早速コンクール騒ぎに巻き込まれて。
 やっぱりというか、当然というか。
 実際に会っても本当に皆さん、手強い人ばかりだこと。



非現実な日常に挨拶を

(2)



 はとこの香穂ちゃんに泣きつかれ、彼女に同行して報道部員の天羽ちゃんと共に音楽科校舎の音楽室へと向かう。
「へぇ・・・じゃあ、日野さんは私が取材に行くまで、何も知らなかったんだ?」
 それじゃあ、驚くのも無理ないよねぇ、と音楽室へ向かう道すがら、上手い具合に香穂ちゃんから話を聞いていた天羽ちゃんがやや、同情気味に呟いた。
 ゲームをプレイしていても思ったけど、天羽ちゃんは本当にさっぱりとした性格で、側にいても気楽にできる雰囲気を持っている。だからこそ、香穂ちゃんも気を許したようにポツポツとではあるものの、彼女の取材に応じているのだろう。
「さて、音楽室に着いたけど、問題の金澤先生はっと・・・あ、いたいた」
 音楽室を見回した私は知らず知らず、安堵の吐息を吐いていた。
 よかった。どうやらゲーム進行のズレはなさそう。何せ、私というイレギュラーが混ざり込んでいるからなぁ。
 音楽室の前の方で白衣を羽織ったボサボサの長髪と音楽科の制服の集団がいるってことは、昼休みの複数あるイベントの一つ、『コンクールを辞退しろ』っていう騒ぎの真っ最中なんだろう。
 とりあえず、取り込み中の彼等を離れた場所から眺める。香穂ちゃんもやっぱり、この騒ぎの真っ只中へ突入する勇気はないらしい。というか、私だってこの集団の中へ飛び込むのは嫌だ。ゲームじゃ分からなかったけれど、やたらと殺気だっているものなぁ。
 そうこうするうちにコンクールに出るメリットとか、実力を見せろとかそんな話になっている。
 ・・・メリット、ねぇ。どうも、このコンクールに出場すると成功が約束されているとか、そんなジンクスがあるらしいけど・・・それ目当てにコンクール出場を希望するっていうのは、私個人の感覚としてはどうも、感心しない。もっとも、このコンクールはただ、ファータ達が音楽の楽しみを教えたいと思い、それだけの為に開かれているからだと知っているからこそ、感じるものなのだろうけど。
 そうこうするうちに『彼』が曲を奏でだす。『彼』の曲にファータ達が集まり、楽しそうに周囲を回りだす。
 ああ、そうか。
 『彼』とファータ達を見ているうちに、コンクールのジンクスが何故生まれたのか、分かったような気がした。


 音楽を愛するファータ達。
 そのファータ達が開催するコンクール。
 そして、ファータ達に選ばれた出場者達。


 音楽を愛するファータ達が選び、その中で切磋琢磨し、そして優勝する人ならば。・・・音楽界で成功してもおかしくはないだろう。
 コンクールで優勝した副産物のようなものなのだ、ジンクスは。
 ・・・・・少し、ややこしいことになりそうだ。香穂ちゃんも、関わる事になる私も。もっとも、関わると決めて、この世界に引きずり込まれた時点ですでに色々な意味で覚悟はしていたけれど。
 そっとため息を吐いた私は曲を奏でる『彼』と『彼』の演奏を聴いて、悔しそうにその場を去って行く音楽科の生徒達を見ていたのだった。





「あの・・・・・」
 『納得出来ない』発言をした音楽科生徒の集団も、曲を奏でて彼等を黙らせた『彼』も音楽室を出て行き(そして、天羽ちゃんも取材の為にすっ飛んで行った。・・・見事な報道魂だわ)、ようやく香穂ちゃんは問題の不真面目音楽教師−−−金澤先生に話しかけた。
 過去、ファータ主催のコンクールに声楽で選ばれているんだから、それなりに音楽に造詣は深い筈、なんだけどなぁ。どうして、こうも不真面目な態度が様になっているんだか。
 この人、本当に心を読み取らせないのよ。真意を探ろうとしても、するりとかわしてしまうところがあるし、本当にやっかいな人。駆け引き、苦手なんだけどな・・・この人相手じゃ、私が不利だよ、ホント。
 この先を思い、眉を顰めているうちに不真面目さんは説明とも言えない説明を香穂ちゃんに話し、さっさとその場から立ち去ろうとしている。
 ・・・・・分かっちゃいるけどさ。もうちょっと、ちゃんとした説明をしてあげて欲しいと思うのはプレイヤーだった名残だろうか。
 どちらにせよ、放送部部長としての用事があるので、私も声を掛けて呼び止める。
「金澤先生。ちょっと、いいですか」
「ん?お前さんは確か・・・」
「放送部部長の風早です。コンクールの音響やその他について、確認したいことがあるのですが」
「お前さんもコンクール関係か。熱心なことだな」
 面倒臭そうに呟く声に私の眉がピクリと動くのが分かった。
「先生がどう思っているのか、私のような若輩者には察する事はとてもできませんが。ファータ達を喜ばせたいと私は思っているので、取り敢えず、さっさと質問に答えてくれませんか」
「・・・お前さん、知っているのか?」
 うーむ、私の嫌味よりもファータ達が見えるという事に反応する辺りはさすがというか。まぁ、金澤先生の驚いた顔なんてそうそう見れないし、よしとしましょうか。
「何故かは私にも分かりませんが、見えますね。だからといって、私には音楽の才はありませんから、こうしてサポートする方に回っているのですけど」
 肩を竦めて軽く肯定すると、金澤先生の表情は再び掴み所のないものになった。
「お前さんも厄介な事に関わったもんだな」
「それは関わる人の意識次第ですね。取り敢えず・・・金澤先生?容赦なく巻き込みますから、覚悟していてくださいね?」
「面倒くさいのは嫌いなんだよ、俺は・・・」
 私だって、面倒事は避けたいんですけどねぇ。香穂ちゃんに関わっている限り、平穏とは無縁と思わなきゃ。何よりも、私自身がこの世界に引っ張り込まれたんだから、どう考えても騒ぎの中心に近づくことになるだろうし。
 ああ、でも、腹黒さんと無表情さんのファンとは関わりあいたくないわね、切実に。



 なーんて、考えていたんだけど。そんな私の考えはやっぱり、甘かったと思い知らされたのは後の話。



 私が金澤先生に話し掛けているうちに、リリからの説明が終わったらしい。魔法のバイオリンを抱えた香穂ちゃんが途方に暮れた顔で立っている。
「香穂ちゃん?そのバイオリンはどうしたの?」
お姉ちゃん・・・」
 ふむ。まだ納得いかない様子ね、これじゃ。まぁ、無理もないか。自分の意思なんてほとんど・・・まったく無視されて、滅茶苦茶強引に参加させられるんだもの。それも、まったく何も知らない素人が四六時中、音楽に携わっている彼等を相手に、である。
 でも。何も知らないからこそ、まっさらな心で奏でる音は人々の心を惹きつける筈。少しずつ自分の音を確立するだろうけど、香穂ちゃんの奏でる心の音は皆の心に響くだろう。素直で真っ直ぐな香穂ちゃんだからこそ、それが出来るはずだ。・・・身内の贔屓目っていうか、プレイヤーの贔屓目が入っているだろうけれど。
「・・・話を聞きましょうか」
 時間を確認してまだ昼休みの時間がある事を確認した私は音楽室の端に寄り、椅子に座ると横の椅子を軽く叩いて香穂ちゃんに座るよう促した。
 トコトコと付いて来た香穂ちゃんは素直に椅子に座り、私の顔を見上げている。
「さて、と。順番に話を聞く方がいいわね。まずは、どうして香穂ちゃんがコンクールに出場する事になったのかってコトだけど。・・・分かったの?」
「うん。あのね・・・」
 本当は知っているけれど、香穂ちゃんにも思考の整理をさせるためにそもそもの初めからの話を聞きだす。香穂ちゃんも無意識にそれを悟ったのか今朝、校門前でリリを見た事から先程、魔法のバイオリンを貰ったことまでをポツポツと話していった。
「・・・ふーん。成る程ね・・・そして、香穂ちゃんはまだ、そのことに納得していないってコト?」
「え?どうして・・・」
 『分かっちゃったの?』と大きな瞳が言葉にならない言葉を呟いている。少し苦笑を浮かべ、私は目の前にある香穂ちゃんの綺麗な赤褐色の髪をそっと撫でた。
「分かるわよ。何年、香穂ちゃんのお姉さん役をやっていると思っているわけ?それに、貴女は考えていることが顔に出やすいのよ?今もしっかり書いてあるもの。『どうして、私が』って」
お姉ちゃん・・・」
「でもね、香穂ちゃん。妖精さんは確かに強引だったけれど・・・貴女に希望を見つけたのだと思う」
 私が紡いだ言葉に香穂ちゃんの大きな瞳が更に大きくなった。そんなことを言われるとは思ってもいなかったようだ。
「普通科の生徒で、それほど音楽と接しているわけじゃないのに、香穂ちゃんは妖精さん・・・リリちゃんを見つける事ができた。それはつまり、普通科の人間にも音楽を好きになる可能性があるということ。音楽科だ、普通科だと変な差別意識をなくす可能性があるということ」
「・・・でも、でも、お姉ちゃん。私、そんな大変な事、出来ないよ」
「変に気負わないのよ。まずは、コンクールで妖精さん達が喜ぶ音楽を奏でてあげること」
「妖精さん達が喜ぶ・・・?」
「音楽の妖精さんなのよ?音楽が大好きに決まっているじゃない。音楽ってね、誰かに聞いてもらわなきゃ命がないんだと私は思うの」
 これは、元々の私の持論だけど香穂ちゃんは何やら真剣に考え出したようだ。しばらくじっと考え込んでいた香穂ちゃんは顔を上げると真っ直ぐに私の顔を見つめてくる。
お姉ちゃん、私、やってみる。どこまで出来るかわからないけれど・・・妖精さんと音楽の命のために、できるだけのことをしてみる」
 さっきまであった頼りない・・・心細そうな表情とは一転して、何かを心に決めた瞳で香穂ちゃんは私に宣言した。
「そう。香穂ちゃんがそう、決心したのなら、私も協力は惜しまないわ」
 これで香穂ちゃんは一歩、前に進んだ。
 どちらかといえば大人しめで、控えめな香穂ちゃんだけれど、芯は強い。こうと決めれば目標に向かって必死になるだろう。
 私はそんな香穂ちゃんを支えるのだ。
「で、その手に持っているのはバイオリンね?香穂ちゃん、バイオリンを弾くの?」
「あ・・・これ、は・・・」
 一度、バイオリンに視線を落とし、どう言おうか迷っていたらしい香穂ちゃんだったが、おそるおそるこのバイオリンが魔法のバイオリンであることを私に打ち明けてくれた。
「・・・なるほどね。何も知らない素人でも弾ける、か」
「リリに促されて少しだけ、弾いたの。私、弾き方とかまったく知らないのに、音が出たの」
「そう。・・・香穂ちゃん、取り敢えずはそのバイオリンで頑張りなさい。そして、きちんとした姿勢や弾き方なんかを覚えればいいわ。多分、リリちゃんはそのつもりで香穂ちゃんに魔法のバイオリンを渡したのだろうし。あと、これだけは覚えていて。ズルをしていると思うのならば、そう思わないほど練習をすること。音楽科の人達はそれこそ、朝から晩まで音楽の事を考えて練習をしているのだから」
 私の忠告に香穂ちゃんは真剣な顔で聞き、そして真摯に頷く。
「うん。お姉ちゃんの言うこと、よく分かる。音楽科の人達に対して、失礼にならないようにしなくちゃね」
 そう言って微笑んだ香穂ちゃんはすっかり、迷いを振り切ったようだ。私の忠告もちゃんと意味を汲み取れることからも、それが分かる。
「・・・さて。そろそろ昼休みも終わりそうね」
「あ、ホントだ。ごめんなさい、お姉ちゃん、時間を取らせちゃって」
「ん?気にしなくていいわよ?どうせ、私も放送部としてコンクールに関わるもの」
「え?」
 キョトン、と瞳を瞬かせる香穂ちゃんににっこりと笑ってみせる。
「私が放送部なのは知っているわよね?」
「うん」
「放送部がコンクールの音響関係を手伝うのよ」
「本当?」
「ええ、本当」
 確認を取ってくる香穂ちゃんに頷いてみせると、ぱっと嬉しそうな笑顔が広がった。
「良かったぁ。お姉ちゃんが側にいてくれるのなら、安心だもの」
 まぁ、そりゃあ、ねぇ?ゲームだとたった一人で音楽科に乗り込むようなものだし。明日か明後日ぐらいにサッカー少年が巻き込まれるだろうけれど、やっぱ不安なのは仕方ないだろう。
「言ったでしょう?香穂ちゃんが自分で決めたことなら、私は協力を惜しまないと」
「えへへ。ありがとう、お姉ちゃんっ」
 抱き付いて甘えてくる香穂ちゃんの頭を撫でながら、私は早速放課後から起こるだろう、イベントを思い起こし、ちょっとばかり香穂ちゃんに同情した。
 出場者達はとっても癖のある人達ばかりだからね・・・頑張れ、香穂ちゃん。





 そして、放課後。
 私は音楽室へ向かって歩いていた。
 とりあえず、出場者の楽器がどれぐらいホールに響くのか、ある程度の目星をつける必要があるし、後は・・・まぁ、挨拶ぐらいはしておいた方がいいだろうし。
 香穂ちゃんほど積極的に関わる訳ではないけれど、それでも裏方として一般の人よりかは関わる事になるだろう。・・・・・腹黒さんだけはちょっと、遠慮したい気分だけど。この人は遠くから見ているだけで十分だもの。
 そんなことを考えていたからなのか、それともファータの悪戯なのか。一番歓迎したくない方法で『彼』と知り合いになったのだった。





「ちょっと、あなた!」
 音楽室の前、ちょっとした舞台になっている場所で(音楽科の音楽室という性質から考えれば舞台があるのは当然かもしれない)ぐるりと辺りを見回していた時。やたらと敵意が込められた声に私は思わず振り返ってしまった。
「あなたなんでしょう、普通科から出るコンクール出場者は」
「・・・・・は?」
「とぼけないで!」
 ますます激昂する彼女を前に、私は戸惑うしかない。なーんか、この場面、見たような気がするんだけど・・・・・。
「どうして、あなたみたいな普通科の人間が柚木様と一緒のコンクールに出るのよ!私だって、柚木様と同じ舞台に出れるように努力していたのに!!」
「ちょっと待ってくれないかな」
「あ、ゆ、柚木様!?」
 柚木、様ぁ!?そうか、この場面、香穂ちゃんが絡まれる場面だったんだ。しかし、なんで私がこの出会いイベントをこなす羽目になっているの?香穂ちゃんと彼が出会う機会がなくなるじゃない。まぁ、出会いイベントはこれだけじゃないけど・・・・・。
「君が僕と一緒にコンクールに出たいという気持ちはとても嬉しいよ」
「柚木様・・・」

 ぞわっ。

 彼の優しげな声を聞いた瞬間、私の全身に鳥肌が立った。いや、まさか、彼の『お優しい』話し方にこれほどの拒否反応が出るとは思わなかったわ。なんていうか・・・そう、胡散臭いのよ、物凄く。ゲームで私が彼の裏を知っているからかもしれないけど。
「けれどね、人違いで詰め寄ってはいけないよ」
 いや、人違い以前にこういう言い掛かりをつける行動に注意をして欲しいんですけどね・・・。それに、その言い方じゃあ詰め寄るのはいいって聞こえるけれど?
「え・・・人違い?」
 実に不審そうに私を見ないでくれるかなぁ?そりゃ、普通科の人間が意味もなく音楽室にいるとは思わないでしょうけど。
「彼女をよく見てごらん。タイが3年のものだろう?」
「・・・あ・・・」
 普通科と音楽科は制服がそれぞれ違うのだけれど、タイの色で学年を現しているのは同じだ。そしてその色分けも同じ。私のタイは目の前の腹黒人間と同じ、紺色のタイを着けている。
「大体予想はつくけど、ここに何の用事があってきたの?さん」
 サラリ、と私の名前を呼んだ彼に私は少し目を見開いた。どうして音楽科の彼が、普通科でしかも一般人である私を知っているのだろう。
「どうして、私の名前を知っているのですか?」
「君は有名だからだよ。放送部部長で、『美声の女神』の異名を持つ君を知らない人間はこの学校ではまず、いないだろうね」
 また、その呼び名ですか。
「・・・・・でも、彼女は知らなかったようですけど?」
「君の姿を知らなかっただけだと思うよ。君の声と名前ならよく分かる」
 そう言いながら彼がチラリと視線を向けるのに釣られ、私も言い掛かりをつけてきた女生徒へ視線を向ければ、彼女はこちらがびっくりするほど青くなって震えていた。
「あ、あのっ、・・・先輩、なんですか・・・?」
「一応、私の名前は彼が言った通り、だけど」
「す、す、す、すみませんっ!!」
 勢いよく頭を下げられ、私は再び驚きで目を丸くする。謝られるのは・・・まぁ、当然だとしても、どうして彼女はこんなに青くなって必死になるんだろう。
「早とちりしたとはいえ、本当になんてことを・・・っ」
「あー、あの?」
 素晴らしく恐ろしい勢いで謝り倒す彼女に私は目を白黒させるしかない。・・・・・私、この学校でそんなに怖い存在なの?目の前の腹黒さんよりも?
さんのファンは多いから。君がなんとも思っていなくても、彼等がなにかする可能性が高いんだよ」
 よほど私の顔に大きな疑問が浮かんでいたのだろう。腹黒さんが苦笑を浮かべてご丁寧に説明をしてくれるけれど・・・。
「・・・私のファン?」
「知らなかったのかい?」
「貴方のような方ならいざ知らず、私にあるとは思いませんが。しかも、私の与り知らぬところで勝手に制裁行動を起こしているというのですか?」
 だんだんと声が不機嫌になっていくのを止められない。
「私にとっても他人にとっても傍迷惑の何者でもありませんね。まぁ、私はそんな人間など友人どころか知り合いにもなりたくありませんが」
 少し大きめの声で思いっきり不機嫌に・・・いや、私をよく知っている人間が聞けば、私が心底怒っていると分かる、低い声で吐き捨てるように言えば、目の前の腹黒人間は少し、面白そうに片眉を上げてみせた。多分、私の周囲から冷気が漂っているだろうけれど、流石と言おうか目の前の御仁は少しも動揺していない。どちらかといえば直撃を受けていないはずの柚木教のお嬢さんのほうが顔色が悪い。
「私の事を思っての行動?私自身が何も言っていないのに、よく私の心が分かるものですね。自分達が起こしている行動はただの自己満足であり、私の行動の妨げであり、結局は自分達の欲望なのだと分かっているのでしょうか。・・・いえ、分かっていないからこそ、そんな行動を起こすのですね」
さん、そろそろその辺りで許してやってくれないかな。彼女が今にも倒れそうだし」
 散々、怒りを撒き散らしていたのに、腹黒さんはちっとも堪えた様子もなく実に爽やかに貴公子然と微笑んでいる。
 ・・・いや、実に見事な仮面振りだわ。
「許すも何も、貴方方に怒っているわけではないのですけれど」
「うん、周囲にいる誰か分からないけれど君のファンに対して牽制していたのだろうけど。でも、正面から君の怒りを見ている者にとっては可也、心臓にくるんだよ」
 心臓にくると言っている本人自体はまったく平然としているのだけれど・・・でも、確かに柚木教のお嬢さんの顔色は青白いを通り越して白くなってきている。冷気、振り撒き過ぎたかしら?
「・・・そうですね。何時までも相手の分からない怒りを振りまくのもなんですし」
 軽くため息をついて沸々としていた怒りを収め、もう一度正面にいる爽やか笑顔を浮かべている彼を真っ直ぐに見詰めた。
「私の名前を既にご存知のようですけれど、一応自己紹介をしますね。普通科3年の。放送部部長で、今回のコンクールで音響関係を担当させてもらいます。以後、お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとう。じゃあ、僕の事も知っているとは思うけど、自己紹介をさせて貰うよ。音楽科3年の柚木梓馬。フルートを専攻している。以後、よろしくね」
 なんだって、この人の笑顔はこうも似非くさいのだろうか。でも、周囲のお嬢さん方はこの優美な微笑みにオちるのよねぇ。もっとも、私がこの笑顔を見破れるのも、ある意味反則技があったからだろうけれど。・・・・・うん、今が長袖上着制服の時期でよかったわ。今もこの人の微笑を見た瞬間、鳥肌が立ったんだもの。半袖だったら確実に彼にバレる。
「あ、お姉ちゃん、見つけた」
「香穂ちゃん?」
 ひょこ、と音楽室の扉から香穂ちゃんの綺麗な赤褐色の髪が覗き、柔らかな香穂ちゃんの声が私の所にまで届いた。
「あ、ごめんなさい、お話中だったんだね」
 パタパタと駆け寄ってきた香穂ちゃんが彼に気づき、申し訳なさそうにペコンと頭を下げると流石というか、優雅な微笑を浮かべて気を使わせないような優しい言葉が彼の唇から流れてくる。
「ああ、話はもう終わったから気にしなくていいよ」
「香穂ちゃん、コンクールに出場する柚木梓馬さん。フルートを専攻されているそうよ」
 今後の為にも彼を紹介しておいたほうがいいだろうと思い、私がサラリと香穂ちゃんに告げると大きな瞳が更に大きくなった。一瞬の後に大慌てで香穂ちゃんが頭を下げる。
「は、初めまして、柚木先輩。普通科二年の日野香穂子です」
「ああ、じゃあ、君が普通科からコンクールに出るっていう噂の人かな?」
「は、はい」
「唯でさえ、普通科からということで注目を浴びて大変だろうけど、頑張ってね」
「有難うございます」
 優しい彼の言葉にほっとしたのだろう、香穂ちゃんが柔らかな笑みを浮かべて頷いている。その笑顔を見た腹黒さんは一瞬、瞳を見開いたようだったけれど、すぐにいつもの優美な微笑を浮かべた。
「ところで、君達はかなり親しいようだけれど、どういった関係なのかな」
お姉ちゃんとははとこなんです」
「家が隣同士ですし、ほとんど姉妹関係ですね」
「仲がいいんだね」
「もちろんです。香穂ちゃんに何かあれば、私は怒り狂いますよ、きっと」
 うっすらと冷気を込めた笑顔を浮かべるのは周囲に牽制を与えるため。この際だから、彼が仕向けた質問という探りを利用して、香穂ちゃんに降りかかるであろう災難を何割かでも減らしておくといいだろう。もっとも、目の前の腹黒さんはカンと洞察力が優れているだろうから、私の行動の意味もすぐに分かるだろうけれど・・・でも、私にとって香穂ちゃんの安全は何よりも最優先事項に収まるモノなのだ。
 まぁ、この牽制も(多分)私にファンがいるのだという彼の言葉を前提にしてのことなのだけれど・・・取り合えず、大丈夫だろう。意味もない嘘を彼はつかないだろうし、そんな嘘をついたって彼には何のメリットもない。
「ふうん、さんって・・・なかなか面白い人なんだね」
「そうですか?」
 どことなく意味深に呟くところを見ると、やっぱり私の行動の意味にカンづいたようだ。首を傾げて微笑んでみせるものの、その行動さえも見透かされているような・・・。
 やっぱり、腹黒さんとの腹の探り合いは、ねぇ?分が悪いというか、こちらが不利というか。
「今度、ゆっくりと話してみたいな」
「コンクールの事もりますし、機会はそのうちあると思いますよ」
「そうだね」
「それでは、そろそろ失礼しますね」
「うん、また明日ね」
 腹黒さんとにっこり微笑みあい、香穂ちゃんと共に音楽室から出たけれど・・・ちょーっと、マズいかなぁ?
 だって、最後の笑顔。あれって貴公子の微笑みじゃなくて裏のある笑顔だったんだもの。
 うっわー、もしかしなくても、いろんな意味で目をつけられたかも・・・。



 この時の私の推測が間違っていなかったと実感するのはもう少し、時間が経ってからのこと。
 目をつけられるような行動をとったのは自分自身だったので、どこにも文句は言えないのだが・・・そして、この時の行動も後悔はしないのだが。
 ため息をつくぐらいのことは、許して欲しいと思う・・・・・。



   



金澤先生&柚木先輩との出会いイベント発生(違)
金澤先生はともかく、柚木先輩には出会って早々に嫌な注目のされ方をしております、夢ヒロイン。
元々、彼とは微妙な駆け引きをしてもらうつもりだったんですが・・・こんな、出会った直後から駆け引きを
させるつもりはまったくなかったんですよ。しかし、蓋を開けてみればおや不思議。終わり頃には腹の探り合いを
している二人が(笑)
こうなると、他の登場人物はどうなるんだろう・・・。書くのが自分とはいえ、怖いような楽しみなような(苦笑)