上げてもよろしくってよ』 そう、おどけてあたしが言うと、彼はまた笑った。 『何か珍しいものでもありましたか?』 『そうですね、開くと自分を消す自爆プログラムですかね』 『おやおや、そんなものまで作ってどうするんでしょうねえ』 『さあ? そんなことより何ゆえあたしがここに来てこうしているのか、いまだに分かりません』 『普通の公務員がご苦労様です』 『こらこら、そういうことを通信で言わない。傍受されたらどうします?』 傍受されていないことを知りつつ、あたしは苦笑する。 『そんなへましませんて、俺は。…っと、じゃあ、この辺で』 そう、あたしは普通の公務員なのだが。 ゆっくりと意識を覚醒し、背後に回ろうとした某国のエージェントをふりむき様に一蹴りで沈黙させるとあたしは作業を再開する。 あたしの名前は。 かつては平和大国と謳われた日本のブレイブポリスの一員である。 「某国内軍事基地に侵入…って穏やかな作戦じゃありませんね。と、いうよりも、なぜそんな作戦にブレイブポリスが動かなければならないのか不思議でなりませんが」 やんわりとあたしは目の前に座る、冴島総監と顔見知りである防衛軍のセイアさん、そしてスコットランドヤード・ブレイブポリス主任であるレジーナに言った。 当然のごとく、こういった隠密がらみの話にデッカードや友永警部は参加させない方針のためここにはいない。 いるのは、隠密ロボであるシャドウ丸ただ一体のみ。 「の疑問はもっともだわ。本当はこういった場合、特殊工作員が動けばいいんだけど、そうも行かないのよ」 レジーナはそういうとあたしには書類で、シャドウ丸にはデータで情報をくれた。 「なるほど」 犬…失礼、狼タイプに変化したシャドウ丸の目が点灯する。 「もうすでに各国のその手の皆さんが激しく動いてるようですぜ、」 「そのよう…ですね…。で? その状況内でシャドウ丸にどうしろと」 「シャドウ丸だけではない。君。君にも動いてもらいたいのだ」 「あたし?」 「そうよ、さん」 セイアさんが真剣な、そして沈痛した面持ちであたしを見つめた。 「あのハッキングツールを作成した、貴女に」 あたしは額を押さえた。 カゲロウ事件において、あたしが緊急時に於いて作成したハッキングツールはあの時だけしか使わないつもりだった。 リアルタイムハッキングという、現在のコンピュータの全セキリュティーを素通りして相手に対して情報を与えたり会話したり、はたまた相手側の情報を得るツールだ。 リアルタイムというからには、数十分という誤差もなく、わずかコンマ01程度の時差でそれが行えるものをあたしは確かに作った。 違法と知りつつも、それしかその事件の最大の被害者を救うにはなかったのだ。 まあ、その詳しい話はあとにしよう。 ともあれ、現在そのツールはシャドウ丸が自分の記憶容量の中に収めて活用しているらしい。 「実はな…某国の相手国にLN国があるのを知っているだろう」 「やたら好戦的な国でしたねえ」 シャドウ丸がふんふん、と相槌を打つ。 「国連においてもこの国は発言力が年々強まっている傾向にあるの。そのLN国と某国との仲は最悪の一途を辿っているのは知っているわよね」 「ええ」 あたしがうなづくと、レジーナは真剣な表情で続ける。 「非公式の情報だけど、LI国が某国にたいして宣戦布告しそうなのよ」 「!」 宣戦布告、ということは…。 「戦争?」 「そりゃあ、穏やかじゃありませんねぇい」 シャドウ丸がそう言いながら、心配そうにあたし達を見つめる。 「それも、きわめてレベルの高い戦術プログラムの完成と新たな軍事ミサイルの完成がもうまもなくだそうだ」 「ミサイルの方はなんとかできるわ…だけど戦術プログラムはそうは行かない」 「……第三次世界大戦を起こさせるわけには行きませんよ。何とかしなくちゃ」 「うむ」 シャドウ丸の言葉に冴島総監はうなづく。 「そこで貴方達にしてもらいたいのは、そのシステムを開発している工場内に進入し、戦術プログラムの奪取よ」 「奪取?」 ぴくん、とあたしはその言葉に反応する。 「そう」 レジーナは顔色をうっすらとだか、硬くする。 冴島総監たちは苦渋の表情を浮かべた。 話はこうだろう。 国連に加盟しいるすべての国家機関は、戦争を起きるのは避けたい。 しかしながら、某国とLI国に対抗するべく連合軍を組織して威圧すれば、必ず遺恨の念を二つの国は持ってしまう。 かつての日本を連想させるように急成長の過程にあるかの国と、そういったトラブルはどこの国も避けたいのだ。 表立って行動すれば、非難を浴びてしまうので昔ながらの特殊工作員を使って、トラブルの元になるプログラムをなんとかしたいと考えるのは、当然の行動だと思うが。 破壊ではなく、奪取ときた。 ……あきれた。 あたしは溜息を深くついた。 レジーナがうつむく。 冴島総監やセイアさんがはっきり言いたがらないわけだ。 各国家機関は、LN国が作成した戦術プログラムが欲しいのだ。 自分達の国の強みにするために。 「……奪取した後は?」 「……スコットランドヤード・ブレイブポリスを通じて私の国が管理することに今のところなっているの…」 「今のところ?」 シャドウ丸が声を上げる。 「現在の時間もなおも世界会議中よ。勿論、日本も参加してね」 「日本も?!」 「日本は核を所有しない、となっているだけ戦術プログラムを所有してはいけないという世界規定はない」 冴島総監は静かにこう言った。 「そしてこの一件に関しての発言及び行動のすべては、記録することになっている」 記録…。 滅多なことは言えないということか、とあたしは目線を落とす。 「防衛軍は日本を防衛するために作られた組織だから、こういう行動はできないの」 セイアさんは苦笑した。 日本にもこういった活動をする人材はいるだろうが、お目付けというかブレイブポリスがらみで レジーナがいるためにそのことは公にしたくはないのだろう。たとえブレイブポリスの仲間といえども、今回は勝手が違う。 「シャドウ丸は工場内施設の撹乱及びおとり、そして。貴方に内部からの全システム情報のマスターを奪ってきて欲しいの」 あたしは、溜息をついた。 それが今回の任務のすべてだった。 日本以外の国家機関の皆さんたちも、大変精力的に活動していらっしゃるようで。 この国に入ったと同時にあたしとシャドウ丸は何カ国かの方々とお会いする羽目になった。 もちろん、丁重にお出迎えをして引き上げていただくケースをあたし達は選んだが。 世界会議は今もなお続いている。 レジーナの国が所有の権利を得ていることに同意をしない国が、猛反発をしだしたからだ。 その余波のおかげで、今まさにこの工場内は特殊工作員だらけになっている。 工場施設の管理体制が悪いわけではない。 所詮、人が作った場所だ。 抜け道はいくらでも、ということだろう。 かく言うあたしも今回はその手で内部に侵入したので人様のことをとやかく言える立場ではない。 いつもの婦人警官の制服ではなく、防衛軍が開発していた特殊スーツ(ライダースーツのようなものだ)に、ヘルメットのようなものを被っている。 ある一定時間内ならば、各センサーに引っかからないという優れものだ。着膨れというか、体のラインも一概にはあたしのことを女性とは見て取れないだろう。 このスーツ自体を泥棒が泣いて欲しがるということは、言うまでのない。 ヘルメット内部にはシャドウ丸と外部からの通信を受けるシステムが組み込まれているし、赤外線探知、及びその他もろもろの機能がついていた。 まあ、この機能もスーツに内蔵された充電式の電気がなくなればおしまいなのだが。 『こちら狼。猫がそちらに向かってる』 猫、このI国の警備の人間のことだ。 ただの警備ではない。 武装をした警備。 進入した人間を強制的に排除するだけの武装をした人たちのことだ。 『こちらネズミ、キャットフードはあいにく切らしてると伝えて下さい』 『そうも言ってられやせんぜ?』 『仕方がない。こちらで迎え撃ちます。ちょうどこちらも終わったことですし』 『了解。気をつけて』 『そちらもね』 あたしはそう通信を切ると、この工場におけるマスターデータを移したそれをスーツの中に押し込んだ。 かすかに聞こえる金属音。 ヘルメット内部のシステムを稼動させれば、シャドウ丸に内蔵されているのと同程度の隠密回路を作動させる。 これも時間限定だが、やることはすべてやったのだ。 出し惜しみをして捕まり、いらない心配をさせるわけにも行かないだろう。 友永警部達の顔が頭に浮かび、あたしはシステムを作動させると薄暗い部屋に乗り込んできた兵士数人をなぎ倒した。 ビー、ビーっという甲高い音が工場内に響き渡る。 ばたばたという足音が聞こえてきた。 足元に転がっていた特殊工作員の皆様方も目が覚めたらしく、あたしが昏倒させた兵士の装備を取り上げると、あたしに対して嬉しくない暴言を吐きつつ各々の逃走ルートに走っていった。 力をあわせようとか言われないで、逆に助かった。 一言でも話せば、彼らは身に着けた知識であたしが日本人であることを突き止めるだろう。 それは後々国際問題になった時、困る。 大いに困る。 あたしはそんなことを思いつつ、銃を向けてくる兵士達と命がけの鬼ごっこ&隠れん坊を繰り広げた。 …身体を鍛えるために格闘技を自分に仕込んでおいてよかったと痛感したことは、これで一体何度目だろうか。 しかし、走る方向を間違った。 あたしは工場内における生産プラントを覗く羽目になったのだ。 人型のロボット。 ブレイブポリス並みの武装が取り付けられる、寸前のもの。 通常のビル5階程度の高さから、あたしはそれを見てしまった。 「……超AIは?!」 「そんな無粋なものはつけないようにしているのだよ、我々は」 丁寧な英語が聞こえて、あたしは身体をこわばらせた。 「そう、無粋というと君が被っているものも無粋だね。是非はずしてミスかミスターか教えて欲しいものだ」 一個中隊分の銃口があたしに向けられた。 通路の両脇からはさまれる形であたしは追い詰められてしまう。 目の前の手すりを乗り越えられてもこの高さだ。 スーツがもつかどうか。 左も右も兵士達が銃口をあたしに向けている。 万事休す、というのはこういうことかな? とかあたしは思っていた。 不思議に絶体絶命、とか思わない。 LN国の…将軍クラスの人物が、髭をたくわえた彼は綺麗な軍服にいくつかの勲章を飾って笑っていた。 「各国の工作員もここまでは入ってこれなかった」 「……褒めているつもりかどうかは判断しかねますな、閣下」 男とも女ともとれる口調で言うと、向こうは笑う。 「褒めているんだよ。これでもね。それに君は他の国のどの工作員よりも優秀らしい」 「……」 あたしはゆっくりと目の前にある手すりに近寄りながら、彼との会話をヘルメットに内蔵されたシステムを使って録音、そしてシャドウ丸に対して回線をつなぐ。 今現在のあたしの状況下を知らせるためと、兵器開発の物的証拠のためだ。 …いまさらそんなものを欲しがる国はいないが、こうしておけば外交上この国とトラブルを起こしたときに役に立つかもしれない。 …セイアさんに渡しておけば。 「人形に意思など必要ない。ましてやそれが兵器ならなおさらのことだと思わんかね」 「…」 「確かにブレイブポリスに使われている超AIは通常ではじき出した数値をはるかに上回るものを出す。しかし感情というものがあればいろいろ厄介なことも増える」 「いきなり正義に目覚められても困る?」 あたしの言葉に、彼は笑った。 「そして、ある一定の人間を潜在意識に刷り込んでいるようなものなど必要ないのだよ」 友永警部のことだ。 超AIを持つロボットは、感情を一番最初に生み出したロボット、デッカードのコピーなのだ。 そのデッカードの感情を生み出すきっかけになった友永警部とのことは、他のロボット達の一番深いところまで浸透している。 そう、感情を持つロボットすべてにとって友永警部はかけがいのない存在なのだ。 「それならば、既存の人型兵器を強化していけばいい。統一されたシステムでな」 そのシステムも含まれていた、ということかな? あたしは懐に入れているモノが重くなったように感じた。 「さあ返してもらおう…まったく脱帽ものだったよ。君の能力には。まさか修復ツールや復元システムそのもの、そして【あれ】までも全て一切合財マスターデータとともに盗むとは」 「もう一度製作者に作らせてはいかがでしょう? 閣下」 「あいにく君も知っての通り、大元を製作した科学者達はみな病死してね」 「それは残念」 何が病死だ、とあたしは口の中で呟く。科学者達は皆、この戦争をしたい症候群の連中に殺されているのだ。 あとくされのないように、もう彼らが必要ないと知った時点で。 「それに、そのままではどの道、そのデータは使えないぞ」 優しく、まるで子供に言い聞かせるような大人の口調でそう男は言った。 ガシャン!! 銃口の全てがあたしに向けられる。 引き金に兵士達の指がかかった。 「さあ」 「あいにくと」 あたしは言った。 気配、というか緊張感の中で研ぎすまれた感覚が、それが近いことを示す。 手すりに手をかける。 「そのほうがこちらには都合がいいので」 「何……?!」 あたしは次の瞬間手すりから身を躍らせた。 彼の声が心に響く。 工場全体の電源が消えて、爆発音が鳴り響く。 壊された壁から出てきた、大切な仲間があたしの名前を呼んだのだ。 当然、通信であたしだけに。 シャドウ丸! あたしが心の中でそう叫んだ瞬間、あたしの身体はすぐそこにあったシャドウ丸の背中にいた。 彼はあたしとあの男との会話を聞いてから、まっすぐここに来てくれたのだ。 そう。 隠密回路をフル稼働させて、映像にもセンサーにもその存在自体を写さない様にして。 『ついでに、壊しちまいましょう!』 犬型になったシャドウ丸が床に着地した途端、あたしの返事を待たずにその前足で人型兵器を破壊する。 『デッカードの旦那方にいらない仕事を回されても困るんでね!』 『違いない』 そう、あたしが返すと彼はにやりと笑ったようだった。 だが、笑っていられるのもそれまでだった。 工場の非常用の電源がついたのだ。 この国の言葉で盛大にあたし達をののしり、そして兵士達に「殺すな。データを取り戻せ!」とわめいているあの男の声をヘルメットのシステムが拾う。 『このままいきやすぜ』 『了解!』 あたしの返事に気をよくしたのか、シャドウ丸は犬型のまま、そしてあたしを背中に乗せたまままた壁を破壊した。 飛んでくる瓦礫がごくごく小さなモノなのは、彼があたしに当たらないように瞬時に計算して破壊したからだろう。 瓦礫が何かを壊し、そこから火の手が上がったのを見た。 やばい。 その火は瞬く間に機材に引火した。 『行きやすぜ!!』 そうシャドウ丸が叫んで、工場を飛び出した。 他から見るとあたしたちはどう映っているんだろう。
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(くう様より)
やはり勇者警察は長くなってしまいます(苦笑)。
本気で分割しようかと思いました。
長々と書いてしまいましたがいかだだったでしょうか?
「犯罪組織に潜入。証拠データなんかをハックしてとんずらしようとした矢先に発見されて、犬型に変形したシャドウ丸の背中に乗って脱出!」
でしたが、
犯罪組織を国家機関にさせていただきました(汗)
まあ戦争を仕掛けようとする国は平和な世界間を乱すという犯罪者ということで勘弁していただければ幸いですイリス様(すがりつき)ー!
い、いや、普通の犯罪組織だとシャドウ丸が一人でさくさく行っちゃうので(涙)。>いいわけ。
しかも、甘くないし!(涙)
すみません、イリスさまー(涙)
中に出てきた国名・機関は言うまでもなく架空の機関ですのであしからず。
イリス様、リクエストありがとうこざいました〜v
(イリスよりお礼) きゃあああぁぁぁっっ(はぁと)くう様、本当に有難うございますーーーーーっ!!! ヒロインもシャドウ丸も無茶苦茶格好いいですっ!!(握り拳) スケールがでかくなったことで格好よさも割り増しですし♪ シャドウ丸が壁をぶち壊しつつ、ヒロインを背中で受け止めるところなんて、まさにイリスが夢見ていたそのまんま。 やっぱりシャドウ丸が好きですね、はい。 |