彼女は護る。 人を、仲間を、友人を。 護ると決めて、その意思を貫いていく。 だから、彼女は護人。 |
届けられた書類を眺め、白銀の髪と菫青石の瞳の少年はどことなく疲れたため息をつく。書類を裁いているときはいつも眉間に皺を寄せているような少年だが、その皺が更に深くなっている様子に琥珀の髪と藍晶石の瞳の副官が首を傾げた。 「隊長?どうかしました?」 「・・・いや」 「という顔ではないでしょう。その書類がどうかしたんですか」 「只の虚退治の指令書なだけだ」 「それで、どうしてそんな難しい顔をしているんですか。何時もの事でしょう」 ナイスバディで色気たっぷりの容姿でありながら、さばさばした性格と面倒見の良さでどちらかといえば女性死神に人気の高い副官の疑問に十番隊隊長である少年は再びため息をつく。 「この任務で今、動かせそうな者はあいつしかいないんだよ」 白銀の少年が指す『あいつ』が誰だか理解した副官の顔に苦笑が浮かび、軽く肩を竦めてみせた。 「あの子なら上手くやるでしょう」 「俺が言っているのはその事じゃねぇ」 自分が何故、苦虫を噛み潰したような顔をしているのか、その理由を解っていながら敢えてはぐらかした返事を返す副官を睨むが、長年この上官の片腕を務めている琥珀の女性にはまったく効いていない。 「まぁ、頑張ってくださいね」 実ににこやかに、満面の笑顔を上官へと向け、白銀の少年は三度、ため息をついた。 「・・・・・を呼べ」 「はい」 いかにも渋々といった感じで少年は一人の名前を告げ、満面の笑顔のまま、副官は隊長室の襖を開けると隣の仕事部屋にいる幾人もの死神の中から一人の女性死神を呼んだ。 「、ちょっと来てくれる?」 「はい、分かりました」 自分の机で書類を裁いていた黒真珠の髪と瞳の少女が顔を上げ、副隊長である女性に向かって静かに頷くと席を立ち、呼ばれた隊長室へと足を運ぶ。 隊長室に入った少女は琥珀の女性に軽く目礼し、白銀の少年の前に立った。 「お呼びでしょうか、隊長」 「ああ。虚退治へ行って貰いたい。詳しいことはこの書類に書いてある。一緒に連れて行く者の人選はお前に任せるから、誰か決めたらこっちに知らせろ」 「了解しました。すぐに、人選に掛かります」 「ああ」 ひらり、と手にした書類を少女に渡すと少女の視線がざっと書面を走る。思考に沈んだのは数秒。右手を顎に当て、思考する姿勢ですらすらと一緒に行く人物の名を少女は挙げた。 「そうですね・・・木蓮に桜、雪柳と藤乃、それから小手鞠を連れて行きます。・・・よろしいですか?」 「分かった。出動書類にはそのように書いておく」 「では、皆に声を掛け、準備が出来次第、出立します。失礼します」 「あ、。今から出るのだったら、さっき裁いていた書類は私に回して。処理をしておくから」 「え?でも、副隊長。書類でしたら、帰ってからでも出来ますよ?」 「虚退治で疲れないわけないでしょう。特に、の場合はね」 「・・・すみません。それでは、お願いします」 琥珀の女性の言葉に思い当たることがあるのか、一瞬、複雑な表情を浮かべ、少女は丁寧に頭を下げると隊長室から退去した。 隊長室から出た少女はぐるりと室内を見回す。 「さん?どうしました?」 「ん、隊長から虚退治の指令を貰ってね」 「虚退治?じゃあ、誰を連れて行くんですか?」 何故か、瞳をキラキラと輝かせる年下の少女に黒真珠の少女は苦笑を浮かべた。 「とっても行きたそうね?」 「虚退治に行きたいんじゃなく、さんと一緒に行きたいんです!」 とっても力を込めて告げられた台詞に黒真珠の少女は苦笑を更に深める。 「じゃあ、遠慮なくお願いできるわね、小手鞠。後、桜と雪柳はどこ?」 「二人とも、出来た書類を運んでいます。桜さんは五番隊、雪柳さんは九番隊ですから、すぐに帰ってくると思います」 「なら、二人を待とうか。・・・木蓮、藤乃、ちょっといいかしら。指令が出たの」 「指令?虚?」 「ええ。小手鞠と後、桜と雪柳も一緒にお願いするつもりだけど」 「分かったわ。じゃ、皆が集まったら詳しい説明をお願い」 声を掛けられた二人は手早く自分の分の書類を裁き、斬魄刀を手にすると立ち上がった。ちょうど都合よく、待っていた人物達も十番隊に帰ってくる。 「帰りました」 「ただいま戻りました」 「桜、雪柳。帰ってきたところで悪いけど、出動の準備をしてもらえる?」 「いいけど」 「も随分、忙しいわね。一昨日も出動したんじゃなかった?」 「ま、ね。簡単な説明は移動しながらするから」 「了解」 虚退治に声を掛けたメンバーが、それぞれの斬魄刀を手にしたのを確認した黒真珠の少女は襖を開けながら後ろを振り返った。 「じゃ、皆。行ってきます」 「気をつけて、さん」 「ご武運を」 「さん、行ってらっしゃい」 部屋の中の留守番組もにこやかに手を振って見送ったのだが、外の気配がなくなるのと同時に数人がすくっと立ち上がる。 そして。 「隊長!どうして、あたし(私)を(さん)に推薦してくれなかったんですか!?」 ・・・・・隊長室へと殴り込んだ。 「・・・お前ら、なぁ・・・。いい加減、同じコトを繰り返して飽きないか?」 「飽きませんっ」 眉間の皺を抑えつつ、ため息交じりで白銀の少年が呟くが、殴り込みの団体様は堂々と胸を張って言い放つ。 「だいたい、が連れて行く者を決めるんだ。俺が口出しすることじゃねぇ」 「でも、隊長が推薦してくれれば、さんも少しは考えてくれるかもしれないじゃないですか」 「俺が口出しして、考えを変えるような人間じゃないぞ、は。それは、お前達も分かっている だろうが」 何度も繰り返してきた問答をまた、口にしながら執務机の前にずらりと並んでいる女性陣へ視線をやれば、やはり今までと同じように不満げな表情で黙り込んでいる。 「はいはい、皆も隊長に迫るのはそこまでにしなさいな」 「・・・毎度の事だが、面白がっているだろう、松本」 「あら、心外ですね、隊長。ちゃんとこうやって、助け舟をだしているじゃないですか。まぁ、それはともかく。あんた達がを凄く好きで、一緒にいたいっていう気持ちは分かるけどね、人選に関してはに一任しているし、逆に口出しするとに睨まれるのよ。隊長もに睨まれるのは嫌なんだからね」 「・・・・・おい、松本。それは助け舟とは言わねぇぞ」 「でも、事実ですよ」 「・・・隊長はズルイです」 「は?」 ポツリ、と呟かれた台詞に白銀の少年が眉を顰めるが、執務机の前に勢ぞろいした女性達はポツポツと自分達の隊長へ恨み言を吐いていく。 「隊長はいっつもを独占できる立場だし」 「実際、独占しているし」 「してねぇぞ」 ぼそり、と呟いた白銀の少年の反論に女性陣はむっとした表情を浮かべ、反論を返す。 「夜はいっつも独占しているじゃないですか」 ・・・いや、ちょっと待て。何故、ソレを皆が知っている? 「昼はお前達がべったりだろーが」 ・・・・・そして否定しないのか、少年隊長。 「仕事があるのに、四六時中一緒にいられる訳ないじゃないですか」 「それにさん、しょっちゅう虚退治に駆り出されるし」 「帰ってきたらすぐに隊長のところへ報告に行くし」 「いや、任務が終了したら報告するのが当たり前だろ」 段々と低レベルな言い争いに発展していっているのだが、実はコレもまた、日常茶飯事の出来事だったりするのだ。 そして。 「絶対、隊長が(さん)を独占しています!」 居並ぶ女性陣の断言を聞きながら、白銀の少年は深いため息をついた。 (・・・なんだって、惚れた女を自分の部下(それも女性ばかり)と争奪戦を繰り広げなきゃならないんだ・・・) 少年隊長は隊長としての苦労よりも別の意味で苦労しているのだった。 白銀の少年が自分の部下に詰め寄られている頃。 黒真珠の少女は虚が現れたという地点へと降り立っていた。 「、どうする?」 「虚はまだ現れていないのね。じゃ、もう一度作戦を説明しておくわ」 揃って首肯するメンバーを見渡し、黒真珠の少女は頭の中にあった簡単な布陣を説明する。 「桜と雪柳は歩法を使って攪乱。藤乃は鬼道を使って足止めと防御。小手鞠も鬼道、もしくは白打を使用して攻撃。木蓮は私と一緒に斬魄刀を使っての攻撃。基本はこの布陣だけど、それぞれ、その状況に合った動きをお願いね」 「了解」 「、西より虚の霊気を察知。真っ直ぐにこっちに来ているわ」 霊気感知能力が高い藤乃からの報告に全員の纏う空気が緊張を帯びた。 「来たわね。・・・散開っ」 黒真珠の少女の号令と共に、全員が虚を迎え撃つ布陣を敷く。 極上の霊力だと感知しているのだろう。白い仮面にぽっかりと胸に空いた穴を体に持つ虚が真っ直ぐにやってきた。 「桜、雪柳っ!」 「まかせてっ」 呼びかけに応え、薄桃と雪色の少女が飛び出していく。 するり、と虚の腕が伸び、飛び出した二人を捕らえようとするが、ひらり、ひらりと花びらが風に舞うような動きで翻弄し、時に攻撃を仕掛けて虚の意識を自分に引き付けている。 「藤乃、小手鞠、援護をお願い。木蓮、行くわよ」 「ええ」 藤色と乳白色の少女達が唱える鬼道の詠唱を背に、斬魄刀を手にした黒真珠と象牙色の少女達が飛び出した。 「・・・縛られろ、虚!」 「因果を受け止めろ、火炎砲!」 鬼道の詠唱が終わった二人の手から、それぞれの霊力が吹き出る。一つは虚の足に絡まり、動きを封じ、一つは炎の塊となって虚の右肩に直撃した。更に斬魄刀を解放した二人の少女の攻撃が左右、それぞれの脇に決まる。 『オオオォォオオオォォッ!!!』 動きを縛られ、攻撃を受けた虚の叫びが辺りに響く。両腕を振り回し、攪乱を引き受けていた桜の袴の裾を引き千切る。 「桜っ!」 「大丈夫、まだ出来るっ!」 「無理、しないでよっ」 「誰に言っているのよ、その台詞!」 なんとも頼もしい友人の台詞に黒真珠の少女の顔に苦笑が浮かんだ。斬魄刀を振るいながらちらりと視線を向ける。 「・・・分かった。じゃあ、続けて頼むわ。藤乃、小手鞠、鬼道を続けてちょうだい」 「了解」 「さん、私は白打で出ます!」 「任せるわ。でも、引き際を見誤らないように」 「分かっています!」 足止めを引き受けていた藤乃はそのまま霊力を練り上げ、更に虚を縛り上げる。鬼道で攻撃を仕掛けていた小手鞠は高々と跳躍すると拳に霊力を集め、仮面へと拳を打ち下ろした。 ピシリ、と虚の白い仮面に亀裂が走る。 「・・・なんというか・・・相変わらず流石だわね、小手鞠の白打は」 「あの小さな外見からはとても、想像できないのだけれど・・・」 「普通、拳一つで虚の仮面に皹を入れられないわよ」 打って出た小手鞠の拳のあまりの威力に、メンバーがそれぞれ乾いた笑いを零す中、黒真珠の少女が虚の懐深くに潜り込んでいた。 「・・・・・還りなさい」 静かな呟きと共に、霊力が斬魄刀から迸る。 白光が辺りを染める。 『ヴオオオォォォォォッ』 雄叫びを上げ、塵に還っていく中、虚は最後の悪足掻きで力の塊を放った。 その力の塊は狙い違わず、鬼道で虚を縛っていた藤乃へと向かっていく。 「藤乃!」 名前を呼ぶのと同時に黒真珠の少女は友人の前に走り込み、虚が放った力を切り捨てた。 シュウシュウと音を立て、塊は水蒸気のように蒸発していく。 消えていく虚と力を見据え、二つとも完全に虚空に消えたことを確認した少女は斬魄刀を鞘に収めながら背後に庇った友人へ振り返った。 「・・・怪我はない、藤乃?」 「が庇ってくれたから、擦り傷一つないわ。有難う」 「いいえ。怪我がなくて良かったわ」 微笑む黒真珠の少女に見惚れながら、小手鞠が虚に一撃を加えた両手を組み、うっとりと呟く。 「やっぱりさんって、強くて優しくて格好良いです・・・」 「うん、まぁ。その意見にはとっても同意できるけど、その褒め言葉と憧れの感情って普通、殿方へ向けるものだと思うのよね」 「仕方ないわよ。確かにってああいう場面ではとても頼りがいがあるし、さらっと気遣うことができるもの。だからこそ、女性にもモテるのだし」 「隊長も大変よね。恋敵じゃないけれど、ライバルは一杯いるんだもの」 「私達ももちろん、ライバルだしね」 一仕事を終えたからだろう。その場には和やかな雰囲気が漂い、誰の顔にも笑顔が浮かんでいる。 だが、ふいに藤乃が厳しい表情である一方を睨んだ。 「・・・。北北東の方角から虚の大群がこっちにやってくる。その数およそ・・・十数!」 告げられた数に黒真珠の少女の瞳が僅かに見開かれ、次には厳しい表情で虚がやってくるという方角を睨む。 「・・・桜、雪柳。すぐに帰って隊長に報告、応援の要請をして。小手鞠は鬼道で攻撃。今度は白打は使用しないで、藤乃の側にいること。藤乃は防御に徹してちょうだい。木蓮は私と打って出るけど、決して深く入り込まないように。応援が来るまで、ここで食い止める!」 黒真珠の瞳に強い意志が宿り、力強い声で言い切るとメンバーのそれぞれも力強く頷いた。 桜と雪柳は残像も残さず、その場から消え、藤乃と小手鞠はやって来る虚に対し、鬼道の詠唱を始めた。木蓮と黒真珠の少女は自分の斬魄刀を抜き放ち、虚がやって来るという北北東の方角を見据える。 やがて、空の一点が黒く染まり、急激に広がる。 それは藤乃が感知した通り、十数の虚の姿だった。 「・・・皆、無理だけはするんじゃないわよ」 「その言葉、そっくりに返すわよ」 黒真珠の少女の注意に斬魄刀を抜き放った木蓮が呆れた口調で言い返す。その木蓮の言葉に藤乃と小手鞠もそれぞれに頷いて同意した。 「誰よりも無茶する人間が言う台詞じゃないわね」 「こんな時、一番怪我をするのはさんです」 仲間達の苦言に藪蛇だったと首を竦めた黒真珠の少女だったが、虚の姿が個々にまで確認できる距離にまで縮まったことに気づき、自分の斬魄刀を握り締める。 「隊長達が来るまで・・・持ち堪えるわよ」 「もちろん!」 仲間達の声を背に、黒真珠の少女は虚の前へと飛び出していったのだった。 「隊長、桜と雪柳から緊急報告です!」 「こっちに通せ!」 副官から告げられた緊急事態に白銀の少年は自分の斬魄刀を背負いながら叫んだ。 虚退治に赴いた彼女達が何の緊急事態を持ち帰ったのか、凡その推測は立っていたが、詳しい事情を聞く必要があった為に少年隊長はすぐに出立できるようにしながら、隊長室で報告を聞く体制を取っていた。 「報告します!指令の虚は速やかに退治しましたが、その後に大量の虚が出現しました」 「その数は凡そ、十数!班長を筆頭に私達を除いた残りのメンバーで迎え撃っています」 「応援をお願いします!」 「分かった、すぐに応援に向かう。悪いが、すぐに向かう事を向こうに伝えに行ってくれるか?」 「了解しました!」 歩法が得意で、つまりは早く伝言を伝えることが出来るのを理解している桜と雪柳は、疲れた様子もみせずにすぐにその場から消える。 「松本!」 「準備は出来ています!」 「よし、行くぞ!」 飛び出していく隊長の後を追い、副官も斬魄刀を手に走る。 「・・・それにしても」 「何だ?」 ポツリ、と呟いた琥珀の女性の言葉に白銀の少年は背後を振り返らずに問い返すと。 「いえ、の虚を引き付ける体質は相変わらず健在だなと思いまして。毎回ですからね、あの子が出動すると虚が大量出現するのは。今ではゴキブリホイホイならぬ虚ホイホイ扱いですよ」 「・・・・・それなりに本人も気にしているから、あまりに向かって言うんじゃないぞ」 「分かっていますよ」 何気に酷い発言だったのだが、白銀の少年が否定らしき言葉を発しないのは琥珀の女性の台詞が正鵠を射ていたからである。 「ったく、余計なモンにまでモテやがって」 「本当に苦労しますよね、隊長。女性部下だけでなく、虚までライバルなんですから」 「やかましいわっ!」 ・・・信頼し、己の片腕でもある副官であったが、そんな彼女に遊ばれる少年隊長はやはり、苦労人であった。 一方、虚と対峙している少女達は数の不利にも関わらず、大量の虚を相手に善戦していた。 「・・・っと、これで5体目!」 また一つ、虚を切り捨てた黒真珠の少女は倒した虚を振り向くことなく次の虚へ向かって走り出す。 「木蓮、無理しないで下がって!」 「大丈夫、まだ動けるわよっ」 袖を引き千切られつつ、3体目の虚を倒した木蓮は息を乱しながらも心配する黒真珠の少女に不適な笑みを見せた。 「もう少ししたら、隊長達が来るんでしょう?それまで持つわよ」 「・・・頑固者」 「お褒めに預かり、光栄ですわっと」 「誰も褒めてなんかいないわよっ」 言葉の応酬を交わしながら二人の少女達は同時に走り出し、背後に迫っていた虚の腕をそれぞれ片方ずつ切り落とす。 虚となっても痛みは感じるのか、体を捩りながら虚は辺りに響く叫びを放つ。 「皆、怪我はない!?」 「もう少し、頑張って!すぐに隊長達が来るから!」 十番隊へ応援の要請に走った桜と雪柳が虚空を割って現れ、もうすぐ応援が来ると仲間達に知らせた。それを聞いた黒真珠の少女の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。 「有難う、桜、雪柳。二人はその場で待機、藤乃の防御を手伝ってやって」 「、無理していないの!?」 「少し、引いたらどうなの!?」 相変わらず無茶をする友人に引くことを勧めるが、勧められた黒真珠の少女は口元の笑みをますます深くするときっぱり言い切った。 「冗談、ここで引いたら虚が大挙して押し寄せてくるのよ。何が何でも、ここで食い止めてやるわ」 「も人のことを言えない頑固者じゃないのよっ」 虚を切り捨て、叫んだ木蓮に向かい、黒真珠の少女は不適な笑みを浮かべてみせる。 「・・・お褒めに預かり、光栄ですわ」 「っ!!」 自分が言った台詞をそのまま返された木蓮が柳眉を上げるが、そんな友人に頓着することなく黒真珠の少女は一瞬の後に木蓮の背後へと移動し、そこにいた虚を切り捨てた。 「油断大敵よ、木蓮」 「・・・・・分かったわよ、本当にこの頑固者!」 「それに付き合う木蓮も木蓮だと思うけど」 「付き合わなきゃ、の無茶をする度合いが上がるでしょ!」 ぶりぶりと文句を言いながらも木蓮は虚の攻撃を避け、的確な斬撃を与える。黒真珠の少女もすでに別の場所で虚と交戦していた。 「応援に来た!残りの虚はどこにいる!?」 力強い声が辺りに響き、圧倒的な霊力が空間を支配する。応援を引き連れた白銀の少年が背負った斬魄刀に手を掛け、その場に現れた。 「隊長!」 「と木蓮が虚と交戦中です!」 「何体か倒しましたが、いまだ残りの数が十近く残っています」 鬼道で防御と攻撃をしていた少女達の報告に白銀の少年の眉間に皺が寄った。 「分かった。お前達はもう少し下がっていろ。松本、こいつらを誘導しろ」 「はい」 「ったく、毎度の事ながら無茶ばかりしやがって。、牙城!一旦下がれ!」 「はい!」 「巻き込まれないようにしろよ!・・・・・霜天に坐せ!『氷輪丸』!!」 斬魄刀を抜き放ち、溢れ出る白銀の少年の圧倒的な霊力が氷の龍を象ると、残っていた何体もの虚を次々と喰らっていく。 虚を喰らった優美で力強い氷の龍は周囲に霊力を放ちつつ、天へと昇る。 それは、力強く美しい光景だった。 一瞬にして虚を始末した白銀の少年の圧倒的な強さに、あちこちから感嘆のため息が零れる。 その場を支配していた緊張がやや、解かれた時。 「雪柳!」 運良く白銀の少年の始解から逃れた虚が腕を振り上げ、一人、皆からやや離れた場所にいた雪柳へその腕を振り下ろそうとしていた。 「隊長、肩を借ります!」 瞬間、少年の左肩に重圧が掛かる。 無意識に左肩を上げ、自分の肩を利用して跳躍した黒真珠の少女の補助をした白銀の少年は斬魄刀に手を掛けながら振り返った。 振り返った視線の先では黒真珠の髪を靡かせた少女が斬魄刀を振り上げ、虚へと振り下ろしているところで。 凛とした声が辺りに響く。 「導け『白光』」 純白の光が辺りを染め、虚の体がホロホロと塵へと還っていく。 そして。 静謐な空間がその場に漂った。 「・・・・・班、ご苦労だった。怪我はないか?」 己の斬魄刀を鞘に収め、白銀の少年が辺りを見回すと、それぞれが無事だと頷く。 「はい、ほとんどが掠り傷です」 「そうか。一応、念の為に四番隊に見て貰え。そして、」 「はい」 「・・・こんの、馬鹿やろう!!何度、無茶をするなと言っていると思っている!!」 白銀の少年の大音声が辺りに響いた。かなりの音量であったはずなのだが、怒鳴られた本人どころか周囲の人間もまったく驚く様子はない。 「別に無茶はしていませんよ?」 「一人で虚の大群の真っ只中へ突っ込んでいくのが無茶でないというのなら、その理由を俺に聞かせて貰おうか」 両腕を組み、威圧的に睨む白銀の少年は小柄な体格とは裏腹に、無茶苦茶な迫力を伴っていた。しかし、睨まれている当の人間はケロリとしていたりする。 「すぐに応援が来ると思っていましたし・・・虚の霊力を感じてもそれほど脅威ではありませんでしたから。応援が来るまでの時間なら大丈夫と判断したんです」 「かなり、ギリギリだったろうが」 「あら、さっきの虚を切り捨てる体力ぐらいは残っていましたよ」 不毛な問答になり掛けていた二人だったが、辺りを収拾した琥珀の女性が苦笑しながらその言い合いを止めに入った。 「隊長ももそこまでにして下さい。他の子達もあれでかなり疲れているし、続きは帰ってから存分にどうぞ」 「・・・そうだな。、帰ったら報告書を提出しろよ。撤収する!」 「了解!」 十番隊隊員達が少年隊長の号令を受け、撤収を開始する。 黒真珠の少女も歩き始めるが、ぐいっと腕を掴まれ、足を止めた。 「・・・隊長?」 「腕を見せろ、」 鋭い視線で掴んだ腕を見ている白銀の少年に黒真珠の少女は自分が隠している怪我が、彼にはすっかりバレていることに気づく。 「・・・・・どうして隊長にはバレるんですかね?」 「当たり前な事を聞くんじゃねぇ。それよりも早く見せろ」 「ああ、はい」 半ば、諦めのため息をつきながら黒真珠の少女は掴まれた腕の袖を捲り上げた。 肘より少し上の上腕部分がすっぱりと裂け、赤い筋肉が見える事からもかなり深い傷であることが伺える。 「とっさに出血だけを止めたのか」 「皆にバレると煩いですから」 「ったく、お前には無茶をしないという考えはないのか」 懐から取り出した手巾で手早く傷を覆いながらブツブツと小言を呟く白銀の少年に、黒真珠の少女は苦笑を浮かべて首を横に振った。 「それは無理ですよ。私が死神になったのだって、護る人になりたかったからなんですよ?」 「んなこと、何度も聞いている。けどな、言いたくなるこっちの気持ちも理解しやがれ」 「一応、理解していますけど。まぁ、仕方ないですね、慣れてください」 「んなことに慣れてたまるか。・・・取り合えず、傷は覆ったが消毒は必要だからな。今晩、お前のところへ行くぞ」 「・・・・・報告書を提出した後、四番隊へ行きますから」 「治療した後の傷を見せろよ」 「・・・・・・・・・・見せるだけで済むんですか?」 「さぁな」 白銀の少年が浮かべたニヤリ、とした笑みを見た黒真珠の少女の背に嫌な予感というものが流れ落ちる。そして同時に、明日の仕事は遅刻するしかないと諦めのため息をつくのだった。 彼女は護人。 人を仲間を友人を護るために闘う護人。 そして。 彼は彼女を見守る。 それが二人のスタンスで信頼。 余談であるが。 次の日、定時に黒真珠の少女が姿を現さなかった事からも、彼女の背に流れた嫌な予感が見事に的中したことを察して頂けるだろう。 (END) |